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カウントダウン
作:yoshina



12


「ホントにごめんね博士、いきなり押しかけちゃって」

「全然構わんよ、おかずを持ってきてくれるとは本当に助かったわい」


蘭は阿笠宅でリビングの変わったデザインのテーブルに、タッパに入れたおかずをいくつか置いていく。
高校生が作ったとは思えない品の数々だ。
和葉も蘭の料理を手伝い、今も一緒にテーブルに並べている。


「ううん、こっちこそ助かったし……いきなりコナン君達が昼ごはんいらないって言うんだもの。作った後に、コナン君からメール来たから焦っちゃったわ」


蘭はそう言って困ったような顔をした。
彼女と和葉は六人分の昼ごはんを作っていたのだが、中々二人が帰って来ず連絡もつかなかった。
その後二時過ぎにコナンからメールがあり、「偶然優作おじさんに会ったから三人でどこかに食べに行くよ」という内容が送られてきた。
これによって三人分余分に昼食が余る事になり、ついでに夜ご飯のおかずも作ってしまったため処分に困ったのだ。

そこで蘭は、小さな子供と住んでいる博士におすそわけさせていただこうと提案したのである。
小学生と老人、と言ってもまだ五十代なのだが、二人だけで住んでいては食事も大変だろうと考えたのだ。
二人は早速博士に電話をかけ、そのことを伝えると「夜ごはんの用意がまだだったからこちらとしてもありがたい」という返事をもらった。
そして十九時頃、家を訪れたのだった。
小五郎には一人で食事を取るように言って、二人はここで一緒に食べることにしている。
コナン達はその後再び連絡が取れなくなったので、帰ってきたら別で食べてもらうことにした。


「ホンマ、昼いらんならはよ言ってほしかったわ。平次もそういうことは全然気ぃ付かんしなあ」


不平を漏らしながら和葉はタッパの蓋を取っていく。
そしてそれをレンジに入れた。
耐熱性のプラスチックがゆっくりと回り始める。


「あれ? あの女の子はどうしたん?見かけへんけど」

「哀ちゃんのことかしら? そういえば見当たらないわね……また地下かしら? 博士」


蘭が尋ねると博士は内心ドキリとしながらも平静を装って答える。


「ああそうじゃ。地下の研究室におるよ」


コナンから組織の暗殺計画を聞いていた哀は、その場に行っても足手まといなことはわかっていたため研究室にずっとこもっていた。

自分に出来ることやろうと。

彼は必ず生きて帰ってくると信じて、彼女は解毒剤を作るしかないと思っていた。
そして博士も同じく家でじっと彼らの無事を願っているのだった。


「じゃあアタシ呼んでくるわ! もうごはんやでーって」

「ああそれならわしが……」

「ええてええて、博士はもう座っといたらいいし!」


彼が止める間もなく彼女は軽快な動きで階段を降りていった。





地下の整備された研究室で一心不乱にキーを打ち続ける。
頭をよぎる不安をかき消すように、いつもより強くキーを打った。
一人しかいない地下室でその音はやけに長く響く。
己だけの世界が思い知らされるような反響だった。

その世界の中で、哀はパソコンのディスプレイをじっと見つめていた。
画面には複雑な記号と数字の羅列しか映されていないが、それは全ての闇を打ち消す鍵の一つである。
シルバーブレットに真の力を戻す唯一の方法だ。

組織を追いに行った彼らが心配でないといえば嘘になる。
だが、以前のような「殺されるかもしれない」という不安は何故か無かった。


――彼への信頼感が強まっているのだろうか?


あまり考えたことは無かったがそういうことかもしれない。
哀は静かに微笑んだ。

その時、いきなり部屋の扉が開いた。


「哀ちゃーん! もうご飯やし、上来てなー!」


和葉の明るい声が部屋に響き渡った。
それまで集中していて、びっくりした哀は驚いた顔で振り向く。
真面目に考え込んでいたところだったので、本当に驚いた。


「え、ええ……すぐ行くわ」

「あっノックするの忘れたてたわ」


驚かしてごめんなー、と慌てて謝る。
そして、哀が向かい合っていたパソコンにふと気付いた。
煌煌と光る画面に無数の数字が踊っている。
彼女は興味深そうにそれに近づいてきた。
哀は慌てて画面を消そうとしたがまだデータを保存していなかったため、それができない。


「それ哀ちゃんが作ったん?」

「……そんなはずないでしょう。博士が作った薬のデータに興味が出たから見てたの。でも、数字ばかりでよくわからなかったわ」


まさか小学一年生の姿をした自分がこんな難解なデータを作ってるとは言えない。


「へえー哀ちゃんってこういうのに関心があるんやなあ。……でもこれ一つ間違ってる部分あるで」

「え?」


和葉は少し屈んで哀の横から画面を覗き込んでいた。



「Fの……6やな。そこの数字が間違ってる。でもそれ以外は全部合うてるし、ただの入力ミスちゃうかな? また博士に言っといてえな」


彼女は背筋を戻しにっこりと笑う。
そのまま踵を返し、哀ちゃんもパソコン消してはよ一階きてなー、と付け足して扉の向こうに去っていった。
スリッパのすれる音がだんだんと上に上がっていったのがわかる。


哀は、和葉が出て行ったドアを見つめて呆然としていた。


「この数式を一瞬で理解したというの……?」


彼女が作った画面の数式は三時間以上かけたものだった。









「哀ちゃん、どうだった?」

「すぐ来るやって」


哀になぜか避けられていると感じていた蘭はほっとする。
今回もまた、自分のせいで彼女が出てこないのではと思ったのだ。


「それにしても、コナン君達まだ戻ってこないのかな……。おかずまだ少し温かいのあるし、なるべく早いうちに帰ってきてほしいのに」


皿に盛り付けた夜ご飯の品々を見て残念がる。
あとはもう箸を置くだけだ。
自由奔放なのはいいが、食事くらいは時間どおりに来てほしい。
そう思うのは致し方ないだろう。


「でも時間も時間やし、もうあきらめよ。おかず冷めるのはもうしゃーないて」

「そうだね。あーあ、久しぶりに博士達と食べられるのは嬉しいけど、こんなことになるのなら昼のうちに夜の分まで作るんじゃなかったな」

「ホンマ、蘭ちゃんは大変やなあ」


食費の節約を考える、いまどきにしては珍しい女子高生の嘆きに和葉は慰めて元気付ける。


「でも後悔先に立たずっていうやん。蘭ちゃんは自分でええと思てやったことやろ? それに連絡して来おへんあっちが悪いんやし、もう放っておき!」

「……そだね、ありがと! じゃあもう食べよっか?」


やっと蘭が持ち前の明るさを取り戻し、箸を置き始めた。
その様子を見て和葉は優しく笑う。


――それに……


心の中で付け足す。
カーテンが風で大きく棚引いているのを見つけ、窓に歩み寄った。
少しだけ窓が開いている。



「時の流れに人は逆らえへん……それを無理矢理ねじ曲げようとすれば……人は罰を受ける……」




彼女の呟きは窓に叩きつける風によってかき消された。







20巻参照











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