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ハイスペック過ぎる妹を守るため、死霊の島で明日に向かってゴールをめざす 作者:春風小夏

第4章 荒神アンダーグラウンド

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scene 50 荒神アンダーグラウンド⑦

 赤い霧で煙ったような広い部屋の中。

 リノリウムの床をべったりと覆った血溜まりのあちらこちらに、引きちぎられた腕や足、そして首と四肢のない丸太のような胴体がごろごろ転がっている。

 息を整え、冷静に数を数えてみると、死体は全部で5体あった。

 手足はどれも肉をはぎ取られた状態で、半分以上白い骨が覗いている。

 例えは悪いが、まるで食べ残しの骨付きチキンを床中にばら撒いたみたいな感じ、とでもいったらいいだろうか。

 胴体は例外なく服を脱がされ、腹を裂かれていた。

 あたかも猛獣に食いちぎられでもしたかのように下腹にギザギザの穴が開き、そこからどろりと大腸や小腸が床に溢れ出しているのだ。

 頭部はというと、これがまた悲惨な状態だった。

 よほど強い力で投げつけられたのだろう、壁や天井に潰れたトマトのように貼りつき、砕けた頭蓋から眼球や脳漿を垂れ流しているのだった。

 声の主は、その地獄のような風景の奥で、迷子になった幼児のように膝を抱え、うずくまっていた。

 白衣姿の、髪の長い女性である。

 この病院の看護師か、あるいは藤野が言っていた明野という医師の奥さんだろうか。

 白衣はべっとりと血に染まり、乱れた髪が横顔を隠している。

 血の海を踏まないように、あずみがそろそろと前進し始めた。

 あずみに手を引かれるまま、後に続く僕。

「お兄ちゃん」

 前方を見つめながら、あずみが声を殺して囁いた。

「拳銃の用意を。いつでも撃てるように」

「わ、わかった」

 周囲を警戒しながら、僕は苦労してリュックからS&Wを取り出した。

 マガジンに50ミリマグナムが6発装填してあるのを確かめると、とりあえずベルトに差しておくことにした。

 重さでコットンパンツがずるりとずり下がる。

 幸い、部屋の中に動くものの気配はなかった。

 耳を澄ましてみたが、女性のすすり泣きのほか、何の物音もしない。

「大丈夫ですか?」

 突き当りの壁まであと数メートルといった地点まで近づいたところで、あずみが女性に声をかけた。

「ああ…」

 女性がこうべを上げた。

 長い髪がはらりと左右に割れ、細面の顔が現れた。

 40代前半くらいの、繊細な顔立ちの女性だった。

 切れ長の眼が、涙で潤んでいる。

 頬に汚れがこびりついているほかは、特にけがをしている様子もない。

「何があったんです?」

 重ねてあずみがたずねた。

「誰がこんなひどいことを…」

「覚えて…いないんです」

 女性がうめくように言った。

「強く頭を打ったらしくて…。ここが、痛くて、たまらないんです」

 片手で後頭部を押さえ、痛そうに顔をしかめた。

「怪我、してるんですね?」

 僕の手を離して、あずみが近寄っていく。

「ちょっと、見せてもらっていいですか?」

 そう言って、女性の後ろに回ろうとした時だった。

 突然、生き物のように女性の髪の毛がのたうった。

 獲物を狙う蛇よろしくしゅるしゅる伸びると、瞬く間にあずみの両手首に絡みつく。

「いや!」

 あずみの体がふわりと宙に持ち上がった。

 女性が後ろを向いた。

 頭の後ろに、口が開いていた。

 ぎっしりと鋭い歯が植わった、巨大な口だった。

「あなたがやったのね!」

 宙づりになったまま、あずみが叫んだ。

 さらに髪の毛が伸び、くびれた腰と両足首に絡みつく。

「う・ま・そ・う・だ」

 口が言った。

 しわがれた、地の底から響いてくるような声だった。

「お兄ちゃん、撃って!」

 空中に大の字になったあずみが、僕を見た。

「お、おお」

 ベルトからS&Wを抜き、両手に構える。

 無茶はわかっていた。

 試射すらしていないのだ。

 しかし、ここはやるしかなかった。

 腰を落として狙いを定めた。

 深呼吸を繰り返し、心を落ち着ける。

 次第に周囲の風景がぼやけ、化け物の着る白衣だけにピントが合ってきた。

 いまだ!

 思い切って、トリガーを引いた。

 轟音が轟き、

 すさまじい衝撃が僕を襲った。

 まるで特大のハンマーで肩を殴られたような感じだった。

「うわっ」

 身体が吹っ飛んだ。

 背中が何か硬いものにぶつかった。

 背後にあったベッドの脚に叩きつけられたのだ。

 硝煙の向こうに、何事もなく蠢く触手のような髪の毛が見えた。

 見ると、化け物の手前の床に大きな穴が開いていた。

 僕は青ざめた。

 はずした。

 予想通りとはいえ、やはり当たらなかったのだ。

 震える手で拳銃を持ち上げる。

 弾丸はあと5発残っている。

 しかし、今の衝撃を思い出すと気力が萎えた。

 こんなじゃじゃ馬、僕ひとりではとても制御は無理だ。

 連射したら、こっちの肩の骨がいかれるか、あずみに弾が当たってしまうのが関の山だろう。

 くそっ、どうしたらいい…?

 奥歯を噛みしめた時である。

「アキラさ、伏せて!」

 鋭い声が耳朶を打った。

 ベッドの陰から入口のほうに目をやると、弓矢を構えたサトが立っていた。

 堂々たる構えだった。

 僕が床に伏せるのを見届けると、サトが裂帛の気合いとともに矢を放った。

 シュッ。

 空気を切り裂き、目にも留まらぬ速さで何かが頭の上を通り過ぎた。

「ぎゃ」

 次の瞬間、蛙を踏み潰すような悲鳴が上がった。

 振り向くと、長い矢に首を射ぬかれ、化け物が硬直していた。

「サンキュー!」

 髪の毛がほどけると同時に、あずみが宙で一回転した。

 スカートが盛大に翻り、純白のパンティが見えた。

 全体重に落下時の加速度を乗せて、すらりとした右足を伸ばす。

 華麗なドロップキックが化け物の側頭部に炸裂した。

 ごきりと嫌な音がして、奇妙な角度に首が折れ曲がる。

 着地と同時に、右足を軸に、今度は左足での回し蹴り。

あずみの体が、バレエを踊るように旋回した。

 またしても白いものが垣間見えたかと思うと、ダンプカーが正面衝突したかのような勢いで化け物の身体が吹っ飛んだ。

 ベッドの上で跳ね上がり、壁に激突して潰れた。

 そのひしゃげた肉塊を中心にして、壁いっぱいに血しぶきが飛び散った。

「サトさん、すごい」

 あずみがサトに歩み寄り、右手を差し出した。

 握手を求めているのだ。

「本土の高校に通ってたとき、弓道部だったんで」

 はにかんだようにほほ笑み、サトがあずみの手を握り返す。

「これでも、2年の時は全国大会出場だべ」

「やるぅ」

 あずみがぱっちりした目を更に丸くする。

「この弓も、元はといえば、高校卒業ん時、おらが寄付したもんだべ。使い慣れてっから」

 サトが弓を撫でながら、言った。

「かっこよかったよ。なんか、アクション映画のヒロインみたいだった」

「そったらこと…」

「とにかく、助けてくれて、ありがとう」

 あずみがサトの肩を抱く。

 僕は複雑な思いで、そんなふたりを眺めていた。

 いかん。

 またやっちまった…。

 いったいこの僕がヒーローになれるのは、いつなのだろうか…?

 そう、しみじみ思ったのである。




 
 
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