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ハイスペック過ぎる妹を守るため、死霊の島で明日に向かってゴールをめざす 作者:春風小夏

第4章 荒神アンダーグラウンド

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scene 58 荒神アンダーグラウンド⑮

 いったん、ガクンと下がったロープが、すぐにまた止まった。

 驚いて上を見上げると、崖の縁からあずみの手首だけが覗いていた。

 5本の指で、ロープをしっかり握っている。

 何者かに襲われながらも、必死で僕らの落下を防いでくれているのだ。

 岩肌が目の前に来ていた。

 蝋を溶かしたような奇怪な形の鍾乳石がいくつもいくつも垂れ下がる、ぬめぬめと光る岩肌である。

 登り切るのにあと5メートルくらいだろうか。

 うまく出っ張りを辿っていけば、自力でも登れそうな気がした。

 一番頑丈そうな鍾乳石に手をかけた時、

「アキラさ、ごめんな!」

 突然サトの声がして、両肩に衝撃が来た。

 黒い影が疾風のごとく、頭の上を飛び越えていく。

 僕の真下に吊り下がっていたはずのサトが、崖をよじ登って僕の肩を踏み台にし、一気にジャンプしたのだった。

 ロケットのように飛び上がったサトは、崖の縁と僕の中間点あたりで再びロープにとりつき、そのまま勢いに任せて垂直に近い岩肌を駆け登った。

 崖の上によじ登って腹ばいになると、くるりとこちらを向き、あずみの手首と一緒にロープを引き始めた。

「そこまで来ればもう自分で登れるべ! ふたりとも急ぐだ! あずみちゃんが大変だ!」

 サトの力が加わったため、あとは楽だった。

 じきに崖のへりに手が届き、僕は懸垂の要領で身体を引きずり上げた。

 登り切ると、サトとふたりで光に手を貸し、体重の軽い彼女を一息に崖の上に引っ張り上げた。

「やった!」

 光を抱きとめて叫ぶと、

「喜ぶのはまだ早いべ」

 蒼ざめた顔でサトが言った。

「え?」

 振り向いた僕は、見た。

 すぐそこに、横穴を塞ぐほどもでかい肉の塊が、どでんとうずくまっている。

 その下からあずみの片手が突き出しており、いまだにロープを掴んでいた。

「なんだ? こりゃ」

 僕は呻いた。

 黄土色の(いぼ)だらけの表皮。

 所々に黒と白の縞がある。

 それは明らかに生きているようで、規則正しく丸い身体が膨らんだりしぼんだりしていた。 

 どこかで見たことのあるフォルムだった。

 サイズはバカでかいが、ひょっとしてこいつ…。

 呆気に取られて眺めていると、そいつがあずみを下敷きにしたまま、ずりずりと動き始めた。

 どうやら僕らが見ていたのはそいつの尻らしかった。

 体を回転させてこちらを向いたそいつの頭部を見るなり、サトがうめくように言った。

「たまげただ…。なんちゅうでっかいヒキだんべ」

 耳まで裂けた財布のような口。

 左右に飛び出したバレーボールほどもある目玉。

 間違いない。

 これは蝦蟇(がま)だ。

 高さ3メートル、全長5メートルはありそうな巨大な蟾蜍(ひきがえる)なのだった。

 僕ら3人を視認するや否や、怪物が口を開いた。

 歯のないピンク色のほら穴が開いたかと見えた瞬間、

 中で丸まっていた舌が、ビュン! と恐ろしい速さで飛び出してきた。

「任せて」

 傍らで光が短く言い、アンダースローでヨーヨーを放り投げた。

 ナノカーボンの目に見えない糸がするすると伸び、空中でお化け蛙の舌をぶった切る。

「ぐぶう」

 血を吹いて蛙がのけぞった。

 それとほとんど同時だった。

「うわああああ!」

 蛙の下から咆哮が沸き起こった。

 あずみの声だ。

 ジャッキでトラックを持ち上げるように、ブクブクに太った怪物の身体がぐんぐんせり上がっていく。

 その下からあずみが現れた。

 両手をいっぱいに伸ばして、怪物の腹のあたりを支えている。

「とりゃあ!」

 更にひと声叫んで上体をねじると、相撲のうっちゃりみたいな体勢で、軽々怪物をひっくり返した。

 この蛙、アフリカ象並みに大きいから、体重もトン単位に違いない。

 それを持ち上げた挙句、簡単にひっくり返してしまうのだから、あずみの腕力はブルドーザーの馬力を超えているといえそうだった。

「お兄ちゃん、あれ!」

 僕のほうに駆け寄ると、(まなじり)を吊り上げてあずみが言った。

 ”あれ”だけでわかった。

 血はつながっていなくとも、僕らは兄妹なのだ。

 そこは阿吽の呼吸というやつだった。

「おう」

 僕はリュックから素早くS&Wを引き出した。

 防水加工のリュックに入れてあったため、幸いなことに濡れてはいない。

 足を前後に広げ、腰だめにして重心を低く取る。

 あずみが背中に回り込み、二人羽織のように後ろから覆いかぶさってきた。

 グリップを握った僕の両手に、あずみの手が重なった。

 熟した果実の感触を背中に感じながら、仰向けになった化け物の腹にターゲットを合わせる。

 そこだけ生白い、所々に斑点の浮いただぶついた腹である。

「ファイア!」

 あずみの叫びを合図に、僕は重いトリガーを渾身の力を込めて引き絞った。

 爆弾が破裂したような銃声とともに、洞窟内の空気がびりびりと振動した。

 衝撃はあった。

 が、その大部分は、僕を包む天使の肉体が、スポンジよろしく受け止めてくれていた。

 だから今度こそ、僕は冷静に銃の威力を観察することができた。

 化け物の腹が、内側から爆発したようにぐしゃぐしゃに裂け、

 すさまじい勢いで、体液と内臓が吹き上がった。

 洞窟の壁といわず天井といわず、ところ構わず千切れた肉片が飛び散ってべたべた貼りついた。

「命中」

 あずみが試合終了を告げる審判のように高らかにそう宣言し、

「さすがお兄ちゃん」

 後ろから僕の首に両腕を回して、抱きついてきた。

 僕はそのすべすべした肌の感触を右頬に感じながら、原形も留めぬほど破壊された怪物のなれの果てを、長い間ただ茫然と眺めていた。









 
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