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ハイスペック過ぎる妹を守るため、死霊の島で明日に向かってゴールをめざす 作者:春風小夏
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scene 9 侵蝕③

 僕は元来目立つほうではない。

 小学生の頃は、文字通り『空気くん』と呼ばれていたほど存在感のない人間である。

 しかし、女性水着売り場に男ひとり、という状況では、さすがの『空気くん』も、否が応でも目立たざるを得ないのだった。

 しかも、立っているのが試着コーナーのまん前なのだ。

 あずみがとっかえひっかえ水着を試着しては、

「見て見て!」

 と出てくるものだから、その場を動けないのである。

 店の中はけっこう賑わっていて、かっこいいOL風の女性や女子高生らしきグループが、色とりどりの水着を手に取って見ている。

 時折、

 ーなに、あいつ?

 ーひょっとして変態?

 ー警察呼んだほうがよくね?

 ー動画取ってツィッターで拡散してやろっか。

 そんなぶっそうなささやきが聞こえてくるのは、当然僕を指してのことに違いない。

「おい、あずみ、いい加減に決めろよ。まずいよ。このままじゃ俺、警察に捕まっちまう」

 店員まで不審な目でこっちを見始めたのがわかったので、僕はカーテンの向こうに必死で声をかけた。

「ん~、でも、これ、中学生にはちょっと派手すぎると思うんだけどな」

 のんきな声であずみが応える。

「もう、なんでもいいからそれにしろって! どうせおまえは何着ても似合うんだからさ」

 最後のセリフは半ばやけくそだった。

「ほんとに?」

 シャッと音を立ててカーテンが開くと、目の前にあずみが立っていた。

「う」

 僕はうめいた。

 ついさっき放った投げやりなひと言を、すぐさま後悔した。

  あずみが着ているのは、少し光沢のある真っ赤なビキニである。

 かなり派手だが、まあそれはよしとしよう。

 問題は、そのデザインだった。

 胸の部分は逆三角形で、かなり面積が狭い。

 おかげで左も右も、腋乳どころか下乳も上乳もたっぷりはみ出してしまっている。

 下半身も同様だった。

 Vゾーンの処理が済んでいるからいいようなものの、ボトムのほうも面積が狭い割に相当角度が際どいので、太腿のつけ根から腰のあたりまでが、ほぼ丸見え状態になってしまっている。

「どう? 似合う?」

 あずみが僕のほうに背を向け、お尻をひょいと上げてみせた。

「お、おお」

 僕はごくりと生唾を飲み込んだ。

 うしろはほとんどTバックだったからだ。

 大きな白桃のような肉の間に、水着が半ば隠れてしまっている。

 -見てよあれ、なんかすっごくない?

 -なあに、あの子? AVの人?

 -グラドルでしょ?

 -ちょっとガチでヤバいよあの子、いくらなんでもエロすぎじゃね?

 周囲から潮騒のように押し寄せるささやきの波。

 今度のターゲットは、まぎれもなくあずみである。

「お兄ちゃん…」

 さすがのあずみも心配そうな表情になった。

「ほんとにこれでいいの?」

 すがるようなまなざしで見つめてきた。

「あ? ああ、いや、その」

 僕は猛烈にうろたえた。

 正直、いい、と思う。

 ムチャクチャ似合っている。

 目の前のあずみは、まさしく生きたエロ動画なのだ。

 しかし。

 同時に、もうひとりの僕が頭の隅で否定の声を上げていた。

 アキラ、おまえは妹にこんなはしたない格好をさせて恥ずかしくないのか?

 こんなあずみを他人の眼に晒して平気なのかよ?

「む、難しい問題だ…」

 僕は頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。

 スケベなあずみを見ていたいという僕の中のゲスな部分と、妹としてあずみを愛していたいというピュアな部分がぶつかり合って、お互いに譲ろうとしないのだ。

「どうしたの? お兄ちゃん、気分でも悪いの?」

 心配そうにあずみが話しかけてきたときだった。

 だしぬけに外で悲鳴が上がった。

 金切り声の、若い女性の悲鳴である。

 僕の顔を覗き込んでいたあずみの表情が変わった。

「これ、持ってて。あ、それと、この水着の代金、払っておいて」

 僕に着替えの入った紙袋を押しつけると、ぶるんぶるんと胸を揺らしながら店を飛び出していく。

「お、お客様!」

 後を追おうとする店員に、

「あ、これ代金。おつり、要らないから」

 ポケットの中に用意してあった万札を二枚握らせると、僕はあわててあずみを追いかけた。

 あずみは例の超マイクロビキニ姿で、形のいいお尻をつんと上げて、手すりから階下を覗いている。

「食料品売り場のほうみたい」

 右手のほうからわらわらと人の群れが駆けてくる。

 みんな、何かから逃げているように見える。

「なんだろう?」

「また出たのかも」

「そういえば、おとといここでトラックに轢かれた化け物たち…あれ、どうなったんだろう」

「まだ生きてたりして」

 なるほど確かに、僕らはあの後化け物どもがどうなったのか、直接目で見て確かめたわけではないのだ。

 ただトラックに轢かれる場面を目撃しただけなのである。

「先行ってるね」

 そう言うなり、あずみがひらりと手すりを飛び越えた。

「お、おい、待て」

 2階の通路から軽々と跳躍すると、大きく両手を広げ、すたっと階下の床に降り立った。

 そのま華麗にくるりと身を翻し、持ち前の俊足で食料品売り場めざして駆け出していく。

 なんせ100メートル6秒2の記録保持者だから、速いなんてものじゃない。

 瞬く間に人の群れの中に紛れて見えなくなった。

 凡人の僕にできるのは、迂回してエスカレーターで下に降りることだけだった。

「あずみ!」

 歯噛みする思いでエスカレーターを駆け下り、逆流してくる人波の中に飛び込んだ。

 食料品売り場はなぜか大パニックに陥っていた。

 わめきながらわれ先にと駆け出してくる主婦たち。

 中には子供を抱きかかえ、泣きわめいている人もいる。

 必死で人ごみをかき分けながら進んでいくと、いきなりぽっかりと開けた空間に出た。

 そこは、生鮮食品売り場の前だった。

 正面の壁に沿って、海産物や生肉を並べた陳列ケースが左右に伸びている。

「な、何なんだ?」

 僕はあんぐりと口を開けた。

 その前に、異様なものたちがそびえ立っていた。

 身体は人間である。

 ふつうの主婦やサラリーマンの恰好をしている。

 奇怪なのは、首から上だった。

 太い芋虫のような節のある首が天井あたりまで伸び、ゆらゆら揺れているのだ。

 毛のない丸い頭部に、白目を剥いた不気味な顔が乗っている。

 形こそ違え、その顔は、まぎれもなく、おととい僕らを襲ったあの化け物どものものだった。

 そんなのが、3匹いる。

 そしてその3匹と、真っ赤なマイクロビキニ姿のあずみが対峙しているのだ。

「お兄ちゃん、来ないで」

 目ざとく僕に気づいてあずみが言った。

「こいつら、きっと人から人に乗り移るんだ。だから危険。近寄っちゃダメ」

 あずみの言う通りだった。

 おとといの3人はすべて男だった。

 だが、目の前の怪物は、その身体つきや服装から判断するに、女性が2人、男1人という比率である。

 それに、この前のが全員中年男だったのと違い、3人とも若そうだ。

 トラックに轢かれた肉体を見限って、中に寄生していた闇虫たちが宿主を変えたのかもしれなかった。

 それが潜伏期間を過ぎて、今発病したのだとしたら…?

 化け物たちは、3メートルほどの高みからあずみを見下ろしている。

 それまで生鮮食品を食い荒らしていたらしく、口の端から生肉や生魚の切れ端を垂らしていた。

「えい!」

 あずみが動いた。

 助走なしで、高々と垂直に飛び上がる。

 見守る客たちの中からどよめきが沸き起こった。

 何人かは、スマホを構えていた。

 写真か動画を撮るつもりなのだ。

 あずみが膝を抱えて空中で一回転した。

 オーバーヘッドキックの要領で、一番近い化け物の顎を下から思いっきり蹴りあげる。

 血反吐を吐いて、化け物が吹っ飛んだ。

 横倒しになって、積み上げられたお菓子コーナーの段ボールの中に突っ込んでいった。

 が、あずみが着地する前に、2匹めが動いていた。

 あずみの着地地点を予測したように、長い首が地面を凪いだ。

「きゃ」

 足を取られ、転倒するあずみ。

 そこに2本の首が放物線を描いて襲いかかる。

「だめ!」

 叫びながら、あずみが横っ跳びに転がった。

 右腕で胸を押さえている。

 見ると、怪物の一匹が、真っ赤なブラジャーをくわえていた。

 立ち上がるあずみ。

 耳まで真っ赤になっている。

 無理もない。

 周囲は、逃げる途中で足を止め、観戦を決め込むことにした客たちに囲まれているのだ。

 そんな衆人環視の中で裸の胸を晒してまで戦う度胸は、さすがのあずみにもないのだろう。

「返して…」

 化け物に向かって、泣きそうな声で言った。

 が、とことん脳が退化しているのか、2匹の化け物は無反応のままだ。

 なにやらグルグル喉の奥で唸りながら、じわじわとあずみのほうへ迫っていく。

「お兄ちゃん…助けて」

 あずみが僕のほうを見た。

 足を内股にして、もぞもぞとひどく恥ずかしそうにしている。

 腕の中で、たわわな胸がいまにもこぼれそうだ。

「うむ」

 何の勝算もなく、ただうなずいて僕が一歩前に足を踏み出しかけたときだった。

 シュルシュルシュルッ!

 突然背後から、すごい勢いで何かが飛んできた。

 それとほとんど同時に、あずみのブラをくわえていた化け物の首が、真ん中のところでスッパリ切れた。

 ズルっと傾いたかと思うと、

 ドサっと床に落っこちた。

 切断面に、何か巻きついている。

 ヨーヨーだった。

「今度はおいらの番」

 子どもの声がした。

 バシュッ。

 また何かが飛んできた。

 おおおおおーん!

 残った怪物が吼え、狂ったように首を振り上げた。

 右目に長い矢が突き立っている。

「あずみ、エロすぎ」

 前に出てきたのは、右手にでかいハンドガンを握った坊主頭の小学生と、

 そして、夏なのになぜかコート姿の長身の女性の二人組である。

「あずみちゃん、おひさ」

「わあ!」

 あずみの瞳が輝いた。

「また会えたんだ!」

 なぜだかものすごくうれしそうな声で叫んだ。

 長身の女性が半裸のあずみを抱きしめる。

 と、少年のほうが僕を振り返った。

「けっ、相変わらずボンクラだなアキラ、てめえはよ」



























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