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カウントダウン
作:yoshina



5


「色々、ですか?」

「ええ。理屈だけではまかり通らぬ事件に遭遇する度苦労しているようですね」


平蔵の試すような問いかけにあっさりと流す。
本題は息子のことではないのだ。

「息子が小さい頃から放任主義過ぎたのもいけなかったのでしょう。あの子は外に出ず毎日家に篭っては読書三昧な日々を送っていましたから……。おかげで息子はあまり人の情というものを理解しないまま高校生になってしまいました」


昔からの付き合いである蘭や園子以外の人間とはさほど心を通わすことがなかった。
困ったように彼は苦笑する。


「しかし、最近息子は変わったように見えます。年相応の心といいますか……少年らしい心を持ち始めた」


昔馴染み以外にも、本当の自分をさらけ始めた。
その理由はただひとつ。


「生まれて初めて自分と同等の能力を持つ親友に出会えたおかげだと思います」


頭脳明晰な高校生探偵として名を馳せる同じ立場の人間。
それが平次だった。
新一自身が認識している以上に、平次との出会いは大きな影響を与えているのだ。


「平次君は新一にとても大切なものをくれました。それは幼馴染の蘭君でもできなかった、
何かを共有する喜びというものです」


誰かと何かを分かち合い、それをお互いに喜び合うという経験。
今まで新一が知らなかった感情だった。
そして自分の考えを認め、尚且つそれを実行してくれる人間としても彼の存在は大きかった。

『推理で犯人を追い詰めてはいけない』『推理に上も下もない』

そして、

『最後に残ったものがたとえどんなに信じられなくてもそれが真実』




「しかし昨日平次君は私にこう言いました」


一体何者かと聞くと彼は穏やかな笑みを浮かべてこう答えたのだ。


「『真実を解き明かすだけでは、何の解決にもならない』」



その言葉に少しだけ、平蔵の眉間が動いたように見えた。


「我々の息子の年代では、真実を知ることがどういうことかまだはっきりとはわからない
時期です。様々な事件を体験した新一でも、真実を求めることが唯一の正義だと信じている途中です。どれだけ信じられないことだとしても、それが真実である限り認めなければならないと。……しかし、平次君は更にその上の何かを知っているように見えました」


真実を見つけるだけでは事件は終わらない。
平次はそう言ってるかのように思えたのだ。


「あの年齢で、あの言葉が出てくること自体があまりにも残酷ではありませんか。彼は自分を罪人の様に言っていましたが、私にはどうしてもそうは思えなかった」


あの言葉は罪人が言う言葉ではない。
あれはむしろ――


「彼はあのまま放っておくとどこか深いところへ進んでしまうような気がします」


罪人である筈がないのに、去り際コードネームを伝えるとき「黒」の顔をした少年。
どこまで彼は迷宮の十字路に引き摺り込まれていくのか。

どこまで進んでも黒しかない迷宮からは、もう抜け出せないのか。


優作は感情を押し殺した声で力強く訴えた。


「私は、息子にそんな形で親友を失って欲しくないのです」



少しだけ、間が出来た。
時計の針だけが音を刻む。
外からの車の騒音がかすかに部屋に届く。


ため息をついたのはどちらのほうだったのか。
口火を切ったのは平蔵である。
何かを決意したような面持ちだった。




「工藤さん」


平蔵は厳しい目つきを更に深める。


「私の義父を知ったはりますか」


突然の質問だったが素直に答える。
平蔵の義父、つまり服部静華の実父。
横浜に住んでいる元政治家であり、そして何より、


「ええ、元総理大臣ですからね。存じ上げております」


すぐには返事をせず平蔵が腕を組みなおす。


「……あの人の人脈を使えば、公安を動かすことも出来ます」


公安が、動く。

しかし、どちら側として?


その判断をしかねた優作に驚きが襲った。


「それでもあなたは真実を解き明かそうと思わはりますか」


自分達警察が黒かもしれない。
勿論白の可能性だってある。
どちらともわからないこの状況でも、自分の信念をあなたは貫けるのか。



平蔵はそう優作に覚悟を問うているように見えた。
ここで否定すれば、そのまま今の会話は無かったこととしてお流れになるのだろう。
では肯定した場合。
彼ら警察が白であれば自分はまだ身の安全が保障できる。
だが黒だった場合は――


一寸先は闇。


それでも優作は笑ってこう言った。



「ええ。私は自分があずかり知らぬところで謎が生まれていくのを放っておくのが嫌な性質なんです」


真実を選んだ優作の答えに平蔵はため息をついた。
そして先ほどまで自分が見ていたファイルを机の上に置く。
プリントが数枚顔写真と共に入っている。


「……親友と言えるかどうかはわかりませんが、平次にも以前”何かを共有する喜び”を分かち合う人物がおりました」


それは誰かのプロフィールが載った紙だった。
促されるように優作はその紙を手にとって見る。






――片品陸人、享年三十五歳、死因・ガス漏れによる引火爆発事故――







優作は思わず目を見開いた。




この紙を見せたということは、つまり彼らが――




一つの確信を得た彼は、自分がカードとして持っていたある事実を切り出した。



「勝手ながら、平次君の今までの履歴を調べさせてもらいました。そして中学3年の3学期辺りから高校一年の3学期までのちょうど一年間の記録が、全く無いことに疑問を持っていたんです。彼がいつから探偵を始めたのか、何故お金を取らないのか、最初の事件は何だったのか。そういう今の彼に結びつく重要なものが一切過去から抜け落ちていました。……これはあなたが行ったことでしょうか?」


不自然なほど完璧にそれは消えていた。
公の権力が無い限りできないことであろう。
平蔵はその指摘に、弁解はしない代わりにこう教えた。


「最初の事件がわからないのは当然でしょう。……まだあいつの最初の事件は解決しとらんのですから」


それで優作は全てを悟る。
悲しい真実だったが。


「……そうですか。これで空白の一年間の謎が解決しました。ついでにもう一つよろしいでしょうか?」


平蔵は黙って頷いた。







「平次君を調べていると、自然と和葉さんがその過去に登場します。幼馴染だからそれは当たり前でしょう。うちの息子と蘭君も似たようなものですから。しかし、平次君と和葉さんには息子達とは決定的に違うものが一つだけありました」



平次には十五歳から十六歳までの一年間分の記録が抜け落ちていた。
それと同じくして、彼女には――


「彼らが出会ったのがこの世に生を受けた一年後の春。つまり一歳です。あなたと刑事部長が昔からの付き合いだというのに、子供同士が初めて会ったのは一年後なんです。この生まれてから一年間、彼女の記録もまたありませんでした」


どこの病院で産まれたのか、母親が妊娠した記録はどこへいったのか。


平次と出会うまで、彼女は一体どこにいたのか。



「最後にお聞きしたい」



自分の考えは事実を元に生み出したただの推測に過ぎない。
しかし何故かこれには確信があった。









「和葉さんは、本当に遠山刑事部長の実の娘さんなのですか?」

















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