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コナンは工藤家を出た足でそのまま隣の阿笠宅へと向かった。
呼び鈴を押すと出てくるのは大体哀である。
博士の腰を気遣ってのことらしく、この訪問客への対応はほとんど彼女が行っていた。
今も例に漏れず、彼女が出てくる。
「よお」
「……なんか用かしら」
いや、そこまで嫌な顔をしなくても。
コナンは少しだけ顔をひくりとさせたが、なんとか笑顔を見せ「少し聞きたいことがあるんだけどいいか?」と聞いた。
哀は一瞬眉を動かす。
だがすぐに「いいわよ別に」と言って先立って中に入っていった。
彼もその後に続く。
中に入ると、一昨日と同じくコーヒーが出された。
博士も隣にいる。
コナンと哀を纏う重い空気におどおどしているようだった。
三人ともその辺にあったインテリアのチェアに座り話し合いの準備は整う。
「で? 聞きたいことって何かしら」
哀はまだ不機嫌そうだ。
この彼女の機嫌が斜めなのはコナンのせいであった。
昨日の暗殺未遂事件の連絡を帰るまですっかり忘れていたからだ。
事件が長引いたのは彼の責任ではないが、連絡を忘れたのは言い逃れできない。
病院で平次と合流して帰宅したのが十一時過ぎ。
蘭にも散々怒られたが、哀のように怒らないまま黙っていられるのも中々怖い。
心なしかコーヒーも前のブラックと同じはずなのに、より苦いような気がする。
内心冷や汗を掻きつつ、内容が内容だけに居住まいを正して単刀直入に切り込んだ。
「この名簿。覚えがあるだろ?」
藤家から拝借した美國島の名簿を取り出して見せる。
彼女が少し目を見開いた。
「……それがどうかしたの?」
「俺も行ったことのある美國島の長寿を願う祭りの参拝者名簿だ。ここにお前の本名が載っていた。隣にはジンやウォッカらしき名前もあったんだよ」
頼むから教えてくれ。
彼の目はそう強く言っていた。
その時一瞬間ができる。
だがすぐに彼女は合わせていた目を横にそらした。
博士もそんな彼女を心配そうに見つめている。
「……もうそろそろ、いいんじゃねえのか?お前の父さんの家は全焼するし、昨日は国会議員が殺されかけた。早いとこ手を打たねえと、俺達の正体だってばれかねないんだ。俺が聞くことだけでも教えてくれないか?」
その言葉に、彼女は記憶に残っていたあのセリフを思い出した。
――いつもいつも、あと少しというところで……
三日前コナンが言ったものだ。
組織の足取りを掴もうとすると寸前でその手がかりが消えてしまう。
この事実と彼が推理していた「身近なところに組織の人間がいる」という可能性を考えるなら、自分が黙秘し続けるのに害はあっても利益は無い。
言いたくないことと自己の保全は結びつかないのだ。
哀はため息を一つついた。
「ええそうよ。ジン達と私はその美國島に行ったわ。……組織が開発している薬の参考のためにね」
ついに重い口を開いた彼女に、コナンは息を飲む。
「その薬っていうのは……」
「それに関してはまだ言えないわ。ただ、あそこに言ったのは永遠の命がもらえるという、信ずるに難い言い伝えのためだけではなかったの」
意外な真相を彼女は告げる。
何故か博士が驚いたような顔を見せた。
コナンの後ろにいたため彼には気づかれていなかったが。
「つまり、言い伝え以外にもあそこに行く理由があったということか」
「そういうこと」
一旦コーヒーを啜って、ふう、と息を吐く。
そして天井を見た。
その先は中々言いにくいことなのか、彼女は躊躇っているようにも見えた。
しかし、
「……今のボスの先代、つまり組織の初代統括者が昔あそこを訪れていたのよ」
がたん、と大きな音が居間に響いた。
コナンが椅子を倒すほどの勢いで立ち上がったからだ。
「ボスは二人いたのか!?」
可能性として考えていなかったわけではない。
しかし組織の構成員の中にはピスコのような老人もいたし、他にも権力者が多数属していることは想像できた。
だから、そのような者達を束ねるのなら様々な経験をつんだ老獪な人物なんだろうと踏んでいたのだ。
若い者があそこまで巨大な組織を作り上げることは不可能だとも。
「厳密に言うと、今で二代目のはずね」
だが一代目が存在して、そちらが組織の土台を作り上げ二代目で組織の勢力を拡大させたのなら話は別だ。
むしろその考えのほうが無理が無い。
「一代目はまだ生きてるのか?」
「死んだから二代目に移ったって聞いたわ。多分老衰だったんじゃないかしら。先代がかなりお年を召していたっていうのは聞いた事があったし」
彼女は何でも無い事かのようにさらりと言う。
コナンは暫く考えるような仕草をしていたが、再び哀に目を合わせた。
先ほどよりも目つきが厳しい。
「前にも聞いたが、お前はボスの正体を知っているのか?」
以前ボスのアドレスが「七つの子」だと博士に告げたとき、側にいた彼女はコナンに警告をした。
「開けてはいけないパンドラ」だと。
そして「ただでさえ信じ難い人物が浮かび上がってくるかもしれないんだから」と言ったのである。
あの時は答えをはぐらかされたが、彼女がボスの正体を知っている可能性は大いにあった。
しかし当の本人は苦渋の表情で首を振る。
「……知らないわ。会ったことないもの」
その答えにコナンは満足しないようであった。
まだ彼女が隠していると思っているのかもしれない。
「ご不満のようね。……じゃあもう一つだけ言っておいてあげるわ」
そんな彼に哀は何かを含んだ笑みを浮かべた。
「前にも言ったけど、私はAPTXを毒薬のつもりで作っていなかった。それだけは断言できるわ」
「俺は毒薬でもなんでもない薬で小さくなったっていうのかよ」
「工藤君や私が飲んだ試作品は偶々毒薬だったのかもしれないわね」
二人の間に不穏な空気が流れた。
博士が慌てて取り繕うように割って入る。
「ま、まあ、その辺にしておいたらどうじゃ。コーヒーもすっかり冷めてしもうたわい」
博士の言うとおり、彼らのコーヒーは今の二人を表す様な冷たさだった。
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