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超空陽天楼 作者:レルバル

解放への道

44/67

「以上、四つのグループに別れて帝都の攻撃に移る。
 ヒクセスへベルカの声を届けるには臨時政府と、ロバート首相の声しかない。
 各方面の旗艦はこちらが調節しておく。
 蒼は準備を急げ。
 出発は明日明朝五時。
 遅れるなよ! 」

 任務から帰ってきてから三日後に蒼は出撃を命じられた。
迅速な作戦の展開と遂行は勝利への必須条件だ。
ここまで全ての作戦はこのひとつの瞬間のための物。
シグナエに手を伸ばす前にやらなければならないことだ。
本来の目的、ベルカ帝都の奪還だ。
 そのブリーフィングは大会議室で行われた。
数々の“核”が集まる前のブリーフィングのような状況の中マックスが説明した事を各自が頭の中に叩き込んだ事だろう。
ブリーフィングが終わったあと、蒼は他の兄妹と約束していた医務室へと向かった。

「漆黒の闇、その悠久の時を過ごしている場合ではないんじゃけど……。
 大天使クラースの化身であるあちきにすら……。
 こればっかりはどうしようもないけんね……」

 藍はそっと近くで眠る妹のおでこを撫でた。
朱は目を覚まさない。
死んだわけではない。
息はしている。
“レリエルシステム”との接続を不認可の方法で切断されたからか精神だけが体に戻ってきていない、との説明を前に受けた。
それでも納得がいかないのが藍だった。
あのドクターブラドにくってかかったのだから。

「私めの愛撫でも目を覚まさなかったですことよ。
 逆に何をすればいいのか解りませんわね。
誰かのデカマラでもぶちこんで差し上げれば目が覚めるのではないかしら?」

「……我が美しければ……それでいい。
 心配ではない……と言ったら……嘘になるが……」

 それぞれがそんな自分勝手感想を述べていたが、蒼は黙っていた。
三人の兄達が吐き出す言葉には耳を貸さず、黙って医療室を出る。
自分の姉のあのような姿は見ていてあまり気分がいいものではない。
将来自分がそうなるかもしれないのだから。
考えながら歩いていたせいか前からくる人物に気が付かなかった。

「……あっ」

「おんや……意外だな。
 “部品”ちゃんがこんなとこに来るなんてね」

 外に出た所で嫌なものがなくなる訳ではなかった。
嫌な奴がそこにいた。
そのだらしない姿を察知すると共に嫌味を言ってくるのかと構えた蒼だったがブラドはそんなつもりは無いらしい。

「“部品”ちゃんのお姉ちゃんねー……。
 少しずつだけど“レリエルシステム”の再構築を行っているんだ。 
 でもあいにく上手いこと行ってなくてね。
 そりゃ大破轟沈直前にまで行ったダメージを引き伸ばしてまでさぁ。
 蘇生しようとしてるんだから無理なものは無理かぁ」

 頭を掻いたブラドからはなんとも似つかわしい匂いが漂ってくる。
香水のようなキツイ香りはついさっきすれ違った看護師と同じものだろう。
同じ部屋から二人が出てきた事からあらかた察する事が出来る。
何をしているのか知りませんが……。

「んーまぁ。
 このまま回復しないならこの基地の男達の慰みものになってもらうしかないね」

つまりはそういうこと。

「……よくまぁそんなことが言えますね。
 たまにあなたの頭を疑いますよ」

その意味を敏感に悟った蒼はブラドを笑ってやった。
ところが当の本人は涼しい顔だ。

「仕方ないじゃん?
 事実なんだもの。
 君達が作られて、必要がなくなったら男達の慰みものになる。
 ずっとそういう風にこの国は――」

「蒼様。
 少し話が」

 言い返そうとした蒼の肩を廊下の影から現れたフェンリアが叩いた。
蒼はブラドに一瞥くれると、フェンリアのあとについていく。
朱が目覚めるか、目覚めないかは癪だがブラドの腕にかかっているのだった。
静かに蒼はブラドに軽く頭を下げるとその場を去ることにしたのだった。



     ※



 医務塔から大分離れた所でフェンリアは蒼へ向き直った。
一番フェンリアが安心する事が出来る場所にまで連れてこられたのだ。

「ああいうのは無視が一番。
 関わると負け」

「…………分かってるんですけどね。
 どうしても売られたケンカを買わずにはいられないみたいで……」

 第十乾ドックでフェンリアは自分の軍艦である《タングテン》を前に椅子に座った。
 あちこちから火花を出しながら修復を受けている《タングテン》の全長は三百メートルを優に越える。
《ネメシエル》ほどの大きさではないが大昔の歴史からすれば十分に《超常兵器級》といってもいい性能を持っている軍艦だ。
艦橋の大きさといい、主砲の整った感じは最新の戦艦っぽさがある。
舷側に設けられた砲塔は乗用車よりも大きい。
蒼はこの《ラングル級》の艦首から艦橋にかけてのラインがとても好きだった。

「《タングテン》……ですね」

「そう。
 私の軍艦」

 目の端に映る細かいデータを見ながら蒼はフェンリアの顔を見る。
全長や総重量を出してきてくれた《ネメシエル》にお礼をいい、ウインドウを閉じる。

「これ、蒼様」

 フェンリアは蒼にマグカップを渡してきた。
小さく、蜂蜜を食べようとしているように見える真っ黒の熊の模様がかかれたマグカップを受けとると、中ではカフェラテがほっとするような香りを出してマグカップの中で渦を巻いていた。

「とうとう次は帝都の奪還ですね……。
 思ったより長くかかってしまいましたね」

 そのマグカップの渦巻きが《ネメシエル》の同型艦、《ウヅルキ》の出てきた竜巻のように見え思わずその話題を振ってしまった。
戦争が始まってもう結構な年月が経過することになる。
あいからわず世界との戦争は続いてたが初期の頃の激しさは消え、前線は膠着状態に陥っていた。
《ニヨ》をはじめとして様々な本当の情報が漏れているからか世界連合軍の攻撃は今まさに小休止に入っているように思える。
シーニザーはこの戦争に対する疑問を連日マスコミが放送しているためか、目に見えて世界連合軍から手を引いていた。
ヒクセスは一時期は減っていたものの首都バリントンへの攻撃を受けてからは再び増加の傾向にある。
それを除いても世界連合軍の攻撃は減少の一途を辿っているのだった。
ますますもってシグナエの動向が読みづらくなっている。
二日ほど前マックスもシグナエの動向に疑問を抱いて蒼に相談してきた。
その時結論は出なかった。

「そう?
 私は短く感じた。
 色んな事がありすぎたから」

 世界の軍事力の三分の一を占めるヒクセスをこちら側につけることが出来さえすればこの戦争を一発逆転することが出来るのだ。
ヒクセス共和国の首相であるロバートがこちらの手にある以上もう少しでその望みは達成することが出来るだろう。
そうすればこの戦争は終わる。
平和な世界が帰ってくるのだ。
フェンリアは自分のマグカップを両手で掴むと二口ほど啜った。
相当苦かったらしくミルクを追加で入れていく。

「色々……ありましたね。
 帝都の消滅から全ては始まったんですから」

 思い返す、なんてらしくないことをしてしまいながら蒼は苦笑した。
なんとかここまで生き残る事ができたのは自分の実力だけとはいいがたい。
様々な人間が手を貸してくれたからこそここに立っていられるのだ。

「……夏冬はいま何をしているのか」

「……さぁ」

 文字通りお手上げだ。
突然艦隊から出ていった夏冬は《ウヅルキ》をも配下においていた気がするのだった。
ベルカで産まれ、ベルカで育ったはずの
夏冬は祖国のベルカを滅ぼそうとしているのか。
そして夏冬のせいでひどい目に遭った春秋は一度死にかけた。
いや、普通なら死んでいた。
《アルズス》が沈む直前に自ら“レリエルシステム”を切らなければ春秋は海の底にいることだろう。
そして春秋は実は夏冬のせいで生きることが出来ていた。

「聞いた話なんですけどね……」

 丹具博士の好奇心からの実験によって産まれた春秋は他の“核”とは違う。
男の脳の癖に体は女。
“レリエルシステム”を司る部分には本来の部分があえて残されていると言う。
体と脳がもたらす変異は兵器としての質を左右するのかどうかをテストするために作り出された春秋はテストされた直後、本来なら“破棄”される予定だった。
恐らくは男達の慰みもの、もしくは海外へとジャンクとして売り飛ばされる予定だった。
それを助けたのは丹具博士のお気に入りであり最高傑作の“核”でもある夏冬だったと蒼は春秋から聞いていた。
夏冬が妹が欲しいとごねたため丹具博士は春秋の破棄を取り止め、名を与え育てたのだ。
本来ならば駆逐艦の“核”が相場だと言うのに《ラングル級》の“核”になれたのは特別な扱いを受けたわけでもなく春秋の実力だ。
と、言うことを蒼は本人から聞いていた。

「まぁ多少はフィクションが入ってるかもしれないですがね。
 私はなんとも面倒くさい艦隊の旗艦になってしまったものです。
 フェンリアさんだけですよ、何も問題を起こしていないのは」

天井からぶら下がっている時計が、午後四時のチャイムを鳴らす。

「私だけ、か」

 苦笑の表情を浮かべる蒼と違いフェンリアは表情を変えない。
蒼をちらっと見るとコーヒーを置き、口を開く。
静かに結んでいる髪の毛を指に絡ませながら

「私は何もしていない。
 あまり行動に起こす機会も無かった。
 それに作戦中は基本喋らないようにしている。
 不必要な会話は作戦の混乱を産み出すから。
 私と対象的に二人がうるさいから二人に問題がいくだけのこと」

 フェンリアはそうぼやいた。
目の前を大きな鋼材が運ばれていく。
その鋼材は《タングテン》の穴が開いた所に当てられる。
被弾した箇所を先に四角に切り取り鋼材を当て、溶接する。
《ネメシエル》や《タングテン》だけでなくベルカの艦艇は他国艦と比べても修理が異常に早い。
損傷した箇所だけを切り離し、新しいブロック区画を入れることで迅速な修理を可能としているのだ。
当然それだけでなく、海洋国として周りが海に囲まれている事から元から艦艇に関する技術力が高いのもある。

「間違いないですね……。
 あの兄妹は本当にうるさいです。
 だからフェンリアさんに注意が向かなかったと言うのも正しいです」

「こう見えて私は結構おしゃべり……のつもり。
 話すことは嫌いじゃない。
 何を話せばいいのかわからないだけ」

 フェンリアは目を細めた。
溶接の火花が飛び散り、赤い光がドックを煌めかせる。

「あまり私と話す機会もありませんでしたしね。
 ようやく改めてフェンリアさんのことが少しだけ分かった気がしますよ」

 鉄が軋む音と共に《タングテン》の損傷したブロック区画が落ちる。
赤い血液のような特殊ベークライトが流れ落ち、ドックの床に溜まる。
落ちたブロック区画の代わりとなる新たなブロック区画が差し込まれ、コード同士が接続されていく。
その区画の溶接が終わると、特殊ベークライトの注入完了と同時に一ヶ所の修復は完了する。
その作業をしているのは修復ドローンと、その修復ドローンを操る沢山の作業員だ。
何万人もの頑張りがあってこそ、蒼達は支えられている。

「……蒼様。
“家”のことは覚えてますか?」

しばらく黙っており、止まった会話を恐れるようにフェンリアは切り出した。
少し蒼は考える。
嫌な記憶は無いが嫌な気分にはなる。

「“家”……ですか」

“家”……。
言葉を聞くだけで殆どの“核”は嫌な事ばかりを思い出す場所らしい
“核”が人として扱われずに物として扱われる地獄のような場所だ。
“核”は“家”で兵器として産まれ、一生そこで与えられた任務を全うする。
物として扱われた“核”はみなトラウマを抱えている。
どうしてもそれは避けようのないことだ。
しかし、蒼達《超極兵器級》の“核”は違った……らしい。
なにより蒼は“家”のことをあまり覚えていなかった。
うっすらとフラッシュバックするように景色がたまにぼんやりと頭に浮かぶ程度だ。

「あんまり覚えてないんですよね、これが」

申し訳ない、というように蒼は頭を下げた。
フェンリアは別に構わないと言うように軽く横に首を降ると喋り出した。

「私は朝霞博士の元で産まれた。
 試験的な機構一杯積まれて。
 私の名前は朝霞博士の妻が付けてくれた。
 ヒクセス出身の朝霞博士の妻は私をすごく可愛がってくれた。
 そういう思い出ばかりだから他の“核”が言うトラウマが分からない。
 皆は嫌がるけど私は嫌じゃない。
 だから何をされたのかが知りたい」

「私に聞かれても……何も教えることが出来ないですよ……」

 先程も言った通り蒼は記憶がなかった。
思い出したくもない、というほどひどい記憶があるわけでもない。
あの真っ白な世界は出来るだけ皆が触りたくない出来事を経験した場所なのだからむやみやたらに聞くこともできない。
マグカップを床に置き、ほっとため息をつこうと延びをかねて上体を逸らした時、手に何かが当たった。
ざらざらした手触りは間違いなく紙媒体だ。
紙自体がなくなって久しいこの世界でその手触りはとても懐かしい。

「これって……」

その本を掴み、蒼は自分の前に持ってくる。

「私が言葉を覚える時に使っていた本。
 思い出の一つ」

 懐かしいタイトルに懐かしい文字列だ。
タイトルは『黒い蝶』。
世界中に溢れ返っている童話の一つだ。
どの国の誰もが一度ぐらいは読んだことはある。
物語のあらすじはこうだ。
主人公は一人の人間として生きている。
その主人公を襲うのは死。
死は様々な形に自分を変え、襲いかかる。
恐ろしい姿の死に追い詰められた主人公はふと、覚悟を決める。
いずれ死ぬならば今を一生懸命に生きる、と。
その瞬間、死はその姿を美しい蝶に変える。
鋼のように冷たい死の蝶は主人公から去る。
また来ると、言い残して。
そんな《鋼死蝶》と主人公との話だ。

「懐かしい……。
 私もこれをよく空月博士に読んでもらっていました……」

 本来硬いはずの表紙は柔らかく、何十、何百回と読まれた証拠だった。
色々とボロボロになってしまっているがまだまだ中は綺麗なものだ。
開いた途端、一番きれいなページの鮮やかな色彩が蒼の瞳に飛び込んできた。
赤と青、それに黒の三色で描かれたページには文字は無い。

「《鋼死蝶》。
 私はこのページが一番好き」

フェンリアは本の表面をさらりと撫でる。

「私もこのページが一番印象に残っています。
 この本自体が印象に残っているんですけどね……」

「……《鋼死蝶》は、結局主人公を連れていった。
 それは主人公を生きることから解放して本当に自由にしてあげたんだと考える。
 《鋼死蝶》は、世界中の人間を死として救う存在だ、と朝霞博士は言ってた」

フェンリアは本の表面を撫でていた手を蒼に重ねた。

「えっと……?」

困惑する蒼と違いフェンリアの表情はしっかりとしたものだった。

「……蒼様。
 あなたは死んではならない。
 あなたが生きてくれないとベルカは負けるから。
 それは私達だけでなく世界中の人達を苦しめることになる」

 急にどうしたというのだろう。
フェンリアは蒼の顔を正面からまっすぐに見据えてきた。
ぶれないその表情はいつも真顔なフェンリアに更に拍車をかけるようだった。
心配要らない、と蒼は返す。

「そんなこと言われなくても私は沈みませんし、死ぬ気もさらさらないですよ」

「分かってる。
 でも……少しだけ嫌な予感がする。
 ただそれだけ」

フェンリアの予感は非常に当たる。
それはもう恐ろしいほどに。

「あなたの嫌な予感は結構当たりますからね……。
 明日はすごく注意することにしますよ」

 フェンリアに手を離してもらい、すっかり冷えてしまったコーヒーを蒼は一気に飲み干した。
そして冷たく、空っぽになったマグカップをフェンリアに渡す。
フェンリアはそのマグカップを受け取ると近くの箱の上に自分のマグカップと重ねる。

「……蒼様。
 最近私は考える。
 もし私が普通の人間として生まれていて、普通の人間として人生を送っていたとしたら。
 今私は何をして、誰とどういうような関係を築いているのかな、と」

「つまり兵器としての自分ではなく――?」

 蒼はフェンリアが何を言っているのかとっさに理解することが出来なかった。
そんなこと考えたこともなかった。

「そう。
 最近ふとそういうことを考えることがある。
 私は今は“核”として生まれている。
 だけど、人として生まれていたら夫を持ち、子を産み、母親になれたのかと」

いわゆる人間の一生そのもののことだ。
人間は家庭と言うものをもち、その家庭のために一生を費やす。
蒼はそんな生き方、データベースでしか見たことがない。

「私はこの戦争が終わり、“核”としての役割も果たさなくてよくなったら人間として生きてみたい。
 誰かに愛され、愛す人の子供を産み、育ててみたいと考えている」

「……変わった“核”ですねフェンリアも。
 普通はそんなこと、考えませんよ……?」

 春秋も夏冬とも違う。
唯一まともな“核”だと考えていた、フェンリアがそんなことを考えているなんて。

「マックス達を見ていると羨ましくなる。
 私も、恋人がつくり長い人生を共にしてみたい」

「……そういうもんですかね」

 “核”に生殖機能はない。
女性型ならば訪れる月の物は無いし、卵巣は役割を停止している。
男性型ならば種を作るモノが機能しない。
つまり“核”に生まれた時点で普通は子供は残せない。
さらに恋などを司る脳の部分は“レリエルシステム”が支配している。
本来ならばこの二つから“核”がフェンリアの今言った様なことは普通に兵器として暮らす分には考えれないようになっている。
しかしフェンリアはそれを考え、言った。
この事がいかに大きな驚きを蒼に与えたか。

「蒼様は考えたことはない?」

 フェンリアが例にあげたはマックス夫妻、ですか。
マックスに子供がいて……帰ったらご飯があって……といったことは何とも想像すらつかない。
基地司令としてのイメージが強すぎるのだ。
ちなみにマックは副司令との間に子供はいない。
じゃあマックスは人間の生き方から逸れているのかというとそう言うわけではない。
何とも話すだけで頭がこんがらがりそうな話だ。

「――私はそんなこと考えたこともありませんよ。
 私の存在理由は《ネメシエル》に乗っているから成り立っていると考えています。
 私は兵器で、国の為ならば何でもするつもりでいます。
 それが無ければ私は――」

話を続ける蒼の言葉をフェンリアが遮った。

「そんなことない。
 蒼様にはそれ以外にもたくさんの魅力がある。
 顔もかわいいと思う。
 性格は……まあよしとする。
 ただ……」

「?」

沈黙。
しばらく言おうか悩んでいたであろうフェンリアは、覚悟を決めたようだ。

「唯一の欠点……うん。
 蒼様は……身体的な面で頑張ってほしい」

「身体的な面……?」

なんのことか分からない蒼は自分の体を見た。
走るのが遅いとか、そういうことでしょうか。
少し考える蒼を見て更にフェンリアは覚悟を決めた。

「もう少しで具体的に言う。
 胸とかお尻とかそういうところ」

「!!
 う、うるっさい!ですよ!
 私だって好きでこの体でいる訳じゃないんです!
 成長しないんだから仕方ないじゃないですか!
 これが好きな人もきっといますから!」

 膨れっ面の蒼を見てフェンリアは笑った。
それに驚いたのは蒼だ。
フェンリアが、笑う顔など余り見たことなかった。

「ふふ……」

仕返し、と言うように蒼は毒を吐く。

「……フェンリアさん笑うんですね」

フェンリアは無表情に、近い表情に戻る。
自分の手で自分のほっぺをむにむにと触りながら毒をネタに話を広げていく。

「私だって笑う。
 ロボットじゃないから」

「いや、まぁそうですけど……」

その時蒼の足元で小さな鳴き声がした。
鳴き声に一番はやく反応したのが蒼だった。

「!!?
 うなっ!
 これ!」

 猫だった。
白と茶色の毛をした猫。
目は水色と黄色が混じった弱緑といった具合だ。
耳は両方とも垂れており、のほほんとマイペースの顔はフェンリアを見上げていた。
鼻はピンクで、所々入っている茶色の斑がまたなんとも可愛らしい。

「私の猫。
 名前はユキムラ」

「ユキムラですか……。
 おーよしよし……かわいいい!!」

 ユキムラをフェンリアが抱き上げ、蒼に差し出してくる。
白いふさふさの毛並みは触るだけで癒されるようだった。
蒼が触っても全く嫌がる様子はない。
むしろあくびをして気持ち良さそうだ。
ユキムラは眠そうに鳴く。

「たぶんお腹が減ってる。
 餌をあげる。
 これ。
 このカリカリを……」

お茶碗ぐらいの器に入った餌をユキムラの前に置く。
ユキムラは直ぐにそのお椀の餌にがっついた。
その様子を見ながらまたフェンリアとの話に戻る。

「この猫は私がずっと前に拾った。
 セウジョウの町に捨てられてた。
 二匹いたけどもう一匹は死んでいた。
 ユキムラもダメかと思ったけど……生きた」

カリカリを旨そうに食い尽くしていくユキムラは、全部食べ終わるとまだ足りないと言うようにまた鳴いた。

「本当にかわいいんですけど……ずるいですよ……」

ユキムラをしばらく愛でる。
ゴロゴロと、喉を鳴らし蒼の横に来るとすりすりと顔を擦り付けてくる。

「私が拾ったから私がきちんと面倒を見る、と言って飼っている。
 私がもし死んだら蒼様に預かってもらいたい」

「また物騒なことを。
 死なないですよあなたはきっと。
 別に死ななくとも私に譲ってくれてもいいんですよ?」

 新しく皿に出してやったご飯にがっつくユキムラの背中を撫でながら言った。
フェンリアは腕を交差させるとダメ、と拒否を示す。

「ダメ。
 ユキムラは私の猫」

「ずるいですよ!
 ずるい……」

飼い主を助けるようにユキムラが鳴く。
その鳴き声はお世辞にも綺麗とは言えない。
三回目にして蒼はそこに斬り込んだ。

「ユキムラ、ダミ声なんですか?」

「……なぜかダミ声」

ユキムラの鳴き声はしわがれている。
人間で言うところのダミ声で、お世辞にも綺麗な声とは言えない。

「でもそれがまたかわいいじゃないですか?」

「私が拾ったんだからかわいいに決まってる」

ユキムラを抱き上げフェンリアは頭を撫でまくる。
心なしかユキムラは眉を潜めて嫌な顔をしている気がするのだ。

「猫ってたしか表情筋がないんですよね?」

「ない」

きっと毛の模様がそう見せるのだろう。
そうならばもっと、愛でたくさせるのが猫だ。

「あーもーずるいですよ。
 私に譲ってください。
 旗艦命令です」

「拒否する。
 私の猫」

 これから町に繰り出して私も猫を探しにいきましょうかね……。
本気でそう考える蒼だった。
猫を撫で、弾む話をしてふと時計を見たら既に四時間ほど経過してしまっていた。
たくさん食べたユキムラは眠くなったのかは、フェンリアの膝の上で丸まり眠ってしまっている。

「そろそろ自室に帰って用意でもしますかね」

ユキムラを撫でていた右手を離し、蒼は欠伸をする。
予想以上にフェンリアと、話し込んでしまった。

「出口まで送る」

眠るユキムラを抱えながらフェンリアが出口まで送ってくれた。

「蒼様。
 明日は本当に気を付けて」

薄目を開けたユキムラが、のそりと動き姿勢を変える。

「分かってますよ。
 ああ、コーヒーごちそうさまでした。
 また明日、フェンリアさん」

「じゃあまた明日。
 旗艦、おやすみ」

「ユキムラもね。
 おやすみ」

「…………」

 知らんぷりのユキムラを見て二人で顔を見合わせて笑う。
《タングテン》の乾ドックを後にして蒼が向かった先は自分の軍艦ネメシエルの眠る第五乾ドックだった。
《タングテン》を堂々たる姿見たあとは今度は自分の軍艦が見たくなるものなのだ。
《タングテン》と比べても圧倒的に巨大な鋼鉄の塊に抱かれると蒼はとても落ち着く。

「よお、《陽天楼》!」

「どうもです。
 メンテナンスありがとうございますですよ」

「かまわんかまわん。
 好きでやってるんだ。
 連合にガツンと一発食らわせてやってくれ!」

「任せてください。
 どでかい一発をくれてやりますですよ」

 メンテナンスを行っている人達と挨拶を交わしながら《ネメシエル》の装甲扉を開き、いつもの自分の席に座る。
“レリエルシステム”の穴に腕は突っ込まず、ただただふんわりとした椅子に腰かけた。
艦橋内は暗い。
装甲の開いた窓からは自分の艦の甲板がただずっと広がっているのが見えるだけだ。
ライトが所々ついているだけで第五乾ドックは基本暗い。
天窓から覗く景色は星が登り始め、すでに真っ暗な夜がすぐそこにまで迫ってきているようだった。

「《ネメシエル》。
 起きていますか?」

(……ん、ああ。
 どうかしたのか蒼副長)

呼びかける。
《ネメシエル》は眠そうに答えた。
返事があることに安堵しつつ、蒼は単刀直入に話題を振った。

「昔の事、覚えていますか?」

(昔……?
 そう言われても……そうだなぁ……)

蒼が言う昔は、初めて《ネメシエル》と会った時の事だ。

「私はあんまり覚えていないんですよね……。
 気が付いたらあなたに乗っていたんですから」

 嘘だった。
“家”の記憶はなかったがはじめて《ネメシエル》に乗ったときの事は忘れもしないだろう。
訓練とは遥かに規模の違う軍艦を見せられ、自分の軍艦だと言われたときの衝撃の大きさは忘れようにも忘れることが出来ないものだ。

(私は……まぁ覚えるとかそういう問題じゃないからなぁ。
 蒼副長と会ってからの全てのデータはデータベース内に蓄積されている)

「私もあなたと会った時からは当然覚えてますよ。
 でもそれよりも前の事があんまり覚えていないんですよ……」

(そういうものだろう。
 蒼副長のベースは人間だ。
 人間はゼロ歳から三歳までの間の事を基本大きくなると忘れてしまうらしい。
 つまり蒼副長が初めの方を覚えていないのはそういう事なんじゃないか?)

「……複雑な気分ですね。
 そういうものですか……」

 蒼の頭の中に唯一残された“家”での記憶は透明のガラスの中に入れられているもの。
空月博士と兄妹。
言葉を覚える上で何度も読んで聞かされたあの本。
一緒に暮らした兄妹と真っ白な世界が記憶の全てだ。

「考えすぎですかね……。
 私としたことが昔を思い出すなんて」

(その通りだ。
 らしくないぞ蒼副長。
 明日は帝都の奪還なんだろう?
 私達が中心となって行動するんだ)

「……ですよね。
 でも《ネメシエル》……。
 ふと思うというか、考えてしまうんです」

フェンリアさんめ……。
あんな言い方をされると考えずにはいられないじゃないですか。

(ん?
 なにをだ?)

「もし私があなたに乗っておらず、人間として生まれていたなら……と」

(……なんじゃそりゃ)

バカにするように《ネメシエル》は鼻で笑った。

「なに笑ってるんですか」

(いや、少しな。
 恐らくフェンリアから言われたんだろう?)

「どうしてそれを?」

 《ネメシエル》はやっぱりな、とぼやくとログを見せてきた。
そこには《ネメシエル》と《タングテン》とのやり取りが細かく記載されている。

(実は《タングテン》と私はメル友なんだ。
 そして《タングテン》はフェンリアがこんなことをいっている、との悩み を私に相談してきたわけだ。
 まぁ、私としても旗艦だし僚艦の悩みに答えないわけにはいかないからな。
 人間の一生を明記したデータを《タングテン》に渡したわけだ)

それで……。

「……なんてことを」

(まぁ……あまり気にされて演算能力をそっちに割かれても困るからな。
 こういう問題はさっさと解決するに限る)

 《ネメシエル》は極めて機械的に物事を処理したに過ぎない。
それを怒るのも気が引けて蒼は静かに同意した。
確かに《ネメシエル》が言うのも一理あるからだ。

「ですね。
 少しフェンリアさんは……考えがイレギュラーすぎますね。
 性格を組み立てた朝霞博士も何をしているのやら」

 夏冬も春秋も、フェンリアも。
全員の親が全員好きに自分の機構を組み込みすぎですよ。
その責任を取るのは私だというのに。
愚痴りつつ蒼はもたれていた椅子から立ち上がる。
ひとしきり《ネメシエル》に話を聞いてもらって心に刺さっていたしこりが溶けたような気がした。

「では《ネメシエル》。
 また明日」

(ああ。
 おやすみ蒼副長)

 自分の部屋に行こうと《ネメシエル》の中から出る。
徒歩でしばらく歩き、自分の部屋に辿り着くとベッドに蒼は腰掛けた。

「ふー……」

明日は早い。
さっさと寝るに限る。
このままベッドでちんたらしていたら離れれなくなりそうであわててベッドかり立ち上がると脱衣場に入った。
シャワーを浴びるために服を脱ぎ、バスタオルを近くの手すりにかけた。
そこで気がついた。

「――誰かいるんですか?」

脱衣場のドアを開け、自分の部屋を見通す。
ふと気配を感じたのだ。
鋭い殺気のような物だ。

「ソムレコフ?」

 そんなわけもない。
自分で自分に答えを出しながら否定する。
第一あいつは今セウジョウにはいないのだから。
時計を見ると午後八時。
この建物にいるはずの兵士達はほとんどが食堂にいるだろう。
一体誰が……。
ひらひらと動くカーテンは、窓が開いていることを暗示している。
蒼が部屋に帰ってきたとき間違いなく窓は閉まっていたはずだ。

「《ネメシエル》、この周辺を集中してトレース。
 何かがいそうです」

お化けよりも怖いのは生きている人間だとよく言ったものだ。
こんな要塞軍港によく忍び込めたものです。
脱いだ服から武器を取り出そうとしたとき

「それには及びませんよ」

声と共にカーテンの陰から出てきたのは夏冬だった。
驚きだった。
まさか夏冬が自分の部屋にまで来ているなど。

「あなた……どうしてここに。
 私に殺されに来たんですか?
 わざわざ?」

 蒼はその顔を見て鼻で笑ってやった。
夏冬の姿は出ていったときと比べすっかり変わってしまっていた。
新しい制服にはシグナエの文字が刻まれている。
髪の毛もばっさりと切り、あまり食べなくなったからなのか、心理的な負担からなのか痩せていた。
春秋と同じような髪の色はさらに白くなってしまっている。
自分の部下立ったときと比べて大きく変わったと思うのは雰囲気だ。
全体的に禍々しさが溢れていた。
《ネメシエル》や《ウヅルキ》が放つ《超極兵器級》に近い、何かだ。

「そう邪険にしないでくださいよ。
 俺だってこう見えて苦労してきてるんすから」

そう言うと夏冬は一気に蒼を抱き寄せた。

「っ!?」

予想外の行動に録な抵抗すら出来ずに蒼は夏冬の片腕の中にいた。
息がかかるほど近い距離に夏冬の顔がある。
少し前なら何をしているんだ、と思うぐらいで終わっただろう。
だが今は違う。
隙があれば噛み付いてやりますよ。
純粋に憎しみをこめて夏冬の山吹色の瞳を睨み付けた。

「おお怖い怖い。
 蒼さん。
 あなたは《ネメシエル》がなければただの人だ。
 違いますか?
 男に腕を抑えられたら動くことが出来ないただの非力な女だ」

 蒼の体に巻きつけられたバスタオルが落ちそうになる。
それを必死に抑えながら蒼は睨むことをやめ、顔を背けた。
これ以上夏冬の顔を見ると苛立ちでどうにかなりそうだった。

「……ふん。
 従属艦だったころにはこんな風にあなたを抱きしめたこともありませんでしたね。
 それが今では出来る。
 可能ならばあなたをここで抱いて、殺す事だって可能なんですよ今の私には」

「……殺されたいんですか本当に」

 蒼の右腕の紋章が光る。
必要とあらば夏冬を《ネメシエル》の砲撃でぶっ飛ばすつもりだ。
当然自分も無傷ではいられないだろうがこのまま夏冬に殺されるぐらいならせめて……。

「おっと、勘弁してくださいよ。
 今ここにいるのは喧嘩しに来たんじゃないんですから」

「じゃあ放してください」

蒼を放し、夏冬は窓際にまで移動する。

「やれやれ……。
 いいですかね。
 ここに来たのはあなたに帝都には近づくな、ということを言いたい為ですよ」

「………………」

 夏冬は大げさにため息をついて、何もしゃべらない蒼の前で腕を組む。
反応がないのに、また一つため息をつくとつまらないというように顔をしかめた。

「無反応ってのもきついものがありますねぇ。
 まぁそれを伝えに来たんですわ。
 もし、無視して帝都にまで来た場合ですが――。
 悪いですけどあなたには沈んでもらうことになりますよ」

ざあっと、風が吹く。
開いた窓から入ってきた風が部屋の中を通り抜けていく。
事実上の撃沈宣言だ。

「面白いですね。
 夏冬。
 たかが一戦艦に過ぎないあなたが私を――。
 この《陽天楼》を沈められると思わないでくださいよ」

 フェンリアに無視が一番だと言われたというのに返してしまった。
その言葉を聴いた夏冬はにっこりと笑った。
まるで蒼が言うのを待っていたようだった。

「それでこそ我が元旗艦だ。
 では楽しみにしていますよ……」

風が吹き、カーテンがゆれる。
その姿に夏冬が隠れ、次の瞬間には消えていた。
変わりに低いエンジン音が聞こえ、遠のいていく小さな艦影が見える。
その艦影は明らかにベルカのものではない。

「バカな“核”ですよ……」

入ってきた風が蒼の体を包み込む。

「……寒っ」

 窓を閉め、蒼はシャワーを浴びる。
このせいで体を壊したらどうするつもりなんですか。
自分の部下とこういう形でとはいえまた会うことが出来たのは嬉しい事だ。

「あなただけは必ず……沈めて見せますよ……夏冬」

長い髪の毛が、体にへばりつく。
熱いお湯が出るシャワーから流れ続ける
お湯は蒼の体から滴り落ち、排水溝に流れていく。
そんな水流だけが静かに部屋に音を立てていた。





               This story continues.
ありがとうございました。
今回は少しお知らせ、があります。
実は超空陽天楼の説明を別の所へと独立させました。

・用語解説
http://ncode.syosetu.com/n3228cp/
・艦艇紹介
http://ncode.syosetu.com/n3059cp/
・登場人物紹介
http://ncode.syosetu.com/n3054cp/

といった具合です。
これらは※が付いているやつは基本ネタバレになるのでご注意ください。
また用語集と人物紹介まだ全然充実していない上にデータを紛失してしまい泣きながら書いている途中なので待ってください。
艦艇はとりあえずは完成です。今まで名前が出てきた艦艇は全て網羅しました。
これら三つも読み物、暇つぶしとしては最適かなぁと思いたいのでよろしかったら目を通していただけると幸いです。
どうかよろしくお願いします。

それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました!
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