金色の輝きが空に散らばり、白い三日月が綺麗な夜だった。彼はそんな日に現れる。
月よりも目立つ白き衣を身にまとい、優雅な物腰であるビルの屋上へ舞い降りた。少し生ぬるい風でマントがひるがえる。
来た方角へ視線を向けて、彼は形よい笑みを浮かべた。
「よぉ、名探偵。今宵も貴方のお陰で楽しいショーになりましたよ」
「ぬかせ、余裕そうな面しやがって」
白のスーツとは対称的に、夜の闇に呑まれそうな紺色のスーツを着こなす青年が扉から姿を出した。何処からか走ってきたのだろうか、息が切れて、肩を上下させている。
名探偵と呼ばれた彼は、今では大学生となった元高校生探偵の工藤新一だ。あの時とは比べ物にならないくらいの難事件を解決するようになっている。
そして、そんな彼の前で優雅な笑みを浮かべているのは、世間を騒がしている怪盗キッド。
「そんなことありませんよ。いつもならもっと早く終わるはずのショーも、貴方が来るだけでアンコールをかけられて、なかなか休ませてもらえないんですよ」
本当、いつもいつも冷や冷やだぜ。
「ふん、そりゃどーも。まぁ、お前とは長い付き合いだからな、そろそろ素顔を拝ませてもらいたいんだけどな」
ってか、この鬼ごっこ飽きたんだよ!
互いに秘めた気持ちを隠しながら、二人は笑みを浮かべている。
キッドは大人の笑みを不意に意地の悪い子供っぽいものへ変えた。そんな時の彼の行動を把握している新一は、表情を硬直させた。
キッドは袖からカメラのフィルムのような形の物を落とした。それは床に当たった瞬間、目が焼けそうなほどの眩い閃光がその場に満ちる。
「またお会いしましょう、名探偵」
とっさに目をかばった新一は動くこともできずに、立ち尽くした。辺りは静寂に戻り、その場に月明かりの優しい光が注がれる。呆然とその夜空を眺めて、新一は深く息をついた。
「くそ、またか」
一回見失えば、もう追うことはできない。それは長年の経験で理解している。今回のところは諦めて、彼はゆっくりとビルの中へ入っていった。
「なぁんてね」
しばらくして、その静寂の場を壊す陽気な声が響いた。手すりに掴まって、外壁に隠れるようにしていた彼は屋上に戻り、下を覗く。ビルの入り口からまもなく紺色のスーツをまとった青年が現れる。姿がなくなるまでその背中を見守る。
一つ、軽く息をついて、ポケットから今回の獲物を取り出した。白い、月明かりにそれをかざすが、彼の求めていた輝きは見当たらなかった。
「はずれか」
いつになったら見つかるかな?
一気に気分は沈む。宝石をまたポケットにしまって、これを返しに行くことを頭の中で考える。しかし、今から行く気にもなれなかった。
「ま、いっか。今日はこのまま帰ろう」
マントを掴み、身を隠した。上から下へ布が落ちるそんな瞬間的な時間で彼はそこらにいる青年と変わらぬ姿となった。年齢も、見た目も、声も、彼は先ほどの工藤新一と全く変わらない。そのままの格好で新一と通ってしまうかもしれないくらい似ていた。
「はぁ、また明日青子が泥棒泥棒ってうるさいんだろうなぁ」
新聞を読む俺にがみがみと、しかも俺の新聞勝手に破るところまで想像できるや。
苦笑を漏らしてキッド、いや黒羽快斗はもう一度月を見上げる。今日の月は白過ぎる光を漏らしていた。綺麗過ぎるそれはどこか不安をあおる。
がた……。
おそらく新一との対決で気を抜いたのだろう。だから、気付かなかった。だから、察せなかった。後ろにあった気配に。
快斗は弾かれたように振り返る。月明かりが届かない物陰に誰かいた。隠れようとしていないが、出てこようともしないその態度は明らかに怯えを表していた。
「誰だ?」
思わず低めの声が出た。緊張が広がる。びくりと肩を震わせた相手は聞こえるか聞こえないくらいの声で呟いた。
「か………いと?」
「─────っっ!!」
か細い声に彼は聞き覚えがあった。ゆっくりとその場所から出てくる者の足から順に月明かりに照らされる。スラリとした白い足、綺麗な身体の曲線を描く美人の部類に入る女性だった。
「…………青子」
身体を震わせて、真っ直ぐに快斗を見つめるその目にはうっすらと涙を浮かべている。彼女は彼の幼馴染、中森青子。
「な…んで、何で快斗がキッドの格好してたの!!」
やっぱり、見られてたっ!
快斗は青子を誤魔化すためにこれ以上ないくらい頭をフル回転させた。正直、新一との勝負にもこれほど頭を使っていないかもしれない。
しかし、彼女がそれを待ってくれるはずもない。
「何で!どうして!青子を騙してたの!?」
「ち、ちがっ!!」
「ずっと、ずっとキッドやってたんだ!」
高校生の時からずっと、彼女に隠していた。だから、否定する言葉が見つからなかった。今の彼女はこれ以上ないくらい真剣な瞳を快斗に向けていた。
その目からは、透明な滴。
あぁ────
こりゃ、限界だな…。
一瞬諦めの笑みを浮かべた。しかし、すぐに表情を苦くして顔を伏せた。そんな彼の心情を表すかのように月が雲に隠れる。
「あぁ、そうだよ。俺が…………」
「俺が怪盗キッドだ」
さぁ、っと冷たい風が吹く。同時に不安がつのる。彼女の反応が、見るのが怖かった。何を言われるか、わからなかった。
ずっと、彼女に言わず、ずっと誤魔化してきた。それは、キッドと彼女に知らせたいわけじゃない。知られた時の彼女の反応が見たくなかっただけ。
けれど、彼は決してそんな顔は見せない。お得意の笑顔を彼女に向けた。
泣きそう………。
しかし、それは意味のないことで。彼女は彼の不完全な笑顔を見破った。どこか淋しげで、どこか辛そうな彼の顔。
青子は快斗に走り寄って、胸元をぽかぽかと殴り始めた。
「快斗のバカ!バカバカバカァ!!」
「青子…」
「そうやっていつも隠して、本当のことを言わない快斗は嫌い!大っ嫌い!」
ぽろぽろと涙を流して、それは舞って、彼の服に吸われていく。
叫ばれている言葉に顔をしかめて、快斗は耐える。
「そうやって隠して、危ないことして、怪我して、お父さんに追われて、いつもいつも不安を一人で抱えてるなんて、嫌だよ。そんなの、やだよぉ」
肩を震わせながら、彼女は快斗に抱きついた。冷え切った身体を優しく温めてくれる小さな身体。嫌われたのではなく、心配されたことに彼は感動を覚える前に思考が停止した。
ずっと、心は子供だと思っていた。いつもいつも元気に、ただ純粋に感情を表す無垢な子供だと。
だけど、今ならわかる。女性は男性よりも早く大人になる生き物だと。
「いつも不安だった。もし快斗がキッドだったら、毎日捕まることを考えて寝てるんじゃないかって!これからずっと追われる身になってくんだって!だから、だから…」
こいつ、俺のこと?
意外だった。予想もしていなかった。彼女がこんなことを考えているなんて彼には全く。
快斗は思わずきつく、強く彼女を抱き締める。温もりが更に増える。身体も、心も次第に温かくなる。
「快斗?痛いよ」
「ごめん、ごめん」
消え入るような小さな声。それを耳元で聞いて、くすぐったくて仕方が無い。
青子はでも黙っていた。それがいいような気がして。
「心配してくれて、サンキューな」
「うん。ショックだったけど、バレた時はっきり言ってくれて嬉しかったよ」
にっこりと無邪気な笑顔を向ける。その顔に愛しさを覚えながらも、顔に出すことはしない。ただ、一つだけ非常に不安なことがあったので、口に出した。
「お前、言うなよ?中森警部に」
「言わないよぉ!青子はこう見えても口堅い方なんだから!」
いや、ぜってーぽろっと言うな。
青子の性格を知り尽くしている快斗。もちろん、中森警部の性格もある程度把握しているため、そこまで心配しなくても大丈夫かもしれないが、バレた当日くらいは保険をかけなければいけない。
「そうだなぁ、協力ヨロシクな」
「感謝してよね!」
「あぁ、じゃぁ、礼は前払いしておく」
「へ?」
雲に隠れた月がまた顔を出す。白い白い光がゆっくりと二人を照らした。逆光で見えづらい快斗の顔が妖しい笑みに変わり、そして………。
「ただいま」
「おう、青子遅かったな。心配したんだぞ!」
「あ、うん。ごめんなさい」
「一体何処で何してたんだ?」
父親の言葉に青子は急に顔を真っ赤にして、視線をそらした。その様子を不審に思わない者はおそらく誰一人としていないだろう。
「え?おい!一体何が?まさか、あのバカなあいつに何かされたんじゃないだろうな!!」
「ち、違うよ!嫌だなぁ、お父さん!青子、お風呂入ってくるね!」
「ちょ、待て!一体何があったんだ!!」
逃げるようにして、青子は風呂場に駆けていく。高鳴る鼓動を聞きながら、息を整えた。
外は寒かったはず。それなのに、何故こんなにも身体が熱いのか。
それは彼女にも痛いほど理解できる。
「へへ、絶対言わないもんね」
そしたら、今度はご褒美でくれるかもしれない。
家に帰ってベットに仰向けで寝転んでいた快斗は大きく息を吐いた。いつも引き締まっているはずの顔は幾分か緩んでいた。
熱くなった顔を誤魔化すように笑う。
「前払いで青子の保険をかけて、そして俺の欲望を満たす。一石二鳥だな」
もし、これで俺の正体を明かさずにいられたなら、ご褒美とか言ってもう一回やっちまおうかな?
この夜、二人は同じ光景を頭に浮かべて眠れずにいた。
月明かりの白い光さえ見えない、甘い甘いあの時間を。
もちろん、そのせいで翌日の学校に遅刻したのは言うまでもない。
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