13
寝台横にあるランプ以外何の明かりも無い薄暗い部屋に男はいた。
男の側には一台のパソコンがデスクの上に乗っており、画面には何も触れなくても
勝手に文字が更新されていく。
「キャンティ、A地点に帰還」
「ウォッカ、現在F地点上空」
「ジン、V-5地点にて行動中」
構成員の行動がどんどん画面に現われる。
「スピリタス、A地点にて申告」
最後の行にはそう載った。
側に踊る文字に気にすることなく、ベッドの半分が四十五度ほど角度をつけた面に背中をもたれさせ、男は顔をゆっくりと隣に向ける。
そして、弱弱しい動きで口を動かした。
声は出ない。
―オマエニ、ケガハナイノカ?
側の椅子に座る青年は優しい笑みを浮かべて答える。
「ああ、俺は全然大丈夫ですよ? どこも怪我してへんし、心配せんといて下さい」
その言葉に男はあまり動きの無い顔をなんとか緩め安心した表情を見せた。
男はそれほど年を取っていなかったが、その全身から生気というものが全く感じられない。
何も知らない人間が見たら死んでいると思うかもしれないほど。
青年はそんな男にいたわるように話しかける。
「携帯に連絡来たとき、容態が急変したかと思て焦ったんやで? あの時俺結構真面目な場面におったっちゅうのに」
そう青年が言うと男は再び口を開こうとする。
「あ、ええてええて。無理せんといて下さい。別に謝らはる必要はないんですよ? 話を切るにはちょうどええタイミングやったし。」
青年の言う「真面目な場面」というのは、先ほど来訪してすぐに報告済みであった。
男は何かしら思うところのある目で青年を見る。
――オマエハ、ソレデイイノカ?
その言葉の意味するところを理解した平次は、覚悟を決めてるような澄んだ顔をした。
「そんなん、今更や……アンタは何も心配せんでええ。俺はアンタの夢を絶対に実現させて見せる。絶対に……」
二時間ほど阿笠宅にお邪魔した蘭と和葉は、空になったタッパを入れた風呂敷を持って家路についた。
辺りは訪問した時から暗かったが、風のほうは先ほどより強さを増しているようである。
「余るかと思うたけど、全部食べれて良かったなあ」
「うん! 久しぶりに博士とも食べれたし結果オーライだね。それに、哀ちゃんとも少し話せたし」
蘭は機嫌が良さそうだ。
哀と話せたというのが大きな原因だが会話は、
「哀ちゃんのお口に合うかな?」
「……ええ」
「あ、これお醤油つけて食べるやつだから」
「……わかったわ」
この二つだけである。
この程度の会話なら以前からでも交わしていたが、哀は蘭の目を見て答えることは無かった。
しかし今回はちゃんとこちらを見て答えてくれたのだ。
それが彼女にはとても嬉しかった。
「そうやね。でもあの子、博士の何なん? 親戚?」
「さあ、確か知り合いの子供だったかな。親が入院しているとかで博士が預かってるって聞いたことあるわ」
蘭もちゃんと博士に哀のことを聞いたことは無い。
コナンに聞くと今答えたような返事が返ってきたのだ。
知り合いの子供とは言っても博士は哀に孫、いや娘同然のように接しているように見える。
「親が二人とも入院することなんてないから、もしかして片親しかおらんのかなあ」
「そうかもしれないわ。私達と一緒ね」
「でも蘭ちゃんはあのおっちゃん次第でどうにかなるんちゃうの?」
ニヤリ、としながら和葉が悪戯っぽく問う。
毛利家が冗談じゃないほど深刻な状態ではないのを知っているからだ。
夫婦二人が両思いなくせに、子供っぽい意地の張り合いを続けている、とも。
「もう、和葉ちゃんったら! うーん、でもあれはお父さん次第よ。コレに関しては二人とも私達の一回り以上長く生きているとは思えないわ」
どれだけ私がお互いを会わせるのに苦労してるか、とため息をおおげさについて肩を落としてみせた。
和葉はそんな彼女の背中を「お疲れ様」とぽんぽんと叩く。
そうこうしているうちに二人の目の前に探偵事務所が見えてきた。
道路に面した窓ガラスからテレビの明かりがチカチカと光ってみえる。
「よかった、お父さん起きてるみたい。一人で食べていると勝手にたくさんお酒飲んで寝転んでることよくあるから……」
蘭が上を見上げて父親が起きているのを確認ている側で、和葉は向かい合ったビルの方向で「あるモノ」に気がついた。
あまりにも遠いため、他の人間になら気がつかないモノだが彼女になら感知できる。
――この感じ……この匂い……
「あ、蘭ちゃん先に戻っといてくれへん? 向かいの歩道で今歩いていった人知ってる人かもしれへんねん」
「この東京に?」
「うん、以前東京に引っ越した知り合いっぽいねん。ちょっと挨拶してくるしわ!」
蘭が止める前に彼女は走って道路を挟んだ向かい側へと渡っていってしまった。
数十メートル離れたビルの屋上から、まっすぐ先を見据える。
望遠鏡から見える毛利小五郎はビールを飲みながらテレビを見ていた。
他に何かをしている様子は全く無い。
「やはりあの男はシロか」
ジンは望遠鏡を目から離して一人呟く。
彼は今日の暗殺計画の裏側でキール奪還も画策していた。
どちらも失敗に終わったように見えるが、彼にとっては収穫があった。
一つ目は、ターゲットの国会議員のスキャンダル発覚。
人通りの多い六本木のわき道で起こった巨大看板落下は大勢の野次馬を呼んだ。
慌ててターゲットとその相手の女は逃げようとしたのだが、目の前に落ちてきた看板を前にして腰が抜けてしまい民衆に知られてしまったのである。
これで彼の父である外務大臣にも悪影響が出るのは間違いない。
FBIとしては、暗殺計画さえ阻止できればよかったのでターゲットの保護はしていなかった。
もう一つはキール奪還を阻止した二人の男の存在。
把握していたFBIの人数とは合わないとウォッカから連絡を受けたジンは、他に協力している者がいると確信した。
実は暗殺を計画した時から、毛利小五郎にはその日に監視をつけることにしていた。
FBIにわざとばれるように計画したので、あの男ももしかしたら何らかの動きを見せるかもしれないと考えていたのである。
そして今日、一日中部下に監視を命令していたが彼は何の動きも見せなかった。
数百メートル離れたところから監視していたので気付かれたとは考えにくい。
その結果を聞いたジンは念のため自らの目で今確かめたのだった。
望遠鏡から見えるのは、飲んだくれのただの中年男。
どうやら本当に彼は関係ないらしい。
ちっと舌打ちをして口にくわえてた煙草を吐き捨てた。
するとその捨てた先に人の足が見えた。
それも女の。
「こんなところで何してんの、ジン。ここはあんたの管轄ちゃうやろ?」
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