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ハイスペック過ぎる妹を守るため、死霊の島で明日に向かってゴールをめざす 作者:春風小夏

第1章 因習の島

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scene 1 這い寄る混沌、のようなもの

「う?」

 危うく喉にフライドポテトを詰まらせかけて、僕はせき込んだ。

 なんで、そうなる?

 夏休みに、島?

 だいたい、荒神島なんて聞いたことないぞ?

「私は別に構わないよ…自慢じゃないけど、うちの実家、かなりおっきいから、部屋ならいくらでも余ってるし」

 青柳唯が言った。

 唯はいかにも「クラス委員長やってます」といった感じの、理知的な美少女である。

 あずみが大輪のヒマワリなら、この子はさしずめ湖畔に咲く水仙といったところだろうか。

 ただ、さすがあずみの友人だけあって、口は悪かった。

「でも正直、この人あんまり役に立たなさそう、まだうちのベスを連れてったほうがマシかも」

 僕のほうを切れ長の眼でちらりと見やると、つぶやくようにそんなことを言う。

「ベ、ベスって?」

 たかが相手は女子中学生。

 なりは大人に近いといっても中身はまだ子どもなのだ。

 ここはぐっとこらえて愛想笑いだ。

 そう肝に銘じながらたずねてみると、

「犬です。オスの土佐犬で、とっても頼もしいの」

 という、身も蓋もない返事が返ってきただけだった。

「とにかく、お兄ちゃんと一緒、というのがあたしの条件。ほかのことはどうでもいいから」

 僕の右腕を抱え込み、わざと胸にこすりつけるようにして、あずみが言った。

 慣れてきたとはいえ、これはかなりの刺激である。

 僕以外の男なら、とうの昔に理性を失ってあずみの躍りかかっていてもおかしくはない。

「あのな、あずみ。俺にも選択権というものがある」

 僕は妹のふわふわした胸の谷間から腕を引き抜きながら、相手を必要以上に刺激せぬよう、そっとたしなめた。

「大学生の夏休みというものはだな、ただ部活三昧のおまえら中学生と違って、色々と忙しいんだ。サークルの合宿、コンパ、旅行、マージャン、デート。この先どんな誘いがあるかわからない」

「だってそれっておかしいでしょ」

 あずみが睨んできた。

 小顔の割に大きな目に、ぷわっと涙が泉のように沸き始める。

「お兄ちゃん、約束してくれたじゃない。俺は何があっても、おまえを守る、って」

「いや、それはそうだが…」

 僕は口ごもった。

 かつて極限状況に置かれたとき、確かにそんな歯の浮くような台詞を口にしたことがあった気がする。

「しかしだな、現実問題として、俺よりおまえのほうがずっと強い」

 これは嘘ではない。

 人類最強の女子。

 そんなものがこの世に存在するとすれば、それは間違いなくこいつである。

 いや、”人類”という前提からして、すでに違っている気がするのだが…。

「ですよね。あずみってば、むちゃ強いし。だから私も、今回ボディガードを頼もうと思ったくらいだし」

「君、知ってるの? こいつの、その…狼藉ぶりというか」

「ええ、いくらかは」

 唯が話し始めた。

「この前ですね、下級生をいじめてた野球部のレギュラー連中を、あずみがひとりでノシちゃって、それで学校中大騒ぎになって…。なんでも9人中5人が病院送りで、今年の夏、野球部は県大会出られないとか」

「あずみ、おまえ…」

 今度は僕が妹を睨む番だった。

「違うよ。あいつら先につかみかかってきて、勝手に転んだりフェンスに激突したりしただけなんだよ。あずみはなんにもしてないってば」

 大きな目の中で黒い瞳が金魚のように泳いでいる。

「そんなだったら、尚更だめだ。元気があり余ってるんだろ? ならおまえひとりでその島とやらに行ってこい。俺は俺で」

「あー、ひょっとしてお兄ちゃん」

 ふいにあずみが叫んで僕の胸ポケットからスマホを取り上げた。

「あずみに内緒で浮気してるんじゃ?」

「は?」

「だってほら、スマホの待ち受け画面に、知らない女の子の画像が!」

「こ、こら、勝手に見るなよ」

「誰よそれ」

「誰でもいいだろ」

「うう…」

 急に静かになった。

 さめざめと泣き出したのだ。

「あの、ひょっとしておたくたち、禁断の恋? 近親相姦ってやつ?」

 唯がいきなり、およそ真昼のフードコートにはふさわしくない暴言を吐いた。

「ば、馬鹿な、そんなことあるはずないだろ? 俺とあずみはほら、見ての通り、ただの兄と…」

 否定しかけた僕を遮るようにして、がばっとあずみが立ち上がった。

「やっぱり!」

 赤い眼で睨んできた。

「お兄ちゃん、あずみのこと、嫌いになったんだ。どうして? おっぱいが大きすぎるから?」

「はあ?」

「もう、知らない!」

 椅子を蹴倒して、すさまじい勢いで飛び出して行ってしまった。

「向こうは、そうは思ってないみたいですよ…」

 唯が意味ありげばまなざしで僕を見た。

「でも…どこがいいのかしら? こんな男」

 こんな男、というのは、僕のことだろうか。

 知らない者同士取り残され、気まずい沈黙が下りた。

 しかたなく僕は話を続けることにした。

「それで、最初に戻るけど、あずみに用って、何なんだい? その、ボディガードが何とかって…」

「今年の夏、荒神島では、50年ぶりの大きなお祭りがあるんです。荒神祭っていう…。そこで私、巫女として、舞を舞えっていわれてるんです。10年前、島を抜け出して、行方不明になった母の代わりに…」

 ぽつりぽつりと、唯が話し始めた。

「ところが、どうやらその祭りを妨害しようとする一派がいるらしくって…。それで、島に来るときには、くれぐれも気をつけるようにって、言われてて…。ほんというと、私、こんな人ごみの中にひとりで居ちゃ、いけないんです。闇虫たちが、本土の人間に紛れ込んでて、いつ襲ってくるかわからないから」

「え?」

 そこまで聞いて、僕はわが耳を疑った。

「君、今、なんて言った? 虫? 虫がどうしたの?」

「闇虫、のことですか」

「そ、そう、それ」

 僕は思い出していた。

 現在失踪中の父、コースケがそんな名前を口にしてたっけ。

 うーん、何だったか。

 あずみなら、覚えているだろうか。

 しかし、なんだろう。最近のこの物忘れの早さは。

 2か月前に何が起こったのか、思い出すことがほとんどできないのだ。

 まさかこの年で、若年性アルツハイマー?

 まずい。

 それはまずい。

 だってまだ僕は、童貞なのだ。

「正直、島に帰るのは嫌なんです。とっても、気味の悪いところだから…・太平洋戦争中は、島の秘密基地で日本軍が毒ガスをつくってたという噂もあります。それに何より、あの闇虫たち…。はっきりいって、あいつら人間じゃない…」

 細い筆で描いたような綺麗な眉をひそめて、唯が言った。

「なるほどね…。闇虫と聞いたからには、ちょっと放っておけない気がするな」

「知ってるんですか? あいつらのこと」

「うん…風の噂で、というか…なんとなく記憶の隅に引っかかってるんだ。その単語」

「とりあえず、あずみ、探しに行きません? あの子がいないと、話が進まないし」

 唯が堰を立った。

「そうだな」

 うなずく僕。

 フードコートを出てみたが、通路にあずみの姿はない。

 日曜の午後だから、イオンはたいへんな賑わいだった。

「こんなとき、傷心の女子が赴く先といえば、やっぱ人気のない屋上か」

 唯が顎に人差し指を当て、つぶやいた。

「傷心? あずみが?」

 そこのところが、ぼくにはよくわからない。

「そんな鈍いこと言ってると、いつかあずみに殺されますよ」

 エスカレーターで5階まで上がり、ドアをくぐって屋上に出た。

 とたんに、もわっとする熱気が僕らを包み込んだ。

 人工芝の敷き詰められた広いスペースに、夏の日差しがさんさんと降り注いでいる。

「いませんね」

 掌でひさしをつくって周囲を眺めながら、唯がそうつぶやいたときだった。

 背後で自動ドアが開き、また閉まる音がした。

「あずみ?」

 何の気なしに振り向いた僕は、そこで思わず息を呑んだ。

「どうしたの?」

 同じく振り返った唯が、絶句する。

「何アレ? ひょっとして私たち、かなりヤバいかも」

 ゆらゆらと揺れる3つの影。

「闇虫?」

 僕の言葉に、

「たぶん」

 唯が、こっくりとうなずいた。







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