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ハイスペック過ぎる妹を守るため、死霊の島で明日に向かってゴールをめざす 作者:春風小夏
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scene 66 四凶 其の壱 饕餮③

 なんといったらいいのか。

 僕らの前に全貌を現した饕餮(とうてつ)は、ひどく獰猛な生き物に見えた。

『羊身人面で目は脇の下にあり、歯は虎、爪は人のごとし』

 古代中国の文献の記述は、あながち間違っているわけではない。

 しかし、まず顔が怖い。

 2本の鋭い牙を備えた剣歯虎の頭部。

 それが、かっと口を開いている。

 そしてその中に、鬼みたいに醜悪な人間の顔が生えている。

 つまり顔面が二重になっているのだ。

 次に胴体だが、これも羊毛みたいなものが密生しているので、一応〝羊身”という表現は正しいと言える。

 だが、明らかにサイズが違い過ぎた。

 筋骨隆々としたその身体は、マンモス並みに巨大なのだ。

 しかも、問題は肩から伸びた角だった。

 湾曲した大砲のような馬鹿でかい角が、うねりながら前方に伸びているのである。

 ”爪は人のごとし”というのはおかしな描写だけれども、これもよく観察すると当たっていた。

 饕餮の4本の脚の先は頑丈な蹄になっているのだが、その蹄の上を確かに人間の爪みたいなものが覆っているのである。 

 そして最後に尻尾があった。

 先が房のようになった、狛犬の尾を思わせる長い尻尾が2本、独立した生き物のように背後で蠢いているのだ。

 これがざっと観察して僕が把握したとうてつの概要だが、とにかくとても”弱そう”には見えず、むしろ立派に巨獣としての威厳すら備えているようだった。

「”腋の下の眼”ってのが確認できないけど、きっとあの袋みたいなものの中に隠れてるのね」

 どんな時でも冷静な光が、双眼鏡を目に当てながら言った。

 ちなみにさすがに暗くなってきたので、サングラスは外しているようだ。

 光のサングラスには、意味がある。

 アルビノだから、陽光に弱いのだ。

「じゃ、きっとそこが弱点ですよね」

 あずみは右肩をぐるぐる回したりして、すでに準備運動に余念がない。

「ま、アニメなんかだとそういう展開になるのだろうけど、現実はどうなのかしらね」

 光が疑い深そうに言う。

「気をつけてくだせえ」

 サトが緊迫した声で叫んだのは、その時だった。

「とうてつが、こっちに向かってくるだべ」

 言われるまでもなかった。

 饕餮はその巨体の向きを変えると、

 ぐおおおおおん!

 まさしく怪獣のような雄たけびを上げて、僕らのほうに突進してきたのである。

「ここは任せて」

 光がコートの袖からヨーヨーを握った手を出した。

 下手投げの華麗なフォームで、向かってくる怪物の前脚めがけて、投げた。

 目に見えないミクロの太さの単分子チェーンが、その切り株のような右脚に絡みつく。

 が、結果は予想外だった。

 切れない。

 あの化け物蝸牛をチーズケーキのように切断したナノカーボンのワイヤーが、効かないのだ。

「え? マジ? そんな」

 さすがの光も青ざめていた。

 顔を引きつらせながらヨーヨーを手繰り寄せる。

「バリア? エネルギーフィールド? 結界?」

 矢継ぎ早にそんなことを口走る。

「まずいね。あいつ、何か見えない障壁で身体をガードしてるみたい」

「じゃ、次はあずみが行きます」

 あずみは決心したようにそう宣言すると、何を思ったか、いきなり胸元のリボンをほどき、セーラー服を脱ぎ始めた。

 上半身裸になると、脇のファスナーを下ろし、スカートも脱いでしまう。

 白いブラとパンティだけの裸身になって、僕を振り返った。

「お兄ちゃん、これ持ってて」

 差し出したのは、脱いだばかりの服とスカートである。

「お、おい、何する気だ?」

 僕は泡を食って問い詰めた。

 脱ぎたてのセーラー服とスカートはまだ温かく、思わず頬ずりしたくなるほどいい匂いがした。

「体のサイズを変えると破れちゃうから。ううん、下着は替えを持ってきたから大丈夫なの」

 体のサイズ?

 なるほど、そういうことか。

 マルデックの戦士であるあずみの特技の一つが、それだった。

 どういう仕組みなのかはわからない。

 前回の冒険のラスト。

 対ツクヨミ戦のときに見せた技である。

 本人曰く、身長20メートルまではいけるそうなのだが、あまり巨大化すると、体力の消耗が激しすぎて、短時間しか持たないのだという。

「やめろよ。危険すぎる」

 僕はあずみの肩に手を伸ばした。

 制止しようと思ったのだ。

 が、すでにあずみは僕に背を向けていた。

 突進してくる饕餮の正面に立つ。

 と、すぐにそれが始まった。

 あずみの裸身が二重写しのようにぶれたかと思うと、次の瞬間、突然ぐんと一回り大きくなったのだ。

 胸のブラが、腰のパンティが弾け飛ぶ。

 逞しい尻。

 それを支える、駅前のナナちゃん人形のように長い脚。

 身長5メートルはあるだろうか。

 今やあずみは饕餮とほぼ同じ大きさにまで変身している。

 大地が振動し、饕餮が後ろ足で立ち上がった。

 あずみを踏み潰そうと襲いかかる。

 その懐に、全裸のあずみが肩から飛び込んだ。

 すごい力で怪物を岩壁まで押し返していく。

 吠えながら、あずみを振り払おうと暴れる怪物。

 が、あずみはがっしりとその巨体を抱きしめたまま、一歩も動かない。

 力と力は互角のようだった。

 しかし、さすがのあずみも饕餮の突進を止めるのが精一杯で、それ以上の反撃に出ることができないでいる。

「どうしたらいいべ」

 サトが歯噛みするような口調でつぶやいた。

「このままじゃ、いずれあずみちゃん、力尽きて、あいつにやられちまう…」

 僕も同感だった。

 だが、光の単分子チェーンが訊かない相手に、僕の銃やサトの弓矢が効くはずがない。

「あずみ…」

 思わず手の中のセーラー服に顔をうずめた時だった。

 ひときわ獰猛に、饕餮が咆哮した。

 上顎を振り上げ、そこから下向きに生えたサーベル状の牙を、だしぬけにあずみの肩に振り下ろす。

「あうっ!」

 あずみが呻き、首をのけぞらせた。

 血がしぶいた。

 あずみの白い肌を、肩のあたりを中心にして、赤い血の糸が網の目のように覆っていく。

「あずみ!」

 僕は絶叫した。

 その時、頭上から、それが聞こえてきた。









   
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