バートン・ストーン
レドモンドに引き摺られるように連行されてゆく、たったひとりの血を分けた妹———エミリアの華奢な背をじっと見つめた。
凛とした佇まい。王族の傍らに立つべき資質に溢れた女性。いつも比較され続け、深い沼地に沈んだような息苦しさを味わった存在。
———ああ、これでやっと息が出来る。
鉛のような重みがいつも心に圧し掛かっていた。
両親のみならず、王家の、いや国中の期待を一身に受けるエミリアに、幾度となく味合った嫉妬心。
それは少しずつ心を蝕み、やがて憎悪という感情に育っていく。
最後まで動じることなく、凛とした姿勢を崩さなかったエミリアは、やはり王妃として十分すぎる資質を備えているのだろう。
それに比べ、熱い眼差しでエイドリアン王子を一心に見つめている男爵令嬢は、あまりに無邪気で———無知だった。
一時の恋心に縋り、己が起こした重大さに欠片ほども気づいていない。
おそらくエミリアが最後に放った忠告の意味さえ、理解していない。
そして、強く自分を引き寄せている男の双眸、その奥に消すことの叶わない昏い思いが潜んでいることなど。
「…エミリアさま…」
エミリアの姿が木々の隙間に隠れる刹那、ひっそりとした呟きが漏れた。
周囲の令嬢の誰かだろう。
悲壮なそれが、しんなりと広がってゆく。
———あの背は、あんなに細く折れそうだったろうか。
ふわりふわり舞い上がる扇の羽。
そういえば、この扇を王子から贈られた時のエミリアを思い出す。
幼い頃から厳しく躾けられていたエミリアは、感情の起伏が乏しい子供だった。
公爵家の両親は貴族の代表と言っても過言ではなく、エミリアの魔力を知った瞬間から甘えを一切許さなかった。
愛情よりも知識を。
触れ合いよりも鞭を。
日々の報告書に目を通し、指示を下すだけ。
世話をするのは執事と召使のみで、教育係も厳しい者達を選んで宛がっていた。
その時点で私とエミリアの格差が生まれていたのだ。
公爵の跡取りとして厳しい教育を受けていた私より、エミリアは自分の時間を与えられていなかった。
だからこそ顔を合わすことも稀で、広い邸で姿を見掛ける度、公爵令嬢として育ってゆく妹は末恐ろしく映った。
だが。
『———まあ。』
それはエイドリアン王子からエミリア宛に届いた贈り物だった。
感情の乏しいエミリアが、思わず発したであろう歓声に驚いたことを覚えている。
『見事な扇———』
ほっそりとした指先で愛おしそうに触れて、滑らかな羽を撫で———そして、ある箇所で止まった。
———王家の紋章。
刻まれた王家の紋章。それをじっと見つめ、そして、扇を手に取る。
その横顔は、まさに王冠を抱くに相応しい覚悟を秘めていた。
間違いなくエミリアは、その時、己が運命を真っすぐに受け止めたのだ。
国という重責を、その片側を背負う決意を。
「マリア、これで憂いはなくなったよ。」
傍らで囁かれる甘い睦言。
そう、憂いはなくなったはず。
エミリアに告げた一族からの追放とは虚偽だ。
彼女が動揺する様を見たかったのかもしれない。権力を剥奪された、哀れな娘。その不幸を嘆く様を。
だが、エミリアの面は静かで、動揺の欠片さえ浮かんでいなかった。
まるで———全てを知っていたかのように。
背筋に嫌な汗が滴り落ちた。
ゾクリ、と胸底から湧き上がる混沌とした———それは、不安。
この騒動を知った両親はどう動くのだろうか。
王家がどう動くかを見定めて、よもや、王子を庇護するつもりならば、迷いなくエミリアを切り捨てるに違いない。
曇りなき忠誠と銘打って、駒をひとつ、盤から叩き落すのだ。
とっくに見えなくなった姿を探したまま、私はその場を動けなかった。
何故か、消し去った筈の鉛が、ゆっくりと全身を蝕んでゆく気がした。