挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ハイスペック過ぎる妹を守るため、死霊の島で明日に向かってゴールをめざす 作者:春風小夏

第2章 サバイバル

27/98

scene 26 サバイバル⑦

 折り重なった人間蜘蛛の死骸から、ざわざわと夥しい数の黒い影が這い出てくる。

 5センチ四方くらいのひし形の染み。

 目も口もないそれは、海棲生物のエイに似ていた。

 這い寄ってくる染みの群れを冷ややかに眺めながら、光がつぶやいた。

「主が、『おまえの名は何か?』とお尋ねになると、それは答えた。『我が名はレギオン。我々は大勢であるが故に』」

 出た。

 光の得意技、聖書の引用である。

 そして、このフレーズなら僕も知っている。

「マルコ福音書第5章。ゾンビから悪魔が抜け出して、豚に乗り移る場面だね」

「当たり」

 ニコリともせず言うと、

「さあ、やっておしまい」

 右手を伸ばして、床を指さした。

 布袋の中に入っていたのは、密閉したビニルパックに入った白い粉だった。

 僕はビニル袋のジッパーを開くと、這い寄ってくる闇虫たちの上にその中身を三分の一ほど振りかけた。

 異常を感じたのか、群れの前進がピタッと停まる。

「今よ」

 いわれるまでもなかった。

 ペットボトルのキャップを外すと、粉を浴びて真っ白になった闇虫どもの上に、中の液体を扇形に振りまいた。

 ジュワッ。

 とたんに、もうもうたる白煙が上がった。

 焼けたフライパンの上に乗せられた小エビのように、真黒な染みたちが跳ね上がった。

 声にならぬ超高音の悲鳴が大気をつんざいた。

 炎で焙られたようにくるくると丸まって動かなくなる闇虫たち。

 ぶわっと熱気が押し寄せてきた。

「やるじゃない」

 光が僕の脇腹を肘でつついた。

「こらあ、また…どうしたことだべ」

 サトが僕を見た。

「大したことじゃない」

 僕は粉の袋とペットボトルをリュックにしまいながら、答えた。

「これは酸化カルシウムの粉末だ。酸化カルシウムは、水に触れると化合して水酸化カルシウムに変化する。いわゆる消石灰ってやつだ。で、問題なのは、その際、数百度の高熱を発するってこと。この原理は、カップ酒なんかにも使われている。ほら、カップの底についた紐を引っ張ると、たちまち容器があったまって熱燗ができるって、あれさ」

 酸化カルシウムは、主にセメントや陶磁器などの原料として使われるほか、土壌改良剤などにも利用されている。

 光が見つけてきた袋が、それだったのだ。

「さっすが、お兄ちゃん」

 あずみが我が事のように喜んだ。

 胸の前で両手を組み、瞳をきらきら輝かせている。

「そうだなず。やはり学生さんは頭の出来が違うべ」

 サトの眼にも、心なしか賛美の光が宿っているようだ。

 僕は照れ臭くなった。

「い、いや、元はといえばこれ、光さんのアイデアだから」

「説明しなくても理解したのは偉いよ」

 その光が言った。

 珍しくも、褒められたらしい。

「さ、今のうちに一平を」

「そうだね」

 光の言葉に、あずみが力強くうなずいて、走り出す。

「まだ足元熱いから気をつけて」

 僕らはぶすぶすくすぶっている闇虫の死骸をよけながら、壁に沿って廊下に駆け上がった。

 右手はすぐに突き当りになっていて、左手に長く通廊が伸びている。

 廊下に面した教室の出入り口から、うじゃうじゃとゾンビどもがわき出てくるところだった。

 ゾンビといっても人間の形を留めた者はごく少数だ。

 首から上がナメクジになっているやつ。

 背中にカタツムリのような貝殻を背負ったやつ。

 両腕がカマキリの前足になっているやつ。

 とにかく、無茶苦茶だった。

 どいつもこいつも人間と異種生物とのキメラになっているのだ。

 金属バットを振り回しながら、その中をあずみが駆け抜けていく。

 肉の潰れる音が連続して響き、廊下の壁に汚らしい体液が飛び散った。

 およそ人間離れした戦いぶりだった。

 戦いというより、ここまでくるともう一方的な虐殺である。

 肉の壁を成して迫りつつあった化け物たちの動きが、ぴたり止まっていた。

 そこにあずみが、両手に持った二本のバットを振りかざして突進していく。

 触手が脚が千切れ、貝殻や頭が粉砕される。

 くの字に折れ曲がったバットを投げ捨てると、今度は自分の手足を武器にして、あずみは暴れ回った。

 ストレートパンチ、カウンター、アッパーカット、前蹴り、踵落とし。

 釣り鐘型の胸を揺らし、時折マイクロミニの間から下着を覗かせながら、蝶のように舞い、蜂のように刺す。

 電光石火の早業だった。

 瞬く間に総崩れになり、退却し始める怪物の群れ。

 突き当りの非常扉に突進すると、我れ先にと外に逃れ出ていった。

「ごくろうさま」

 がらんとした廊下の中央に立つあずみの肩を後ろから抱いて、光が言った。

「相変わらずすごいね。でも、どうして体のサイズ、変えないの? 大きくなって戦ったほうが、楽だと思うんだけど」

「あんまりそれやると、服が破れて着るものなくなっちゃうから」

 振り向いて、あずみが言った。

「オールヌードになるの、いくらなんでもまだ早いでしょ?」

「そっか。そうだね」

 光が笑った。

「いってみればこれ、ザコ戦だもんね。ま、アキラ君を喜ばせるのは、ボス戦までお預けってことで」

 僕は思い出した。

 そういえばそうだった。

 二か月前のあの戦いのとき。

 最後のツクヨミ戦で、あずみはこともあろうに、スーパーヒロインよろしく巨大化したのだった。

「うん」

 あずみが元気良くうなずいたとき、教室から出てきたサトが言った。

「この階には誰も居ねえべ。上の階さ、行くだ」










 
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ