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ハイスペック過ぎる妹を守るため、死霊の島で明日に向かってゴールをめざす 作者:春風小夏

第4章 荒神アンダーグラウンド

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scene 63 荒神アンダーグラウンド⑳

「お、おまえ、な、何を」

 言い出すんだよ!

 と口に出そうとした時には、すでにあずみは跳んでいた。

 大の男ひとりを背中におぶっているとはとても思えない、華麗なジャンプだった。

 軽く2メートルほど飛び上がると、ハンカチの置かれたあたりを大幅に超えてトンと軽やかに着地した。

 着地と同時に更に横っ飛びに跳ねて、光の立っている前に再度着地する。

「お見事」

 光が言った時、続いてサトがジャンプした。

 サトは、人間としてはかなり身体能力の高いほうなのだろう。

 弓を抱え、矢の束とリュックを背負ったまま、危なげなくハンカチの上を飛び越えると、転がるようにして僕らの許に駆けてきた。

「光さ、いったい全体何がおっぱじまるだべさ」

「まあ、見てのお楽しみ。あとは仕上げを御覧じろってやつね」

 自信ありげに口元に笑みを浮かべる光。

 改めて見ると、お化け蝸牛はまるで生きた戦車のような迫力だった。

 沼の水や泥を弾幕のように巻き上げながら、塔よろしくそびえ立った首をゆらゆら振り回し、ものすごい勢いで突進してくるのだ。

 化け物がハンカチ地点にまで差しかかろうとした時である。

「こっちへ」

 ふいに光が踵を返し、脇に伸びる畦道のほうに飛び退った。

 サトがすぐさまそれに続き、僕はあずみに引っ張られてその後を追う形になった。

「ありゃま」

 振り向いたサトが素っ頓狂な声を上げる。

「うは。どうなってるの?」

 と、これはあずみ。

 遅ればせながら振り返った僕は、見た。

 ちょうどハンカチの上を通り過ぎようとしたところで、化け物の身体が上下にずれ始めている。

 まるで見えないナイフが水平にチーズケーキを切るような塩梅だった。

 地上1メートルほどの地点で、お化け蝸牛の巨体がふたつに分かれていくのだ。

 急ブレーキをかけた下半身が速度を緩めるのに反比例して、勢いのついたその上の部分が暴走する列車のように前方へと飛び出した。

 滝のように体液がしぶいて、一瞬あたりが見えなくなる。

 霧が晴れると、化け物の突進は止まっていた。

 殻を背負った上半分は、勢い余って洞窟の出口から外に飛び出してしまったらしかった。

 今僕らの目の前にあるのは、水平に断ち切られた蝸牛の”足”の部分だけなのだ。

「ああ、あれか」

 僕は光の仕掛けた罠の正体にようやく思い至った。

 前回のゲームで、ゾンビと化した動物園のゾウを倒したあの方法である。

 ハンカチの置かれた地点の左右には、数メートルの間隔で例の葦に似た植物の茂みがある。

 光はその間に、ヨーヨーの単分子チェーンを張り渡しておいたのに違いない。

 案の定、ふたつの茂みを回って”糸”を回収してくると、

「さ、これが再生しないうちに先に進もうか」

 元のようにヨーヨーに巻きつけながら、光が言った。

「さっすが光さん」

 あずみが感心したように、コートに身を包んだ流しの薬剤師を見上げた。

「人間、腕力だけじゃだめてってことが、よくわかりました」

 その言葉に、光がふふっと笑った。

「人間? あずみちゃん、まだ自分のこと、人間だって思ってたんだ」

「ちょっと、やめてくださいよ」

 くびれた腰に手を当て、あずみが光のサングラスに隠された顔を睨みつける。

「そういうこと、お兄ちゃんの前で言わないでください。お兄ちゃんたら、またドン引きして、あずみのことかまってくれなくなるんですから」

 ドン引き?

 僕はひそかに顔をしかめた。

 確かにドン引きもいいところである。

 それも別にあずみに対してだけではない。

 僕に言わせれば、君らはみんな宇宙人みたいなものだ。

 ”女だてら”というのはもはや死語で差別用語かもしれないが、それにしても3人とも、ちょっとばかり強すぎやしないか?

 ふたりの会話を聞いていて、ふとそう思ったのである。



 あとは残りの道を辿って洞窟を出るだけだった。

 出口は崖の中腹に開いていて、見下ろすと下のほうに”足”をなくしたお化け蝸牛の身体が殻ごと無様に横倒しになっているのが見えた。

 勢い余って崖から下に転落したのに違いなかった。

 まだ動いていたが、元々太陽の光が苦手なのか、早くも表皮が白く乾き、火ぶくれだらけになっているようだ。

 僕はほっと安堵の吐息をついた。

 雨でも降らない限り、おそらくあれはあのままお陀仏だろう。

 洞窟の中の”足”のほうが元の姿にまで再生するにはかなり時間がかかるだろうし、これで帰り道にこいつに襲われる心配はない。



 出口は、崖に貼りつくようにして下方に伸びる細い道に面していた。

 その道を慎重に伝って底まで降りると、そこは外輪山と背後の崖に挟まれた狭い平地だった。

 事前の情報が正しければ、四凶のうち、この南に「檮杌(とうこつ)」、西に「饕餮(とうてつ)」が”門”を守っていることになる。

まずは饕餮(とうてつ)を倒して西の門からカルデラ内に潜入する、というのが僕らの計画だった。

 饕餮(とうてつ)とは、”腋の下に目のある人面の羊”だという話である。

 だが、いったいどんな格好をしているのか、皆目見当がつかないというのが本音のところだ。

「藤野さん、まだ来てないみたいだね」

 あたりを見回して、光が言った。

「おら、連絡取ってみるだ」

 サトがリュックから今時珍しいガラケーを取り出した。

「あそこにちょうどいい日影があるわ。休憩がてら、食事にしましょう。サトちゃんも連絡は食事の後でいいから」

 光が指さしたのは、キノコのように岩が扇形に張り出した一角だった。

 ありがたい。

 そこまで行くと、僕はへなへなと地面に座り込んだ。

 今頃になって、極度の疲労が津波のように押し寄せてきたからだった。









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