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怪談小説短編集猫の声他 作者:弾
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猫の声

同名の同人ノベルゲームからの移植です。
興味のある方はゲーム版もお試しください。
サークルホームページにて無料で公開いたしております。
 
 これは、とある女性の体験談です。
 僕とは、ある同人サークルつながりで知り合った方から聞いたお話しなのですが。
 その方は僕なんかよりずっと売れている方で、ベストセラーというほどのヒットは少ないらしいですが、商業出版でもご活躍されている方です。
 僕が同人ゲームのために怪談を蒐集していると知ると、丁寧なメールを送ってくれました。

 彼女、仮にここで麻衣さんとしておきましょうか。
 現在、三十代半ばの彼女が、二十代の前半に体験した出来事だそうです。
 時間的には今から十年ほど前になるでしょう。

 これは彼女の送ってくれたメールに加筆修正をしたものです。
 人物の特定ができないよう、一部を修正していますが、おおよその筋はそのままです。
 僕からも事実関係の確認に何度かメールを送ったので、一度に語られた内容ではないのですが、まぎれもない体験談です。
 それでは聞いてください。猫の声。

 そのころ私は駆け出しのシナリオライターで、ちょこっと出版関係のお仕事をしたり、乙女ゲーのシナリオを書いたりしていました。
 その一軒家を紹介されたとき、それは築十五年ほどの物件でした。
 不動産屋さんから紹介された物件ではなく、土地建物の所有権を持っていたのは私のおばさんです。

 短大を卒業して、ティーンズ向け雑誌の記者から、作家に転身したばかりの私はとにかくお金が無くて。
 都心で家賃を支払いながらの生活はとても大変でした。
 そのことを母の姉であるおばさんに話したら、ちょうどおじいちゃんから相続した貸家が空いているよ。と入居を勧められました。
 そこは、埼玉の郊外にあるベッドタウンの貸家で、東京までは電車で一時間と少しかかる立地でした。

 都内へ通勤も一応できるくらいの場所ですし、たまに出版社の人と打ち合わせをしに東京へ行ければ良いので、私はこの話にすぐ飛びつきました。
 少々古びてはいましたが、寝室も広くとれるし、書斎も作れる。キッチンや庭も独り身の私には贅沢過ぎるほどでした。
 アパートではこうはいきません。しかも家賃は格安です。

 通常なら新しい借り手ができたら、その前にリフォームして、壁紙を張り替えたり、畳の入れ替えやトイレやバスなどを新しくするところです。
 しかし、十年以上続くデフレ不況でその費用も馬鹿にならないとおばさんは言いました。
「一応綺麗に掃除するから、リフォームまではしなくてもいいわよね?」
 と、おばさんは言うので、もし痛んでるところがあったら自分で修繕しますと私は答えました。

 そんな感じで、私が入居する時には、多少壁や床に傷みたいな跡がありましたが、綺麗に掃除されていて、住むには問題はなかったんです。
 寝室にしようとしている一階の部屋は広くて日当たりも良いし、書斎にする予定の二階の部屋も静かで風通りもよかったんです。

 おばさんが言うには母屋の方はほとんど問題はないと言いました。
 ただ離れにある物置だけは片付けきれず、前の住人が置いて行った物がまだそのままだと言いました。
 その話をしたとき、おばさんは少しだけ考え込むようなそぶりを見せ、その後にこう言いました。
「用がないならあまり物置に近づかない方が良い」……と。

 除草剤の様な薬品類があったり、鎌やノコギリなんかの刃物類がむき身で置いてあるから危ないんだと、おばさんは言いました。
 あと……と言いよどんで、私が何? と聞くと、いや、なんでもないわと言いました。
 とにかく、物置にはあまり近づかないでと、念を押すようにおばさんは言いました。
 その時、私はそのことをあまり深くは考えませんでした。

 入居したその日から、私はその家での生活に満足感を感じました。
 付近は静かな住宅街で、電車や車の音もあまりせず、時々子供が遊ぶ声が聞えましたが、気になるようなものではありませんでした。
 春先で暑くもなく寒くもない良い陽気が続いていて、その時の私は体調もすこぶる良かったと記憶しています。

 書斎の机にノートパソコンを置き、本棚に置いた資料を時々見ながら、執筆をして。
 お腹が減ったら一階のキッチンで簡単な料理をして食べました。

 寝室が日当たりのよい南向きにあり、北側にキッチンがあり、キッチンの北側の窓の向かいが物置でした。
 アルミのプレハブの特に変わったところはない普通の物置でしたが、築年以上に古びて見えたんです。
 物置のある場所は、日当たりも悪く、うす暗く、どこかジメジメしていて、私は一目物置を見た時に嫌な印象を受けました。

 ことが起こったのは、入居から一週間ほどが経った。夜の事です。
 午前中は執筆をして一度軽い食事を挟んで、夕方まで書き続けました。
 日が陰り始めてから、さすがに疲れを覚えて休憩しました。書斎でゆっくりと本を読んで、夕食を作って食べました。
 辺りが夕暮れに包まれてきました。とても静かな時間です。

 ふと、キッチンの北側の窓の向こう、例の物置の辺りから、猫の鳴き声がするんです。
 仔猫の鳴き声の様にも聞こえましたし、普通の成猫の鳴き声の様でもありました。

 私はすぐに思いました。たぶん物置で猫が子供を産んだんじゃないかって。
 野良猫だろうか? たぶんそうじゃないかと思った。飼い猫なら他人の家の物置で子供を産んだりしないだろう。

 食器を洗い終わったあと、私は物置を見に行きました。
 にゃーにゃーと、確かに断続的に猫が鳴いていました。
 北向いのお隣さんの家からではなく、やっぱり物置の中の様でした。

 物置は閉まっていました。
 庭の手入れに道具を出すため何度か開け閉めしていたし、カビ対策で引き戸を開けていた時があったので、その時に入り込んだのかなと思いました。
 猫を驚かさないように、私は慎重に物置の引き戸を開けました。
 すると、ひたっと鳴き声は止みます。

 その時は野良猫が侵入者を警戒して泣き止んだんだと思いました。
 物置の中は少し黴臭く、袋入りの薬剤や、プランターや鉢、ノコギリなんかが置かれていて雑然としていました。
 見たところ猫は見当たりません、鉢やプランターの影なんかも見てみましたが、やはり居ません。

 十数分ほど探したところで、私は猫の鳴き声は気のせいだったのかな、と思い始めました。
 猫がいるなら、少しは気配や臭いがありそうなものでしたが、何かがいる様な様子はまったくありませんでした。
 でも、確かに猫の鳴き声が聞こえたような気がする。あれは何だったのだろう?
 訝しりながらも、私は物置を閉め、母屋に戻りました。

 少しお酒が飲みたい気分だったので、そのまま近所のコンビニへ行き、ビールを買って帰ってきました。
 おつまみに買ってきた惣菜をお皿に移し、電子レンジで温めようとした時でした。
 にゃー、にゃー、とまた聞こえるんです。
 耳を澄ましてよく聞いてみます。やっぱり空耳じゃない、猫が鳴いています。

 本当にあの物置だろうか? どこか別の場所から聞こえているのではないか?
 そう思って窓を開けよく鳴き声を聞いてみました。
 やっぱり、あの物置から聞こえてくるんです。

 私はもう一度、物置を見に行きました。
 そのころにはすっかり日も暮れていて、真っ暗な中にそびえ立つ物置が不気味でした。
 引き戸を開けるとやはり、ひたりと鳴き声が止むんです。
 私は持ってきた懐中電灯で物置の中を照らしました。

 やはり猫は見つかりません。
 物陰をひとしきりチェックしたあと、私は猫に呼びかけてみました。
 おいで、猫ちゃ~ん、出ておいでと。

 その時でした。背筋が凍るような思いだったと覚えています。
 その声が…………
 きゃはは……と笑ったんです。
 それは明らかに私の足元から聞こえました。
 猫が笑うはずはない、そう、その鳴き声は赤ん坊のものだったのです。

 私は慌てて引き戸を閉め、母屋へ逃げ帰りました。
 あの笑い声が耳について離れない。
 物置の中に赤ん坊がいるわけがないんです。
 仔猫の様な成猫の様な鳴き声、そう思えば最初からあの鳴き声は赤ん坊の声でした。

 私は母屋に帰り、少し落ち着いてから、キッチンの窓から物置を見てみました。
 もう、あの鳴き声はしませんでした。
 しかし、私の背筋が凍るような体験はこれで終わりではありませんでした。

 そう……その夜……
 私はお酒の力を借りて、少し早めに床につきました。
 あの鳴き声のことは、もう忘れようと思いました。

 ふと、夜中に目が覚めました。
 日の光を一切感じなかったし、辺りの静けさが凄かったので深夜だと思います。
 でも、静かな中から声がするんです。また、あの猫の様な鳴き声が……
 それも寝室から……
 きゃはは……きゃはは……と笑っているんです。

 私の足に何かが触りました。とても冷たい何かが。
 はっとして布団を見ると、足先のあたりが少し盛り上がっているんです。
 何かいる……
 その時、ふと映像が目に浮かびました。

 頭だけが異様に大きく、身体はガリガリにやせ細っていて、白く濁った眼をした。
 赤ん坊の死体です。その死体が猫の様な声を上げながら私の足に……
 来ないでっ! 来ないでっ! と必死に叫ぼうとしました。
 でも、声が出ないんですね。

 ひたひたと、冷たい感触がします。
 明らかに生きてはいない体温、それが這いずりながら私の身体を昇ってきて。
 ついに胸もとまできて、その手が私の首にかかりました。

 そして、一声……
 きゃはは……と笑ったんです。
 そこで、私は意識を失いました。

 気がついたら朝で、寝室の布団の上でした。
 信じられないくらい身体が冷たかった、異様な量の汗をかいていました。
 熱いシャワーを浴びて、キッチンへ行かないように家を出て、近所のファーストフード店へ入り食事をしました。
 なんの味もしなかったのをよく覚えています。

 私は携帯電話でおばさんに電話をかけ、昨日の出来事を話しました。
 ああ……やっぱりとおばさんは言いました。
 あの物置の付近で奇妙な体験をしたのは私だけではなかったようなのです。
 私の入居前にあそこに掃除に来ていたおばさんも奇妙な声と物音を聞いたといいます。
 やはり……あの物置で……

 おばさんの話では、以前住んでいた未婚の若いカップルが子供をあの物置に遺棄していたのだと言います。
 死体が見つかった時、頭だけは大きく、身体はガリガリだったそうです。あの私が幻視したような……
 大きな事件にこそならなかった話でしたが、付近の住人は皆知っていたそうです。
 他人に貸すとなるとその辺の話もしないといけない、でも麻衣ちゃんならとおばさんは思ったそうです。

 申し訳なさそうにおばさんは何度も頭を下げました。
 非常に怖い体験でしたけど、私はあの赤ちゃんが可哀想でした。
 私がおいでって言ったから、甘えたかったのかな? と。
 ついぞ人の温もりを知ることなく、捨てられて死んだ赤ちゃん。
 私は冥福を祈りました。

 それからすぐ、おばさんはあの物置を取り壊しました。
 跡地はお祓いして、今は花壇になっています。
 これで少しはあの赤ちゃんの魂の慰めになればいいけど。

 それからはもう……あの鳴き声は二度としませんでした。








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