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怪談小説短編集猫の声他 作者:弾
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彼女の手

 この話はある心霊体験系のコミニティに、体験談として投稿されたお話しを元に僕が書き起こした小説です。
 書きこみ自体が数年前で、残念ながら投稿主とは連絡が取れなかったのですが、一応コミニティの管理人さんからは掲載の許可を頂いています。

 これは怖いというより、ちょっと切なくなるような、優しいお話しで、僕は一目でこのお話しが好きになりました。
 それはこんなお話しです……。

 彼女の手。

 真帆が交通事故で死んだのは26歳の春の事だった。死ぬには早すぎた。
 大学生の時から付き合っていて、恋愛結婚をした。
 ショートボブがよく似合う、明るい女の子だった。
 長野へ友人と遊びに行った帰りだった。

 高速道路でわきみ運転をして道路わきに突っ込んだ大型車に巻き込まれた事故だった。
 無二の親友だった女の子と共に即死だったそうだ。
 寝耳に水とはまさにこのことだった。

 真帆が居なくなってから、俺は彼女を深く愛していた事を思い知った。
 まるで魂が抜けたようなそんな感じを味わった。
 でも、その時は不思議と涙は出なかった。

 死んで、葬式になって、お骨になって、墓に入るときも、俺は泣かなかった。
 悲しくなかったわけじゃない、ただあまりに深く悲しんだせいで、俺の中から感情というものがなくなっていたんだと思う。
 しばらくは仕事も手に付かなかった。

 子供でもいたら、まだ寂しさを紛らわすことができたかもしれない。
 あと五年、いや一年や二年だって生きていてくれたら、話はまた違ったかもしれない。
 子供だってこれからという時だった。

 真帆が墓に入ってしばらくしたあたりから、俺は浴びるように酒を飲むようになった。
 生活はそれほどは乱れなかった。
 時間が経つにつれ仕事にも復帰して、表面上は俺は普通に生活していた。

 ただ、強い酒をひたすら飲んで、不思議と飲んでもそれほどは酔わなかった。
 いや実際には酔っても乱れなかったというのが正しい。
 酒を飲むときも、誰かと一緒だったり、外で飲むことはあまりしなかった。
 家に帰って真帆がいない部屋で、一人、ただ黙々と酒を飲んだ。
 楽しい酒ではなかった。

 四十九の法要が終わってしばらく経った頃だと思う。
 仕事が終わってから、夜のスーパーに行き、安売りを始めた惣菜を買ってきた。
 それを食べながら、機械的にウイスキーを飲んだ。
 惣菜は少しも美味くなかった。真帆の手料理が食べたかった。

 いつも深酒をしてしまうのだが、その時は普段に増して酔いが回っていた。
 惣菜を並べた食器とグラスを流しに放り込んだところで、急激に眠くなった。
 俺はベッドへ行くこともなく、居間のソファーで眠りに落ちた。

 寝ているとき、何か物音を聞いたような気がした。
 朝目が覚めた時、酷い頭痛がした。また飲み過ぎたと思った。
 水が飲みたくなり、シンクまで行ったところで、俺は立ちどまる。
 なぜか、シンクは綺麗に片付けられていた。
 ウイスキーのグラスも、食器も綺麗に洗われ、水切り篭に並べられていた。

 洗った覚えはなかったが、そもそもそんなことを記憶できるような状況じゃなかった。
 だからその時は、このことをほとんど気にもしなかった。
 どうせ酔っているときに洗ったのだろうと。

 それからも度々こんなことがあった。
 洗った覚えのない食器が洗ってあるのだ。
 何度か続いたところで、俺は妙だなと思い始めていた。

 決定的におかしいと思う出来事が起こったのは、真帆が居なくなってから、三か月程が経ったある日のことだった。
 真帆の遺品を整理するために休暇をとって家にいた時だ。

 昼に冷凍のパスタと数点のオカズで昼食を取っていた時に電話がなった。
 馴染みの顧客に納品した商品にトラブルがあり、急遽出勤しなければならなくなった。
 洗い物をそのままシンクに放り込み、急いで着替えて家をでた。

 幸い大きなトラブルに発展することはなく、替えの商品を届けただけで済んだ。
 いつもの仕事の定時には家に帰ることができた。
 帰った俺はまたシンクを見てぎょっとした。
 綺麗に洗いものが片付けられているのである。

 この時は酒を一滴も飲んでいなかったので、俺の記憶違いと言う可能性は低かった。
 その日は酒を飲まなかった。そして汚れた洗い物をわざとそのままシンクに置いた。
 居間のソファーで本を読みながら時間を潰した。
 シンクの方を時々見ながら。

 真帆が来てるんじゃないか、そんな予感があった。
 なぜそんなことを思ったのか、今ではよく思いだせない。そのくらい寂しかったのだと思う。
 深夜になるころには、うつらうつらとし始めて、そのまま少し寝てしまった。

 物音がして目が覚めた。確かに水道をひねって水を出したような音がした。
 恐る恐るシンクを見た。
 ああ…………。

 手だった……。
 手だけが宙に浮いて、洗い物をしているのだ。
 綺麗な細い指先……真帆の手だ。

 ゆっくり近づいてもそれは消えなかった。
「真帆……そこにいるのか?」
 俺が声をかけると手はピタリと止まった。

 俺はそっと手に触ってみた。
 温かい、まるで生きてるみたいだ……と思った。
 そのまま手はすうっと消えた。

 次の瞬間どばっと涙が出た。
 俺は声を上げて泣いた。
 あとからあとから涙があふれてきた。
 この時になって、やっと俺は泣けた。

 酒浸りになった俺を心配して出て来たんだ。
 そう思った。
 触った手から、真帆の思いが伝わってくるようだった。
 あの温かさはそれを伝えているようだった。

 シンクの前で泣きじゃくっていると、ふと真帆の声が聞えた。
「頑張って生きて」そう言った気がした。

 寝て起きたら、何かが変わっていた。
 相変わらず俺は一人だし、悲しみが別段和らいだわけじゃない。
 ただ、なにか踏ん切りがついた気がした。

 あれほど飲んでいた酒もピタリと止めた。
 また真帆が心配して出てくるんじゃないかって、シンクに洗い物を溜めるのも止めた。

 今でもふと、命日や俺や真帆の誕生日なんかに、ふと、真帆がいる様な気がした。
 嫌な気分はしなかった。むしろ温かい気持ちになった。

 俺の人生もまだまだこれからだと思う。
 もしかしたら再婚したりすることもあるかもしれない。
 子供だって居たって悪くないと思っている。
 でも、俺は真帆の事をきっと忘れない。

 ずっと……忘れない。










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