外話 マルコとドリエッタ5
グロッキー状態から寝込み回復した後、ジジは楽しい学生生活を謳歌していた。
仲間達と一緒に机を並べて勉強をしたり、ロベルトと約束通り一緒に遊びに出かけたりと、それなりに忙しい毎日を過ごしていたのだが─
「それで焦ったよ~。俺はその事知らなかったからさ、参るよね~」
「うわぁ。それは大変だ」
「誰だってまさかそこでそう来るとは思わないよ」
「そうだな。聞いてびっくりだ」
今もルームメイト達と一緒に自室で馬鹿話をしている最中、ジジの耳に扉を叩く音と聞きたくもない声が聞こえてきた。
ドンドンドン!!!ドンドンドン!!!
「大公公子!!大公公子!!頼みがございます!!どうか!!どうかお開けください!!!」
「パラディゾ様!!お願いします!!どうかお開けになって!!!」
扉の外の喧騒とは一転、部屋の中には沈黙が流れ、ジジの顔は先程の笑顔から能面のような顔になり、なんともいえない空気を醸し出している。
部屋に漂う微妙な空気に耐えられず、最初に沈黙を破ったのは1人のルームメイトであった。
「………ジジ。これって…」
「……………………………」
「無理しなくても良いよ。俺が断りを入れてこようか?」
「もしかしたらまたあの縛り技が見られるのかも…」
ドンドンドン!!!ドンドンドン!!!ドンドンドン!!!
「パラディゾ様!ほら!マルコが面白い芸をしていますわよ!!」
「大公公子!なんとドリエッタが脱いでいますぞ!!!」
「「お開けください!!!」」
ジジは無言で立ち上がり扉のほうへと向かっていく。
ルームメイトの2人は心配そうな顔をしており、他1人はわくわくした顔をしていた。
ドンドンドン!!!ドンドンドン!!!ドンドンドガチャバタァーーーーーーーン!!!
「「ヴゲラ!!!」」
ジジは扉の向こうの2人を無視して勢い良く扉を蹴り開けた。
「「「「…………………」」」」
ギィィィイイイィィィバタンガチャ
沈黙が支配する中、扉は再び閉められ鍵もかけられた。
ただ扉を足蹴にするだけでは伝わらない感触があったが、そんな事は気にせず椅子へと座る。
「俺達は何も見ていないし聞いていない、それで良いよね」
「……あ、ああ。何も聞こえなかったし」
「…うん。何も見てないよ」
「そうだな。見たのはジジの素晴らしい足蹴りだけだ、もっと他の技を…いや、なんでもないです」
「それでさ」
ドンドンドン!!!ドンドンドン!!!ドンドンドン!!!
「ハケヒェクラハイ!!!」
「オハケヌィナッヘ!!!」
ドンドンドン!!!ドンドンドン!!!ドンドンドン!!!
「「「「…………………………」」」」
ジジは再び立ち上がると自分のスペースから剣を取り出した。
ルームメイトは必死になって抑えようとするが近づけるような雰囲気ではない。
「待って!!ジジたんま!!これはヤバイ!!」
「ジジが犯罪者になっちゃう!!誰でも良いから止めてくれ!!」
「……今度は刃物か、ジジ流石に刃物は危ないからこれを!」
ルームメイトの一人がジジに鞭とロープを手渡し、ジジは手に持つ武器を剣から鞭に変えて扉へ向かっていった。
しかし何故ルームメイトが鞭を持っているのかは謎である。
ガチャギィィィイイイイイイ
「開いたぞ!!踏み込め!!」
「ええ!!」
ドゴォ!!!
「「グブホォ!!」」
ドアが開いた瞬間に馬鹿2人が部屋へ入ろうとするが、2人の視界に最初に映ったのは飛んでくる椅子であった。
部屋に備え付けられている木製だが、作りがきっちりした頑丈な椅子が2人に投げつけられたのだ。
馬鹿2人は気絶し、かなり強く投げられた椅子はどうやら無事のようだ。
ジジは能面のような顔で黙々と手に持ったロープを使って2人を雁字搦めにしていく。
猿轡は勿論、何故そこにあったのか鼻フックと目隠しも忘れずにはめていった。
「あの縛り方じゃないな…」
「いや、問題はそこじゃないから」
「とりあえず寮長に報告でもしておく?」
「いや、待て。ジジに聞こう…」
これからどうするか聞こうと歩み寄るルームメイトに、ジジは完全に作り笑いと分かる笑顔で話しかける。
「うん。ちょっと出てくるね。多分夜まで帰れないと思うから、寮長に説明をお願いできるかな?」
「分かった。任せておけ」
「説明はちゃんとしておくから」
「頑張って来い、そして終わったら内容を!正確にはプレイの内容を教えてくれ!」
「「「プレイじゃねーよ」」」
寮から馬鹿2人を台車に乗せて人気のない坂道の頂上まで引き摺っていくジジ。
かなり乱暴に運んでいるのだが全く起きるそぶりも見せずに図太く気絶している。
そんな2人にジジはイライラを募らせていく。
「……おい、起きろ」
「ンンンン…ンンンーンンンンン(むにゃむにゃ…あんな所に旨そうな物が)」
「ンー…ンンンンンッンーン(ああ…宝石の山脈があたくしを待っているわ)」
夢を見ているのであろう、何を言っているか分からないが何故か頭の中に副音声が流れ、荒んだ心がより一層荒れてジジの中に更にイライラとして溜る。
起きるそぶりも見せない2人に殺意を覚えつつも懐から小瓶を取り出し、蓋を開けると馬鹿2人の鼻の前に持っていった。
「「ンン?ンンンーーーーーー!!!」」
2人は必死に体をよがらせ臭いから逃げようとするが、ガッチリと体を固定されているため全く逃げられずにいる。
この小瓶には以前フェディが毛染め薬を試作して、成功までの過程で出た失敗作が入っていた。
この失敗作は毛は染める事は出来るが、使うと薬剤をつけた部分を切るまで臭いが残ると言う代物で、臭いを例えるならば牛乳と納豆を零し拭いた雑巾を公衆便所に1ヶ月ほど放置した後、酢酸カーミンにつけた臭いである。
これは眠くて勉強に力が入らない時の気付け薬としてフェディから譲り受けたものであるが、ジジはそれをここぞとばかりに2人に嗅がせた。
「ンン!!?ンンンーン!!!」
「ンンンンン!!?ンンーンンン!!!」
「…………………………」
ガンッ!
「「……ン?ンンーーーーーーーーーー!!!」」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴガッシャーーーーーーン!!!
悶絶する2人を睨むでもなくただ無表情に見下ろすジジは、台車を坂道の頂上から蹴った。
勿論2人が乗っている台車である。
「………良し、帰るか」
納得の顔で頷き坂道を下っていくジジの足にとある物体がしがみついく。
振り払おうとするが剥がれるそぶりもない。
またもイラついたジジはヤクザキックを見舞わせる。
「ホゲェ!」
「ひ、ひどいですわ!これはあんまりですわよ!あたくし達の事を何だ思ってらっしゃるの!!」
「ゴミ以下が喋るな、耳が腐る。埋め立てに使うゴミのほうがよっぽど価値がある」
「ゴ、ゴミのほうが上って…」
「事実だ。おい、いつの間に拘束を外した」
「坂道を下っている最中にあたくしが持っていたナイフでロープを切ったんですわ!あたくしって何て優秀なのかしら!!」
「切ったロープの代金を弁証しろ。後壊れた台車のもだ」
「「壊したのはあなたでしょ!!!」」
「痴呆もいい加減にしろ。お前達が勝手にやったんだ。そうじゃなければお前達がこうさせたのが全て悪い。それかお前等自体が世界に必要ない」
「「存在自体否定しないで!!!」」
蹴りのダメージからいつの間にか回復していたマルコも参戦して、よりカオスなことになっていた。
「そうか、じゃあ俺は帰る。お前等は野垂れ死んでろ」
「「待って!!!」」
「まだ何か用があるのか?」
「あります!!!」
「ありますわ!!」
「そうか、話は聞かないから2人で喋ってろ。じゃあな」
「「だから待って!!!」」
「その街路樹が相手にしてくれるらしいぞ、街路樹様にちゃんと生きてる事を謝罪してから話せよ」
「「真剣に聞いてください!!!」」
「………………ハァ。で、なんだ手短に話せ。具体的には0・3秒だ」
「無理に決まってるでしょう!!」
「1人0・15秒もやってるんだ、我侭もここまでくれば特技だな」
「「誰か助けてくださーーーーーい!!!」」
ストレスの権化と化したジジに馬鹿2人はなかなか話を通す事が出来ない。
そんなやり取りが5分間ほど続きやっとジジに余裕が出来てきた頃、ジジは少し話を聞いても良いという空気になってきた。
「で、話とは?聞いてやるから語尾に生まれてきてごめんなさいをつけて話せ」
「いや!だから…え、あの……生まれてきてごめんなさい」
「「そのぉ…………」」
「早く言え、こうしている間にも俺の貴重な時間が過ぎていくんだ。それと語尾はどうした」
言い辛そうに淀む2人にジジは再びストレスの権化と化そうとしている。
その雰囲気に気付いたのか2人は慌てて口をそろえた。
「「お、お金を貸してください!!!」」
「死ね」
「「ブギュヴェ!!」」
ジジの高速ヤクザキックが2人の顔面にめり込んだ。
2人から聞き出した事情によると、ジジが質屋で作った金の一部と有利子で貸した金は全て使い切ったらしい。
何か1つを聞き出すたびに蹴りを入れるジジは、まるで鹿威しのようにストレスと言う水をその身に溜めて、零れ出たストレスを蹴りとして発散させていた。
カコーンと言う音の変わりに鈍い音が人気のない場所に鳴り響き、そして足が疲れたからと禅寺の修行僧宜しく、軽快なリズムで木魚をその辺りに落ちていた撥で叩いた。
「…あの金はゴミ以下等の装備を揃える為に貸したんだぞ、ゴミ以下等は一体何に使った」
「あのぉ…それは事情がございましデヴェ!!」
「…そういえばその服はどうした?随分立派な服だな、ゴミ以下の服は全て売り払ったはずなんだがな」
「その……買いましタヴァッ!!」
「まさかとは思うがあの金を全て服や遊びに使ったのか?」
「そんなまさか!!」
「そうだな、流石にそこまで…」
「ちゃんと高級レストランで美味いものをたヴぇグフワ!!」
「イタイイタイ!!ああ!蹴らないでくださいまし、グヘ!イヤァ!」
青筋を立てながらやけに良い笑顔で話を聞くジジは、終に悟りをお開きになられたようだ。
「…わかった。金は貸してやる」
「本当ですか!!?」
「流石はパラディゾ様!!」
「……語尾」
「「ウマレテキテゴメンナサイ」」
「その代わりこちらの契約に従ってもらうぞ。もしもとこういう時のために署名させたものが、こんな早く役に立つとは思わなかったがな…」
「「え!?」」
ジジは懐から書類を取り出し読み上げる。
「1.甲フェルディアーノ・ジョルジュ・イル・ディアマンテ・デ・パラディゾに、乙マルコ・マキシマム・マリノ・デ・ルーカとドリエッタ・チェレ・デ・ラロッソは有利子で金を借りる事を誓う。2.乙は甲に借金の返済能力が無いと判断された場合、乙の実家に借金の取立てをする事が出来、その時点で乙のトリノ王国貴族籍から除籍させる。3・乙が死亡時も2に当て嵌る。4・乙が問題を起こし金銭が発生した場合も2が適用される。5・乙が学園在学以内に借金の返済が出来ない場合は2を適用するか、甲が乙を奴隷として売却できる。これが貴様等が署名した書類の一部だ」
「なんですの!?その無茶苦茶な契約は!!?」
「俺様に死ねといっているのか!!」
「死ね」
「「イィヤァァァァアアアアアア!!」」
「……語尾」
「「グヘェ!ウマレテキテゴメンナサイ」」
涙を浮かべて震える体を抱き合う2人に、ジジはこう言った
「生まれてきた事を後悔するくらいハードに返済を迫ってやる。寝ている時でさえ安寧が訪れると思うなよ、手始めにロープ代と台車代をいただくぞ」
「「ヒィィイイイイーーーーーー!!!」」
ドサァ!!
ゴミ以下は白目を向いて盛大に倒れこんだ。
この数時間後、2人は豪勢な服をすぐに質屋に入れた金で借金を返済させ、質素な生活を送る事になる。
そして幸か不幸か彼等は救いとなるアイテムを更なる借金で手に入れた。
しかしそれは金を稼いでも返済で、一向に増えないという無限ループに足を踏み入れることにもなるのであった。