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ハイスペック過ぎる妹を守るため、死霊の島で明日に向かってゴールをめざす 作者:春風小夏
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scene 60 荒神アンダーグラウンド⑰

 僕の足首を掴んだのは、水の中から這い出てきた泥人形のひとりだった。

「わ、やめろ、離せ」

 やみくもに叫んでみたが、もちろんそんなことで、はい、そうですかと解放してくれるはずもない。

 すぐに残る左足も掴まれ、僕は身動きが取れなくなってしまった。

 毛が全部抜けて男か女かもわからなくなったそいつは、しかし歯だけは丈夫なようで、かっと大きく口を開き、今にも僕の脚に噛みつこうとしている。

 何年も水底で獲物が通るのを待ちわびていたのだろう。

 もしそうだとすると、よほど腹が減っているのに違いない。

「アキラ君、早く逃げて。何やってるの? うしろ、つまってるんだってば」

 背後から光の叱責の声が飛ぶ。

 見ると、確かに湿原全体がぶくぶくと泡立ち、あちらこちらから死体どもが僕めがけてぞろぞろ押し寄せてくるところだった。

 しかも、光の言う通り、僕らの歩いている道は一本道なので、僕が進まないことには後ろにいる光もサトも逃げられないというわけなのだ。

「ご、ごめん、今なんとかするから」

 言ってはみたものの、リュックから銃を取り出す暇はなかった。

 そうこうしているうちにも、泥人形は水面から身を乗り出し、僕のふくらはぎに茶色く変色した歯を立てようとする。

 こいつに噛まれたら、俺もゾンビになるんだろうな。

 呆然とそんなことを考えた時だった。

 ふいにバシッと軽快な音が響いて、泥人形の頭が吹っ飛んだ。

 場外ホームランの勢いで、放物線を描いて湿地帯の向こうに砲弾よろしく飛び去っていく。

「え?」

 顔を上げると、あずみが華麗に足を伸ばしたまま静止していた。

 短いスカートから伸びたむっちりした太腿、そしてそれに続くカモシカのようにしなやかな右脚が、きっちり60度の角度で天を指している。

「ナイスシューだべ」

 サトがぱちぱちと拍手した。

「ちょっと飛びすぎちゃったね」

 あずみが足を下ろしてぺろりと舌を出した。

「これがサッカーなら、ゴールポスト越えちゃってる」

 なんというキック力。

 ゾンビの頭を、あそこまで蹴り飛ばしてしまうとは。

 感心しているところへ、次のゾンビが襲い掛かってきた。

 あずみが身構えた。

 腰を落とすと、敵をぎりぎりまでひきつけてから、素早いワンツーパンチを繰り出した。

 顔面を潰され、水の中へ昏倒するゾンビ。

 反対側から飛び出ししてきたもう一匹が、あずみの肘打ちを側頭部にまともに喰らい、頭から脳漿を撒き散らしながら沈没していった。

「いいいねえ、あずみちゃん。あなたを見てるとほんとスカッとするわ」

 光が僕を押しのけてあずみと並ぶ。

 右手に持ったヨーヨーを、頭上でぶんぶん振り回している。

 泥人形が束になってかかってきたところへ、それを投げた。

 アンダースローの華麗なフォームである。

 単分子チェーンが空を切り、5,6人のゾンビの頭を一気に跳ね飛ばした。

 こういう広い場所では、光の武器は無敵である。

 鋼鉄すらも切断する糸が、絶大な効果を発揮するのだ。

 背後ではサトが得意の弓矢で攻撃を開始していた。

 あずみはあずみで、ナックルパンチ以外にあの伸縮自在のからくり槍をも使って無双の真っ最中だ。

 僕はなんとなくゾンビたちがかわいそうになってきた。

 この女たちは何なのだ?

 たった3人なのに、なんでこんなにムチャクチャ強い?

「でも、なんかキリがないって感じですね」

 両脚を風車のように旋回させ、パンチラを惜しげもなくサービスしてくれながら、光に向かってあずみが言った。

「これ、絶対行方不明になったテレビ局の人たち以外にもいますよね。もう30人以上倒してるけど、まだ湧いてくるし」

 そうなのだ。

 いったいどれだけの数が泥の中に埋まっているのか、ゾンビたちは無限だった。

 新たな津波が押し寄せるように泥が盛り上がったかと思うと、何十本もの腕が、わっとばかりに一斉に襲いかかってくるのである。

「たぶんね、こういうことじゃないかと思うの」

 迫り来る新手のゾンビたちを単分子チェーンで八つ裂きにしつつ、光が答える。

「ここを通る外道たちは何らかの理由でこの湿地で死体に戻り、泥の中で眠っていた。あの岩穴の入り口が閉ざされれたのは、テレビクルーの事件の後だと思うの。でなきゃ彼らはここまで来られなかったわけだから。つまり、この道は、これまでかなりの数の外道が通ったんじゃないかってこと。とすれば、死体もその分たくさんあってもおかしくない」

「すなわち、このゾンビどもは、闇虫に見捨てられた抜け殻ってことか」

 やっと発言の隙を見つけて、僕は言った。

「確かに、いくらやっつけても身体から闇虫が出て来ないわけだ」

「闇虫は、ここで宿主を捨てて、離れに帰っていったんだわ。ひょっとすると、島の人たちは、この沼地に眠る死体の数を数えては、いつ祭りを行うか決めてたんじゃないかしら」

 ということは、洞窟の入り口はやはりずっと閉ざされていたわけではなかったのだ。

 僕らが見たのは、テレビクルー事件に恐れをなした島民たちが、いつもより厳重にセメントで固めた跡だったのだろう。

「でもさ、そうすると変なんだよね」

 拳に付着した肉片をティッシュで拭いながら、あずみが言った。

「闇虫に取りつかれていないのに、どうしてここの死体はあんなふうに動けるわけ? まるで別の何かに操られてるみたいに見えるけど」

「おそらくその推理は正しいでしょうね」

 例によって落ち着いた口調で光が言った。

「例えばあそこにそびえ立ってる”あれ”なんかがそうじゃないかと思うんだけど、どうかな」

 ”あれ”?

 あれって、何だ?

 光がまっすぐ指さした先に視線をやって、

「ぶ」

 僕はいきなりむせた。

 そこで、

 また嫌なものを見てしまったからである。 







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