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カウントダウン
作:yoshina



15


――志保へ



 お前に手紙を送るなんて初めてかもしれないね。
いつかこんな日が来るかもしれないと思い、この手紙を残しておいた。
お前が私のところへやって来るその時を予想して。
これを読んでいるということは、お前は組織の実態をほとんど知っているんだろう。



さあ、どこから話そうか?




とりあえず私がこの組織に入ったきっかけから書いてみようか。






お前も知っての通り、この組織は数十年前作られた。
いや、組織を作っているつもりはなかったのかもしれないな。
「あのお方」は。
いつの間にか巨大なグループが出来てしまっていたと言った方が正しいかもしれない。


この組織を作った人物、つまり初代の名は大黒連太郎。
昔この国の官房長官を務められていたお方だ。


連太郎殿が数十年前、薬品開発のための研究所を設立した。
この研究所の代表者には自分の息子夫婦を立てた。


この息子夫婦はとても優秀な科学者でね。
彼らは自分の理想を求め、ある薬品の開発に心血を注いでおられた。




それがアポトキシン。
お前も研究しているその薬だ。
あの薬の開発は大黒夫妻が始めたものなんだよ。


そして研究所が発足して数年後、連太郎殿は自分の息子夫婦の手助けとなる助手を探すことになった。
元々研究所に、科学者は息子夫婦のほかにも当然いたのだが、アポトキシンの開発難易度があまりにも高かったためついていけなかったらしい。


アポトキシンの開発と似た研究をしている科学者を探された連太郎殿が、やがて私達の研究論文に目をつけられた。




そう、阿笠と私が発表した論文が。



エレーナもその研究には協力してくれていたが、主な活動は私と阿笠でやっていた。



私達が発表した論文は当時「夢物語だ」と、誰にも相手にされなくてね。
高すぎる理想だと言われたよ。



だが、そんな論文を連太郎殿は大変評価してくれた。
「我々と一緒に崇高なる理想を実現させよう」と。


全てはこの地上に生きる人間のため。



その理念に共感した私は研究所に入ることを決意した。
……阿笠は断ったがね。


「どれだけその研究が素晴らしいものだったとしても、あまりにも高すぎるその理想は様々な物を呼び寄せてしまう」と。


アポトキシンは人間に幸福をもたらすが、それと同時に様々な人間の悪意をもたらすだろうと阿笠は私に警告してきた。



その時は彼の言うことがわからなかったね。



ただ私やエレーナは、アポトキシンが絶対にして唯一の正義に見えたんだ。








その後、阿笠と決別をして私達は研究所に入った。
大黒夫妻と私達宮野夫妻。

大黒夫妻が主力、私達が助手となって薬の開発に取り組んだんだ。








その頃からだったかな。
研究所に科学者以外の人間が出入りするようになったのは。



薬品開発には多額の資金が必要だったし、その開発を心待ちにしている資産家がたくさんいた。
彼らが派遣してきた部下が連太郎殿と何やら話をしているのを何回か見かけたことがある。
高額の資金や研究員を管理する集団が出てきたり、パトロンと交渉する担当まで現われた。


開発が進むにつれ研究所は研究所ではなくなっていったような気がするね。


組織になっていったんだよ、あれは。


君が生まれたのもその頃だった。







そんなある日、突然大黒夫妻が亡くなった。
死因は研究中の事故死。

開発途中のアポトキシンと別の薬品を混ぜ合わせたら予想外の化学反応が起こったらしい。
反応によって発生した有害なガスが原因で彼らは死んでしまった。


それが十六年前の出来事だ。



急死した大黒夫妻の跡を当然の如く私とエレーナが引き継ぐことになったんだ。
彼らがいなくなった痛手は大きかったが、私達もそれなりに研究には重要な役を
担っていたから代わりが勤まらないわけでもなかったよ。

一方、その頃にはもう連太郎殿もお年を召されていてね。
特に、自分の息子が亡くなってからは急激にお体が弱り始めた。


ついに息子の急死から一年後、後を追うようにして連太郎殿は亡くなられてしまった。




短い遺言を残して。




その遺言に書いてあったものは私を本当に驚かせたよ。




「この組織を宮野厚司氏に譲る」




一研究者である私をあのお方は組織の2代目統括者に推薦したんだ。



最初は断ろうと思った。
しかし、私が思っていた以上に組織は大きくなりすぎていた。


組織の大本である薬を研究していた私はいつのまにか内部を知り尽くしてしまっていたんだ。
もう逃れられないところにまで来てしまっていたんだ。



私がこの遺言を守らなければ、組織は新しい統括者を立てるべく権力闘争が起こるだろう。
この巨大な集団でそのようなことが起こればとんでもないことになる。




葛藤の末、私は2代目を引き継いだ。
研究を続けるため。
組織を暴走させないため。


まだ幼かったお前や明美はその時別々に知人宅へ預けたんだよ。




そして再び二人だけとなった部屋で、私達は研究を続けた。





息子夫婦が急死し、連太郎殿が病死し……この薬は何か呪われているんじゃないかという予感はあった。

そしてその呪いは研究を引き継いだ私達にもふりかかってくるのではと。




この望まれない予想は悲しくも的中することになったよ。





アポトキシンがついにまともな形態を取るようになって、実験が必要になったんだ。
この薬を飲み、本当に効き目があるのか試す実験が。


モルモットで試すには限界があるからね。
どうしても人間の体で実験しなければならなかった。



薬は二種類できていた。
どちらかが成功で、どちらかが失敗に終わる可能性の高い、非常に危険な薬だった。
成功とは生存、失敗とは死を意味するほどに。


自分の研究で他人が犠牲になることが許せない私達は自ら薬を飲むことを決意した。


エレーナと私。
二種類の薬をそれぞれ飲んだ。
どちらかが生存すれば、生き残ったほうが研究を続けたらいいし
どちらも死ねば、こんなに研究しても死亡する確率がほぼ100%である薬をこれ以上作れないということで、止めてしまえばいいと思っていた。




結果は君も予想しての通りだ。
エレーナは死に、私は生き残った。





彼女の死で私の中の何かが変わったような気がするよ。



何かを為すには何かを犠牲にしなければいけないと身にしみてわかった。




それで覚悟を決めたのかもしれない。
組織を統括し、薬を完成させる覚悟を。




私は生き残ったが、その代償として体がおかしくなった。
弱る時もあれば健常者と変わらない時もある。

この辺のことはお前ならよくわかるだろう。







私はエレーナを愛していた。
だからこそ、彼女の死を捧げた薬を完成させなければならない。






その決意によってベルモットやスピリタスの運命を大きく変えてしまったことは、とても後悔している。


彼女達は何も悪くは無いはずだ。


だが私のエゴのせいで二人は狂ってしまった。










エレーナの死も、ベルモットの哀しみも、スピリタスの絶望も、



起こってしまったことは取り返しがつかない。






前に進むことだけが償いとなるのだ。
そのためには更に大きな代償がいるのかもしれないが。




明美は組織に入り込んだ密偵と繋がっていた。
だから殺さなければならなかった。









この手紙はお前に対して許しを請うものでもなければ、謝罪するものでもない。

ただ、私の覚悟を知って欲しかった。




手紙を読んでどうするかはお前次第だ。
場合によってはお前を殺さなければならないかもしれない。




全てはアポトキシンの完成のため。
完成を望んだエレーナのため。








薬の研究を引き継いだことはとても感謝している。
組織に刃向かうにしろ、戻るにしろ、願わくばそのまま研究を続けて欲しい。
それが唯一父親として娘に望むことだ。



もうお前は私のことを父とは思っていないだろうが。






お前を心から愛しているよ。
そして明美も愛していたよ。


エレーナと同じくらいに。




そんな感情さえも無にして為さなければならないものがある。





それだけは覚えておいてくれないか。








次出会うことがあれば、それは戦場ではないことを祈る。

 
                                    ――厚司より












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