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ハイスペック過ぎる妹を守るため、死霊の島で明日に向かってゴールをめざす 作者:春風小夏
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scene 19 海と空の罠⑦

 食われる!

 と思い、目をつぶりかけた、まさにその瞬間である。

「おおりゃあ!」

 あずみが唸り、磯女の丸太のような胴を両腕で抱えたまま、大きく身体を半回転させた。

 遠心力で、化け物が棒のごとく伸びた。

 そのまま扇風機のように旋回したかと思うと、巨大な頭がブロック塀に激突した。

 バキバキとブロックが崩れ、化け物の頭部が瓦礫の中にめり込んでいく。

 あずみの体に巻きついていた尾の力が弱まった。

 戒めから抜け出すと、あずみは化け物の後ろに立った。

 「お、の、れ…!」

 瓦礫の山を突き崩しながら、磯女が鎌首をもたげて振り向いた。

 そこに、あずみが右のストレートを叩き込んだ。

「ぎゃっ」

 のけぞった化け物の柔らかい喉元に、正拳を目にも留まぬ速さで連打する。

 左の膝蹴りでもう一度のけぞらせると、腰を引いて鋭く右の回し蹴りを放った。

 眉間を砕かれ、口から血を吐き、声もなく悶絶する磯女。

 道路一杯に10メートルはありそうな長い体を横たえ、動かなくなった。

 わが妹ながら、すさまじい攻撃だった。

 それにしても驚きなのは、このような超自然的存在に、物理攻撃が有効だったことである。

 磯女が、光のいうように妖怪なのか、はたまたサトがいうように海神様なのか、どちらかはわからない。

 が、ともかく、あずみは魔法や超能力を使うわけでもなく、ただ拳と蹴りだけでそれを仕留めてしまったのだ。

 恐るべし、物理攻撃。

 そんなことを考えていると、自慢の胸をゆさゆさ揺らしながら、あずみが歩み寄ってきた。

「やったよ、お兄ちゃん」

 ひと仕事した後にふさわしく、頬が桜色に紅潮している。

 両手を上げているのは、おそらくハイタッチをしろということなのだろう。

 パチンと手を打ち合わせると、さすがに疲れたのか、そのまま僕の胸の中に倒れ込んできた。

 とてつもなく柔らかい、そして重い体がしなだれかかってきた。

 ずっしりとした重量感とともに、日向の髪の匂いとあずみのかぐわしい体臭が僕を一気に包み込む。

「こ、こら、あんまりくっつくな」

 腕で押し返そうにも、あずみはしがみついて離れようとしない。

 まずい。

 下半身が反応し始めている。

 兄らしからぬこの肉体反応は、決して妹に気取られてはならぬものだ。

「少しは心配してくれた?」

 僕の薄い胸に顔をうずめたまま、あずみがくぐもった声で訊いた。

「あ、ああ」

 生返事を返すと、

「ほんと?」

 いたずらっぽく、目を上げた。

 鼻の頭に汗をかいている。

 それがまた可愛い。

「ほめてくれる?」

 甘えたような口調で、更にあずみが訊いてくる。

「これでもあずみ、お兄ちゃんのために、必死で戦ったんだよ?」

「おまえは大したやつだよ」

 僕はひきつった笑みを返した。

 いい加減離れてくれ。

 そんな目で僕を見るな。

 ズボンの前が、大変なことになってるじゃないか…。

「じゃ、キスして」

 あずみが唇をとがらせた。

 ぐっと顔を近づけてくる。

「それはだめだ」

 かろうじて、僕は言った。

 完全に声がかすれてしまっている。

「どうして?」

 あずみの瞳に険が宿った。

「どうしてキスはだめなの?」

「そんな場合じゃないからだ」

 努めて冷静に、僕は答えた。

「すぐそこに化け物が死んでるし、仲間は散り散りになったままだ。それにまだ明るい。誰も見てないようでも、お天道様の目はごまかせない」

「お天道様って何よ。変なお兄ちゃん」

 やっと離れてくれた。

 が、ただでは済まなかった。

 離れ際に、あずみの指がそっと僕の張り切った股間に触れたのだ。

「う」

 快感が腰を駆け抜け、僕は思わず前を押さえてくの字に身体を折った。

「やっぱり」

 にんまり笑って、あずみがつぶやいた。

 僕の眼を真正面から見つめている。

 勝利者の表情をしていた。

「お兄ちゃん、やっぱりあずみのこと、好きなんだ」

「な、何を今更…」

「強がってもだめだよ」

 真っ赤になった僕を、あずみが挑発する。

「言い訳しても遅いし。体は正直なんだから。どうせなら、従ってもいいんだよ。その正直なからだに…」

 更なる追及に、及び腰になったときだった。

「あ」

 ふいに真顔に戻ったあずみが空を見上げた。

 羽音がして、頭上が翳る。

 堤防の向こうから、3羽めの人面鳥が飛び立ったところだった。

 2羽やっつけて終わりではなかったのだ。

 3羽めがすぐそこに隠れていたのである。

 人面鳥は僕らには目もくれず、唯たちが消えた路地のほうへと飛んでいく。

「たいへん!」

 あずみが駆けだした。

「おーい、生きてるか?」

 と、よせばいいのに、突如として一平の声がした。

 続いて路地の入口に4人の姿が現れた。

 なんて間の悪い。

 何もこんなときに戻ってこなくてもいいものを、

「来ちゃダメ!」

 あずみが叫んだ時には、すでに遅かった。

 はげしい羽ばたきの音に紛れて、若い女の悲鳴が上がった。

「お嬢様!」

 サトの叫び声が続く。

 僕の視界に、宙に舞い上がる巨大な黒い影が飛び込んできた。

 あの人面鳥が、後足の鉤爪で唯をつかみ、空高く舞い上がったのだ。

「くっ!」

 光のヨーヨーが空を切った。

 だが、もう少しのところで届かない。

「唯!」

 あずみが唯の名前を呼びながら、大ジャンプを敢行して民家の屋根に飛び乗った。

 そのまま屋根から屋根を伝って、怪鳥を追いかけていく。

 だが、さすがのあずみでも、空を飛ぶ相手に追いつくのは無理そうだった。

 鳥は山のほうに向かっているようだ。

 闇虫どもが巣くうという、あのカルデラである。

「唯お嬢様あ!」

 サトの悲痛な叫びが静まり返った村にこだまする。

「こうなりゃ、乗り込むしかないね」

 サングラス越しに鳥の行方を追いながら、苦渋に満ちた声で、光がつぶやいた。










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