28
かろうじてまだ平らなコンクリートが残っている廊下に、点々と紅い華が咲いていく。
その華もすぐに上から降ってくる瓦礫で形を失っていった。
廊下に落ちる華は細く、しかし途切れることは無く続いている。
華を落とす主は壁に手をつきながらずるずると歩いていた。
包帯を巻いた右肩の傷も赤色が滲み出ていたが、床に滴り落ちる血はそこからではない。
首の右側のからほとばしる切り傷からである。
頚動脈寸前までぱっくりと裂けた首は命をどんどん蝕んでいく。
首から下はもう血みどろだった。
平次は霞む意識を何とか持ちこたえさせて、ある場所を目指していた。
パイカル、もとい宮野厚司が今まで居た部屋だ。
瓦礫に当たらずここまで来たのは奇跡に近い。
目指す場所はどこでも良かった。
ただ、どうせならあそこが良いと思った。
寝たきりかと思えばたまに静かに動き回る厚司の側で、それを見守るベルモットと自分。
互いに互いの考えていることはわかっていたのに、それを指摘することは結局一度も無く。
奇妙な関係だったなとしみじみと感じた。
「……着いた」
赤井によってぶち開けられた入り口が厚司の部屋を丸出しにしている。
歯を食いしばって体を動かし中に入ると、銃撃によって穴だらけになった壁にもたれかかりそのまま腰を降ろした。
ちょうど、赤井達が逃げた後やっていた仕草と同じになる。
一息つくとズボンから携帯を探った。
しかし、あるはずのところにそれは無くなっていて。
――どこかで落としたのか?
携帯自体はどうでも良かったが、あのお守りを失くした事に少なからずショックを受ける。
お守りが無い今、彼は何も持っていなかった。
銃剣はジンとやり合った時に捨て置いてある。
最後の最後に銃剣という名にふさわしい使い方をして。
「あれは裁判やと正当防衛になるんかな……」
死ぬことに何故か恐怖は無かったが、あの男だけには殺されたくないと思ったのだ。
苦笑しながら崩れ落ちる天井を見上げた。
その途端首に激痛が走りうめき声が出る。
流れ続ける血が彼の体力をどんどん奪った。
じっとしてその痛みが去るのを待つ。
その時ある声が思い起こされた。
――蘭とお前が待ってなかったら元に戻る意味無えんだよ!!!!
先ほど聞いた新一の叫びである。
若干涙声だったのは自分の気のせいなのか。
気のせいであって欲しいと願った。
しかし、まさか自分が彼の幼馴染と同格に思われていたとは。
「……あいつには悪いことしたなあ……」
ひどく彼を傷つけた。
嘘は確かに言っていないが、真実を教えようともしていなかった。
でも、こうするしかなかった。
彼の気持ちに背いてでもやりたいことがあった。
しかし、それも今日で終わり。
――向こうであの人と会えるだろうか?
脳裏に一年前死んだ探偵の姿がよぎる。
そして自分の考えを否定した。
「……やっぱ会えんわ。俺は地獄行きやろうし」
目を開けることすら億劫になって、ゆっくりと視界を暗闇に変える。
そして足を伸ばして手をだらりと床に落とした。
真っ暗になった世界に、崩れ行く建物の終末の音と迫り来る炎の熱を感じる。
そのままぶつりと、彼の意識は途切れた。
意識が失われる最後、まぶたの裏に見たのは着物を着た彼女。
思いを馳せ続けた十年前の初恋の少女ではない。
その少女と全く同じ着物で、満開の桜の下鞠をつく
十七歳の和葉の姿だった。
まーるたけえーびすにおしおいけー
よーめさんろっかく、たこにしきー……
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