挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ハイスペック過ぎる妹を守るため、死霊の島で明日に向かってゴールをめざす 作者:春風小夏

第1章 因習の島

17/101

scene 16 海と空の罠④

 傾いた船の上から僕らを覗き込んでいるのは、鬼女の顔だった。

 ざんばらの髪。

 耳元まで裂けた口。

 血走った目。

 しかも、でかい。

 顔だけで、差し渡し2メートルはありそうだ。

 更に不気味なのは、その胴体が丸太のように太い、鱗だらけの蛇のそれになっていることだった。

 つまり、女の上半身に、ニシキヘビの胴がくっついたような具合なのである。

 その大蛇のような胴で鬼女は船に巻きつき、ぎしぎしと船体を締め上げているのだった。

「いくよ! せえの!」

 光が叫ぶのと、船体が圧力に耐えかねて潰れるのとが、ほとんど同時だった。

「うわ!」

 横殴りの衝撃で、あずみの腰から手を滑らせ、僕は頭から海に投げ出された。

 そのままずぶずぶと潜った。

 鼻と口に海水が流れ込み、むせた。

 耳がキーンと鳴っている。

 死ぬ、と思った。

 正直、僕は水泳が苦手である。

 高校の時の最高記録が、平泳ぎで200メートル。

 しかも、クラスでビリのタイムだったのだ。

 あれから数年。

 不摂生を決め込んできた今の僕には、おそらく200メートル泳ぎ切る体力もないだろう。

 しかも、岸までは当然それ以上あるに違いない。

 これはもう、死ねと言われたも同然ではないか。

 とりあえず、努力だけはしようと、懸命に手足を動かした。

 こうなってはもう、フォームなんかに構ってはいられない。

 なんとか水面に顔を出すと、平泳ぎなのか犬掻きなのか判別しがたい泳法で泳ぎ始めた。

 波が高くて周りの様子はまるで見えない。

 が、とにかく、亡者たちのあの白い手に捕まるのは嫌だったし、ましてやあの蛇女に食われるのはもっと願い下げだった。

 幸い、水温がかなり高いので寒くはないが、服を着たまま泳ぐのはかなり疲れる作業だった。

 5分と経たぬうちに、体が沈み始めるのがわかった。

 手足に力が入らなくなってきたのである。

 そう。

 僕はもうへばってきてしまったのだった。

 もうだめだ。

 溺れる…。

 くそ、俺の人生も、ここまでだったか…。

 疲れ果て、もう波にずべてを任せようと身体の力を抜いたときである。

 ふいに襟首に力のベクトルが加わり、僕は海から引きずり上げられた。

「お兄ちゃん、こんなとこでなんで溺れてるの? ここもう浅いよ。立てるんだよ」

 上から降ってきたのは、あずみの声だった。

「え」

 おそるおそる手を伸ばすと、砂の中に指がめり込んだ。

 足もついた。

「あれ?」

 立ってみると、深さ30cmもない。

 僕は憮然として、足元を見下ろした。

 なんという遠浅。

 これが中学校の時、社会で習った大陸棚というやつか。

「さ、こっち」

 あずみに手を引かれ、転びそうになった。

 あずみはびしょぬれで、服が体に貼りついて大変なことになっている。

 ブラもパンティも透けて見えているが、こんな装備で大丈夫なのか。

 よたよたと50メートルほど走ると、浜辺で4人が待っていた。

 よかった。

 全員無事らしい。

「あれ、何なんだよ」

 沖で船の残骸に巻きついた蛇女を睨み据えながら、一平がつぶやいた。

「磯女だね」

 光が答えた。

「海の妖怪だよ」

「妖怪って、仲間じゃなかったのかよ」

 一平が、訳のわからないことを言う。

「あんたが無駄に挑発するからでしょ」

 光がパシンと弟の頭を平手で叩いた。

「ちぇ、そういう問題かなあ」

 ぼやくクソガキ。

「どうする? あれ、やっつける?」

 あずみが一歩踏み出したのを、

「うんにゃ」

 サトが止めた。

「海神様は、自然の一部。台風や津波とおんなじだべ。むやみに逆らっちゃなんねえだ」

 僕はまじまじとサトの”おしん”みたいな顔を見つめた。

 この娘、素朴な顔して、とんでもなく哲学的なことを言う。

 そう思ったのだ。

「私も賛成、あの図体じゃ、陸には上がってこないと思う。今のうちに逃げましょ」

 光に続いて堤防を上がると、そこは開けた道路の隅だった。

 島は真ん中が高くなっているので、家々は山の斜面に立てられたように斜めに積み重なっている。

「サト、迎えの車は?」

 周囲を見回しながら、唯が訊いた。

 白々とした真夏の陽射しのなか、人の姿はまるでない。

「たぶんあれだと思いやす」

 サトが指さしたのは、反対車線に停まっている黒いワンボックスカーだった。

 なるほど、横腹に大きく、『ホテル青柳』と書いてある。

「でも、誰も乗っていないように見えるけど」

「行ってみましょ」

 小走りに駆けていくあずみと一平。

 運転席を覗き込むなり、

「うひゃ」

 一平がその場に尻餅をついた。

「どうしたの?」

 唯の問いかけに、

 ゆるゆると振り向いたあずみが、答えた。

「人が、死んでる…」









+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ