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カウントダウン
作:yoshina



17


「あなたが……お父さんの手紙を書いた……!?」


 時が止まったかのように微動だにしないコナンの代わりに哀が問いかけた。
彼女もまだこの展開に頭がついていけなかったが、何も聞かないわけにもいかない。
いや、聞きたいことが多すぎる。



「そうや。あの人体がランダムに調子変わるやろ? だから名前だけは自分で書かはったけど、
内容まで書けるほどではなかったし俺が代筆頼まれたんや」



ちゃあんと一言一句間違えず書いたで?



そう言ってにっと笑うと右手に持った拳銃を手のひらの上で弄んだ。
普段と変わらぬ笑顔と声。
それがあまりにもこの状況に不似合いだった。



「あなたがスピリタスということは、あなたがあの人の側近だってことよね?」

「へえ、あんた俺のコードーネーム知ってたんか。あまり知られてへんて厚司さん言うてはったのになあ。まあええわ。そうや、俺はあの人の側近やで」


スピリタスという名は以前小耳に挟んだことがある。
年や性別さえ謎だったが、ボスの側近で非常に頭の切れる人物だということはジンから聞いていた。


しかしこの状況は非常にまずい。
相手は拳銃を持っているし、こちらは完全に丸腰だ。
部屋の外からはまだ銃声が鳴り止まないが、それがFBIなのか組織の人間なのかわからない。
第一、入り口は平次の背中によってふさがれている。


逃げ場の無い事態に哀は隣のコナンに救いを求めるかのように振り向いた。

そして気付いた。
彼の手が握り締められたまま震えていたのを。
先ほどの自分と全く同じ状態だった。


「工藤君……」

「なんで」



しっかりしろと言うように声をかけたが、コナンの耳には届かなかった。
ただ、目の前に立つ男だけが眼中にあった。



「なんでお前がここにいるんだ!!」



悲痛な叫びと共に彼を見上げた。
言いたいことは山ほどあったが、それを上手く言葉に出せないまま勢いで怒鳴ってしまう。
いっそのこと何も考えずわめき散らしたいのかもしれない。

だがそれに対して平次はその叫びの理由がわからない、といった様子だった。


「今言うたやんか。俺は組織の人間で、ボスの側近。FBIらがいきなり来るから迎えてあげたんやないか」

「そうじゃない!! なんでお前が組織の人間なんだって言ってんだよ!! いつも俺のサポートしてくれたお前がいきなり組織側とか言われて納得するとでも思ってんのか!?」

「ああそっちか」


あくまでもいつもと変わらぬスタイルでぽんと手をつく。
やっとコナンが動揺している理由がわかったかのような仕草だ。


「その手紙にも書いたやろ? 組織にはパトロンがつき始めたって。あれには俺の爺ちゃんも入ってんねん。大黒さんは元官房長官。んで爺ちゃんは元内閣総理大臣。それでつながりがあってなあ」

「それで何でお前が組織に入る必要があるんだ」

「初代と爺ちゃんのつながりがあるなら、当然厚司さんともつながりが出来る。……同盟結んだんや。爺ちゃんと厚司さんは」

「同盟……?」


予想外の事実に、今まで組み立ててきた組織に対する考察がばらばらと崩れていくのがわかる。
もはや、この先彼が何を言うかなど全くわからなかった。


「自分の政敵を潰してもらう代わりに、資金を提供するってなあ」


自分は政界を退いたとはいえ、まだまだその存在は大きかったし
自分に付き従うグループもある。
そこから政界への影響を強めるために、敵対する政治家を潰すよう要請したのだという。
組織に集まってきた裏社会の人間を使って潰せばいいと。


日本の裏側の闇を淡々と話す彼は楽しそうな笑みを浮かべて2人を見下ろしている。
その目は暗くてよく見えない。


「以前衆議院選に出馬する予定やった土門さんを狙ったやろ? あれもあの一族が爺ちゃんの政敵やったからや。あの人に議員になられたらやっかいなことになるしなあ」

「じゃあ昨日の外務大臣の息子の暗殺も……」

「ま、同じ理由やな。ああやって敵を消して、爺ちゃんの政界への圧力が強まれば強まるほど
組織の日本での影響力も増す。んで最近、その同盟の保障とお互いの伝達代わりに俺が組織に派遣されたんや。あんまり黒服に家を出入りされたら敵わんし、ちょお孫に代わりをやってもらおうかって」


確かに、身元の不確かな人間が出入りするのは怪しいだろう。
どこぞのマスコミが飛びつきそうな騒動になりかねない。
その点、孫の平次ならどれだけ祖父に会いに来ても不思議ではない。


それだけの理由で彼は組織に入ったとでもいうのだろうか。


「……お前の父親は知ってるのか?」


先ほどから気になっていたことだ。
あの男なら息子をそんな危険なところへいかせはしないだろうと思うのだが。


「そんなん当然やんか! 自分の妻の父親が組織と同盟結んでたら、そら本人かて同盟結んでるも同然や」


平次はそんな疑問さえあっさり消し去ってしまった。

日本の政界の権力者と警察界のTOP2が組織と手を結んでいる。
もうこの国は終わりなのかもしれないと哀は背筋が凍りつくような恐怖を感じた。


「だから、組織が潜伏する建物に警察が見回りに来る時は親父から俺を通して、そのまんま密告したんや。今から警察来るしはよ逃げってなあ」


だから日本警察は組織を見つけることが出来なかったのか。
あれだけ動いておいて全く察知されないはずが無いのだ。
どんどん繋がっていく事実を認識するのがあまりにも痛かった。



「じゃあなんで私達を殺さなかったの?今まででも殺そうと思えばいつでもできたはずよ!」


今まで黙っていた哀がたまらず、平次に矛盾を突く。
彼女だってこんな真実を信じたくなかったし、否定できる根拠がほしかった。
何よりこれ以上コナンが傷つくのを見たくない。


「別にお前等を殺そうとは思ってへんかったわ。ジンはあんたをよほど殺したがってたみたいやけど」


平次は意地悪そうに彼女に視線をちらりと移した。
ジンの彼女に対する執着心を見てきたらしい。
だがすぐにコナンに視線を戻す。


「俺が工藤に会いに来たのは、厚司さんに頼まれたからや。ジンが開発途中のアポトキシンを
使って工藤を殺したという報告があったのに、その工藤の死体が発見されんかったしなあ」


パソコンのデータにはまだ工藤新一の死亡だけが未確認となっていた。
アポトキシンを使用した殺人に厚司は気をかけていたのだ。
そして信用の置ける平次、いやスピリタスを使って調査を始めたという。


「こらどこかで生きてる可能性もあると思て探しに来たら、案の定工藤がひょっこり現われた。しかもすぐにいなくなりよった」


外交官殺人事件で突然現われた東の高校生探偵。
西の高校生探偵を上回る推理で鮮やかに謎を解いた後、再びいなくなってしまった。

さも不思議そうな様子で平次はそのときの記憶をたどっていく。
理由は、わかってるはずなのに。


「その後どうやっても工藤の足取りが掴めんかった。それでかすかな可能性を当てにしてシャーロキアンが集まるイベントに参加したらお前が来た。工藤新一やなくて江戸川コナンがな」


ホームズをこよなく敬愛し、事件現場をうろつきまわる小学生がその場に来ていた。
それまでは変な子供としか捉えていなかったのだが、そこで考えが変わったのだ。


「お前が工藤やという可能性を考えた時、あることを思い出したんや」


「あること?」


あの場にいなかった哀には状況が想像しにくかった。


「俺が始めて会うた時、持ってきたパイカルのことや。あれ、ホンマは毛利のおっさんや姉ちゃんに見せてなんか反応あるようやったら、工藤を匿ってるかもしれんて思って持ってきたんやで。もし工藤が生き延びて組織を探るためにどこかに隠れてるんなら、ボスの名前も知ってるかもしれんし。なら、匿ったかもしれん毛利家の人物もコードネームを知っている可能性があるはずやと」


そんな彼女のために平次はわかりやすく説明する。
こんな状況と内容でなければ、親切と捉えることができただろうに。


「ああ、そういえば厚司さんのコードネーム教えるの忘れてたな。パイカルっていうんや。阿笠博士と発表した論文に載せた薬の成分の一つにその名前があってな」


昨夜平次の正体を見抜いた優作はその論文をアメリカで発見したのである。
そして消息を絶っていた宮野厚司の跡をたどり、組織の2代目であることを知ったのであった。
加えてパイカルがコードネームだということは、その名の酒を初対面で持って来た
平次も怪しいと目をつけたという経緯のようだ。


「で、話を戻そか。そんでそのパイカルをコナンに風邪薬やゆうて飲ませたら、
工藤が出てきた。……アポトキシンを飲んだら体が小さくなって、パイカル飲んだら元に戻るんやないかと思いついたんや」


そんなことあるわけがないと最初は信じられなかった。
だが、よくよく考えているうちに一つの可能性に行き当たったのだ。


「理論的には可能なことやったんや。アポトキシンは細胞を死滅させて再び復活させることを
目的とした薬やからな」

「!?」


アポトキシンの効果を知らされていなかったコナンは身を乗り出しかけた。
板倉から入手した日記に書いてあった文や哀の口ぶりから、「死者を蘇らせる」ことがこの薬の目的ではないかと思っていたのだが。

そんなコナンの心中を察したのか、平次は呆れたように肩をすくめた。


「お前は、あの薬が死者を蘇らせる薬やとでも思ってたんか? 一度死んだ人間はもう生き返らへんわ。まあ似たような感じの作用があることは否定できひんけどな」



そうやったよな、と哀に同意を促す。
そして問いを重ねる。


「あんたも当然わかってるんやろ? 厚司さんが今どんな状態か」


手紙に書いてあった「体がおかしくなっていまった」という理由。
その原因を作っている彼女がわからないはずがない。
言われたとおり哀はうなずいた。


「……ええ。ランダムに体の調子が変わるというのは、細胞が死んだり復活したりしてるってことでしょ? 健常者があの薬を飲むとどうなるかまだまったくわからないから」

「その通り。アポトキシンの最終目的は病気や事故で障害を持ってしまった人間の細胞を一旦死滅させて、もう一度新しい細胞を生み出すこと。そして健常者として再生させることや」



障害の原因である細胞を消去して全く新しい細胞を体内に生み出す。
それがアポトキシンの最終目的。



それは本当に理想だが、それまでの道のりは長すぎた。



現段階でのアポトキシンを健常者が飲用すると、エレーナのように細胞が死滅したまま
復活せず死亡してしまったり、厚司のように体が異常を来す。
もしくは、コナンや哀のように体が縮んでしまうことも。

今のアポトキシンは健常者にとって劇薬と言っても差支えが無かった。



「最終目的に辿り着くことすら確信できないしね」

「そうやな。でも語るに足りる夢でもあった。それで、あれを飲んだあんたらは細胞が死滅する寸前のところで薬の作用が止まってしまった。ホンマはあれ飲んでも細胞が消えるだけで体は幼児化せん。つまり、あんたらの幼児化は予想外の副作用やったっちゅうわけや」

「若返りが目的でもないわけか」


コナンがようやく口を出す。


「そんなんするより病気を生み出す細胞無くすほうが世のため人のため、やろ? あの薬は現段階ではまだ細胞をランダムに死滅させたり復活させたりすることしかできん。ジンがお前に飲ませたんは、細胞を殺して殺害方法をわからんようにするためやったんやで」


ジンに頭を強打させられ倒れた時、死因がわからないまま殺せる薬だと、薄れゆく意識の中で聞いたような気がする。
あの時本当ならば、新一は細胞が死滅して体だけが残った状態で死ぬはずだったのだ。

そして、自殺覚悟で飲んだ志保も。


「細胞を操作する薬で幼児化の副作用があると俺から報告受けた厚司さんは言うてきはったわ。工藤新一を監視しろ、とな」

「……殺さずに副作用の観察を選ぶことにしたのね」

「そういうこっちゃ。殺すならいつでもできるけど、こんな副作用は滅多にないしな」

「私も同じ理由なのかしら?」

「あんたは監視もあるけど、薬の開発をしてもらうという理由もあった。組織に無理やり戻しても作る気起こらんやろうから、好きなところで勝手に研究してもうたほうがええと判断したんや。ジンはもう殺すべきやとあの人に強く進言してたけどな」



杯戸シティホテルでジンに銃撃された哀は思わずぶるりと肩を震わせた。
しかしここでこのまま言われっぱなしなのは気に食わない。


「でも、どうしてあなたが側近になれたのかしら? この組織は疑わしい者は徹底的に疑う集団よ。いくら同盟を結んだとはいえ、警察関係者であるあなたを身近に置くのは疑問が残るわね。スパイかもしれないのに」

「なんや、そんなにこの組織に俺がいるのを否定したいんか?」


そこまで信用されてたなんて光栄やわあ、と冗談めかして腕を組む。
哀は不機嫌そうに眉をしかめた。


「あなたが、というよりあなたの一族が組織側にいることがあまり信じたくないわね。
日本そのものが組織に制圧されかねないし。工藤君はあなたのことを否定したいのでしょうけどね」


当のコナンは何を考えているのか、ずっと平次をにらんでいる。
哀が聞くことに何も横から言わないことからすると、同じことを考えているのかもしれない。


「あんたはやっぱりつれないなあ。……側近になれたんはあの人がベルモットを気に入った理由とおんなじや」

「え?」

「更に言うなら、あんたらがここまで生きてこられた理由とも似てるかもなあ」

「……どういうことよ」



謎かけのような彼の言い方に哀はいぶかしむ。
思わせぶりなセリフだが皆目見当がつかない。
ベルモットが自分の父に気に入られている理由さえ知らないのだ。

一体彼の言葉は何を示すのだろう。



思い当たる節が無く戸惑う彼女に、平次は何も答えぬまま面白そうにくすくすと笑っている。


少しだけその時沈黙ができたが、そんな平次に自分から教える気がないと読み取った哀は横に視線を向けた。
あなたにならわかるのかしら、と。

だがコナンの顔を見て驚く。




いつのまにか汗をびっしょりとかいていた。



恐怖ともいえないし、驚愕というわけでもない表情だ。
ただ、信じられないといった目で平次を見上げている。




この世のものではない何かを、見てしまったかのような。



「さすが工藤やな。わかったか」




そんなコナンを見て平次は満足げに組んでいた手を解いた。
拳銃を持つ右手が再び下に降ろされる。

そしてお互いしか見えていないように彼らは視線を交えさせた。




「工藤君? どうしたの?」


話についていけない彼女は、引きつった顔の少年を案じるように横からゆさぶった。
左右に首が動かされるがまま、彼は呟く。



「お前……なんてことを………」






震える唇で漏れた言葉はかすれていた。
搾り取るような声だった。
喉がひゅうひゅうといってカラカラに渇き始める。




平次の言うことが示す事実はただ一つ。
しかしそんなことがありえるというのか。
今の今まで「ソレ」について話していたというのに。




ごくりと唾を飲み込んだ。

まだ心臓の鼓動が高く鳴り止まない。




まさか、まさか、










「こいつ、アポトキシンを飲んでいやがった………!」















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