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ハイスペック過ぎる妹を守るため、死霊の島で明日に向かってゴールをめざす 作者:春風小夏

第5章 四凶

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scene 64 四凶 其の壱 饕餮⓵

 岩陰に入り、冷たい壁に背を持たせかけて腰を落ち着けると、さすがにどっと疲れが押し寄せてきた。

 無理もない。

 病院の双口女戦。

 鍾乳洞での滝巡り。

 そしてお化け蝦蟇にお化け蝸牛との連戦。

 いくら僕はほとんど役に立っていないとはいえ、息もつかせぬ忙しさだったのだ。

 両脚を抱えてうとうとまどろんでいると、いい匂いが漂ってきた。

「お兄ちゃん、少しは食べないと体に毒だよ」

 肩をゆすぶられて目を開けると、携帯コンロに小型の鍋をかけ、光がお玉でコーンスープをかきまぜていた。

「はい、これ、お兄ちゃんの分」

 目の前に、あずみがプラスチックのカップと丸いパンを差し出した。

 カップからは湯気が上がり、半分に切ったパンからは厚いハムがはみ出している。

 とたんに空腹で胃が締めあげられるように痛んだ。

「サンキュー」

 ハムパンに飢えた野良犬のように食らいつくと、いきなり喉に詰まってむせた。

「大丈夫?」

 あずみが身を寄せてきて、背中をさすってくれた。

 目と鼻の先に深い谷間が来て、白いブラからはみ出そうな乳が見えた。

 少し手を伸ばせば届きそうな、というか、今すぐにでも鼻の頭を埋められそうな距離だったが、もちろんそんな馬鹿なことをしている場合ではない。

「光さ、ちょっと変わってくだせえ。副番頭、なんかややこしいこと言ってて、おらには何のことだかさっぱりわがんねえだ」

 入口のところで僕らに背を向け、ガラケーを耳に当てていたサトがふり向いて言った。

 そういえば、まだ藤野の姿はない。

 あのホバーバイク、結局動かなかったのだろうか。

 あるいは、鍾乳洞の上を飛ぶのに失敗して、がれ場に墜落したとでもいうのだろうか。

「藤野さん、今どこにいるの?」

 お玉と携帯を交換しながら、光がサトにたずねた。

「なんでも、一度本家に戻ったそうだべ。お館様たちに呼び戻されたんだと」

 そういえば、と僕は思い出した。

 別れる時、彼は確かにそんなふうなことを言っていた気がする。

 お館様が何か大事なことを思い出すかもしれない。

 だからしばらく待機を命じられたのだ、と。

 しかし、いったいその”大事な事”とはいったい何なのだろう?

 これから相まみえることになる、四凶に関わることなのだろうか…。

「はい、かわりました。光です」

 携帯を耳に当て、光が言った。

「どうしたのかな」

 あずみが肩に頭を持たせかけ、上目遣いに僕を見上げた。

 長いまつ毛と濡れた唇が、どきっとするほど近い。

「え? 四神の? それまで待て?」

 光が眉を顰めるのがわかった。

「いえ、それは無理です。骨車が切った刻限まで、あと2日しかありませんから。間に合わせるためには、少なくとも今日中にある程度、めどをつけておかないと」

 そうだった。

 僕はあずみの頭を撫でながら思い返していた。

 あの時、骨車のやつは言ったのだ。

 3日のうちに来ないと、唯を殺す、と。

 あれは昨日の夜のことだったから、もうすぐ丸1日経ってしまうことになる。

「なんだか、『走れメロス』みたいだね」

 あずみが真顔で言った。

「唯と一平ちゃんがセリヌンティウスで、あずみたちがメロス。あのお話みたいに、ハッピーエンドで終わるといいんだけど」

「あずみらしくないな」

 僕はその柔らかな頬を指先でつついた。

「何が何でもハッピーエンドで終わらせる。それがおまえのモットーだろう」

「まあね」

 にっと笑うあずみ。

「お兄ちゃんが傍にいてくれれば、あずみ、なんでもできちゃうから」

「でも、いのち大事に、だぞ」

 僕はあずみの額に顎を乗せて呟いた。

「おまえが死んだら、俺は…」

「一生童貞で終わっちゃうもんね」

 ぷっとあずみが吹き出した時、携帯を畳んで光が言った。

「藤野さん、かなり遅れそうだって。これからホテル青柳じゅうを家探しするそうよ。なんでも、お館様たちが、とっても重要なこと、思い出したとかで」

「何なんですか? それ」

「さあねえ。四神にまつわる何かを探すんだ、とか言ってたけど」

「あの迷宮みたいなホテルで、今から?」

「そう。だからいつになるかわからないと思う。とても待ってはいられないわね」

「あと2日しかねえべ」

 サトがそわそわし始めた。

「急がねえと、お嬢様が」

「だよね」

 あずみが腰を上げる。

 僕の目の前に仁王立ちになり、うーんと両手を伸ばして伸びをする。

 つま先立ちになった際、短すぎるスカートがずり上がってちらりとパンティが見えたのだが、これはサービスのつもりなのだろうか。

「おなかもいっぱいになったし、そろそろ行きますか。最初はなんでしたっけ? トーテム、だったかな」

「”とうてつ”よ」

 光が訂正した。

饕餮(とうてつ)は、腋の下に目のある、人面の羊。どんな格好? なんて私に訊かないでね。私にだって、想像もつかないんだから」

「なんか弱そう」

 あずみが笑い出した。

 薄い夏服のセーラー服の下で、メロンみたいな胸がゆさゆさ揺れた。

「腋の下に目って、それなあに?」

「とにかく、まずは偵察かな。とうてつさえ倒せば、とりあえずカルデラの中に潜入できるはずだから。ほかの四凶に気づかれないうちに、素早く確実に仕留めないと」

「準備OKだべ」

 携帯コンロと小型鍋を片付け終えて、サトが言う。

「武器以外の生活用品はここに置いていったらどうかな。短期決戦だから、最小限の食料と水があれば、なんとかなるわ。ここからはまたバトルが続くでしょうから、なるべく身軽にしておいた方がいいと思うの」

 光に言われて、僕らは各々のリュックから戦闘に不要なものを取り出した。

 それをサトが穴の奥にまとめ、上から防水シートをかけて隠した。

「アキラ君、弾丸はあと何発?」

「銃の中に3発、予備のマガジンラックに6発で、計9発かな」

「なるほど」

 光がうなずいた。

「無駄遣いしないように気をつけて。ひょっとしたらこの饕餮戦、あなたの武器が切り札になるかも」

「そ、そうなのか?」

 いやな予感がした。

 どの道、この銃、強力過ぎて僕ひとりでは撃てないのだ。

 弾を命中させるには、あずみのマシュマロクッションが絶対的に必要不可欠なのである。

「じゃ、行きましょう」

 光がコートの裾を翻した。

 サトとあずみの女戦士ふたりが、その後に続く。

 外には、早くも夕闇が迫ってきていた。








 

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