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辺りが夕焼けに染まる頃、とある駐車場でジンは愛車の中で煙草を一服吸っていた。
いつもは助手席にいるウォッカは今回いない。
周りに他の仲間もいなかった。
彼一人である。
利用する車が少ない時間もあり、黒いポルシェは地下で鈍色の光を放ちながらその時を待っていた。
そう、外務大臣の実子、現職国会議員の暗殺を。
車内につけたモニターで彼はそのターゲットの人物を観察する。
外にいる構成員の一人が映像をこちらに送っているのだ。
モニターに映るターゲットは、自分の置かれている状況など全く気付かず女性と仲睦まじく歩いていた。
一応簡単な変装を二人ともしているようだが、コソコソすることはなく、堂々と歩いているので却って周りの通行人も彼らに気付かないようだった。
「こちらキャンティ。もうすぐ標的が目的地に着くよ」
「わかった。こちらが合図を出すまで待て」
無線からスナイパー達の陣頭指揮を執っているキャンティから報告が入る。
目的地とは大通りから少し外れた所に出る脇道のことであった。
今回の暗殺に組織はかなりの人数を動員している。
以前未遂に終わった元自衛隊幹部・土門康輝以上に世間に影響の出る計画だからだ。
――まあ、「別件」のことも含め目立つ必要もあったしな。
東の名探偵を更に上回る数少ない人物の一人である彼は、何十手、何百手先のことを考えて人知れず不適な笑みを漏らした。
「さあて、今日はたくさん観衆が用意された暗殺だよ。コルン、興奮して先に周りの羊達に撃つんじゃないよ。標的が先だからね。アンタは胸でアタイが頭。他の奴らは女だよ」
耳につけたイヤホンとマイクで四方のビルの屋上にいる仲間達に注意する。
キャンティは脇道の右側のビル、コルンは左側のビルの屋上でスタンバイしていた。
右側、左側といっても脇道に面したビルではない。
数百メートル離れた場所だ。
「……わかってる。俺、もう殺し損ねたくない」
「アタイだってそうさ。前みたいに邪魔が入る手前に撃ち殺したいよ」
FBIが阻止したあの事件以来久しぶりの仕事である。
武者震いがするのを止められない。
四方に準備しているほかのスナイパーだってそうだろう。
「まあでも、邪魔が入ってもそれはそれで組織には好都合なんだけどねえ」
ジンとあらかじめ計画を話し合っていた彼女はマイクから少し口を離して呟く。
全くあの男は底が見えなくて恐ろしいと感じた。
「もうすぐターゲットが女と共に脇道に入る。道の中程で殺れ」
その恐ろしい男からゴーサインが出る。
キャンティたちはいっせいに構えた。
ターゲットは女と手を組み脇道に入った。
誰もいない道なので、自然とその組んだ手はより親密になる。
ゆっくりと、ゆっくりと、その二人の時間を愛おしむかのように一歩一歩進んでいった。
「……あと五歩だね」
5、
4、
3、
2、
1、
パシュッとサイレンサーを通して乾いた音が空に響いた。
それと同時に何かが落ちるけたたましい音が地面にこだまする。
それは誰による音だったのか。
「Freeze,or I'm going shoot!!」(止まりなさい、さもなければ撃つわよ!!)
屋上への扉がぶち開けられ、ジョディとその仲間が入ってきた。
全員その手には銃が構えられている。
「……へえ、結構早かったんだねFBI」
別段驚く様子も無く、キャンティは一瞬止まってしまった手を降参のポーズに上げる。
ちらりと片目につけた望遠レンズで周りを見渡すと、自分と同じように他スナイパー達もFBIに囲まれていた。
「まさかあそこで看板を打ち落とすとはねえ。いいアイデアだよ。おかげでアタイらの手止まったし」
カウントがゼロになると同時に響いた銃声と落下した音は、赤井秀一によるものだった。
コナンたちが現場に近づきつつ車から辺りを見回すと、スナイパー達が脇道をサイトに捉え銃を構えていた。
その道にターゲットがいるのだと確信した優作は、同行していた赤井に
「あの道には一つ大きな看板がある。彼らが撃つ寸前にそれを打ち落としてくれ」
と、頼んできたのである。
赤井はその難問に眉一つ動かさず「それが最善策のようだな」と承諾し見事やってのけたのだった。
その大きな音でスナイパー達は驚き、構えた手が緩んだ。
「無駄口は後でたっぷりと聞いてあげるわ。さあ、観念しなさい」
ジョディは射撃範囲に捉えながら彼女に近づいていく。
この先はもう無い。
出口は自分達が立ちふさがっている扉のみ。
だが、追い詰められた状況の中相手はふっと笑った。
「誰が、観念するだって?」
その瞬間キャンティの姿が視界から消えた。
いや、飛び降りたのだ。
「っ!?」
急いでジョディ達が下を見下ろすと、軽い身のこなしで彼女がロープを伝い地上へと下っていくのが見えた。
あらかじめ彼女の腰には命綱が結んであったようだ。
「こちらジョディ! 敵一名が飛び降り逃走しました! 急いで確保を!!」
「……他のスナイパー達も一斉に飛び降りたよ。四方に散ったから分担して追うことにしよう」
地上で成り行きを見守っていたジェームズの声からは明らかに落胆の色が混じっていた。
まさか飛び降りる準備をしているとは思っていなかったのだ。
側で一緒に待機していたコナンや平次、優作も追う準備をする。
「工藤! ちょっと乱暴な運転になるしそっちのジェームズさんの車に乗せてもらえ!」
「ああ! お前も気をつけろよ!!」
同乗者に気を回せないほど本気で運転する気らしい。
一歩間違えればコナンが振り落とされかねないと判断したのだろう。
コナンはそのままジェームズの車に乗り、「じゃあ服部は東、父さんは好きにしろ」と言って急発進して去っていった。
父に何も言わなかったのは、自分よりも的確な判断をするだろうと思ったからだ。
自分が言う必要はないということだ。
平次はコナンが去っていった逆方向にバイクを構えエンジンをかける。
隣を見ると優作はまだバイクに乗っていなかった。
何かを考えているようだ。
「どうしたんや先生!? はよ行かんと逃げられてしまうで!!」
しかしまだ優作は動かない。
「先生!!」
「合点がいかないな」
「え?」
平次のハンドルを持つ手が離される。
「あまりにもあっさりすぎている。失敗してもまた次の手を考えるのが、彼らのやり方なんだろう? だが、彼らは抵抗する様子も無く銃を捨てて逃げ去った」
一度計画した暗殺はその日中に遣り遂げることを彼らは方針にしている。
銃を捨てて逃げるその態度が不可解なのだと彼は言う。
「先ほどから思っていたんだが、数日前から水無怜奈を探す手が緩められたというのも疑問だ。そんな、他に何かをやらかすようなことをほのめかす行動を彼らが取るだろうか?」
暗殺を止めてみろと言わんばかりの計画のわかりやすさではないか。
「……ほかに、何か目的があるっちゅうわけやな」
「そういうことだ。私達の目をこの暗殺劇に向かわせ、何かをしようとしているかもしれない」
自分達がここへ来ることで及ぼされることといえば。
平次がはっとする。
「――っ!?まさかあいつら……!!」
「そうだ、彼らの真の目的は恐らく水無怜奈の奪還。私達がここへ来ることで、彼女の監視は手薄になっている。そこを狙われれば間違いなく奪還は成功するだろう」
優作は珍しく焦った顔を見せた。
息子やジョディから話に聞いているジンという男の仕業だろう。
暗殺よりも情報流出阻止を選んだのだ、あの男は。
「全く、賢い判断だよ」
「そんなこと言ってる場合とちゃうで先生! それならはよ病院戻らなアカンやんか!」
平次は焦っているのに行動に移さない彼に痺れを切らす。
何を考えているのか、彼は無表情で返した。
「……そうだね。彼女の病室は最上階だから恐らく彼らはヘリを使うはずだ。急いだほうが良さそうだ」
逃げた構成員も追わなくてはならないので、彼らはコナンやFBIには連絡せず病院へとバイクを発進させた。
「さあ……そろそろ杯戸中央病院へ行く時間だ、ウォッカ」
「了解」
ジンは無線を気だるそうに置いた。
日没はもうすぐだった。
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