挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ハイスペック過ぎる妹を守るため、死霊の島で明日に向かってゴールをめざす 作者:春風小夏
54/86

scene 53 荒神アンダーグラウンド⑩

 縦穴はかなり深そうだった。

 しかも耳を澄ますと、下のほうからかすかな水の流れる音が聞こえてくる。

「ここは登山の装備なしでも行けそうだね」

 穴の縁にかがみこんで、懐中電灯で中を照らしていた光が言った。

「陸軍の補修の跡だと思うけど、穴の縁から梯子が垂らしてある。金属製だから、なんとか使えそう」

 なるほど、太平洋戦争から70年以上経っているのだから、この湿気に晒されていては、縄梯子ならとっくの昔に腐って使い物にならなくなっているところだろう。

「何かあるといけねえんで、おらが先に行くべ」

 サトが言った。

 いつの間にか、工事現場で使うようなヘルメットを頭にかぶっている。

 庇の上に投光器がついた例のタイプである。

「おら、これがあるから」

 投光器のスイッチを入れ、明かりを灯すと、先に立って穴の中に身体を滑り込ませていった。

 次に光。

 そして僕がその後に続く。

 あずみがいちばん最後だった。

「お兄ちゃん、上見ちゃダメだよ」

 降りながら、あずみが声をかけてきた。

 見るなと言われると、つい見てしまうのが人間の悲しい(さが)である。

 うっかり顔を上げたら、スカートの中身が、頭の真上、まさしく手の届きそうな距離に見えていた。

 生白い太腿。

 そしてまあるいお尻。

 ぴったりした薄いパンティに包まれた、天国の果実のように見事な尻だった。

 それが、穴の入り口から射してくる光の中に、ぼんやりと浮かび上がっている。

 思わず見とれていると、

「いや! 見ないで、そんなところで止まらないで!」

 あずみがスニーカーのつま先で、僕の頭をつついてきた。

 家にいる時はあれだけ下着姿でぶらぶらしているくせに、今更何だ、とちょっと不満を覚えたが、

「わ、わりィ」

 ここは素直に謝って、下に降りる作業に専念することにした。

 穴はかなり狭く、荷物を背負った人間がひとりやっと通れるくらいの直径しかなかった。

 だから逆に言うと、背中を後ろの壁につけながら降りることができるので、その分うっかり足を滑らせて落っこちる心配はなさそうだった。

 鉄の梯子は手触りからして所々かなり錆びているようだったが、岩盤にじかに打ちつけられているのか、僕ら4人がしがみついても意外に丈夫で、揺れたり段がはずれたりすることもなかった。

 しばらくすると、辺りは真っ暗になった。

 明かりといえば、下方で点っているサトの投光器と、光が首から下げた大型懐中電灯のものだけである。

 そうして、暗闇の中を10分も下降しただろうか。

 そろそろ肩と腰が痛み始めた頃、下のほうからサトの声が聞こえてきた。

「着いたべ。ここは広い岩の上みてえだけど、それにしても、こりゃあ、どうしたもんだか…」

 何が、「どうしたもんだか」なのだろう。

 足元で急に穴が広くなったかと思うと、広々とした空間に出た。

 地面が見えてきたので、思い切って梯子から手を離す。

 無時着地すると、そこはサトが言ったように平たい一枚岩の上だった。

 暗闇が薄れ、ぼうっとあたりの様子が見えてくる。

 地衣類か鍾乳石の作用なのだろうか。

 周囲の壁自体がぼうっと緑色の燐光を発している。

「うわあ、すごーい!」

 あとから降りてきたあずみが、子どものようにはしゃいだ声で言う。

 確かに壮観だった。

 僕らが立っているのは、ドーム球場ほどもありそうな、大伽藍の底なのである。

 まさか島の地下に、こんな大空洞が隠されていたとは驚きだった。

 しかし、驚いてばかりもいられなかった。

 問題は、水である。

 僕らの立っている岩場は、数メートル先で巨大な湖に吞み込まれているのだ。

 大伽藍の底は、この岩場以外、すべて地底湖になっているのだった。

 どこからか轟々と水の流れる音が響いてくる。

 その音にかき消されまいと、声を張り上げて光が言った。

「サトちゃん、”あれ”持って来たよね。まあ、予想よりちょっとばかり規模が大きすぎるけど、ここは”あれ”を使うしかないみたいだね」

 このくらいは想定内だとでもいわんばかりの、落ち着いた口調である。

「危険すぎるけんど、泳いで渡るわけにもいかねえからなあ」

 リュックを降ろしたサトが取り出したのは、折り畳み式のゴムボートだった。

 ご丁寧に、折り畳み式のオールもセットになっているようだ。

「あたしが空気入れましょうか」

 サトが簡易式の空気ポンプをセットした時、それを見ていたあずみが言った。

「たぶんあずみがやったほうが早いです。あずみの肺活量、80000mlを超えてるので」

「8万? 8000じゃなくて?」

 光がまじまじとあずみを見つめた。

「肺活量って、健康な成人男性の平均値が2000~3000、トップアスリートで7000だよ。その10倍以上ってこと?」

「はい。身体検査の時、それで機械が壊れちゃって、保健室の先生にずいぶん叱られました」

 ペロッと舌を出してあずみが笑う。

 それは壊れるだろう。

 あずみの身体能力は、まさしくヒグマ並みなのだ。


 自分から申し出ただけのことはあった。

 ほぼ2、3度息を吹き込んだだけで、あずみは簡単にゴムボートを完成させてしまった。

「カルデラの方角は、あっちね」

 ボートに乗り込み、互いの位置を決めると、コンパスと周囲の風景を見比べながら、光が言った。

「あずみとサトちゃんが、漕ぎますね」

 あずみがサトに目配せした。

「んだ」

 うなずくサト。

 僕の後ろにあずみ、光の後ろにはサトが、オールを膝の上に置いて、座っている。

 適材適所とは、このことだ。

 箸より重いものを持ったことのない僕と光は、こんな時は非力この上ない。

「頼んだわ。でも、あんまりスピード出さないで。先に何があるか、わからないから」

「了解です」

 にっこり笑ってうなずくあずみ。

 鏡のように凪いだ水面を、そろそろと僕らを乗せたゴムボートが動き出す。

 あずみとサトのオール遣いは手慣れたものだった。

 大して苦もなく、僕らは地底湖の中心へと向かって滑り出した。





 が、僕らはこの時、予想だにしていなかったのだ。

 やがて、とてつもない災難が、自分たちの上に降りかかってくることを…。



















+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ