15
二十一時を過ぎた東京はここからが本番だと言うように煌煌とライトが照らされている。
人通りはまだ多い。
ジェームズの車に乗っているコナンは後部座席から外の様子を見た。
どうやらまだ風が強いようだ。
通行人の上着や道路沿いの並木が風に煽られ後方に棚引いている。
――俺に吹いている風も逆風なのかもな
彼は、手に持っていた地図をくしゃりと握り締めた。
構成員を追うときに利用したものである。
ついさっきまで暗殺計画を実行した構成員を追っていたコナン達だったが、出遅れたせいもあって全員逃すことになってしまった。
暗殺阻止という最低限の目的は果たしたとはいえ、組織に関する手がかりが全くつかめなかったことが悔しかった。
「あまり自分を追い詰めることは無い。これからも組織と対峙することはまだあるだろう。一回、一回のチャンスを手にすればいいのさ」
心中を察したかのようにジェームズが声をかける。
「わかってるさ。でも俺だって感情に負ける時もある」
探偵でも人間なのだから。
努めて冷静でいようと常に心がけているが、冷血ではない。
うろたえる事もあれば悲しむこともある。
それで我を失っては元も子もないのだが。
その辺の境界線は自分には出来ているだろうかと思った。
ふと、自分のポケットから振動が伝わってくる。
本日二回目の「父」の表示。
急いで通話ボタンを押した。
「もしもし? 大丈夫だったか、父さん」
「ああ。……もう知っていたのか」
「さっき服部から電話があったからな。あいつは残党を追ってもう少し遠くまで行ったって言ってたけど」
杯戸中央病院へ戻るこの車で、先ほどコナンに服部から電話が入っていた。
水無怜奈の奪還計画に優作が気付いたから二人で病院へ戻ったと。
そして撃退した後、逃げた構成員を追って平次はバイクを走らせたとコナンは聞いている。
「深追いすんなっていつも言ってんだろ?」と注意したが、彼は「しゃーないやん、せっかく見つけたんやし追いかけんと」と悪びれる様子も無く電話越しに笑っていた。
相変わらず血の気の多い奴だと、彼のセリフを聞きながら苦笑したものだ。
そんな息子の返事に優作は少しだけ間を置いて、告げた。
「これから父さんは少しの間東京を離れるよ」
父の声がさっき別れた時よりもいくぶん無機質だと思ったが、襲撃直後でまだ気が張っているのだろうかと思いコナンは気にしなかった。
それよりも東京を離れるという言葉に驚く。
「離れるって、アメリカに帰るのか?」
「いや、日本にはいるよ。ただ少し調べたいことがあるから遠出をするつもりなんだ」
「調べものってなんだよ」
「それはわかってからちゃんと教えるよ。……それまで、気をつけるんだぞ新一」
「……ああわかった。父さんもな」
そこで親子の会話は終わり、コナンは電源ボタンを押した。
短い会話だったが親子は通じ合うものがあったらしい。
父の調べ物に興味はあったが彼が教えるつもりが無い以上、こちらから聞き出すことは不可能だと判断していた。
しかし、東京に来てすぐまた遠出とは。
彼は何かが引っかかるものを感じた。
「父親からかい?」
「ああ。少し東京を離れるってさ」
「そうか。水無怜奈奪還の阻止をした礼を言いたかったのに残念だな」
また俺から言っておくよ、とコナンはフォローする。
そしてしばらくバックミラーを眺めた後徐に口を開いた。
「なあ、ジェームズさん。俺の身辺に構成員がいるって言ったら信じるか?」
ジェームズは同じくミラー越しに少年を見る。
少年の顔は真剣だった。
どう答えたものかと一瞬躊躇する。
「……我々や君の動きが組織に知れているとしたら、その可能性は大きいね」
彼の答えは限定的だった。
「だから捜査協力を日本警察に要請しないんだろ?」
はぐらかせはしないとばかりに問いただす。
証拠が無いという理由だけでFBIが日本警察に黙って、ここまで極秘潜入をするのもおかしいと以前からコナンは気付いていたのだ。
「君は警察に組織関係者がいると推理しているのか」
「可能性として念頭に置いているだけさ。だが……」
建物を出た平次は停めてあったバイクからヘルメットを取った。
周りに人はいない。
静かな場所である。
携帯をコートから取り出し「今から戻る」とメールを打った。
恐らく心配してるだろう、彼女は。
また怒られるかもしれんなと彼は苦笑した。
送信してバイクに乗ろうとしたが、なんとなく来た道を振り返る。
コンクリートで整備されたその建物はとても冷たく感じられた。
外見も、中身さえも。
――カンパニーも動いたとなると、FBIも何かやらかすかもしれんな。
今回の暗殺未遂においても、逃走中の構成員が一人撃たれている。
サイレンサーをつけていたとはいえ、日本の都市で銃を撃つのはかなり彼らが覚悟を決めているということだ。
いつ開き直って組織に向かってくるかわからない。
ボスには一応「あまり目立った動きはしないほうがいい」と進言してある。
だがそれだけでどこまで抑えられるか確信は無かった。
強風が雲をはじき月が姿を見せる。
コナンと平次は違う場所で、混沌とした状況で、同じ星空を見た。
「そろそろ子守りは終わりかもなあ、工藤……」
「不可能な物を除外していって残った物が例えどんなに信じられなくても……それが真相なんだ」
カウントダウンは始まったのか終わったのか。
それとも―――
前編/完
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