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自重しない元勇者の強くて楽しいニューゲーム  作者: 新木伸
3.盗賊娘をお持ち帰りにする
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元勇者のたのしい授業 「ころす。たべる。どっちも。だめ?」

「では一時間目の授業をはじめる」


 俺は〝教壇〟に立つと、二人の〝生徒〟を前にそう言った。


 無駄に部屋数の多い屋敷の一室を〝教室〟にした。


 〝生徒〟は、スケさんとカクさん。――じゃなくて、スケルティアとアレイダの二人。


 そして〝教師〟は、俺とモーリンだ。

 元勇者と、元勇者の〝師匠〟だった女だから、たぶん、この世でこれ以上の教師はいない。


「なんでオリ……ご主人様が教えるんですか? モーリンさんなら分かりますけど」


 だがうちの娘たちの生意気なほう――カクさん、じゃなくて、アレイダは不満そうだ。


「おりおんが。おしえる? スケ。おそわる?」


 うちの娘たちの素直なほう――スケルティアは、目をまんまるに見開いて、俺をじっと見つめてくる。

 人間社会で暮らしたことがないせいか、彼女は、正面から目線を完全に重ねてくる。


 じっと覗きこまれるような視線を向けられると、ちょっと面映いが、べつにわるいことではないので、俺はなにも言っていない。


「すけ。おそわるの。はじめて」


 スケルティアは無表情にそう言った。ちょっと嬉しそう。

 学習意欲は、たいへん旺盛だ。


「わ……。わたしも〝がっこう〟とか行くの……、ちょっと憧れていたから……」


 アレイダもそう言った。こっちも、ほのかに嬉しそう。


「ではまず。一般的な道徳からいくぞ」


 俺はそう言った。

 授業を開始する。


「人は、殺してもいいのか? ――どう思う?」


「え? ちょ――? そこからぁ?」


 アレイダが声をあげる。

 だが相方のスケルティアにしてみれば、そこから必要だろう。


「どっちの? ひと?」

「どっちとは?」


 質問に質問で返される。

 人っていったら人だろう? 種類とかあったっけ?


「マスター。人間とモンスターのことを聞いているんだと思いますよ」


 モーリンがそう教えてくれた。

 ああ。なるほど。両者の中間にいるスケルティアからみれば、どちらも等距離か。


「スケ。それは片方はニンゲンと呼ぼう。もう片方はモンスターだな」

「ん。わかた。」


 スケルティアは言った。

 そして俺の目をまたじっと見てくる。


 素直だなー。

 やべー。ちょっと可愛くなってきたー。


「なんだか、とってもあたりまえなところから、勉強させられている気がするわ……」


 もう片方は、なにやら文句がおありらしい。

 そっちの可愛くないほうを、俺は指差した。


「じゃあ。カク。おまえ。さっきの問いを答えてみろ。――人間は殺していいのか?」


「え? わたし? ……え? そ、そりゃあ、いけない……でしょう?」

「相手がおまえに襲いかかってきたときには?」

「え? そ、そりゃあ、応戦しますけど……。まあ殺さないで済むなら、手加減くらいはしますけど」


「そういやこの前、冒険者ギルドで絡まれていたときに、おまえ、相手のことを、ぶっ殺しは、していなかったな」

「あたりまえでしょ」


「――では? 山で山賊。海で海賊。ダンジョンの奥で盗賊に出会ったときには? 金や品物めあてのときもあるが、相手はだいたい殺すつもりできているな。金や品物を渡したからといって、無事で帰れるとも限らん。――特に女は」

「殺すわ」


 アレイダは即答だった。

 据わった目になって答えた。


 うむ。よい返事だ。

 そして、よい目だ。

 俺が買ったのはあの目だな。最近の駄犬のほうの目じゃないな。


「では。殺していい場合と、殺してはいけない場合とがあるわけだ。……その違いは?」

「うまくない。まずい。とき。」


 スケルティアが即答。

 だがその答えは、エキセントリックすぎる。


「いや。食わん。……仮に、やむを得ず殺した場合でも、食っちゃいかんぞ?」

「もんすたー。は?」

「それは食ってよし」

「ニンゲンは。たべない。どうぶつと。もんすたー。は。たべる。」


 スケルティアは理解したっぽい。


「ちなみに、念のため聞いておくが。……これまでに、人間を食っちまったことは?」

「まだ……。ない。」

「そうか。すこしだけ安心したぞ」


「あれ? ねえスケさん……? でも貴方、オリオンのときには、勝ったら、食べる、とか言ってなかったっけ?」

「それは。ちがう。いみ。」


「そ、そうなんだ……。ち、ちがうって、どんな?」

「しみつ。」


「……で、おまえの答えは? カク」

「だからそのカクってなんなの? ……ええと。襲われたときとか。身を守るときとか」

「こちらが襲いに行くこともあるんじゃないか?」

「じゃあ、ええと……。戦い、になったときとか?」


 すこし考えて、アレイダは正解を出してきた。


「そうだ」


 俺はうなずいてやった。

 生徒が自力で正解に辿り着いたときには、そう教えてやるのが、教師の役目だ。


「敵と命のやりとりをしているときには、殺してもよい。――具体的にいうなら、向こうが武器を持っていて、それの行使をチラつかせた時などだな。つまり武装しているかどうかだ」


「交渉や取引などの平和的方法以外の、脅しや暴力による解決をはかろうとした相手にも、まあ時や場合や程度にもよるが――殺してかまわない」


 非武装だからといって平和的とはかぎらない。すぐに刃物を取り出すチンピラよりたちの悪い悪党だってる。


「それはちょっと乱暴すぎないかしら?」

「乱暴されるのが嫌なら、暴力的な手段に出なければいいんだ。暴力をふるう時点で、自分が暴力にさらされることも、覚悟すべきだ」


 こちらの世界に比べれば、いくぶん平和な向こうの世界にも、そういう不文律はあった。

 銃を持っていい者は、撃たれる覚悟のあるやつだけだ。――みたいな感じ。


 こちらの世界に比べると、あちらの世界は、ひどく平和だったなー、と思う。

 特に日本とか。


「なお、この原則は自分たちにも適用される。……俺たちも、武器を持っている以上、やられて泣くのは、それはなしなわけだ」

「ふぁいと。あんど。いーと。まけたら。くわれる。これ。だいしぜんの。おきて。」


 スケルティアが深々とうなずいている。


「いや。だから食わんって」


 そこは訂正しておきたい。


「そっか。……そうよね。動物の狩りをするときなんかも、もし狩りに失敗したら、こちらが食べられちゃうものね……」


 アレイダが納得している。

 そういえばこいつは、辺境の滅びた部族の出身だったか。


「ちなみにですね」


 ――と、そこでモーリンが口を挟む。


「冒険者ギルド的には、自衛のための戦闘は容認されています。ギルド外の人員を殺傷した場合には、自衛であったならお咎めなし。ギルドメンバー同士で抗争があった場合には、呼び出しを受けて事情聴取をされたり、場合によっては罰則が適用されることもあります。このあいだのギルドでの、カクさんのケンカ沙汰は、あれは衆人監視のなかだったので自動的に自衛となりました。……ギルド所属の冒険者同士で争うことがあるときには、なるべく、衆人環視のなかで行うか、立ち会い人を付けたほうがいいですね」


「カクさんになってるし……。争う予定になってるし……」

「おまえは美人だからな。狙ってる者も多いみたいだぞ」

「そ、そんな……、び、美人っ……、とかっ! か、関係ないでしょ? ……ないですよ?」


 あはははは。からかうと面白い。


 まあ「美人」の部分はともかくとして――。

 Lv13の戦士をギルドに連れていった時の、周囲の目がけっこう熱かった。「仲間に欲しい」的な目のほうだ。


 この世界は現代世界ではない。

 〝法律〟――に相当するものは、ないこともないのだが――。


 それは所属団体内だけの「ローカルルール」のようなもので――。

 世界全体に通用する――いわゆる向こうの世界における「法律」というものは存在していない。


 基本的人権ってなに? それおいしいの? ――的な世界だ。

 そもそも「権利」という概念が発明されているのかどうか、怪しかったりもする。


 この世界における「法律」は、組織と組織の間における「約束事」であり、約束を破らないことと、破った場合の罰則を決めているだけに過ぎない。


 はじめ、こちらの世界に転生した直後に、モーリンが言った。

 ギルドに所属していないと人権もない。――と。


 これは正確に言うと――。

 ギルドに所属していても、やっぱり「人権」はないのだ。

 あるのはギルド員としての権利だけだ。


 いわゆる「基本的人権」というものは――。

 人は生まれながらに「権利」を持ち、生命を守られ、財産を守られ、そればかりか「自由」や「名誉」まで保護されるとなっている。


 人は生まれながらにして、自由であり平等である、という思想だ。

 この異世界においては、それは「幻想」だ。


 ギルドが保証するのは、ギルドメンバーとしての保護と加護だ。

 たとえばギルドメンバーが、どこか外の組織とのあいだで不都合を負った場合には、ギルドがその組織と交渉を行って、解決してくれる。

 たとえばどこかの国で不当に逮捕されても、ギルドメンバーであるなら、ギルドによる仲裁や救済を期待してもいい。


 冒険者ギルドは、多くの国家間とも繋がりを持っているので、多くの国家で身分が保障されることになる。


 なぜギルドが構成員のために動いてくれるのかというと、「基本的人権」があるからとかでは、まったくなくて――。それがギルドの「利益」に繋がるからだ。


 すべての仕組みは、シンプルで、単純だ。

 ギルドは個人を「役に立つ」ので「守る」わけだ。


 たとえばさっきの、ギルド員同士で抗争があった場合の話だが――。

 いったんギルドが争いを預かり、その裁定を下すことになる。そのときに最も大きな判断材料となるのは、「正義」とか「道徳」とかでなくて、「ギルドの都合」だ。

 ぶっちゃけ、ギルドに対しての貢献度が大きい者のほうが「正しい」ということになる。


 モーリンがギルドにとって、どういう位置にいるのか、いまひとつ、はっきりわからないが……。


 立場を隠していなければ、「かつて世界を救った勇者の仲間」の「大賢者」ってことになっているはずで――。

 ああ。うん。なんか最強ポジションだな。


 まあ、さすがにそれだと、気楽に出歩かせてももらえないだろうから、立場を伏せて、実力の一端だけを示して見せて、ギルドの「顧問」をやっている程度なのだろう。


「法と秩序に関しては、そんなところだな。おさらいをするぞ。――スケ。敵はどうする?」

「ころす。」

「ころさないでも済むような。ザコやチンピラなら?」

「いかす。」

「よし。そうだな」


 俺はうなずいた。


「にどと。はむかえ。ない。ように。いたくする。」

「よし。いいぞいいぞー。それでいいぞー。……で、カクは?」


「だからカクってなんなの……。ええ。自分の身は自分で守るわ。私はいま貴方の〝財産〟ですから。ご主人様の財産を損なうようなことはしません。――これでいいの?」

「よし。いいぞいいぞー」


 俺がスケルティアとおなじように褒めてやると、アレイダはちょっと嬉しそうな顔を見せた。


「まあ。他の細々としたことは、おいおい、教えてゆくとして――。いちばん大事なところに関しては、そんなもんだな」


 スケルティアは、こくこく、と、うなずいている。


「さて。それではマスターにかわりまして、2時間目は、わたくしが……」


 モーリンが前に出る。俺はちょっと脇に下がった。


「つぎの時間は……。読み書きですね。文字の読み書きができないと、色々と、不自由することも多いですから」

「もじ。って。なに?」


 スケルティアが、きゅるんと首を傾げている。


 まあ。そこからだろうなー。


「あっ――。私も共通語はちょっと苦手で……。教えてもらえると、嬉しいかもっ?」


 なんだ。字も読めなかったのか。

 どこかの部族の族長の娘っていってたから、いちおう小さくても姫様ポジションじゃないのか?


「ええ。教えますよ」


 そんなポンコツ姫に対しても、モーリンは、にっこりと柔和に微笑んだ。


「……では。マスター。あちらへどうぞ」

「ん?」


 モーリンがなにか言っている。


「……あっちって、どっち?」

「あちらの席へ」


 スケルティアとアレイダと、二人は並んで座っている。

 その並びに、もう一個、席が用意されていた。


 モーリンは顎で、その席を指し示す。


「え? ……俺?」


 俺は自分の顔を指差して、モーリンにたずねた。


「ええ」


 モーリンはうなずいた。


「マスターも、読み書き、できませんでしたよね」

「いや。俺はいいって」

「……字。書けないと。困りますよ?」


 モーリンはニコニコと微笑んでいる。


「い、いや……。そのうち思い出すだろ。だからいいって」

「そうですね。教われば、すぐ、思い出すかもしれませんね」


 モーリンはニコニコと笑っている。


 その笑顔の迫力に俺は負けて――一度も勝てた覚えはないのだが――おとなしく、席に座った。


「なによ。偉そうにしていて。わたしたちと、おんなじじゃない」


 うちの娘たちの生意気なほうが、そう言う。


「おりおん。おなじ。スケ。と。まなぶ。」


 うちの娘たちの素直なほうが、そう喜んでいる。


 二人は言ってることは真逆だったが、その顔はおなじで――微笑みになっている。


 俺は、まあ、いいか――と、おとなしく席について学ぶことにした。

毎日更新続けてまいりましたが、少々きつくなってまいりました……。

2日に1回ぐらいの更新を目指しまーす。

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