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これまでのような関係には戻れない。
平次の台詞はそう言っているように聞こえた。
「……それ本気で言ってるのか?」
「当たり前や。俺が工藤を嫌う理由は無いけどお前はようけあるやろう。俺なんかに気遣わんと思う存分組織を追いかけえな」
自分では自覚無いかもしれないが、突き放すように言う平次の顔は言葉とは裏腹にとても悲しそうだった。
そんな彼をコナンは少し怒ったような声で言い返す。
「それでお前はどうすんだよ。警察に任せてもう何もしない気かよ」
「それはない」
だが彼はきっぱりとそこだけは答えた。
「未解決になったままの片品さんの最後の事件がパンドラの調査やった。組織を見張ると同時に俺はそれを引き継いで、構成員となり探ろうと決めたんや」
パンドラの解明は片品が志半ばで終わってしまった事件でもあり、
平次の探偵としての最初の事件でもあるのだ。
「今でも俺の最初の事件は終わってへんのや」
最初の事件とするにはあまりにも大きすぎる「謎」ではあったが、それがあったからこそ平次は今まで自責の念で潰れることなく生きてこられた。
「俺は絶対ブレインの完成を食い止める。そして厚司さんの夢をかなえてやりたい」
組織の壊滅と組織の薬の完成。
一見矛盾したように見えるこの二つを達成しない限り彼の事件は終わらない。
真実を解き明かしたところで、誰も救えないならそれは意味が無い。
真実を知った向こうにある「何か」を解決することが本当の意味での事件終了になるのである。
平次は片品のために、厚司のためにそれをやり遂げようと心に決めていた。
そんなゆるぎない思いを持っているからなのか、彼の目だけは体が重傷にもかかわらず強い光を湛える。
一方のコナンにも同じ光はあり、二人は少しの間視線を合わせ沈黙が流れた。
早朝の小鳥のさえずりが部屋にかすかに漏れる。
眠っている和葉は不意に訪れた静寂にも気付かない。
そして、
「じゃあいいじゃねえか」
「は?」
コナンの一際明るい声が沈黙を破った。
推理する時のような自信に溢れた顔で言葉を紡ぐ。
「同じ目的を持つ同志がバラバラに動くなんて非効率なことするより、タッグを組んだほうがいいに決まってるじゃねえか」
「でもお前、」
「らしくねえぞ服部。そんな顔して縁切ろうとか言われても全然説得力ないぜ」
「……」
やはり悲しそうな顔をしている自覚は無かったらしい。
指摘されて初めて気付いたようにぐっと詰まる。
「それに俺はさ。まだまだ子供だから割り切ることとかできなんだよ。お前が俺に偽ったり黙ってきたりしたから、これを期にけじめをつけようとかそういうきっぱりとしたことなんかできねえ」
少年の体を持った十七歳は自分のことを「子供」と言う。
「俺はお前や蘭のいる世界に戻りたい。お前の意思に関係なく、俺がお前と縁を切るのが嫌なんだ。これは俺の願いだ。いつも俺の願い聞いてやってくれていたんだから、今度も聞いてくれ」
コナンは開き直ったかのごとく澄んだ笑顔を見せる。
工藤、工藤、と呼び慕い親友として接してくれた青年。
先ほどの悲しい顔でそれが偽りではなかったことを示している。
だからこれからもずっと親友でいてほしい。
そして自分は幼馴染と親友の待つ世界を目指してがんばりたい。
「……我侭やなあ、お前」
「そうだな、俺まだ子供だし」
呆れたように、しかし嫌そうではない顔で平次は言った。
優しい目だった。
「ホンマアホやわお前。なんで皆俺の真実を知ってそんなこと言うんや。厚司さんやってそうやった。俺が組織を憎んでるのを知ってて自分の側に置いていた」
初対面の時で、自分が薬に興味があって仲介人になったとは本気で信じていなかったはずだ。
なのにいきなりコードネームを授け、いつでもボスを殺せるような側近という立場にまで昇格させた。
厚司は確かに平次に対して心を許していたのである。
アポトキシンの実験体だったからとはいえ、これは平次の中で一番の疑問でもあった。
「そのことだけどさ、さっき俺の父さんが言ってたよ。なんでボスがお前にスピリタスなんていう世界最強の名前を付けたか」
「薬の成功例で、気に入ったからとちゃうんか。ベルモットかて、和葉のラムと合わせたら
アガサっちゅう名前になるんやし」
「それもあるかもしれねえ。でも父さんは別の考えも示したんだ。スピリタスの語源はスピリット。これには精神という意味もあるがもう一つ別の意味もある」
あまり一般的ではないが、確かにこんな意味もある。
「”物事の本質”。つまりそれは……」
「真実」
平次の目が驚きで大きく開かれる。
「ボスは周りのせいで真実を持ち続けることが出来なかった。だからお前にだけは持っていてほしかったんじゃないのかって……」
周りの環境の変化で心を失いかけていた平次を見て、厚司は昔の自分の面影を重ねたのかもしれない。
夢を追い求め組織に入った彼は図らずとも犯罪組織のトップとなり、妻を失い、娘を殺せざるを得なかった。
周囲の圧力は自分に真実を持つことを許さなかった。
だから厚司は闇の中であがき続ける平次に、自分の代わりに「真実」を持っていて欲しかったのではあるまいか。
コナンよりも前に彼のコードネームを知った優作はさっきこのような考えを明かしたのである。
「アホやホンマ、あの人も不器用なことしよってからに……」
思いもよらなかった考えに平次は口を震わせる。
そのまま左手で目を押さえただひたすら呟いた。
堪忍、堪忍、と。
それは誰に対する謝罪だったのか。
コナンは彼が流す一筋の水滴に見て見ぬ振りをした。
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