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カウントダウン
作:yoshina



16


 
 一通り読み終えた哀は手紙の端を握り締めた。
顔に変化はない。
ただ握る手が震えていた。


「知っていたのか、父親のこと。……博士のことも」


躊躇いがちに彼女に横から聞く。
コナン自身、この宮野厚司の告白に動揺が隠せないでいた。
先代である大黒連太郎は、美國島の名簿に名前が載っていたのを覚えている。
彼女が言っていた「初代が美國島に行った記録がある」というのは彼のことだったのだ。

しかし、阿笠博士に関してはすんなりとは受け入れられない。



あの博士がボスの知り合い?
宮野厚司と一緒に組織に誘われた?




じゃあ今までの俺に対する接し方は何だったんだ?



頭の整理が追いつかない。
が、ここでこの事実を否定したところで意味は無いのだ。
戻ってから博士には聞くことにしようと心の中で決めた。



「博士のことは以前から知っていたわ。お父さんの昔親友だった人だって。でも薬の研究の理念がお互い違う方向を行き始めて、袂を分かつことになったとお姉ちゃんに聞いたことがあったの。だから、組織から抜け出した時博士の家に向かったのよ」

「え? お前確か俺の家に行こうとしてたって……」

「博士の家を目指してたら、その一歩手前であなたの家の前で倒れてしまっただけよ。幸い博士本人に見つけられたから良かったけどね」


哀の言う真相には納得がいった。
会ったことの無い工藤新一の家に行くより、父親の親友であった博士の家を目指したといったほうが合点がいく。


「組織の理念に反した考えを持っている博士なら私を殺しはしないと思ったの。倒れていた私を拾ってくれた彼は私にこう言ったわ」



――君がこんな運命をたどった責任はワシにもある。すまんかった



「……なるほどな、あまり人を信じないお前が他人の家で居候する理由がやっとわかったよ」


博士だったから、哀はその家に留まる事にしたのだ。
薬の研究を理解し、そして自分さえ理解してくれる彼のところなら安心できる。


「博士も苦しんでいるみたいだったわ。なんであの時あの人を止めなかったのだろうって。ずっと罪悪感に苛まれていたのよ」


無理にでもこの部屋に行こうとした彼女の本当の理由がコナンにはなんとなく想像つき始めた。
博士を苦しめ彼女自身も苦しんだ元凶がもしかしたら自分の父かもしれない。
それを確かめたくなったのだろう。


「父親のことはいつからわかっていたんだ」

「そんな予感はずっとしてたわ。組織の奴等はお母さんのことは教えてくれても、お父さんのことはまったく話そうとはしなかったもの」


母以上に謎に包まれていた父。
宮野厚司というマッドサイエンティストはタブーの存在のように扱われていた。


「だからお前以前俺がメルアド知ったとき、信じられない人物が浮かび上がるかもしれないって言ったのか」


七つの子がメールアドレスを示すと博士に伝えた時彼女は警告を鳴らしてきた。
彼を抑えようとした彼女はどこか自嘲気味に見えたのだ。


――まさか私の父親がボスだとはあなたでも予想しないでしょう。


そう心の中で思っていたのかもしれない。


「でもその疑惑はこれまで全然確証はなかったわ。もしかしたら、ぐらいにしか
思っていなかったもの。はっきりわかったのは、お母さんのテープを聞いたからよ」

「父親がボスだって言ってたのか?」

「いいえ。ただ、自分の死は事故ではないと」









――もうそろそろあなたに言ってもいい頃かも……実はお母さんね……





十八歳になる宮野志保へ送ったエレーナのテープには最後にこう付け足されていた。
聞いた時は一瞬どういうことかわからなかった。











――ジコデシンダンジャナイノヨ  ジブンデクスリヲノンデシンダノヨ……













コナンは思わず息を飲んだ。


「よくよく考えたら、自分の死期を予想してテープを残すなんて、突然の事故死だったらできないじゃない。前もって自分が死ぬ可能性がないとテープを作れないわ。……知っていたのよ、お母さんは。アポトキシンの実験で自分が死ぬかもしれないって」


だから私にテープを残せたんだわ。




そう言うと彼女は苦しそうに、握り締めたせいでできた紙のしわをゆっくり引き伸ばした。



「お母さんが薬で死んだのなら、父も飲んだんじゃないかってことは簡単に予想できたわ。でも同じものを飲む訳が無い。なら父は生きている可能性もある。生きているとすれば、なぜそのこと私に言わないのか? そう考えたら、ボスだということもありえるなって・・・」


最後のほうはだんだん声が小さくなり、そのまま俯いてしまった。
そんな彼女を彼は見つめる。


「じゃあ俺にその内容を言わなかったのは……」

「人の良いあなたのことだから、私の父がボスだなんて知ったら変な気遣いするんじゃないかって思ったのよ。ボスの名を知っても知らなくても組織を追うには損害なかったしね」


哀の配慮にコナンは批判できなかった。
実際に彼女の父がボスと知っていたら今回の突入も、もう少し慎重にするよう進言したかもしれないからだ。
少し何かを考える素振りを見せた彼は次に手を差し出した。


「ちょっとその手紙見せてくれないか?」

「ええ、いいわよ」


手渡されて、その文章をじっくりと観察する。
さっきから横で見てて疑問に思っていたことがあったのだ。
そして、今直接手紙を見てそれが確信に変わる。


「この封筒に書いてあるお前の名とボスの名。そして便箋の字。筆跡が違うんじゃねえのか?」

「え?」


コナンが両手に封筒と便箋をそれぞれ掲げて見せた。
哀も封筒の字と中の便箋の字を見比べる。
確かに封筒の字は歪んでいてるのに対して便箋の文字は立派な筆跡である。


「多分、封筒のほうはボスの筆跡だ。右上がり気味な文字が、昔書いたあの作文の文字と共通している。体が弱いから歪んだ字になったんだろうな」


作文とは、昔厚司が老女に送ったもののことだ。
今は哀の机の引き出しに仕舞ってあるが。



「で、一方の便箋。筆跡が全然違う。書き順もあってるようだし、しっかりとした書き方だ。
おそらく、ちゃんとした教養を幼い頃から受けた誰かが書いたものだってことがわかる」

「あら、筆跡鑑定までできるの?」


感心したように聞いてくる。


「これくらいなら、少し齧った程度でわかるさ。……問題はその書いた人物だ。封筒から便箋だけ引き抜いて違う内容を書いた紙を誰かが入れたかもしれない」


しかし一体誰が。


そこが気になるところである。
ボスがこの手紙をつづったことを知っている人間ではないとできない。



気になることと言えば、もうひとつある。


スピリタスだ。


ベルモットはわかるが、このスピリタスとはいったいどんな人物なのか。
コードネームだけでは男か女かわからない。
ボスにとって重要な人物であったことだけは手紙からも見受けられるが、
その名は初耳だった。



ベルモットの哀しみとスピリタスの絶望。




自分の妻や娘の死さえも犠牲にした男が後悔するほど、この二人は狂ってしまったらしい。


脳裏にあの妖艶かつ華麗な、あの女優の姿がよぎった。
秘密に固執するベルモットも狂っているというのか。
彼にはあまり実感が湧かなかった。




コナンが高速で頭を回転させていると、哀はまだ手紙の筆跡について戸惑っていた様であった。
それは当然だろう。
自分に宛てた手紙が偽物かもしれないのだから。


「じゃあ何のために、中身を摩り替えたのかしら」


それに対して一つの可能性をコナンは挙げた。
今のところこれくらいしか思いつかない。


「そりゃあ俺達をはめるためだろう。もしかしたらボスの言いたかったことを誰かが隠そうと……」


















「それはちゃうな」
















「――っ!?」



自分達しかいないはずの部屋で違う声が否定した。
二人は驚いて声のしたほうを振り返る。

いつのまにこの部屋に入ってきたというのだ。
気配は全くしなかった。


床に落ちたランプしか明かりの無い部屋では、まだ足元しか見えない。
こつこつ、とゆっくり足音を響かせてこちらに近づいてくる。

次に見えてきたのは、黒いコートの裾と男が右手に携えた拳銃。
弾は入っている。











「その便箋の内容は正真正銘、厚司さんが娘に言いたかったことや。ま、書いたんは俺やけどな」















ドックン

















コナンの心臓が急激に高く鼓動した。





見知った声、見知った姿。






なぜ?
どうして?
その拳銃はなんだ?

















そんな考えは頭の中にない。
思考が完全に停止した。















「Welcome, silver bullet. Welcome, sherry……」








流暢な英語で名が呼ばれる。
シェリーが灰原なら、シルバーブレットはもしかして自分のことなのか?
そんなことさえ思い浮かぶことはなかった。






数メートルも無い間隔になってやっと「彼」が立ち止まる。
そう、互いの顔が見える距離で。

ストロボのような速さを感じた。


橙色の明かりが彼の顔を灯す。












ドックン































「俺の名前はスピリタス。……この名前では初めましてになるんやろか?」















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