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ラストイニング~高校生活最後の打席~

作者:発足 叺
「以上で背番号の発表を終了します。選ばれなかった3年生は後で俺のところに来るように。では、解散。」

わかっていたことだった。

名門野球部に入るからには覚悟はあったはずだ。

3年間練習を一度たりとも休んだことなどなかった。

試合に出るために毎日素振り千本欠かす日はなかった。

でもこの日が来ればそれらのことはすべて無駄になってしまう。

そう、自分は負けたのだ。

レギュラー争いという生存競争に

この3年間後悔や未練はかなりある。

あの日、あの試合で打てていたら、あの試合でミスをしなければ。

たった一試合だったかもしれない。立った一打席かもしれない。

その打席でもっと結果を残せていれば、あの瞬間ミスをしていなければ。

名門高校にはたった一度のミスで試合に出れないやつがたくさんいる。

そう。今日選ばれなかった25人もそうである。

中には大声を上げて涙を流しているものもいる。

中にはそのような人を慰めている人がいる。

中には涙が出ないほど唖然としているものもいる。

それぞれの感情がこの空間に吸い込まれていく。

そして自分たちはスタッフルームへと向かった。

25人が入るのには窮屈な空間だったがそんな事は別に構わなかった。

それぞれが監督の指示で座る。そして監督が語りだした。

「まずは今日の練習お疲れ様でした。先ほど来月の県大会に向けてのメンバーを20人選ばせていただきました。当然、我が野球部には総部員116名いるわけですから選ばれない者がいるというのは当然のことです。しかし、今回のメンバー選びには例年以上に苦戦をさせていただきました。今年の3年生の代は全員が努力していたということです。練習が終わった後に3年生全員で素振りをしていた。走り込みをしていた。それはただ個人でみんなやったことではない。3年生全員が揃って行っていたことです。これだけ意識の高い代は今までに見たことがありませんでした。今回選ばれたメンバーもここに集まってくれているメンバーもれっきとしたわが野球部の一員です。このメンバーにおいて誰か一人でも途中でリタイアすれば続かないことだったでしょう。君たちが起こした最高の集団行動は将来これから生きる社会において最高の成果が発揮できると私は信じています。そして、今回、自分のわがままを通してくれて本当にありがとう。このメンバーを指導できたことは自分にとって最高の誇りです。これからも、我が野球部の一員として頑張ってくれるようにお願いします。」

そういって監督が頭を下げた。

毎日の練習でとても厳しくとても威厳の感じる監督だった。

そして誰よりも俺たちのことを見てくれていた人がこうして頭を下げた。

ああ、自分はこの野球部に入ってよかったんだなと。

今まで人生において、これまでに努力した日はなかっただろう。

そして、これほど悔しい日はなかっただろう。

おそらくここにいるみんなもそう思っているはずだ。

そうでなけば、みんながひとつの目標に向かって努力などしていなかったからだ。

甲子園。そう、自分が小さい頃から目指していた憧れの聖地だ。

僕はもうその聖地を目指す資格はもうなくなってしまった。

これからはそう、選ばれたメンバーのためにサポートしてあげるのが自分の役目だ。

そう言い聞かせ、目に涙を浮かべながらスタッフルームを後にした。











それから2週間後、監督の懇意により練習試合が組まれた。そう、選ばれなかった自分たちのために組まれた最後の公式戦だった。

自分は最初はベンチからのスタートだった。途中からの出番を待つためにベンチの外で素振りを繰り返していた。

試合は一方的な試合となってしまった。4回の時点で12-1とこちらが圧勝していた。

向こうのチームもこちらと同じメンバーに選ばれていない選手だったが、まるで格が違うかのようにこちらは打ちまくった。

4回裏終了時、ついにこの瞬間がやってきた。

「守備から行くぞ。暴れて来い。」

そう言われて監督からケツを叩かれ、レフトへと向かう。

試合で守備に就くなんて半年振りだ。俺はほとんどの試合が代打ばかりだった。

足は遅く、肩もそれほど強くない。でもバッティングには自身はあった。ホームランこそないが、3方向どの方向にもきれいに打てることが出来るのが俺の持ち味だった。

そんな感じなので、守備に関しては苦手だ。苦手なのにまさか初っ端から飛んできた。

レフトへの高いフライだったが、これはほとんど定位置だったので落ち着いて両手を挙げてグラブを上に掲げた。

打球は自分のグラブの中にすっぽりと納まった。

捕ったボールをすぐにショートに返す。

「ナイスキャッチ」

「ナイスレフト」

その言葉を聴くと俺は大きな声で返事をした。

「ワンアウト」

それに続いてベンチからも

「ワンアウト」

声が返ってくる。

グラウンド全体に響き渡るその声は、甲子園のブラスバンドの演奏よりもよっぽど響いていた。

その後一人はランナーを出したものの後続は全てシャットアウト。0点に抑えた。

ベンチに帰るときにハイタッチで出迎えてくれたのに対し、自分もそれに答える。

そして監督の前で円陣を組む。

「絶対に勝つぞ」

「ヨッシャー」

気合を入れなおした後、僕は給水機のコップからキンキンに冷えた一杯のウーロン茶を一気飲みする。 そしてベンチの前で声を出し応援する。

自分の打順までまだあるので、仲間たちに打てと応援する。

仲間たちが打ってくれればそれだけ自分が立つ打席数も多くなるからだ。

しかし、その願いとは裏腹に試合は膠着状態となっていく。

5回、6回と両チーム3者凡退で簡単に終わってしまったからだ。

そして7回の先頭バッター、ようやく自分が打席に立つ。

ヘルメットをかぶり、肘あてをつけて打席に入る。

ベースの端から端をコンコンと叩き、バットを八の字に回してから左手でバットを腰の高さまで上げて一度とめた後両手でバットを揺らす。

ピッチャーがセットして、ようやくバットを上に掲げる。

狙いは初球。アウトコースのストレート一本。

鷹のように狙いを定めボールを待つ。

来た。

外のボールにバットを出した。

バットはボールの下をこすった。

こすった瞬間自分は一塁へ全力で走り出す。

高々とライトの方向へ打球があがる。が、伸びはない。

ライトが高々と両手を広げ、ボールはグラブへと収まる。

その瞬間、一塁ベースを回っていた自分はがっくりと下を向き、早足でベンチに戻っていく。そして一杯のウーロン茶を飲みながら大きな声を出して応援する。

これが最終打席とならないように、ランナー出てくれと願う気持ちだった。

しかしこの回も3人で終わる。打席に立つラストチャンスは一打席を残すのみとなった。

8回表、代わって入ったピッチャーがコントロールに苦しむ。

二人のランナーを四球で出すと、次のバッターへの初球が甘く入り、左中間へ大きな打球が飛ぶ。

その打球はフェンスに直撃し、フェンスから逆方向へボールが転がっていく。

自分はそのボールをつかむとすぐさまショートへ渡す。

ここでミスが出てしまう。ショートに渡すはずのボールが上へ大きくそれてしまいボールが誰もいない方向へ転々と転がっていく。

それを見たランナーは一気に次の塁まで全力疾走で駆け抜ける。

結局このミスでランナーが全て帰ってしまい、バッターを3塁まで進めてしまったのだ。

あれだけ連係プレイは練習したのに試合になると肩が膠着してしまい思うように投げられなくなってしまう。

そう、2ヶ月前の練習試合でもそれでミスしたっけ。それ以来守備につく機会が減ったのだけど。

その後はランナーを帰しながらも3点に押さえ、この回が終了した。

ベンチからドンマイという声も聞こえるが、あれは悔しくてしょうがなかった。あれが最後の守備で最後がエラーなのはとても歯がゆい。

なのでこの借りはバットで返す。そのためにみんな出てくれと必死で応援した。

そんな思いが通じたのか、それとも前の回に点を取られたことで火がついたのか打線が爆発する。先頭が四球で出塁すると後続のバッターも狙いを研ぎ澄ますかのように打ちまくった。

気づいてみれば既に3点取っていた。

1アウト二塁。

このバッターが出れば次も俺に回る。再び防具を装備して、ネクストバッターズサークルの中で待つ。

前のバッターが四球で出塁する。

1アウト一,二塁、ここで再度ずいぶんに打席が回ってきた。

後ろのベンチからも絶対打てよーと声が響く。

これが高校生活の最後の打席。悔いは残したくない。

そう思い、再び打席に立つ。

ベースの端から端をコンコンと叩き、バットを八の字に回してから左手でバットを腰の高さまで上げて一度とめた後両手で前の打席よりも大きくバットを揺らす。

ピッチャーがセットして、ようやくバットを上に掲げる。

そして初球、外に大きく外れたボール球、これは見ただけでわかる。バットは動かさず、じっとボールを見送った。

これで1ボール、次はストライクが来てほしい。甘い球なら全力でスイングする。

心臓がバクンバクンと鼓動を打つ。バッティンググローブの中は汗で今にも滑りそうだ。

そしてピッチャーがボールを投げる。

そして自分は一塁へと走り出す。

あれ?自分はどんなボールを打った?

なんで一塁に走っているんだ?

打球は?

レフトの上か、

どうかこのまま落ちろヒットになってくれ。

ベースを回り終えた瞬間、ボールはポトンと地面に落ちた。

レフトはその瞬間動くのを止めた。

あれ?どうなった?

そう思うと自然と一、二塁間で足が止まってしまった。

そして三塁の審判を見ると右手を高らかに上げ横に円を描く。

ベンチからは大声援が聞こえる。

ひょっとして、まさか。

「いよっしゃー」

「やったー」

いろんな声がグラウンドにこだまする。

はっと気づいたときにその状況が理解できた。

やった。俺やったんだ。

喜びをかみ締めるとともに大きくこぶしを上に上げグラウンドを徘徊する。

その顔は満面の笑みを浮かべていた。

その中でも塁を踏み外さないようにゆっくりと踏んでいく。

そして最後のベースを踏み、ベンチへと帰っている。

監督には思いっきり頭を叩かれた。

チームメイトから思いっきり張り倒された。

悪い感情はない。ただ全員が人生最後のホームランを盛大に祝福してくれたのだ。

余韻がまったくない。あの時どんなボールを打ったのか、手にまったく感触が残っていないのだ。

不思議な感じだ。今までに打ってきたボールには必ず感触がある。

芯に捕らえたときの衝撃、先っぽにあたっととき、根っこで詰まったときの痛み、それらの感触は必ず残るものだ。

だがあのホームランには感触がまったく残らない。そう、あのホームランは、野球の神様が自分に唯一残してくれた努力の褒美だと。そう信じている。

試合はその後19-5で終了。

ゲームセットの瞬間、みんなの様子は晴れやかだった。全てを出し切った。やりきった。そんな思いが交差して全員が笑顔でベンチに戻っていた。

監督の顔にも薄っすらと笑みが浮かばれていた。










あれから5年後

自分は今中学校の教師をしている。といっても、町外れの田舎の中学だけど。

そこで一応野球部の監督もやっているという感じだ。

といっても部員はギリギリ10人だけど。

高校の頃とは違い、全員がベンチに入れるし、そんなにチームも強くはない。

それでも楽しくときに厳しく指導している、というところだ。

そうそう、あの後うちの高校は甲子園に行ったんだ。凄いよな。

俺も練習で甲子園の土で練習したよ。もう特別な気持ちだ。夢がまたひとつかなった瞬間だよ。

ただ、甲子園では一回戦で負けてしまったけどね。

今もそのときのチームメイトとは交流が続いている。中には、今プロで活躍しているやつもいるくらいだ。

自分は高校で野球はやめにしたけど悔いは残ってない。最後の打席をあんな形で締めくくられたんだからな。

でも、まだあのホームランがどんなボールだったのか未だに答えを見つけられないでいる。

ひょっとしたら今の子供たちがその答えを見つけてくれる。そんな風に思えてくるのだ。

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