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ハイスペック過ぎる妹を守るため、死霊の島で明日に向かってゴールをめざす 作者:春風小夏
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scene 17 海と空の罠⑤

 遠目には、窓が開いているように見えたが、そうではなかった。  

 運転席側のガラスが、粉々に砕けているのである。 

 中で死んでいるのは、男だった。

 青い法被を着た、ごま塩頭の中年男性である。

 喉が裂け、溢れ出した血で胸元が真っ赤に染まっている。

 その上に、ガラスの破片が散っていた。

 血にまみれた無数の宝石のように、キラキラ輝いている。

「源蔵さ…」

 僕の横から車内を覗き込んだサトが、悲痛な声を出した。

「知ってるのか?」

 訊くと、

「うちのホテルの番頭さんです」

 つぶらな瞳に涙を溜めて、僕を見た。

 ”番頭”という呼び方が、いかにもサトらしかった。

 窓から手を突っ込むと、光がドアロックを外した。

 運転席側のドアを手前に引く。

 死体がぐらりと傾いて、片手がドアの隙間から飛び出した。

「だめだね。やっぱり死んでる」

 その手を取って、脈を確かめると、ぽつりとつぶやいた。

「ひどい…誰がこんなことを」

 唯が震え声で言う。

 ただでさえ白い顔が、紙のように色を失ってしまっている。

「唯…」

 その肩を、あずみがそっと抱きしめる。

「この様子からすると」

 死体を運転席に戻し、ドアを閉め直すと、光が僕らの顔を順繰りに見回した。

「この窓ガラス、外から割られてる。この人、車の中にいるところを、何者かに外から襲われたのよ。体温はあるし、血は真新しいから、絶命したのはおそらくついさっき。ってことは、どういうことか、わかるよね?」

「犯人が、まだ近くにいる?」

 僕より一瞬早く、あずみが言った。

「お、おい、脅かすなよ」

 一平は泣き笑いのような表情をしている。

 普段は威勢がいいが、しょせんまだ小学生なのだ。

 きっと怖くて小便でも漏らしそうなのだろう。

「あの海の妖怪の仕業ではありえない。あいつには、僕らを襲ってたってアリバイがあるからな」

 沖のほうに眼をやって、僕は言った。

 磯女の姿は、船の残骸とともにすでに消えていた。

 さすがにあの体型では、陸には上がってこられないのだろう。

「別の化け物だろうね」

 光が煙草に火をつけた。

 僕以上のヘビースモーカーらしい。

「外道の仕業ね」

 唯が吐き捨てるように言った。

「闇虫に憑かれた生ける死体…。本土までやってくるんだから、島じゅうが外道どもの住処になっていても、おかしくはないわ」

 僕はきのうのイオンでの死闘を思い出した。

 唯の言う外道には、色々なタイプが存在する。

 下半身が土蜘蛛みたいなやつ。

 身体が犀と化しているやつ。

 両腕がゾウの鼻になっているやつ。

 セイウチの牙を生やしているやつ。

 イオンに出現したものだけでも、これだけバラエティに富んでいるのだ。

 本拠地であるこの島には、もっとおぞましいやつらがうようよ巣くっているに違いない。

「確かに畑や森で何度か見かけたけども、きのうまでは人が襲われたつう話は聞いてねえです」

 当惑したように、サトが言った。

「私が来たから」

 唯が独り言のようにつぶやいた。

「それで闇虫たちが騒ぎ出したんだわ」

「とにかく、早いところ安全な場所に移動しないと」

 光がもう一度、車のドアを開けた。

「この車、使わせてもらおうよ。キィは刺さってるし、ガソリンも満タンだもの。アキラ君、死体をよろしく。後ろの荷物置くスペースに移すのよ」

「え」

 僕は目を丸くした。

「お、俺が?」

「だって、あなた男でしょう? 一平はまだ子供だし」

「だはは。ざまあミロ!」

 勝ち誇ったように叫ぶ一平。

 が、こういうとき、頼りになるのはやっぱりサトである。

「あっしがやります。源蔵さには、いっぱいお世話になったから」

 死体の男性は、小柄ながら筋骨逞しい体つきをしていた。

 だが、サトはかなり力仕事に慣れているらしく、その死体を軽々と抱き上げると、ひどく確かな足取りで車の後部へと運んでいった。

「乗って」

 煙草の吸殻を携帯灰皿でもみ消すと、短く光が言った。

「待って」

 と、突然、あずみがそれを制した。


「何かいる。あの上のほうの、森のあたり」

 道路わきから斜面が始まっていて、家々がそこに段々になって積み重なっているのだが、そのあちこちに生い茂った緑が覗いている。

 あずみはその一点を見つめているのだった。

「何だ? 俺には何も見えないぞ?」

 その方向に目を凝らして、僕は言った。

 が、あずみの視力は10.0を超えている。

 1.2しかない僕に見えないものが見えても、おかしくはない。

「大丈夫だよ」

 僕の手をぎゅっと握ってくると、前を見つめたまま、囁いた。

「お兄ちゃんのことは、あずみが、ちゃんと守るから」

「バカ言え」

 抗議しかけたときだった。

 耳をつんざくような金切り声が、静かな島の空気を引き裂いた。

 そして、森の中から、闇が飛び立ったのだ。







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