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超空陽天楼 作者:レルバル

解放への道

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霧の世界

 島国ベルカから海――ソウゴ大洋を跨ぐ。
この星で一番大きなソウゴの海は光すら届かないほどの深度から沸き上がる物質で粘つく海水を星中へと撒き散らしていた。
陸付近以外で生物が生息出来なくなって何千年もたった海を跨いだ先に見えてくるのはヒクセス大陸だった。
 この大きな大陸を丸々一つ東から西へと支配している超大国、ヒクセス。
その国の頭とも言える首都バリントンはまだ朝早い時間だ。
とっくに太陽が昇っているとはいえまだ早い時間のため気温は十二度、風はほとんどない。
天気は晴れ、午後から雨。
降水確率は四十パーセント。
朝早いと言うのに人通りは多く、世界一を誇る都市は眠らない。
アメーバのような形をしているバリントンは端から端まで特殊鉄で覆われた都市だ。
大統領のロバートが不在の今、大統領の妻である副大統領のシアンが治めるようになったこの国は遠くの島国で起こっている戦争に興味を持つ人は決して多くはない。
だが連日のようにメディアが取り上げていれば興味がなくとも覚えてしまうのが人間だ。
テロリストが国を占領した、と言うことが真実のように国は説明するが、本当は攻め込んだのはヒクセスからではないか、という説も不特定多数の場所から流れている。
主張は今ヒクセスとベルカだけでなく、世界中で今一番ホットな話題にもなっている。
毎日聞く戦争の話だが、実際は半数の人々は興味などないのが現実だ。
むしろメディアを開けばその話題ばかりでうんざりしているだろう。
そんなわけでバリントンは昨日と変わらぬ夜明けを迎え何百万人もの人間が暮らす都市はいつものように今日を始めようとしていた。
サラリーマンの男は住んでいるマンションから出るために準備をし、子供達は黄色に塗られた学校の送迎バスに乗り込むために列をなす。
それを見送る母親達にさよならを交わし、子供達はバスに乗って学校へと通う。
日常、また繰り返す日々が始まろうとしていた。
ただ昨日と違う所もひとつあった。
それはこの都市に暮らす大勢の人間。
その人間は同時に空を見上げているということ。
サラリーマンの男も、子供達も、母親達も。
首をかしげ、見る理由は好奇心だろう。
太陽とも違う強い光。
一隻の小さな軍艦からそれは投下されたようだった。
光は次第に高度を落としていく。
一瞬強い光と共に七色に輝いたそれは地上二百メートル付近で、爆ぜた。
青い空が七色の光に覆われ、雲が吹き飛ばされた。
 そしてバリントンを襲ったのは炎の嵐だった。
嵐はまず外に出ていた人間の網膜を焼き払う。
痛みに喘ぐ間もなく全身を万を超える熱が包み、沸騰した血液は一瞬で枯れ果て焼けた皮膚は真っ黒に焦げる。
並んでいたビル達は無傷も当然だったが次に襲いかかった爆風によって一気に薙ぎ倒されることになった。
数千メートルの大きさで天を貫いていた政府機関のビルは根こそぎ奪われ、大企業の本社ビルも爆風に流されていく。
地面を埋め尽くしていた特殊鉄の道路を始め標識も、電車も全てが薙ぎ倒されていく。
その光景を見ることができる人間が残っていないのは不幸中の幸いだったかもしれない。
逃げることも叶わず、かくれることもかなわず、無力なまま人々は焼かれていった。
 ビルの瓦礫を伴った爆風は都市周辺に広がると半径三十キロ辺りを焼き付くしていく。
瓦礫もなにも残らない空間となったバリントンには大きなクレーターが残っているだけであとはただただ茶色の地面が顔を出しているだけになった。
かすかにのこる特殊鉄の道路や、ビル、バリントンの象徴だった大きな鐘がここはさっきまでバリントンがあった場所だということを教えていた。



     ※



「不味いことになりましたね……」

「あーこれで俺達の目論見はいったん失敗かー。
 相手も成されるがままやられる訳もないよなぁ」

 マックスは隣で頭を抱えるロバート大統領へ報告書から目線を移した。
《アウドルルス》による大統領の奪還から三日の月日が流れていた。
その三日間はベルカからヒクセスへと首相が真実を発信していた。
だが相手にされなかった。
ヒクセスの国民に信じてもらい、ベルカと同盟を結んでこの戦争を終わらせるという目論みは大統領自らがバリントンに赴くことで成功させるつもりだった。
失踪したと思われている大統領が首都に現れるのだ。
しかも戦争しているはずのベルカの艦艇に乗って。
だが、失敗した。
見せるべき大衆がいるはずのバリントンへ“量子炸裂爆弾”が落とされたのだ。
それもベルカの艦艇から、という情報つきだ。

「おお……神よ……」

ニュース映像を見て熱心なカロリスト教徒であり、牧師でもあるロバート大統領は目頭を抑えた。
その目頭からは液体が流れ出すこともなく、ただただ大きなショックが身体中を支配してしまっているようだ。

「本当に厄介なことになった……」

ロバートと同じぐらい精神に来ている顔をしているマックスは、ため息とともに頭を掻いた。

「この爆発は……見たことがあります」

 黙って大統領の姿を見ているのに耐えることが出来ず蒼は話しかけていた。
《宇宙航行観測艦》からリアルタイムで送られてきた動画は短いものだったが蒼の記憶の中にある情報を持ち出すのには十分だった。
この強烈な光で《宇宙航行観測艦》はしばらくレンズの不調に見舞われることになるだろう。
ロバートは蒼の方を見ることなく、ただ打ちひしがれた目をこちらへ向ける。

「見たことがある?」

「はい。
 私はこれと同じ爆発をベルカの帝都で見ました。
 開戦と同時に私達の帝都に落とされた奴と一緒です」

蒼は淡々とした口調でロバートに言う。

「まさか……」

 ロバートは鼻から息を吸い込むと再び目頭を抑えてしまった。
マックスは部下から預かった資料にざっと目を通すとロバートへと話しかける。

「“量子炸裂爆弾”……。
 ロバート大統領。
 この爆弾を作り出すことが出来るのはヒクセスだけのはず。
 量子炸裂技術はあなたの国のお家柄です。
 盗まれたとかそういう記録は?」

ロバートは抑えていた目頭を離し、大きく息を吐いた。
その息は弱々しい。

「私が勤めていた時はなかった……な。
 軟禁されてからは保証出来ないが」

「自分の国の技術で自分の国の首都を焼く……ですか。
 普通ではあり得ない状況です。
 ロバート大統領を私達が奪還したことに対する警告でしょうか?」

 司令室の気温が気になったマックスは窓を開ける。
少し前までは燃えるほどの暑さだったセウジョウも今ではスッキリとした涼しさになっていた。
時間と季節だけは確実に流れている。
もう二ヵ月後には新しい年を迎えるのかと思うと、蒼はさらに憂鬱になるのだった。
そんなセウジョウには鉄と鉄の打ち響く音は休まずに流れている。

「分からんなぁ。
 だがここから先の動きを予想することは簡単だ。
 恐らくヒクセスはベルカと同盟の道を選ばなくなるだろう。
 このまま誤解が解けないなら、だけどな」

「どうしてです?」

マックスはロバートの方を見ると蒼の問いに答えずに、タバコに火をつけた。

「私にも一本くれないか」

憔悴しきっているロバート大統領にタバコを渡し、マックスは火をつけてあげる。
震える指先でロバートはタバコを咥えると外が見える窓に歩いていった。

「……《ネメシエル》のお嬢さん私が答えるよ。
 おそらくヒクセスの国民はベルカにいるテロリストが爆弾を落としたと。
 そのように結論付けるだろう。
 その証拠に爆弾を落としたのはベルカの艦艇だということを公表した。
 なによりバリントンに爆弾が落ちたことで私は得た確信があってね。
 恐らく副大統領のシアンはシグナエと繋がっている」

「え……?」

ロバートは灰を灰皿に落とし、また深いため息をついた。

「おそらく爆弾をシグナエに回したのはシアンだ。
 そして今回この戦争を起こしたのもシグナエとシアンだ。
 私の副大統領……妻はシグナエのスパイだったんだ……」

 愛した妻に裏切られたと悟ったロバートの心中はとても辛いものだろう。
三回目の世界戦争の後、超大国同士であるヒクセスとシグナエはお互いに和解しあった。
そして友好に努めて来た。
二度と世界戦争は起こさないという努力は空回りだったのだろうか。
結果がこれなのだ。
ヒクセスは過去一つの国を丸々“量子”の炎で焼いた。
圧倒的な力を持つ超大国は世界中から恐れられる存在になった。
その国、ヒクセスはその力は世界平和に使うべきであり戦争に使うものではないとした。

「つまりまだ世界戦争を引きずっている、と?」

「……分からない。
 だが可能性がないとは言い切れない」

 世界戦争は決着がつかなかったとされているが実際はシグナエの負けのようなものだった。
それに面白くないシグナエは密かにヒクセスの立場を狙っていた。
そう考えれば筋は通る。
でも本当にそうでしょうか。
蒼には、いまいち納得がいかないものがあるのだった。

「まだ裏切られたと確信するには早いですよ。
 奥さんが裏切った証拠があるわけでも無いんですから」

「だが……」

 開いた窓から入ってきた轟音でロバートの話しは止まる。
この機関音は《ヴォルニーエル》と《ニジェントパエル》だ。
帝都周辺地域の鎮圧に向かった兄達が帰ってきたのだ。
艦隊の艦の数は減っていたが、それよりも制圧することができた価値の方が大きい。

「私は少し休んでくる……すまない……」

吸い終わったタバコの吸殻を灰皿に戻し、ロバートは弱々しく吐き出した。

「是非そうしてください。
 おい、詩聖。
 部屋まで付き合ってあげてくれ」

「わかったわよ」

作業を中断して副司令がロバートの横に立つ。
ふらふらと二人が出ていった扉からおおよそ十分ほどすると今度は真黒と真白が入ってきた。
戦況報告というわけだ。

「どうだった?」

タブレットに損害を受けた分の数値を打ち込んでいる真黒へマックスが聞いた。

「……損害を……。
 ……大分出して……しまった……。
 もちろん……我は美しかったが……」

目を伏せた真黒に代わり真白が喋り出す。

「仕方ないですことよ。
 敵もよくやる方でしたもの。
 要塞が人形になるなんて予想もつかなかったですことよ?
 まぁ……。
 私達めのデカマラをぶちこんでやったら静かにおイきなさいましたわ。
 一つならまだしも……。
 三つも出てくるなんて予想もつきませんでしたことよ?
 複数プレイは正直私めは苦手ですの」

くるくると人差し指に髪を巻きながら真白はしゃあしゃあと言ってのけた。
その報告に蒼は少し引っかかることがあった。

「要塞が人形に……?」

どこかで聞いたことがありますね。
気のせいでしょうか。

「その結果がえーと……?
 戦艦一隻が中破、重巡洋艦二隻が撃沈、駆逐艦一隻が大破……か。
 まぁあの要塞相手三基によくやったと言うところか」

 マックスはちらりと蒼を見た。
蒼はその目線に気がつかない振りをして眠そうに目を擦る。
遭遇した際にデータを得ることも出来たようだ。
次からは弱点を的確について撃破することが可能になるだろう。

「よくやってくれた。
 これで当面の目標で残るは帝都だけだ。
 ゆっくりくつろいで疲れを取ってくれ。
 以上だ」

報告書を受理したマックスは二人に敬礼しようとした。

「あ……待って……ほしい」

「新しい情報がありますことよ?
 実は、天帝陛下の居場所が分かったかもしれないですことよ」

「なに!?」

真白が自分のタブレットを取りだし、マックスに渡す。
映し出されたのは地図と一隻の軍艦の三面図だ。

「開戦と同時に地方に逃れていらっしゃった天帝は。
 こ!の!ベルカの艦艇で難を逃れられましたの。
 その艦の名前は《マースマルド》」

「《マースマルド》……?」

聞いたことのない名前だった。
その心の声は顔に出ていたらしい。

「蒼、あなたの考えはもっともですことよ。
 この《マースマルド》という艦。
 ベルカの艦艇一覧には存在してない艦ですの」

「どういうことです?」

存在しているのに存在していない。
言っている意味が分からない。
蒼はマックスに助け舟を出したが、マックスも頭の上に?を浮かべていた。
真白はそんな二人を見て肩を落とす。

「あなたたちは本当におばかさんなのですこと?
 このデータをよく見なさいな!」

三面図のデータを真白は突きつけてくる。
艦の全長は約百メートル。
大きさで言うならば駆逐艦クラスだ。

「この形……シグナエの艦に似ている。
 どこでこれを?」

いつの間にかフェンリアが後ろに立っていた。

「さすが生きる艦艇識別表といったところかしら。
 あれ?
 歩く艦艇識別表でしたっけ?
 まぁどちらでもいいですことよ。
 その通り、この艦はシグナエのものですの。
 どこで、という問いにはきっと真黒が答えてくれますことよ」

自信満々に言う真白。
それでもまだピンとこない蒼とマックスは首をかしげる。

「……途中からきたフェンリアは理解出来ていると言うのに……。
 どうしてあなたたち二人はまだ分からないですこと?
 はーもう。
 つまり――」

「天帝陛下は……シグナエにいる……可能性が……高い……」

「――ということですことよ。
 分かりました?」

なるほど。
二人は頷いて見せた。
満足げな真白は、胸を張る。
真黒は追加の説明をするため三面図の表示されたタブレットの画面を切り替えた。

「報告書に……追記……。
 我々は……今回の戦闘で……その艦の拿捕に……成功した…。
 今……解析班に……ログを分析させている……」

 天帝陛下の場所が分かる……。
マックスの頭の中に萎えていたヒクセスとの同盟が再び浮かび始めた。
ベルカの天帝とヒクセスの大統領が握手しているのを見たら。
ヒクセスの国民も思い直すに違いない。
なによりニヨが自分の身を犠牲にしてシーニザーに真実を伝えたのだ。
ベルカ自身が動かなくてどうするというのか。
ベルカとヒクセスが同盟を結んだらシーニザーも真実を理解し、こちらについてくれるだろう。
そうすればシグナエを倒すのも夢ではなくなる。

「分析完了次第すぐに奪還に向かう。
 《ネメシエル》だけじゃない。
 他の艦艇を出すことも考えないとな。
 二人ともご苦労だったな。
 部屋に戻って寝ていいぞ」

「了解ですことよ」

 出ていった二人の背中を目で追いつつ、蒼はマックスを見た。
ぼんやりと考え事をしている顔はどこかいじり倒したい雰囲気を出している。
かといってちょっかいをかけるわけにもいかず蒼は大きなあくびをひとつ、した。
フェンリアも何か話す訳でもなくのんびりと椅子に座っている。
帝都奪還まで任務が無い以上、暇をもて余すのは仕方の無いことだ。
この三日間は訓練と射撃照準技術を向上させるのに使っていた。

「蒼様。
 そろそろ私は部屋に戻る」

「ん」

了解、と片手を上げて合図した。
フェンリアは規則正しいお辞儀等をあらかたした部屋から出ていく。
マックスがタブレットに情報を書き込む音がのんびりと響く。

「蒼」

「はいな?」

 再び出そうになるあくびをかみ殺す。
開いた窓から風が入ってくる。
絶好ののんびり日和だ。

「朱の調子はどうだ?」

「……うな。
 そうですね……」

朱はあれから目を覚ましていない。
死んでいない以上、撃沈認定することも出来ない。
《アイティスニジエル》は静かにドックで眠っている。
 整備班の呼びかけにも答えない。
当然兄妹からの呼びかけにも答えない。
唯一まともなあの人がいないとなると空月兄妹唯一の突っ込み役がいなくなったということだ。
《アイティスニジエル》は鋼鉄の塊だったが、“核”が死んだときに出す“デス・レリエルコード”が出てない為代わりの“核”を投入することも出来ないのだ。

「うーむ……。
 一体全体どうするべきか……」

「どうしようもないですよ。
 起きるかどうかは本人が決めることなんじゃないかなぁって。
 そう割り切るしかないと思っています」

蒼はそういうとマックスから目を逸らした。
結局のところ目を覚ます、覚まさないは本人が決めること。
蒼が触っていい内容ではないことは確かな気がした。

「そうだな……。
 ドクターブラドが本気を出して調節してるとか言っていたが……。
 あ、そうだ。
 蒼、一つ任務を頼まれてくれるか?」

「はい?
 全然大丈夫ですよ」

やっとこさ、暇潰しが出来る。
任務だ。

「実は最近ベルカ近海で海賊が多くてな。
 その退治に行ってもらいたいわけだ」

 息巻いていた心が沈んだ。
海賊退治……ですか。
つまらないです。

「……わざわざ私がやることですか?」

 使用される艦は《超極兵器級》の《ネメシエル》と《タングテン》、《アルズス》のいつものメンバーだ。
不満だが、命令なら仕方ない。

「まぁそういうな。
 《陽天楼》が自ら動くということに意義があるんじゃないか。
 要請は二日前。
 ベルカの住民へのアピールもこの行動には含まれている。
 ちなみに近洋警備隊からの要請だ」

出撃許可証を、発行しながらマックス蒼に笑いながら言う。

「そういうもんですかねぇ……。
 まぁ、分かりました。
 座標の指定とかなんかその辺お願いします」

「出撃は今からでいいか?」

「はいな。
 今からいってきますですよ」

「細かいことは空で……いや、今回は飛んではいけなかったか」

意味深な言葉だった。

「?
 とりあえず春秋とフェンリアさんを呼んで出撃体制に入りますですよ」



     ※



「聞いてないですよマックス!」

(落ち着くんだ蒼副長。
 落ち着くんだ)

なだめる《ネメシエル》。

『当たり前だ。
 騙すつもりがあって、あえて言ってないからな』

 蒼は珍しく怒り心頭だった。
騙された気分だ。
いや、実際騙されていた。
心から苔にされた気分だった。

「ふざけないでください!
 この任務は他の二隻に任せて私は帰ります!」

 《タングテン》と《アルズス》に全てを任せて蒼は帰りたかった。
本気で帰ろうかと考えていた。
目標の海域が目の前だったとしてもその考えは変わらない。
実際舵を切ろうとしていたし、旗艦を設定するなら《タングテン》だと結論まで出ていた。
わざわざ私がやることじゃないですよ。
膨れっ面の蒼に頭を掻きながらマックスが話しかける。

『まー、そういうなよ。
 俺はお前を信用してるからこそ頼んだんだぞ?』

「仕方ないですね……。
 私を信用してるならなんとかやってみますですよ」

信用されているなら仕方ない。
蒼はころっと気分を変えてマックスから作戦の指令書をダウンロードする。

『蒼先輩チョロすぎっすよ……』

『しっ……静かに……』

『ごほん。
 じゃあミッションの説明をするぞ。
 最近この海域で海賊が大量に発生している。
 ついこの前ではヒクセスの艦艇が積んでいた兵器が強奪されたらしい。
 ヒクセスだけしゃない。
 シグナエも手を焼いているようだ。
 海賊という規模にしてはでかすぎるらしい。
 相手にするぐらいならむしろ逃げる、というのをこの二つの国は選ん だ。
 だが、我々は違う。
 そこで今回は《ネメシエル》を《超巨大輸送艦》と偽る。
 その上で、海域を横断してもらう』

 ベルカから五千キロほど離れた海域。
万年霧に覆われており、《フォグ・ペンタゴン》――《霧の五角形》と呼ばれる海域。
この海域では忽然と艦艇が姿を消すらしい。
艦艇だけではない。
航空機も、潜水艦すらも姿を消す。
幽霊船などの噂も耐えることがない、いわゆる曰く付きの海域だ。
ソウゴ大洋の貴重な交通要所となり得る場所に位置しており、数十年前から調査が行われている。
あいまいな地図などは出来ているというものの軍艦ですらこの周辺の海域を避ける。
ところがこの海域は近道にもなりうる。
滅多なことではこの海域を通る艦艇はいない。
そこに赴けというのだ。

『蒼先輩が《超巨大輸送艦》っすか……』

『霧が濃い。
 数百メートル地点にまで近づかないと識別できないだろうから大丈夫』

しわがれた声の《タングテン》がフェンリアの代わりに答える。

『この海域を横断している間に敵は襲い掛かってくるだろう。
 その敵をすべて撃滅してほしい。
 いいか?』

「空を飛んではいけないのはどうしてなんですか?」

海にいるというだけで《ネメシエル》も《タングテン》も《アルズス》も機動力がガクッと低下する。
それだけではない。
二次元的な動きしか出来ないため被弾率も大きく上昇する。
蒼は飛んではいけない理由を提示されなければ飛ぶつもりでいた。

『それはな……』

マックスが送ってきたのは数年前の海域調査書だった。
それにざっと目を通した

(大きさが不明の島が……)

《ネメシエル》が感心した声を出す。

『その通りだ。
 この海域は霧が特殊なガスを含んでいるらしく物質が反射される。 
 つまりあらゆるレーダーが無効化される。
 目の前に浮遊島があってもレーダーが識別出来ない』

「それで飛ぶなと……」

『そう言うことだ。
 実際この海域を航行するときは大抵水上を航行する艦が多い。
 霧は雲よりも高い所まで覆っているからな。
 島は大気圏にも存在しているだろう。
 実際前に島に激突した軍艦が墜落している。
 《ネメシエル》といえども島とぶつかったら……痛いだろう?』

納得だった。

『蒼は近づいてくる敵をすべて沈めればいい。
 一応機密のように見せかけて海賊たちに情報をわざと漏らしておいた。
 頭の切れる奴がいるかも知れないがまぁ大丈夫だろう。
 ああ、そうだ。
 バイナルパターンは消しておけよ。
 特に《ネメシエル》のは目立つんだからな。
 健闘を祈る』

 セウジョウとの通信が切れた。
蒼は頼りにされているという実感を胸に抱き、いい気分だった。

(バイナルパターンを迂回する超光エネルギーを遮断。
 艦首紋章の照明も遮断する。
 寄ってこられないと困るからな。
 船体各部分の照明も消灯する)

 舷側に輝いていた幾何学模様が消え、艦首に浮かび上がっていた紋章も消える。
船体各部に点灯してたライトも消え真っ黒な鉄の色だけになったネメシエルは海面を掻き分け波を作る。

「……さーて!
 行きましょうですよ《ネメシエル》!」

『《アルズス》続くっす』

『《タングテン》も続く。
 警戒して春秋。
 私達もバイナルパターンを消すべき』

 ベルカの軍艦である証の舷側、甲板に浮き上がる赤と青のバイナルパターンが消える。
海面に三本の白い線を描き三隻の軍艦は進んでいく。
粘つく海面は今日も安定の粘り具合だったが三隻の足を止めるには及ばない。
速度はおよそ六十ノット。
とくに接敵もせず、目標海域近辺にまでたどり着いた。

「見えてきましたね……」

目の前に霧の壁があるのが見えている。
真っ白な壁が遠い空にまで伸びていた。

(はじめて見たが……これはすごいな)

「ですねー…………」

(なんというか……A4用紙が迫ってきている)

「……もう少しまともな例えはなかったんですか?」

(私の語彙に期待するのが間違いだ)

 まったく、やれやれですね。
気が抜けたやり取りのあと、蒼はこの海域の地図を出した。
半径五十キロほどの大きさの海域がすっぽりこの霧の壁の中にある。
ペンタゴンの形は曖昧でどっちかと言えば楕円に蒼は見えるのだった。
所々に島があるのはおそらく浮遊島の場所だろう。
その浮遊島の場所すらはっきり分かっていないのが現状だろうがだからといって足を止めるわけにはいかない。
そしてこの霧の壁の中はとてもこの星と同じとは思えない風景が広がっているらしい。

『中は絶対真っ暗っすよ……。
 太陽の光も通さない感じがするっすもん』

『普通に明るい。
 変な情報を書き込まないで』

『うっ、すいませんっすよ……』

(ここまで境界線がくっきりと出るものか……。
 いったいこの海域はどうなっているんだろうな)

『一説では太古の軍艦が眠っている……とか。
 おそらく地軸と気象が関係しているだけだと思うけど』

『そういうの好きっすからね、人間は。
 俺達“核”にはどうでもいい話っすよ』

 それにしても大きい。
大気圏にまで伸びてるってのは本当みたいだ。
春秋が霧を指差しながら顔をしかめる。

『入ろうとした瞬間弾き返されそうっすね』

『要らんことを考えるな』

『うん……うん。
《アルズス》もそう思うっすよね?
 俺もそう思うっすよ』

 艦艇からの声はうるさい場合基本蒼はカットすることにしている。
春秋はあの頭がおかしい《アルズス》との、会話を楽しんでいるのだろう。
ひたすらよくわからないタイミングで相槌を打っているのだった。
霧の壁の手前二キロほどの地点で《アルズス》が動き始めた。

『単縦陣の形成を開始するっす。
 俺は蒼先輩の前にいくっす。
 フェンリアさんは後ろをお願いするっすよ』

『了解』

 《アルズス》が加速し、《ネメシエル》から五百メートルほどの場所を位置取る。
曲りなりにも《超巨大輸送船》を守るという体はしておかなければならない。

「《ネメシエル》、識別番号変更。
 《超極兵器級》より輸送艦へ。
 《アルズス》、《タングテン》の識別番号も変更。
  戦艦から駆逐艦へ」

『旗艦命令承認。
 識別番号変更、戦艦から駆逐艦』

『《アルズス》も続くっす。
 番号変更』

 これで信号だけ見れば巨大な一隻の輸送船を二隻の駆逐艦が護衛する艦隊に見えるだろう。
霧が濃い上にレーダーが使えないとなると区別するには目視と番号しかなくなるわけだ。

「“イージス”展開。
 海賊相手に大袈裟かもしれないですが万が一もありますからね。
 限定兵装解放。
 《超空制圧第一艦隊》エンゲージ」

『《アルズス》限定兵装解放!
 エンゲージっす』

『《タングテン》限定兵装解放。
 蒼様を守る』

 この二隻が頼もしく見えたのははじめてですよ。
霧の壁に《アルズス》が飲み込まれていく。
続いて《ネメシエル》の艦首が霧の壁を突いた。
一瞬跳ね返されるような感覚を感じたが気のせい。
主砲と副砲のエネルギーを制御するため掘られた溝まで埋め尽くして白い壁はどんどん《ネメシエル》の船体を包んでいく。

『編隊灯点灯。
 いや、本当に見えないっすね……』

 五百メートル前の《アルズス》が見えない。
ここまで濃い霧は訓練でもやったことがない。
かろうじて《アルズス》の艦尾の編隊灯がぼやけて見えるだけだ。

(不安だな。
 蒼副長警戒は厳としておく)

「ですね。
 フェンリアさん、どうですか?」

 《ネメシエル》の編隊灯をつけながら後ろをついてくる《タングテン》の主に聞いた。
あいからわず無表情で

『……早く帰りたい』

呟いた一言に激しく同意しつつも春秋の声に引かれる。

『蒼先輩!
 上を見てくださいっす!』

 上?
見上げた蒼は息を飲む。
島が、小さな島が無数浮いていた。
濃い霧の中でもそれははっきり見え、別世界の惑星に潜り込んだようだった。
地図にも乗っていない数があることからこの島は動いているんじゃないか、とまで思うのだ。

(これは……すごいな……)

「ですね……。
 少し感動しました」

『滝みたいに水が流れているのもさっきあったっすよ。
 本当にファンタジーの世界みたいっす』

『データを収集しておく。
 どういう原理で飛んでいるのか解明すれば……。
 将来のエネルギーにも転用することが可能と判断』

 島には見たことのない植物が大量に付着していた。
独特の生態系が築かれていたとしてもおかしくはない。
ただ、生命の反応は植物以外にはない。

「ここだけ本当に別の惑星みたいですね……」

 フェンリアさんの言っていた太古の軍艦が眠っているという話も心なしか信憑性が増すような気がします。
《超空制圧第一艦隊》は静かに霧の中へと足を一歩一歩踏み入れていくのだった。



     ※



 霧に突入して早二時間が経過した。
霧の海域の三分の一を二十ノットのスピードで進んでいるが何も起きない為暇をもて余していた。
もう浮いている島は見飽きた。
真っ白な空間のため景色を見るといってもろくなことにはならない。

「何もないですね……。
 海賊も出てこないし……」

そもそも私が出る必要があったのでしょうか。
疑問をぬぐいきれない蒼だったが、命令は命令と自分へと言い聞かせる。
何よりマックスに信頼してもらっているのだ。
私がやらねば誰がやるというのか。

『もう全海域回ったって言ってセウジョウに帰ってもバレないんじゃないっすか……?』

「それは流石に……」

(む。
 蒼副長、正体不明艦から無線だ)

「来ましたね……」

待ちくたびれましたよ。
心から待ちくたびれましたよ。

「繋いでください」

無線を繋いだ瞬間だった。

【止まれ。
 止まらないと撃沈するぜぇ?
 まだ死にたくはないだろぉ?】

男の声が聞こえてきた。
なんともゲスい声のトーンだ。
いかにも、というような感じの声に蒼はにやっとした。

「こちらベルカの輸送艦。
 こちらには駆逐艦二隻の護衛がついています。
 あなた達が来るつもりなら撃沈も辞しません」

【ハッ、たかが駆逐艦二隻ぃ?
 こちらは戦艦三隻、駆逐艦三隻の大艦隊だぜぇ!!
 いいか、もう一度言うぜぇ?
 撃沈されたくないならば止まれぇ。
 その貨物の荷物を全て置いていくんだぁ!!
 いいかぁ!!】

「断ります。
 来るなら来い、ですよ」

【……吠え面をかくなよぉ!!
 お前の声は覚えたぁ!
 その船を奪ったら三日三晩お前の体をむさぼってやるぜぇ!!
 へっへっへ……!!
 ベルカの女は美人が多いからなぁゲヘッゲヘヘヘ!!】

さてと。
音量を小さくし、敵の攻撃に備える。

「《ネメシエル》、限定兵装開放解除。
 全兵装開放!
 ぶっ潰しますよ!」

(そうだな。
 バイナルパターンももう大丈夫だろう。
 主機起動開始)

 周辺海域が揺れる。
《ネメシエル》を中心として霧が出力に押され、晴れていく。
海面がざわめき、《アルズス》と《タングテン》の巨体が揺れる。
静かな色のない軍艦が目覚めた証拠にあちこちに光が戻る。
《陽天楼》としての姿がゆっくりと広がっていく。
消えていたバイナルパターンが浮かび上がり、紋章が光り始める。

【まさかお前……ぇ!
 え、まさか、えっ?】

「もう遅いですよ?」

敵艦はもうすぐそこにまで来ていた。
《ネメシエル》の“三百六十センチ六連装光波共震砲”の砲門が開く。

【くそ!
 撃って煙幕を張るんだ!!!
 逃げるんだよぉ!!】

「発射!」

逃がしはしない。
方向を変え、逃げていこうとする敵戦艦の舷側をオレンジの光が射抜く。

『攻撃開始っす!』

『撃ちます』

 輸送艦と駆逐艦の殻を脱ぎ捨てた三隻の軍艦は海賊へと攻撃を開始する。
当然海賊も応戦するが正規の軍艦に適うわけがない。
《ネメシエル》の主機に押され、霧が晴れたおかげで敵の姿をしっかりと見ることが出来る。
真っ黒の船体にデカデカとどくろのマークがついている旗を掲げている。
あちこちがつぎはぎだらけの船体は大きさこそ戦艦だろうがその主砲は錆びていた。
大昔の軍艦を改装したものだと分かるのだが古すぎてデータベースにも記載されていない。

『楽勝っすね!
 これならすぐに沈めて帰れるかもしれないっすよ!』

「……そうですね」

蒼の不安は小さなものだったがちくりと胸を刺す。
この程度の海賊にヒクセスやシグナエが負けるわけない……いったいどうして。
一隻の戦艦を撃沈、残る二隻にも手をつけようと砲台を旋回させる。

【っ、あの兵器を使うぞ!
 かまわんからやれ!】

「あの兵器……?」

発射した“光波共震砲”の光にひるまない。
海賊達の士気は下がらない。

【まんまと引っかかったなぁぶぁあああか!!】

炎上する二隻の戦艦とは違う残りの軍艦から青色のプラズマのようなものが放たれた。
広がる青色の光の幕は《アルズス》、《ネメシエル》、《タングテン》の順番に艦隊を襲った。

『いったい何を――』

突如通信が切れる。
《ネメシエル》の機関音が緩む。
火器管制システムをはじめ様々なシステムがオフラインになっていく。

「へっ――?」

今まで視界の隅に表示されていた様々な情報が消える。
照準を示す輪も、《ネメシエル》の機関の出力も。

(蒼副長――これは――)

「《ネメシエル》?
 大丈夫ですか?」

(間違いない……。
 敵は超出力のECMを持っている!)

だからヒクセスもシグナエも嫌がったんですね……。
納得のいく答えだった。
いや、納得がいかないことが一つあった。

「どうしてあなたは大丈夫なんですか?」

(私の頭脳と機関は五つの予備システムがある。
 何とか耐えた、何とか。
 操艦は出来るが、砲撃は無理だろうな。
 いわゆる最小限のモードで起動している状態だ)

【聞こえるだろぉ!?
 ったくよぉ、仲間が死んだじゃねぇかよぉ!!
 今から乗り込んでお前ぶっ殺してやるから覚悟してろよぉゲヘヘヘ!!】

「操艦は出来るんですよね?」

(ああ、そうだ)

「じゃあ……相手を沈めれますよね?」

(………やれやれ)

「やるしかないですよ、《ネメシエル》?」

(付き合うよ、蒼副長)





              This story continues.
ありがとうございます!
更新!です!

遅くなってしまってすいません。
霧の世界ですがイメージはラピュタみたいな感じです。
というかアバターのあの、空間?みたいな感じ……です。
ああいう感じの大きな島から小さな島までたくさんある、見たいな感じです。
感じばっかりだな。

絵で描けたらよかったんですが……画力が追い付かない悲しい。

はい。

ではでは、ありがとうございました!
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