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二時過ぎ、和葉は平次を見送った後まっすぐ事務所に向かっていった。
手元には横浜の中華街で買った中華まん。
少し買いすぎたかもしれないが、全員揃えばおやつ代わりですぐ無くなるだろうと思っていた。
このビルの家主とその娘、そして小さな居候の載った表札を横目に扉を元気良く開ける。
「蘭ちゃんただいまー!」
「あっ和葉ちゃん! おかえりー!」
扉の向こうでは蘭がソファで何やら至近距離で携帯を見つめていたが、驚いたようにこちらに振り返り笑顔で迎える。
「あれ、服部君は?」
「それがなあ、平次のやつ横浜のお祖父さんに事件の依頼されて、またどっか行ってしもてん」
考えておいた言い訳をさらさらと連ねる。
悪いことをしているはずはないが、やはり嘘というものは心が痛んだ。
「へえーそうなんだ。大変だね服部君も」
「うん。ホンマごめんなあ、せっかくこっち来たのにバタバタしてて」
昨日は平次がコナンと出かけたまま夜遅くまで帰ってこなかったし、今日は朝から彼と一緒に横浜まで行っていた。
落ち着いて皆で話すことがまだなかったため心の底からすまなく思った。
しかし蘭はにっこり笑って首を横に振る。
「いいのよ、和葉ちゃん達と会えるだけでも嬉しいもの」
「そう言ってもらえると助かるわあ。……あれ、そういえばおっちゃんやコナン君もおらへんの?」
いつも机で新聞の競馬欄とにらめっこしている家主がいない。
「コナン君は博士の家にゲーム、お父さんはパチンコに行くって言ってたけど、多分お母さんのところだと思うわ。明日、お母さんの誕生日だから」
「へえー! もしかして、もしかせんでもええ雰囲気なんちゃうの?」
「うん! だから何も言わないで送り出してあげたんだ。前の初デート記念日みたいに、邪魔しちゃ悪いから」
三人で一緒にまた暮らしたいとずっと願ってきたのだろう。
そう言う彼女は本当に嬉しそうだった。
嬉しそうな彼女を見てこちらもなんだか幸せな気分になる。
「ほんまええ子やなあ、蘭ちゃんは。そういえば今何携帯とにらめっこしてたん? えらい眉間に皺寄ってたで?」
「え、そう?」
一瞬蘭の目が泳ぐ。
私と違ってこの子は嘘をつくのが滅多に無いのだと思った。
「うん、なんか思いつめた感じやったけど。もしかして、工藤君絡みなんか?」
「……和葉ちゃんってホント勘がいいわね。何でわかっちゃうの?」
「そりゃあ蘭ちゃんがそんな顔するなんて工藤君以外で私知らんもん。で、なんかあったん?」
「う、うん。別に大したことじゃないと思うんだけどね、さっき新一から電話があったんだ」
「工藤君から? 何か用でもあったん?」
工藤新一。
蘭の幼馴染で平次の親友。
まだ一回しか会ったことが無いが、いい人だということはわかる。
あの二人がとても彼のことを大事に思っているのだから。
悪い人のはずがない。
厄介な事件を抱えているとかで、行ったっきり帰ってこないらしいというのは聞いていた。
だが、突然平次が東京に行きだしたのも彼がいなくなってからだし、彼自身訳アリっぽいことが見受けられたので、恐らく組織がらみの何かに巻き込まれたのではと予想している。
さっき平次にそれを言おうとして止められたのだが。
「それが……何か大きな事件があったらしくて、もしかしたらしばらく連絡できないかもって……」
まさか組織と何かするのでは。
瞬間的にそんな考えが頭によぎり、思わず声を上げてしまう。
「それってもしかしてめちゃ危ないことしてるかもしれへんやん!」
「そうなの。だから私ちょっと心配で……」
「他に何か言ってはらへんの?」
「連絡はしばらくなくても絶対にまた電話するって。でも今までそんなこと言ったことなかったのよ、新一。連絡が途絶えることって今までにもあったけど、そのときは事前に連絡がなかったもの。だからわざわざ今回電話してきたことが妙に引っかかって」
「うーん、でも工藤君の居場所はわからへんしなあ」
「私もずっとそんなこと考えて携帯眺めていたの。……でも、私にできることは待つだけなんだよね」
「蘭ちゃん……」
「居場所がわからないのにおろおろしてても仕方が無いわ。あいつが居場所を言わないのは、私を危険な目に遭わせたくないのもあるっていうのは前聞いたの。でも、私だったら、新一の事件解決の助けにならないかもしれないけど、彼を守ることぐらいはしたいと思った。でもそれも出来ない以上、私には待つしかないの」
できることをやる。
それが蘭の決意だった。
「アイツが帰ってきたらね、言ってやろうと思うの」
いたずらを考え付いた子供のような笑顔を見せる。
「私は新一に心配されるほど弱くないわよって」
最近また空手の新しい技身につけたのよね、と組み手の仕草を見せてくれる。
確かに、彼女はその華奢な体からどこにそんな力があるのだろうと不思議がるくらい強かった。
言葉通り、彼女なら工藤新一が心配しなくても大丈夫そうだと思わせるほど。
――なんてこの子は強いんだろう
和葉は目の前の少女の思いに心が締め付けられた。
「蘭ちゃんて、強いなあ。空手とかやなくて、心が」
「そう? 和葉ちゃんのほうがもっと強いと思うけど」
「……私が?」
「うん! だって服部君が事件の依頼でどこかへ行っても和葉ちゃんおろおろしないもの。彼だったら大丈夫ってすごく信頼しているのがわかる」
「そう、かなあ」
おろおろしないのは、彼を信頼してるから。
あまりピンと来なかった。
自覚してないだけなのだろうか。
今でも、彼が組織のアジトに戻ったことを内心とても心配している。
だけどついて行ったところで足手纏いになるのはわかってたし
組織にいることは私の役目でもない。
蘭とは違い、和葉には平次の居場所がわかっていたが、役目が無い以上そこへは行けないと考えていたのだ。
「そうよ。私だったら居場所わかるなら飛んで行くかも。何か役割が無くても勝手に追いかけちゃうんだから」
「勝手、に……」
生まれて初めて聞くような考えにはっとさせられる。
「ええ。あの時……トロピカルランドで別れた時も、私が追いかけていればもしかしたら新一はいなくならなかったかもしれない。だから、今度会うときはもうアイツを一人にはさせないの」
強い意志を持った目で悲痛な決意を表す。
しかしすぐに弱気な顔になった。
強い意志を持った目が急に悲しみの色を交える。
「でも、これって私のエゴなんだよね。私がそうしたくないからそうするっていうのは。新一はもしかしたら私なんてもう必要ないかもしれないのに」
「そんなことない」
即座に和葉が否定する。
「和葉ちゃん?」
「絶対、そんなことないよ。だって文化祭の時も、工藤君ずっと優しそうな目で蘭ちゃんのこと見てたんやし。工藤君だって蘭ちゃんが追いかけてきてくれたら嬉しいと思うよ」
自然と言葉が口から出てきた。
気がついたら必死になって蘭の思いを肯定していた。
彼女にはその思いを貫いて欲しいと思ったからだ。
「……ありがとう。やっぱり和葉ちゃんは優しいね」
和葉の必死な姿をどう捉えたのか、彼女はふわりと微笑んで感謝の意を述べた。
それにつられるかのように和葉も笑う。
その後二人で買ってきた中華まんを食べることにした。
今頃小五郎と英理はどうしてるか、新一の学校の単位数や父親の多忙な仕事のこと、様々なことを話し合った。
お互い似た環境の二人は話しが良く合う。
だが仲良くしゃべりながらも、和葉の脳裏にはある言葉がずっと残っていた。
――役割が無くても勝手に追いかけちゃうんだから
――もうアイツを一人にはさせないの
蘭の思いは和葉の心に強く印象付けられた。
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