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カウントダウン
作:yoshina



29


話は十六年ほど遡る。


研究者同士の若夫婦が実験中の事故で死んだ。
残されたのは高齢の祖父、大黒連太郎と一歳になったばかりの娘。

祖父は考えた。
自分も年で、長くは生きられない。
そうなればこの子は最近不穏な動きを見せ始めた組織の中で一人ぼっちになってしまう、と。


孫娘の将来を案じた彼は政治家時代の同志、池波に相談を持ちかけた。
池波は組織に資金を提供しているので、内部事情はよく知っている。
彼の相談に池波はこう提案した。


――物心つく前に、その子を養子に出してはどうか?


組織とは全く無関係の人物に子供を託し、普通の人間としての人生を歩んでもらったら息子夫婦も浮かばれるのではと彼は言った。


この提案に祖父は賛成した。
息子が残した娘だけでも幸せになってもらいたい。

自分はどこを目指しているのかわからなくなったこの組織に一生居続けることに
なるだろうから。


そして祖父の提案と共に娘は池波の義理の息子の親友で、子供の居なかった夫婦に預けられることになった。

この夫婦の姓を、遠山という。

夫のほうは同志の息子同様刑事である。
キャリア組ということもあって、将来高官になるのは間違いないだろう。

組織とは全く正反対の集団に属する彼に預けることで、娘を組織から完全に離そうと考えたのだ。



娘を貰い受けた夫婦はとても人間的に出来た人物だった。
この夫婦になら娘を託せると安心した祖父は、そのわずか一年後この世を去ることになる。



一方、数奇な運命でワケありの赤子を育てることになった夫婦は、養子縁組を仲介した池波の娘とその夫、つまり池波静華と服部平蔵の近所に引っ越してきた。
彼とは昔からの馴染みだったので、この子の成長を一緒に見守ってもらおうと考えたのである。


遠山夫妻が引っ越してきた四月の桜咲く頃その養女は初めて服部夫妻と対面した。
服部夫妻にもその時一歳になる息子がおり、ちょうど良いとばかりに幼い二人を引き合わせた。




――ほら平次、この女の子がお父さんの親友の娘さんで、和葉ちゃんっていうんよ


――……かー、じゅ、は?


――ほーう、これはまた頭の成長の早い坊やなあ。さあ、和葉。
  今名前呼んでもうた子が平次君っていうんやで


――へー……じ?


――なんや、お前んとこの子ももう話せそうやないか


――はは、そうやな。お、そういえば二人の名前の頭文字くっつけたら”平和”になるやんか!


――あら、これはまためでたいことやねえ


――ホンマやな。これは奇遇やわ






互いの両親が自分達の名前で喜んでいることが娘にはなんとなくわかった。
まだ思考というものがはっきりとしていない年頃だったが、それでも親が喜んでいるということは感じ取れる。


目の前にいる男の子と、自分の名前。



自然とその名前が好きになっていった。

そして当然の如く、名前の持ち主である男の子のことも。














あれから十六年。



彼女は母親が死んだ時に、養女だったことを知らされた。
最初は衝撃しかなかったが、その後本当の親が薬の開発中に死んだことを知って、将来その薬を完成させたいと思うようになっていった。

養子として出した祖父は彼女が組織に関わらないことを望んでいたのに、結局はAPTXの完成という夢を持つことによってそれは脆く崩れ去っていってしまった。



両親の死も、養女に出されたことも、彼と出会ったことも、全ては組織に通じる運命だったのか?


偶然で済ませるにはあまりにも数奇すぎた。




だがそんなことは今更である。




彼女はその全ての運命を受け入れ必死に走っていた。


彼に会うために。




生まれて初めて会った同い年の子で、初めて友達になった子。

そして、初めて好きになった人。





複雑な事情が物心つく前に一応片付いていた自分に対して、
彼は成長するにつれどこかがどんどん狂っていった。


とどめだったのが一年前のあの事件。


「関西探偵連続殺人事件」



猟奇殺人だったあの事件は彼が何とか持ちこたえてきた心のどこかに、引き金を引いてしまった。





彼を支えられなかった自分が悔しい。腹立たしい。






あの時彼の心を守ってあげられてたら、こんなことにはならなかったのかもしれない。








だからこそ今、彼に会いに行くのだ。
この漆黒の宝箱へ飛び込んで。



会って何をするつもりなのか自分でもわからない。
ただ彼を一人にはさせたくないと思った。

今までずっと彼は一人ぼっちだったような気がする。
両親や自分が常に側にいても心は孤独だったのではないか。




彼の側にいたい。
彼を一人にしたくない。










既に所々が火傷を負っていたが気にすることは無かった。
地下へと降りた瞬間階段は完全に崩れ去ってしまっている。

進む道はあるが戻る道はもう無いのだ。



廊下に咲いた紅い華を頼りに走った。








そして彼女は大好きな人の大好きな名前を、心の中で呼び続けた。







――へいじ、へいじ、へいじ……!
















彼女の声は彼に届いただろうか?














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