21
二人は暗闇の医療室で、隅の壁側に腰を降ろしていた。
男が眠っているベッドから一番遠くの壁際だ。
遠くのほうで鳴っていた銃声は今は聞こえない。
弾切れしたのか、それともどちらかが死んだのか。
前者であってほしいとコナンは思った。
今までの経緯からか、コナンと哀は無言でじっと座っている。
互いの腕が触れるか否かのぎりぎりの距離を保ちながら。
「……何がなんだかもうわからないわね」
彼女は天井を見上げて呟く。
そして横目でずっと黙っているコナンを見る。
もしかしたら、彼が壊れるかもしれないと案じていたのだ。
自分自身だって父親がボスだということで大きな衝撃を受けた。
だが、それは前々から感づいていたことでもある。
驚きよりも自分の予想が当たったという悲しみのほうが強かった。
しかし彼はそうはいかないだろう。
今までずっと相棒だと思っていた少年がいきなり構成員だと告げたのだから。
何の前触れも無く突然に。
更には自分達を殺そうとしてきた。
そのショックは計り知れないだろう。
「……なあ」
「何かしら?」
視界のまっすぐ前方にある時計を眺めながらコナンが声をかけた。
「あいつは本当に人を殺したことあると思うか?」
「さあ……でも、あの赤井って人が不確かなことを言うとも思えないけど」
構成員なら、暗殺の一つや二つやっていてもおかしくない。
実際自分も生体実験を行っていたのだ。
殺人に等しいことをやってしまった自覚はある。
だからこそ、コナンに初めて会った時に起こった事件で何のためらいもなく銃を発砲したのだが。
それをここで言うつもりは無かったが、平次が殺人を犯した可能性は十分あると彼女は思っていた。
「俺、あいつに聞いたことあるんだよ。人殺しちまった事あるかって」
財閥の一家で起こった殺人事件。
その悲しき惨劇を引き起こした犯人が自殺するつもりだと知ったとき、
彼に何気なく聞いたみた。
――お前さー……、人……殺しちまった事あるか?
――あん?
「そういえばあいつ、あの時答えなかったんだよなー……」
自分は彼の答えを期待して聞いたわけではなかったので、特別気にすることは無かった。
だが今考えると、あの後自分が「推理で人を追い詰めてみすみす自殺させちまう探偵は殺人者と変わらない」と言ったのに対して、彼は「耳が痛うてかなわんわ」と答えていた。
もしかしたらあれは、既に彼は殺人を犯してしまったという返事だったのではないだろうか。
「でもそれだけで彼が殺人をしたかどうかは言い切れないわ」
哀は内心とは違う言葉をかけた。
傷ついた彼をフォローして、いつもとは逆の立場だなと感じる。
だがいつも元気付けてくれてるからこそ、今度は自分が彼を支えなければと強く思う。
そんな彼女の思いには気付いていないのか、彼は言葉をゆっくりと紡ぎ出した。
「……あいつはさ、俺にとって蘭と同じだったんだよ」
「え?」
「ずっと一緒にいた蘭と同じように、あいつも今までずっと一緒にいたように感じていたんだ」
ハハ、と自嘲気味に彼は笑った。
「でも実際はあいつと出会ってまだ一年も経ってないんだぜ? 一年も満たないのに、俺はあいつのことを全部知った気でいたんだ」
思い上がりにも程がある。
自分の身勝手さに怒りを超えて情けなさを彼は感じた。
「よくよく考えたら、俺あいつのこと何も知らねーんだよ。片目を失明した爆発事故が一年前。その一年前すら俺は今まで一回も聞いたことが無かった」
哀は何も言わない。
彼は自身に語りかけるかのような様子だ。
ここで自分が口を挟むのは彼の心を更に乱れさせると思った。
「あいつの過去でちゃんと聞いたことがあるのは中三の冬の殺人事件だけだったな。それも、俺からではなくあいつから教えてくれたもんだったし」
時計から視線を外し、暗闇で先の見えない床を見る。
「もしかしたら、あいつと会うたび俺があいつを苦しめていたのかもしれねえ」
――お前が俺に何も聞かへんかったんやろ……!
あの言葉が蘇った。
あれを言った時の彼は苛立っていたように見えた。
そして同時に苦しんでいるようにも見えた。
あれは自分の期待が見せる幻だったのだろうか?
「もしも、って言葉はあまり使いたくないけどさ、……それでも思わずにはいられなかった」
お前は何者なんだ?
こんなことになる前に、もしも、そう彼に聞けば何かが変わったのだろうか?
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