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怪談小説短編集猫の声他 作者:弾
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白粉

 これは僕が知り合いから聞いた話です。
 今でこそ、同人サークルやって、イラストや小説を書いている僕ですが。
 十代後半から二十代前半までは音楽をやっていて、まあロックドラムなんですけどね。
 プロミュージシャンに師事しながら、都内で音楽活動をしていました。

 夏のライブの打ち上げの時、ちょうど季節なんで怪談でもやろうという話になりましてね。
 みんなで不思議な体験や怖い体験なんかを語り合ったんです。
 この日の打ち上げは僕にとって忘れられない一日で、いくつも怖い話しが聞けたんですが。
 その中でもとびっきりの一篇を紹介したいと思います。

 お話しの主人公を仮に正則という男性としましょう。
 今はもう三十代後半くらいでしょうかね。
 僕より一つ二つ上くらいの男性です。
 当時の僕が二十二くらいで、多分正則さんがニ十四五くらいじゃなかったでしょうか。
 ちなみに僕は今年で三十五ですよ。

 だから話を聞いたのはもう十年以上前です。
 もうだいぶ前の話になりますが、お話しの筋は今でもよく覚えています。
 それは……こんなお話しでした。

 白粉。

 その時、俺の人生はノリにノッていた。景気の悪い話もちらりほらりと聞えてはいたが、まだ世の中は熱をもっていた。
 一流企業とはいかなかったが、まともな勤め先に就職が決まり、彼女もできた。
 今は同棲していて、近いうちに籍を入れるつもりだ。

 季節は春真っ盛り、新緑は芽吹いて桜が綺麗な時期だった。
「お花見行きた~い」と突然美樹が言い出した。
 言うまでもないが美樹は俺の彼女だ。音楽好きで友達のライブなんかによく一緒に出掛ける。
 今どきの女っぽい元気な女子だが、意外なところで奥ゆかしい。
 俺は美樹のそんなところが好きだ。

 俺の住んでいるところから、車で小一時間行ったところの、山というか丘の上に桜の綺麗な公園があった。
 子供のころ家族でお花見に行ったことがある。ドライブがてらそこへ美樹を連れていくことにした。

 満開の桜が綺麗だった。
 俺が「綺麗だな~良い時に来たよな」と言うと。
 美樹はうんと肯いた。笑いながら。
 春物で水色のワンピースを着て、自慢の長い髪が桜に映えた。

 ひとしきり桜を堪能した後、公園に隣接してある蕎麦屋に入ってざる蕎麦を食べた。
 もう新蕎麦ってわけじゃなかったが、瑞々しくて美味い蕎麦だった。
 アルコールを口にしたい誘惑にかられたが俺は止めておいた。
 仲間内では平気で飲酒運転するやつもいた、かつては俺もその口だった。
 でも、美樹と付き合い始めてからは、彼女を助手席に乗せるときは決して酒は口にしなかった。

 周りでは結構美味そうに酒を飲んでいた。
 ブルーシートの上で宴会をやっているどこぞの会社員らしい集団もいた。
 このうちの何人かはそのまま運転をするのだろうか? 羨ましいとも思わなかった。
 俺は美樹も自分も大事にしているんだと言う自負があった。
 話を怪談へもどそうか。

 まず、最初の異変が起きたのは、そのお花見の帰り道だった。
 異変と言っても奇怪な現象じゃない、普通の事故だ。
 俺が事故ったわけじゃない、帰り道に事故現場に遭遇したということだ。

 公園から、市内の道に通じる道路は、それほどの山道ではなかったが、急な下り坂だった。
 いくつかカーブがあって、慎重に運転すればどうということはないけど、スピードを出すのはかなり危険な道だった。

 見た瞬間、うわぁ……こいつはやっちまったな。と思った。
 急な下りの後のカーブで乗用車がガードレールに突っ込んで、そのまま奥の大きな木の幹に正面衝突していた。
 バンパーはぐしゃりとつぶれていて、破損は運転席と助手席にまで達していた。

 車は標準的な四五人乗りのセダンタイプの普通乗用車で色は白かった。
 元々はそんなに小さな車じゃないと思うが、前半分が完全につぶれていて、小さく見えた。

 事故は起きたばかりらしく、警察や救急車が到着したばかりで、付近は通行止めだった。
 俺と美樹は車を降り、事故車の近くまで行ってみた。
 俺たちより先に事故現場に来ていた、初老の夫婦に聞いてみると、どうやら運転手はかなり酒を飲んでいたらしい。

 走っていた時から、かなり危なげに見えたと、夫婦の旦那の方が言った。
 運転していた男は救急車についさっき搬送されたところだったらしい。
 助手席には女が乗っているそうで、ぐしゃぐしゃにつぶれた車内にまだ取り残されているのだそうだ。

 初老の夫婦と話しているうちに通行止めが解除された。
 俺は夫婦に軽くお礼を言うと、夫婦はすぐに車に乗り、去っていった。
「ねえ、行こうよ」と美樹が言った。痛ましい事故を見て気分が沈んだ様子だった。
「ちょっと、助手席の女がどうなったか気にならないか?」と俺が言うと。
「きっと生きてないよ」美樹は悲痛な面持ちだった。

 ふと、思いついて、おれは事故現場を携帯で撮ってみることにした。
 ちょうど今、立っているところからは事故車の後ろ側しか見えなかった。
 女が乗っている助手席が見える位置まで行こうとすると、救急車やパトカーのすぐ近くまで行かないといけない。
 そこまで行く勇気はなかったから、事故車の後ろ側の写真を何枚か撮った。

 そんな俺を見て、美樹はしきりに止めるように言った。
 俺が無視すると、すごい剣幕で美樹が怒ったので、俺は美樹に謝り撮影を止めた。
 そうこうしているうちに女が運び出された。

 うわっと思った。
 運び出されるとすぐにシートの様なものを救急隊員がかけたので、女の姿が見えたのは一瞬だった。

 顔半分がつぶれていて血まみれだった。
 生前は美樹の様に美しかったかもしれない長い黒髪は血に濡れていて、海藻の様だった。
 ファンデーションというか白粉が効いたものすごい色白の女で、その白に血の赤が映えて気持ち悪かった。

 目が……目が明らかに死人の目だったんだ。
 一瞬その目と視線が合った様な気がして、おれはゾクリとした。
 女は恨めしそうにこちらを見ている様だった。

「正則……見た?」と言う美樹の顔面は蒼白だった。
「ああ……あれは」死んでたな。
 さすがにそれを見た後も撮影をしようとは露ほども思わなかった。

 俺たちは足早にその場を去って、帰路に就いた。
 帰り道の間、俺たちはほとんど無言だった。

 事故自体は悲惨なものだったが、よくあることだし、俺たちはそのことをそれほど引きずることは無かった。
 というか次ぎの日にはもう忘れていた。その話題は二人の会話にはもう上らなかった。
 でも、あの事故は確実に俺たちの日常に入り込んでいたんだ。

 その後、妙なことが起こった。最初は気になるようなものではなかった。
 俺が仕事を終え帰宅した時だった。
 寝室の化粧台の前に美樹が座っているようだった。
 少なくとも髪の長い女が座っている様には見えた。

 俺の家はアパートでそんなに広くはなかった。
 入口から突き当りの奥が居間で、居間とキッチンが併設している。そこが我が家で一番広い。
 二番目に広いのが寝室だ。

 その寝室は居間へ行く途中の中ほどの左側にあった。
 寝室の反対側にも部屋があり、物置に使っていた。
 物置のとなりがトイレで、トイレの隣がバスだった。

 帰宅した俺がまずすることは、スーツの上着を寝室のクローゼットにかけることだ。
 上着を脱ぎながらなんの気なしに寝室に入ると、美樹がいたのだ。

 その日、美樹はパートに行っているはずだった。
 しかもこんな時間に寝室にいるのもおかしい。
 普段だったら居間でテレビでも見ているか、夕食の支度でもしてそうな時間だった。

「美樹、めずらしいな。今日はシフト空いてたんだ」
 そう声をかけて、クローゼットを開け上着をかけて……
 次に見た時には誰もいなかった。

 えっ! と思ったが、俺はすぐ、なんだ見間違えか、と思った。
 確かにはっきり見えたような気がするが、その時はそんなに不気味に思わなかった。
 というか深く考えなかった。考えていれば怖かったかもしれない。

 それからも、度々見間違えは起こった。
 それはきまって化粧台の前に美樹がいるように見えるというものだった。

 それから数日後また変なことが起こった。
 美樹が突然「あんた私の白粉ファンデーション使った?」と聞いてきたのだ。
「ビジュアルロックバンドじゃあるまいし、俺が化粧なんかするかよ」と言うと。
「そうよね。でもなんか白粉減ってるような気がするの」
 美樹の顔はいく分青ざめていた。

 さすがに少し、不気味な気がした。
 何かがなくなったなら盗まれたと思うかもしれないが、白粉が減ってるなんて絶対変だ。
 でも、それが何を意味するのか、その時はわからなかった。
 決定的な出来事が起こったのはその夜の事だ。

 深夜、妙な胸騒ぎがして目が覚めた。
 トイレで目が覚めたというわけでもなかった。
 すぐに寝付けそうにはなかったので、俺は寝室を出てトイレへ行って、その後キッチンへ行って水を一杯飲んだ。

 寝室へ帰ろうと思った時、ふと妙な気配がした。気配と言うか胸騒ぎがした。
 何かいる? 俺は寝室を覗いた。

 美樹が化粧台に座っていた。
 右手は顔に白粉を塗っている様に見えた。
 なんだ? こんな時間にと思った。
 声を掛けようと思った瞬間ぎょっとした。

 美樹は……寝ているじゃないか。
 じゃあ……この女は誰だ?
 俺は背筋が凍る思いがした。

 艶やかな黒髪……
 でも、よく見ると美樹より幾分長い気がする。
 それもなんか湿って海藻みたいだ。
 そう……あの時の女によく似ていた。

 口から悲鳴が出そうになる。でも、声が出ない。
 女が振り向く、ものすごい色白で……
 顔の半分がつぶれていた……
 女はつぶれた顔に何度も白粉を塗っていたのだ。

 わっと思った瞬間、布団の上にいた。
 夢だったんだ。
 すぐに化粧台を見た。
 何もいなかった。

 全身、冷たい汗でびっしょりだった。
 その後、何度も化粧台を見ながら、俺は布団の中で震えた。
 五分経ったか、十分経ったか、いや一分も耐えられてなかったかもしれない。
 俺は美樹を起こした。

 起こして全て話した。
 俺より美樹は幾分か落ち着いていた。
 明かりをつけて、そのまま朝まで怯える俺のそばにいてくれた。

 日が昇ってから「お祓いに行こう」と美樹が言った。
 美樹の友人にこういう出来事に詳しい女の子がいて、すぐに都内の神社を紹介してくれた。

 事情を話してもうその日にお祓いを受けた。
 お祓いが終わった後、神主さんはその時撮った写真を消すように俺に言った。
 その時まで、撮った写真の事はすっかり忘れていた。

 携帯の写真を見て、俺は再び凍り付いた。
 車の後部を写した写真にこちらを睨む女の顔が写っていたのだ。
 見間違いや錯覚なんかじゃなかった。
 それははっきりと憎悪の視線を俺に向けていた。

 写真は全て消して、携帯も供養してもらった。
 興味本位で、死亡事故現場なんかを撮影してはいけないと神主さんに強く怒られた。
 とにかく平謝りに謝って、二度としないと俺は誓った。

 それからは、化粧台の前に不審な人影を見ることはなくなった。
 怪談短編集第二話白粉了










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