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ハイスペック過ぎる妹を守るため、死霊の島で明日に向かってゴールをめざす 作者:春風小夏
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scene 30 サバイバル⑪

 一平じゃない…。

 って、それ、どういうことだ?

 光の言葉の意味は、すぐにわかった。

 振り向いた少年が口を開くと、その中から無数の触手のようなものがわらわらと伸び出してきたのだ。

 光の右腕がしなった。

 ヨーヨーが飛んだ。

 少年の股の間に吸い込まれていった。

 それを見届けるなり、今度は光がスナップを効かせて手首をひねった。

 跳ね上がったヨーヨーが、少年の体を股間からまっすぐ上に切り裂いた。

 縦に真っ二つに裂け、どす黒い体液を撒き散らしながら左右に肉塊が倒れていく。

 その間から、変色した臓器の塊とともに黒い紙切れのような闇虫たちが、どっとばかりに溢れ出してきた。

「生石灰!」

 光が僕に向かって鋭く言った。

 あわててリュックからビニル袋を引っ張り出し、中の粉を群がる闇虫たちに振りかけた。

 震える手でペットボトルのキャップを外し、その上に中身をぶちまける。

 超音波の悲鳴を上げてのたうつ寄生生物たち。

 僕はその上を飛び越えると、うずくまるあずみに駆け寄った。

「お兄ちゃん…」

 あずみが顔を上げた。

 苦しそうに唇を噛んでいる。

「ごめん、油断しちゃったみたい…」

 僕はあずみの前にかがんだ。

「乗れよ。俺がおぶってやる」

「いいの…?」

「当たり前だ。そのための兄貴じゃないか」

 僕は力を込めて言った。

 ようやく巡ってきたのだ。

 僕が、あずみを助ける番が。

「重いって、いわないでね」

 あずみが体をずらし、僕の背中に体重をかけてきた。

 う?

 な、なんだこれは?

 お、重い。

 重すぎる…。

 僕は危うくそう声に出しそうになった。

 あずみはとてつもなく重かった。

 そうか、と思う。

 おそらく、あずみの骨や筋肉は、常人の倍以上の密度を持っているに違いない。

 だからこそ100メートルを6秒台で走れるし、棒なしで10メートルもジャンプできるのだ。

「大丈夫?」

 背中のあずみが訊いてきた。

 かぐわしい吐息が鼻腔をくすぐり、熱く柔らかな胸のふくらみが背中に押しつけられている。

 しかし悲しいかな、僕にはそれを楽しむ心の余裕は全くといっていいほど、なかった。

 なんせ、あずみを背負ったのはいいが、歩くどころか、立ち上がることすらできないのである。

「あのさ、あずみ、おまえ、体重、何キロなの?」

 つい、訊いてしまった。

「いや、言いたくない」

 あずみがかぶりを振った。

 ボブカットの髪の先が、僕のうなじをくすぐった。

「言ったら、お兄ちゃんに、嫌われちゃう」

「そうか」

 僕は冷や汗を流しながら、つぶやいた。

 くそ。

 どうしたらいい?

 おそらくあずみの体重は、常人の倍を超えているだろう。

 つまらぬ見栄を張るのではなかった。

 僕はいつもこうなのだ。

 それでもなんとか立ち上がろうと思い、顔を真っ赤にしてウンウン呻いていると、

「アキラさには無理だなす。サトに任せるべ」

 サトの声が降ってきて、いきなり背中が軽くなった。

 突然重しを失ってたたらを踏む僕に、あずみを軽々と背負ったサトが言った。

「ウチは薪や魚担ぎ慣れてるから、100キロまでは平気だべ」

 ならば、あずみの体重は、かろうじて100キロは切っているということか。

「サトさん、ありがとね。でも、心配いらないよ。このくらいの傷、すぐに治るから」

 そこに、光がやってきた。

「傷、見せてごらん。ナイフを抜いて、止血してあげるから」

 サトがいったんあずみを下ろし、床に横たえた。

 光はあずみのタンクトップを胸の下までまくり上げると、脇腹から素早くナイフを抜いて傷口にガーゼを押し当てた。

 しばらく押さえてから、救急キットを開け、消毒液を取り出して傷口に塗る。

 さすが流しの薬剤師。

 準備万端というわけだ。

「一平ちゃん…どうなったの?」

 されるがままになりながら、あずみがたずねた。

「大丈夫、あいつは生きてるよ」

 手を休めることなく、光が言った。

「姉弟だからわかるのさ。一平は、絶対生きてるって」

 サングラスで表情まではわからない。

 が、声はあくまで平静だった。

「そうだよね」

 あずみが泣きそうな声で言った。

「あのタフな一平ちゃんが、闇虫なんかに取り憑かれるわけないもんね」

「とにかく、先を急ごう。早く本家に行って、体勢を整えないと」

 あずみの上体を起こすと、光は包帯でそのくびれた胴をぐるぐる巻きにした。

「でも、どうする? 下は化け物でいっぱいだし」

 僕が言うと、

「サト、あずみちゃんをおぶってあげて。アキラ君は私と来て」

 後ろも見ずに歩き出す。

 屋上の隅に、小さな鉄製のタンクがあった。

 さっきまではあの建造物に隠れて見えなかったが、どうやらこれがこの学校の給水タンクらしい。

 光はそのタンクに向かって、まっすぐに歩いていく。

「生石灰、あとどれくらいある?」

「袋に半分くらい、かな」

「それだけあれば十分だね」

「何するんです?」

「タンクに登って、中にそれを全部投げ入れてきて」

「なるほど」

 僕はうなずいた。

 やっと光の意図が理解できたのだ。











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