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ハイスペック過ぎる妹を守るため、死霊の島で明日に向かってゴールをめざす 作者:春風小夏

第2章 サバイバル

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scene 31 サバイバル⑫

 貯水タンクは高さ2メートルほどの赤さびた球体で、四本の脚に支えられたその姿は、まるで見捨てられた宇宙人の着陸船のようだった。

 側面に溶接された鉄の梯子を上ると、湾曲した屋根の部分にはすでに所々大小の穴が開いていた。

 隙間から中を覗くと、底のほうに赤茶けた液体がたまっているのが見えた。

 サトの話によれば、この小学校が廃校になったのは去年の春だそうだ。

 わずか一年ちょっとしか経っていないのにもうこのありさまとは、人間のつくったものなど、本当に脆いものである。

 光に言われた通り、僕は穴から土壌改良剤を袋ごと放り込んだ。

 袋の口からあふれ出した白い粉がどろりとした水面に広がっていくと、すぐにぶくぶく泡が立ち始めた。

 酸化カルシウムと水が化合して、熱を発し始めたのだ。

「早く降りて。降りたら、サトと一緒にまっすぐ下へ」

 ヨーヨーを頭上で振り回しながら、光が言った。

「光さんは?」

「用が済んだらすぐに行くから、先に降りて待ってて」

「急ぐべ」

 あずみを背負ったサトが言う。

「外道どもが上がって来ねえうちに」

 非常階段の降り口まで行き着いて下を覗き込んでみた。

 階段は校舎の壁をジグザグに這いながら、そのまま地上へと達している。

 帰りはわざわざ校舎の中を通らなくても、これで直接地上に降りられるというわけだ。

 それはラッキーだったが、問題は階段の真下に化け物たちが集まってきていることだった。

「まずいな」

 うめいたとき、屋上のほうでガラガラと何かが崩れる音がした。

 地上を埋めつくしていた化け物たちの注意が、一斉に逸れた。

 不気味な魚の頭部を揺らしながら、何事かと校庭のほうへとぞろぞろ移動し始めた。

 階段の下が、空いた。

「今だ」

 僕は小声でサトを促した。

 うなずいて、サトが降り始める。

 2階の踊り場までさしかかった時だった。

 校庭のほうで、ドーンという音が響き渡った。

 同時に悲鳴が沸き起こる。

 と、非常階段の上に光の姿が現れた。

 コートをマントのように翻した、銀白色のストレートヘアにサンクラスといったその姿は、満月を背に、なんだか異界のヒーローみたいにかっこいい。

「貯水タンクを落としてやった。チャンスだよ」

 ヨーヨーのナノカーボン・ワイヤーで、タンクの脚を切断したに違いない。

 地上に降り、校舎の陰から校庭のほうを覗いてみると、真ん中にひしゃげた鋼鉄のタンクが転がっていて、もうもうと湯気を立てていた。

 中からあふれ出した茶色い熱湯を浴びて、なん十匹もの化け物たちがのたうち回って苦しんでいる。

 その周りを取り囲むようにして、更に何十匹かが呆然と立ち尽くしていた。

「こっちに裏門があるべ。今のうちに脱出だべ」

 囁くようにサトが言い、足音も立てずに走り出す。

 僕では持ち上げることすらできなかったあずみを背負っているにも関わらず、ひどく敏捷な動作だった。

 さすが島の娘。

 僕なんかとは体の鍛え方が違うのだ。

 扉の壊れた裏門を抜け、なだらかな草原を下ると、そこは三日月形の狭い砂浜だった。

「あとはこのまま渚に沿って進めばいいんだね」

 黒々とした行く手の森のほうを見つめながら、光が言った。

「んだ。ここまで来れば、歩いて10分もかかんねえだ」

「本家って、今はホテルになってるんでしょ? さっきのお迎えの車に名前が書いてあったけど」

「ホテル青柳っていうだ。ホテルつうより、ただのおっきい旅館だども」

「旅館か、いいね。温泉があるとさらにいい」

 僕は思わず横から口を挟んでいた。

 熱い温泉に新鮮な海の幸。

 冒険の後のご褒美に、ぴったりではないか。

「お風呂は天然温泉だべ。島には火山があるくれえだから」

 当然のように、サトが言う。

「だども、今はそれどころじゃねえだ。早くけえって、お嬢様と一平助ける準備をしねえと」

「だよな」

 僕はうなだれた。

「ごめん、サトと光さんお前で、不謹慎だったよ」

「気にしない」

 光が持ち前のクールな調子で言った。

「私も温泉は楽しみだ」





 暗い砂浜を、光の懐中電灯だけを頼りにして歩いた。

 暗くてよく見えないが、すぐそこが海というのは、波の音と強い潮の香でわかった。

 海から何か出て来ないかとひやひやものだったが、幸いそんなこともなく、僕らは森の切れ目まで何事もなく無事に辿り着くことができた。

 左手にずっと続いていた木々が少し先で途切れ、コンクリート製の堤防に変わっている。

 そこに刻まれた階段の向こうに立派な石垣が見え、その石垣の上に大きな建物が立っている。

「あれが、ホテル青栁だだべ」

 サトが言った。

「急がないと。あずみちゃんの様子がおかしいべ」

「なんだって?」

 光がサングラスを上げ、サトの背中でぐったりしているあずみを覗き込んだ。

「これは…」

 驚いたようにつぶやき、口をつぐんだ。

「体がすごく熱くなってるべ。話しかけても答えねえし」

「どういうこと?」

 僕はあずみに駆け寄った。

 ひと目で異常だとわかった。

 あずみの右腕から首にかけての皮膚が、紫色に変色し始めているのだ。

「毒だね」

 冷めた口調で光が言った。

「あのナイフ、毒が塗ってあったんだよ」







 
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