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ハイスペック過ぎる妹を守るため、死霊の島で明日に向かってゴールをめざす 作者:春風小夏

第1章 因習の島

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scene 4 因習の島①

 青柳史郎と名乗った紳士は、病室を覗いてまだ唯が眠っているのを確かめると、僕らを病院内の休憩室に誘った。

 ホテルの喫茶ラウンジ顔負けに綺麗な休憩室は、ちょうど夕食の時間に当たっているためか、僕らのほかに人影はなかった。

「君はいい体をしているな」

 テーブルの脇に立ったあずみを見上げて、驚いたように紳士が言った。

「いや、変な意味じゃない。私は海外のスポーツ用品を卸す会社を経営している関係で、内外のアスリートとも関わりが深いんだ。いい体、というのは、だから性的な意味ではない。スポーツ選手として、君はまさに理想的な筋肉のつき方をしている。何か部活動はやっているのかね?」

 テーブルをはさんで座った僕と紳士の間で、あずみだけが腰に手を当てて突っ立ち、周囲を警戒するように眺めている。

 長い脚とメリハリのあるボディは、まるで瀟洒な美術室の中央に置かれた女神像のようだった。

「ついこの間まで陸上部でした。でも、やめちゃいました」

 入り口のほうを睨んだまま、あずみが応えた。

「ほう、なぜだね。もったいない」

「100メートルを6.2秒で走ったら、『速すぎる。あり得ない』ってコーチにいわれちゃって」

「6秒2? 50メートルの間違いじゃないのかね?」

「いえ、100です。女子は11秒台ならオリンピック級、世界記録でもジャマイカのボルト選手の9秒58が最高なんですって。でも、出ちゃったものはしょうがないです。何度走っても6秒台なんだから」

「むう」

 紳士がうめいた。

「100メートル6秒2だと…? それが本当なら、君はいったい…?」

「高跳びでもそうです。あたし、棒がなくても10メートルは軽いので。これも、世界記録は6メートル台で、走り高跳びになると、たったの2メートル45が世界最高なんだそうです」

「棒なしで10メートル…? 常識ではあり得ない数字だが…」

「き、気にしないでください。こいつ、ちょっと普通じゃないんで」

 僕は話を逸らすべく、笑いながら横槍を入れた。

「だいたいあずみおまえ、去年までは合唱部だったじゃないか」

「体がなまってきたんで、先月から陸上部に入ったの。なんだか無駄に筋肉質になってきた気がして」

 僕を見て、悪戯っぽく舌を出すあずみ。

「確かにまったく無駄のない素晴らしい肉体だよ。その身体なら、君のいうスーパーな記録もあながち嘘ではない気がしてくるほどだ」

 紳士はほれぼれと8頭身のあずみの肢体を見上げている。

「嘘なんかついてません。なんならここでやってみましょうか?」

「いや、いい。病院は暴れる場所じゃないからな」

 紳士が笑った。

「唯がボディガードを君に頼もうとした理由がわかったよ。なるほど、その辺の男より、よっぽど頼りになりそうだ」

 ”その辺の男”の代表が、間違いなくこの僕だった。

「あの、おじさんは、唯の本当のお父さんじゃ、ないんですか?」

 やっと警戒を解いたらしく、僕の隣に座るとあずみが訊いた。

「ああ、血筋的には私は唯の伯父に当たる。唯の母親の兄だよ」

「唯さんのお母さん、なんでも10年前、島を飛び出してきたとか…」

「そうだ。20年前に島を出た私を頼って、まだ幼かった唯を連れて突然やってきたんだ。そうか、あれからもう10年になるか…。ただ、その妹の薫も、5年前にすでに鬼籍に入っている。その後、私が唯を養女にして、これまで男で一つで育ててきた」

 あずみの立ち入った質問に不快な顔をするわけでもなく、淡々とした口調で紳士が言った。

 青柳史郎は、会社の経営者にふさわしく、落ち着いた印象の人物だった。

 自分も何かスポーツをやっているのか、歳の割に立派な体格をしている。

 死にかけた蚊トンボのような、うちのコースケとはえらい違いである。

 こめかみに白い毛が混じっているものの、顔の皮膚もつやつやしていて、すごく若々しい。

「唯は元々父なし子でね。薫が島で暮らしている間に、いつの間にか孕んで産んだ子なんだ。だからあの子には、もう私以外頼れる者がいないのだよ」

 重い内容の話だった。

 が、あずみはマイペースで質問を続けていく。

「荒神島って、どんなところなんですか? 唯さんの話だと、何か化け物みたいなものが住んでるってことなんですけど」

「化け物…」

 紳士の表情が曇った。

「ひょっとして、君たち、何か見たのか? 唯が怪我をしたのも、それと関係があるというのかね?」

「はい」

 性格がストレート過ぎるのか、あずみはまったく否定しようとしない。

 生まれつき、隠し事ができないタチなのだ。

「島のことを話す前に、まずきょう起こったことを教えてくれないか。私の想像通りだとすると、これは相当厄介なことになりそうなのでね」

「わかりました」

 あずみは言うと、キッと目を上げて、

「でもその前に、何か飲み物頼んでもいいですか? お兄ちゃんはアイスコーヒー、あたしはアイスカフェラテでお願いします」



















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