来世では、一緒に
「きっと、来世では一緒になりましょう」
「ああ、来世では共にあろう。今度こそ、死ぬまで、一緒に……」
――約束を。
良くある話。家の事情で愛し合う二人が引き裂かれるのも、今生では無理でも、来世こそは必ずと誓い合うのも。
そう、良くある話――で終わる筈だった――――――のだが。
「ないわ~」
千代子はじっと斉藤を見つめた後で首を振る。
「何が『ないわ~』なんだ!」
憤慨した様にそう口をパクパクと動かす斉藤に、やはり千代子は首を横に振る。
――この千代子と斉藤には所謂、前世の記憶と言うものがあった。
愛し合っていたが引き裂かれて『来世では』と約束を交わした二人だったのだ。神の気まぐれか慈悲かは分からないけれど、こうして二人は今生での再会を果たした。
いつもは静かに過ごす夏祭り、たまたま親戚が法事で集まっていた事もあって、小さな子供達に強請られて何年かぶりで近所の神社で行われていた祭りを見に行った。
誰かに呼ばれたような気がして振り返り、気のせいかと夜店に視線をやって『彼』に出会ったのだ。
視線が合った、と思った瞬間に『彼』だと気が付いた。
――――赤い、一匹の金魚がそれだと。
衝動的に夜店の店主にお金を渡し、ポイを受け取った千代子と、大人しく掬われる『彼』。
斉藤と名付けたのは、千代子を祭りに連れて行けと強請った子供だった。
「何で今更? 何で金魚?」
もう何度目か分からない問いを斉藤にする。
週末に行われていた祭りの翌日には親戚たちは帰ってしまったので、幸いと言うべきか千代子が一匹の金魚に向かって話しかける様を見られる事はなかった。
「だってさぁ、神様が俺の転生の順番を忘れていたんだから仕方ないだろ?」
さも斉藤の声が聞こえるかのように相互理解が可能だが、実際には念話の如く斉藤の言葉は頭の中に直接聞こえてくるのだ。
「でもだからって金魚はないでしょ金魚は」
そもそも私があの祭りに行かなかったら逢えなかったじゃない。と言う千代子に、斉藤は尾鰭を振る。さも人間が首を横に振るかのように。
「いや、神様が言ってたんだよ。千代子があの祭りに来るって」
「だからって、何で金魚? 人間にはなれなかった訳?」
呆れたような、憤慨するような口調の千代子に、斉藤も少しばかり立腹した様に答える。
「ほら、神様が順番を間違えたって言っただろ? 前世での約束通り『一緒に死ぬ』のなら、ここで金魚か猫になっておかないと一緒になれないって言われてさぁ」
「だったら猫の方が幾分かマシじゃないの!」
「……それがさぁ」
「何よ?」
「俺、前世でお前と別れてから気付いたんだけど、猫アレルギーだったんだもん」
「……」
だもん、とか言われても金魚だ。
千代子は深いため息を吐き出す。
「そう言うお前だって、俺が転生するのを待たずに結婚して子供まで作ったじゃないか」
孫までいる。と言われて、流石に千代子も少しは後ろめたいのか視線を逸らす。
――そう、千代子はもう八十二歳になる、世間一般で言う立派な老婆だった。
「そりゃあ、待たなかったのは悪いと思うけど、小さい頃から前世の記憶があるのに、あなたは何時まで待っても現れないし……」
先の親戚が集まった法事は、千代子の亡くなった現世での亭主の三回忌だったのだ。
「それに、待ったとしてもあなたは金魚だし。どうしようもないじゃない」
千代子の亭主とはお見合い結婚だった。千代子が娘時代、恋愛結婚するカップルは未だ少ない時代で、幾つもの縁談に首を振り続けた千代子だったのだが、行き遅れと囁かれる年齢までは粘ったのだ。
この、今は金魚の姿をしている『彼』を待って。
「……そうだよな。悪かった」
「ううん。でも、こうして逢えて嬉しい」
「千代子、幸せだったか?」
「ええ。あなたとのような恋心は抱けなかったけれど、大切にして頂きました」
「それなら、いい。こうして逢えたんだし」
「そうね」
あと、どれくらいの時間を共に過ごせるのかは分からないけれど、この『斉藤』が神様に死ぬ時は一緒に、と約束したのだったら、この先はずっと一緒だと言う事だ。
「……ご飯、食べる?」
「そうだな」
微笑み合う金魚と千代子は幸せそうに笑う。
「……麩はやめてくれ」
「贅沢ねぇ。金魚のくせに」
そう言って千代子は買ったばかりの金魚の餌を手に取る。
「なぁ、今度こそ、来世では人間同士で一緒になりたいよなぁ」
しみじみと言う斉藤に、千代子は頷く。
「そうねぇ。あなたの転生を間違ったんだから、神様もきっとそれくらいの願いは聞いてくれるんじゃないかしら」
聞いてくれるまで二人でごねてみましょうよ。と笑う千代子に、斉藤も水槽の中でくるりと回って同意を示す。
「ああ、それがいいな」
ふふふ、と笑う一人と一匹は、とても幸せそうに視線を交わし合った。
――今度こそ、来世では一緒に。