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「片品って……まさかあの長野雪女事件で容疑者の中にいた探偵の?」
片品、という名前にコナンは自分の中の記憶装置を呼び起こす。
中三の学校のスキー合宿で起こった殺人事件の時に出会った探偵である。
確か親友が殺された事件を追って刑事を辞め探偵になったと聞いたことがあるような。
しかし、まさかその後再会していたとは。
「そうや。今まで追い続けてきたその事件が解決したさかい大阪に出てきたらしいわ。長野では集団の事務所にいたけど、独立して自分の事務所持ちたくなって大阪に来たんやと」
確かに個人で経営するなら都会に出てきたほうが仕事はあるだろう。
「雪女事件の一ヵ月後やったかな。ある殺人事件の現場で片品さんと鉢合わせしたんや」
――あれ、あんた確か長野の探偵の……片品さんやったっけ?
――そういうお前はあの時の探偵ボウズじゃねえか。この辺の子だったのか
「どうやらその殺人事件の被害者が片品さんに依頼が来た人探しの相手やってなあ。警察に色々聞こうとして怪しまれてたんや。大阪弁でもないし地方の人間が何でこんなところで首つっこんでるんやー、みたいな感じでな」
――なんや、それやったら俺が仲介したるわ。おーい、大滝はーん!
――お、おいおい。警察の知り合いかお前?
親しい刑事に掛け合って事情を説明すると、急に現場の警察たちは片品に対して持っていた不信感を取り払ったのである。
片品が平次の素性を知ったのはその時だった。
「まあその事件自体は簡単なトリックやったしすぐ解決したわ。でも、俺はそれ以降も片品さんの事務所に出入りするようになってな」
妙に気が合うことに気付いた平次はそのまま片品に懐いてしまった。
親でも兄弟でもない年齢差、叔父と甥っ子に近い間柄は逆に何でも話しやすくて心地よかった。
「そういえば、お前んところの探偵事務所と建物の感じが似てたなあ」
彼は遠い目をして思い出すように言った。
「勝手に助手なったるとか言ってあの人の依頼の手伝いをちょこちょこしてたわ。学校終わって部活も終えてからやないとオカンがうるさいし、ちゃんとこなした後でな。でもそれさえしとけば親はなんも文句言わんかった」
帰りが遅くなると伝えておけば、門限も決められなかった。
それまでの親と比べるとだいぶ寛容である。
「多分、俺の顔が最近不安定やった頃より明るくなってたからとちゃうかな」
ある日事務所に出向くと彼のデスクの上に某老舗の和菓子が置いてあった。
それに添えられてた手紙をなんとなく見てみると差出人は「服部静華」。
その名を目にして手紙は見なかったことにした。
親はこの探偵のおかげで息子が心の安定を取り戻しかけていることに気付いていたのだろう。
つまり、それは前々から平次のことを心配していたというわけで。
自分達のせいで心のずれを生じてしまった息子を明るくしてくれた片品のことは事務所の場所から素性まで調べたに違いない。
「片品さんは俺を俺として見てくれてるような気がしたわ。最初に出会った時俺が警察関係者やとは知らんかったのもあるやろな。でも大阪来て俺の素性知った後も一人の人間として扱うてくれた」
その事務所に行くと自分という人間が本当に生きていることが実感できた。
それがやたらと嬉しかったのだ。
当時の思い出を懐かしむように彼は目を細める。
「電話番したり書類の整理してあげたり。あの人ずぼらやったから片付けとかは俺や和葉が
手分けしてやってたわ」
――なんや和葉、なんでお前がここに来るねん
――ええやん! 片品さんも男ばっかりやとむさくるしいし、私が来ると華やかになって
いいって言ってくれたもん
――そんなん世間を渡る上でのお世辞に過ぎんわ。はよ自分の顔に自覚持てや
――なんやてーー!?
――こらこら、人の事務所で痴話げんかするなよ
――そういう片品さんも彼女でもはよ見つけたらどうや?
ええ人紹介したるで?
――ははは、こりゃー参ったな……
「三人で聞き込みとかもしたなあ。知識だけではわからんかった探偵という職業がどんなもんかあれでようわかったわ。今俺が探偵できてるのはあの人に教えてもらったからやねん」
刑事とはまた違った職業。
いくらでも知識として知ることはできたけど、実際片品の側でその仕事を観察しているとやはり本物は違うと実感したものだ。
父親が探偵まがいなことをしていた新一とは違い、周りが警察だらけだった平次にとってそれは貴重な体験だったのである。
平次の環境を知ってか知らずか、片品は嫌がる素振り一つ見せず彼が「助手」としてついてくるのを許していた。
「俺の持ってる違和感もあの人には正直に話した。自分からちゃんと教えたんはあの人が最初やったかな。もうどうすることもできひんことを話すとな、あの人言ったんや」
再会した二週間後くらいに事務所で自分の本心を話してみた。
きっかけは覚えていない。
ただこの人になら言えると思って自分の思いを晒した。
すると片品は笑ってこう言ったのだ。
――お前は優しいな
「誰も責めたないから自分を責めてるんやって……」
彼の顔が一瞬哀しそうに歪んだ。
――お前は誰かに救って欲しいとは思ってないんだろう?自分でどうにかしたいと
思っている。じゃあ言いたいことぐらいは言ってもいいんじゃないのか?
闇で足掻くにしても、誰かにそのことを知ってもらえたほうが気が楽だろう
片品は少年に向かって叔父のような距離で優しく言った。
助けを求めているのではないのなら、せめてその苦しみぐらいは溜め込まず吐き出してしまえ。
片品の考えは彼のそれまでの価値観を大きく揺さぶる言葉だった。
「あの言葉が俺の中にあった重たいものを取り払ったんや。なんや急に肩が軽うなった感じがしたんや」
それで救われたような気がしたのだ。
自分は。
今の状況がどんなに困難でもそれを知っていてくれる人がいるなら
乗り越えられるような気がした。
「……でも、」
急に彼の目に苦渋の色が混じる。
「あの人と再会してから三週間くらいたった時にあの事件が起こった」
そんな自分に今まで以上の困難が待ち構えているとは夢にも思わなかった。
「関西探偵連続殺人事件。一般人1人と関西の探偵五人が一週間で立て続けに殺された猟奇的殺人事件や」
「一週間に六人……!?でもマスコミで見たことは……」
奇異な事件名にコナンが思わず口を挟む。
六人も殺されたのなら国を揺るがす凶悪事件ではないか。
しかしコナンは1年前にそんな事件を聞いたことすらない。
「そらそうや。警察が緘口令敷いたしな。警察でも地元やった関西の警察と警視庁の上の人間しか知らん。多分お前が懇意にしている目暮っちゅう警部も知らんやろ」
「なんでそんな極秘にしたんだ?」
何か知られて困ることでもあったのか。
見当がつかないコナンは聞くことしかできない。
平次は少しだけ黙ったが、覚悟を決めたように再び口を開いた。
「パンドラが関わっていたことを世間に知らせるには早かったからや」
パンドラ、すなわち黒の組織。
コナンがその名に驚愕で目を見開く。
組織が1年前平次に関係する事件を起こしたのか。
「緘口令を敷いたのにはもう一つ理由がある。最後に殺された探偵と同じく、死にかけた人間の情報がマスコミに晒されるんやないかと爺ちゃんが案じたからや」
まさか。
「もしかしてそれが……」
ここまで言われればその被害者は安易に予想がつく。
しかしそれを言葉に出すにはあまりにも残酷すぎた。
「そう、その連続殺人で最後に殺されたのが片品さんや。そして一緒に殺されかけたのが……」
この俺や。
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