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冬の女王と呪われた子供

作者: 夜桜。

 ――昔から春夏秋冬、それぞれを司る女王は決められた期間、王城より少し離れた森の奥深くにあると言われる季節の塔に住み、女王の季節を訪れさせなければならない。多少の誤差はあったもののあまりにも永い時間、彼女たちはそれを行ってきた。だが、ある年、冬を司る女王『イヴェール・カトル』が春を司る女王『プランタン・カトル』に塔を開けず、未だに塔に篭っていた。このまま冬が続けば植物は芽吹かず、冬の為に残しておいた食べ物も尽きてしまう。それに困惑した国の王『マインラート・ハーニッシュ』はとあるお触れを出した。


『冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。

 ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。

 季節を廻らせることを妨げてはならない』


 それにつられて多くの人々が冬の女王と春の女王を交替させようと躍起したが、その全員が皆、塔の内部で起こったことを忘れて戻ってきた。こうしている間にも国の食料はどんどん減ってしまう。皆が飢えるのが先か、寒さに耐え切れず死ぬのが先か、それとも冬の女王が春の女王と交替するのが先か。こればかりはいくら有能な予言者でも分からなかった。



「――呪われた子供よ。瞳の色が血のように赤いわ」

「――呪われた子供だ。世話した植物は枯れ、周りにいれば病を患う」

「――呪われた子供はとっとと消え失せろ!!」

「違う。皆と同じなのに、なんで、なんで!!」


 子供は苦しんでいた。子供は赤ん坊の時、教会前で籠の中に名前が刻まれた木札と共に置かれていて、それから教会で育てられたが闇よりも黒い髪に、血のように美しく染まった妖しい雰囲気を漂わせる赤い目。他とは違う異色の子供を修道士達はまだしも人々は受け入れなかった。修道士達は子供は何処かの少数民族の子と思っているが未だに何処の民族か分かっていない。

 それでも子供は育てられた教会に恩は感じており、悩みに悩んだが村を出て行った。そして、入ってはならない森の奥に逃げるように進んでいく。森の木々は子供を隠すようにザワザワと枝を揺らし、降り出した雪が足跡と姿を隠す。日はもうすでに落ちようかとしていたというのに子供は寒さに息を白くさせながらもある場所を目指していた。


「ここが冬の女王のいるところ……」


 そう、子供が目指していたのは女王が住まう塔である。冬の女王が出てこないという話は塔に近いあの村ではすぐ届いた。それ故か寒さは国の中でも酷いものとなっていた。食料が少ない事に村の人々は勿論、修道院でも少なからず焦燥を滲ませている。

 塔は石造りの塔で扉が一つ。窓などは一切ない、まるで牢獄のような場所だったが周りの雪が何処か神秘的な所と錯覚させていた。

 扉を押し開けると中は広く、透き通った青が一面に広がっていて、家具も調度品もシャンデリアまでも青に染まっていた。もしかして、全て氷で出来ているのだろうか。そう思った理由はキラキラと光を反射して煌めいていながらもここは暖かいとは言えなかったからだ。


「子供が何の用だ。まさか、私を退かせようだなんて思っているわけではあるまいな?」

「じ、女王様?」


 奥の扉から白い肌も髪も白い女性が出てきた。その女性の中で赤い瞳と肢体のラインに沿うようなデザインのドレスがその存在感を放っている。赤い瞳は威圧感を放っており、子供はその鋭い眼光に怯む。


「そうだな。冬の女王、イヴェール・カトルは私だが?」

「女王様、……どうして冬が続くのですか? どうして冬は終わらないんですか?」


 ほぉ? と言いたげな顔のイヴェールは靴音を鳴らしながら子供に近寄り、ほっそりとそして、底冷えのするような冷たい手で顎を掴み、目を細めて舐めるように見つめた。子供は何をされるのか分からず、ただ恐怖心にぎゅっと目を閉じていた。


「そんな事を言う者は初めてだ、大変よろしい。子供よ、もう夜も深くなる。この一晩だけ滞在を許す」

「へ?」


 少々まぬけな声を発した子供は閉じていた目をぱっちりと開かせ、二人は見つめ合う形となった。


「一度で聞けないのか。この一晩だけ滞在を許すと言っているのだ。それとも、この極寒の外に出されたいか?」


 少し怒ったような表情で、顎の手に力を込めるイヴェール。ほっそりとした手とはいえど、その力は強く子供はコクコクと頷くしかなかった。



 通された部屋も透き通った青に支配されており、暖かいとも寒いとも言えなかった。が、何故か暖炉らしきものがあり、きちんと薪までくべられていた。ただ、火をつけるものなんて持っていない子供には暖炉はただのハリボテなようなものである。

 小さな欠伸をして、奥に置かれたベッドに向かう。布団はふかふかしていてこれは氷で出来ているわけではなかった。流石にこれも氷であれば寝ている間に死んでいたと思われる。することもないので横になって目を瞑る。それから、どれだけの時間が経っただろうか。子供は目がはっきりと覚めてしまい、寝付くことが出来ずに部屋をうろうろしていたがそれもすぐに飽きてしまった。


「あまり塔の中を動き回るな」


 冬の女王から言われた言葉。どうしてなのかは分からない。季節を巡らせたくないからなのか。でも、あまりと言われたので少しくらいはいいだろう。眠ることも出来ないので子供は動くことにした。

 塔は何階かに分かれていて上の方に冬の女王がいるのだと思う。どうしてかそう感じるから。動きまわっていると一箇所だけ他よりとても暖かく感じる部屋があった。子供は開けてもいいのか分からず、考えていたがナニがいるのかという好奇心が勝り、そぅっと冷たくない氷の扉を少しだけ開けた。


「あらぁ? あなたは人間さんかな? 普通は眠っている時間だと思うのだけど」


 扉の先には椅子に座って無邪気に氷で出来た花と戯れている少女がいた。桃色の髪を緩やかにカールさせて、パッチリと開いたオレンジの瞳を子供に向ける少女に子供は扉から顔だけを覗かせる感じで口を開いた。


「人間だよ。眠れなくてね。そっちこそ、誰?」

「わたし? わたしわね、プランタン。プランタン・カトル、春の魔女よ。わたしも眠れないの」


 名前こそは春の女王と同じであった。だが、目の前にいるプランタン・カトルは自らを『春の魔女』と名乗っている。どうしてなのか。


「春の女王じゃないの?」

「人間さん達はわたし達を女王って言うけれどそんな力はないの。人間さん達よりも多い魔力をわたし達は持っているだけ。だから魔女」

「魔力?」


 聞きなれない言葉に子供は首を傾げた。すると少女はクスクスと口に手に持った氷の花を当てて笑うもので子供はますます疑問に思う。


「命あるものはね、皆魔力と呼ばれる自然の力を持っているんだ。魔力は命にとっても関わっているのよ。人間さんはそれを力に出来るほどはないんだけれど。でも稀にわたし達女王と呼ばれる魔女と同じ存在のような人がいるの。……あなたとかね?」

「え……、ええっ!? なんで、なんで?」


 子供は自分のことを指差して目を見開いて驚く。先程から自分の信じていた世界と常識が音を立てて崩れていく。魔力? 命に関わる? そんなもの聞いたことすらないし、誰もそんな言葉を口になどしない。


「だって、あなたはイヴェールや草木、それに誰か分からないくらいに混同した魔力を身体に宿しているんだもの。吸引体質のようだわ。わたしも吸い込まれちゃいそう」


 今までの不思議な現象を思い返してみる。世話をした植物は皆枯れてしまった。自分と遊んでくれる子は決まって何回か遊ぶと体調を崩した。ここに来た時寒くてたまらなかった氷が今では寒くもない。


「あなたは触れたり、触れられたモノから魔力を吸い取ってしまう。だけど、あなたは器に反するほど膨大な魔力を蓄えておけるから生きていられるの」

「じゃあ、蓄えられなかったら……」

「既に死んでるかなぁ」


 物騒なことを言いながらもプランタンの顔は少女らしく、ニコニコしている。子供は対極に血の気が引いて氷に同化しそうなほど真っ青である。


「ふふふっ、そんなに青ざめた顔をしなくてもいいのよ。そんなに怖いのならわたしにちょうだい」

「あげれるの?」


 震えながら扉にしがみついた子供が未だ青い顔で言うとプランタンは明るい顔でうんと答えた。プランタンが言うには自分がそういう方法を知っているから大丈夫ならしい。


「じゃあ、やってみる? 別にしなくたっていいんだけどね。あなたはまだ蓄えられるから」

「や、やる」


 交渉成立ね、とプランタンは言いい、座っていた椅子から立ち上がる。子供と互いの鼻がつく程近づき、子供の手を握った。そして、聞きなれない言語で言葉を紡いでいく。するとプランタンの周りには仄かな桃色の靄が現れ、子供の手などには何色ともつかない様々な色の靄が現れる。プランタンが言葉を紡いでいくに連れて、子供は自分の内側から何かを物凄い勢いで抜き取られるような感覚がした。

 子供はどんどん脱力していき肌も青白くなり、立つのもやっとの状態だがプランタンは真逆に頬は赤く色づき、白い肌もほんのりと桃色に染まっている。そして、彼女は赤ともオレンジとも言えない明るい色をした靄を纏い、くるりと一回転する。


「ちょっとやり過ぎたけどありがとう。これで春を、呼び起こせるわっ!」


 プランタンは両手を胸の前に持ってきて、花を散らすように両手を勢い良く開いた。すると、青一面に染まっていた部屋が色とりどり花に埋まり、ここだけ冬と春が交わったような光景を生み出す。


「春を呼び起こせるって……うわっ!」

「プランタン、戻ったのか!?」


 子供の言葉は蹴り飛ばされた事で途切れ、先程まで子供が立っていた場所には息を切らしたイヴェールが立っている。動きにくそうなドレスで走ったのだろうか。手には丸い玉を持ち、その玉は一度も止まることなく白い靄が中で流動している。


「そうよ、イヴェール。あっ、今からしずくに込めるわ!」


 プランタンはイヴェールからしずくをもらい、両手で包むように掴んで力を込める。すると白い靄がプランタンの纏う靄と入れ替わり、塔の氷も溶け出した。だが、氷から水滴は落ちておらず、そのまま空気に消えていくような感じで溶けている。


「私のかけた冬の魔術が解けていくのさ。これでこの国には春が訪れ、マインラートも国民も誰もが喜ぶ。しかし結果としては冬はより嫌われ、一層寒さを増すんだがな」

「イヴェールは優しい人だね。嫌われるような真似をして」

「さて、なんの事やら」


 爽やかな笑顔を浮かべてイヴェールはプランタンの言葉をかわし、氷の溶けた塔を見回す。あるのは塔の奥にある台座だけであり、その他は窓と扉のみ。あの青に染まっていたとは思えないほどに簡素なものと変貌していた。


「もうすぐ夜明けだ。お前はまだチビだから帰るのだろう?」

「うん。でも、帰る場所なんてないや」


 寂しそうに言う子供の顔には陰りがあり、気になったイヴェールが問いかけると子供は自身の事情を打ち明けた。それを聞いた彼女は馬鹿馬鹿しいと吐き捨て、子供に耳打ちをしていたずらをする子供のような笑顔を見せると子供も笑顔で頷いた。



「イヴェール、久しぶりだな。そして、そなたが我が国を救った英雄か。国を代表して感謝する」

「くくくっ、少し見ない間に老けたようで。ああ、このチビはお前が思うよりもかなりの逸材さ。侮るといくらお前といえど死んでしまうわ」


 口に手を当て笑うイヴェール。周りに控える者達のが忌々しそうに見ているのに目もくれず、ただ一点だけ豪奢な椅子に座るこの国の王、マインラートへと視線を向けている。そう、ここは王城。春が訪れた為にイヴェールは塔を出て、子供と共に王城へ訪れたのだ。とある話を現実にする為に。


「して、そなたの褒美として望むものはなんであろう」


 マインラートはイヴェールから視線をずらし、子供に向けた。子供は恐縮して固まり、俯いてしまう。そして、少しの間を置いてからイヴェールから言われた希望を述べた。


「森に小さくていいので礼拝堂を兼ねない孤児院のようなものを建ててください。それが望みです」

「そのような望みで良いのか? 一生豪遊出来るほどの金や、社会的地位の確保、美しい貴族の子など自身の為になることは望まぬのか?」


 これまで褒美として皆が望むのは金や地位など自身の欲望に溢れるものばかりだった。しかし、孤児院とは孤児のための施設であり、運営も難しいものだ。どうしてそれを望むのかが分からない。


「それはまだこいつには難しいから私から説明しよう。

 簡単に言うとこいつはこの見た目で修道士を除いた村の人間から迫害されていた。だから、同じような人間をまた出さないように集め、育て、更生する為の施設を作るというわけだ。面倒は女王全員で見る。この国は把握出来ていない少数民族がかなりいるからな、いい人助けになる」


 イヴェールが説明を話し終えるとマインラートは称賛の拍手を贈った。何か彼の心に響くものがあったのだろうか。マインラートは立ち上がり、その足で子供の前に向かう。そして、子供の頭を撫でた。家臣達は驚愕し、その目を見開いている。撫でられている子供は何が起こったかしっかりと把握出来ていない。


「幼いながらもよく耐えた。そなたの願いはこのマインラート・ハーニッシュがしかと叶えよう」

「……王様、ありがとうございます!」


 それから、もう一度春の女王が塔に訪れるまでに施設は完成した。施設に訪れる者達は最初こそは少なかったが徐々に集まってきて、いつの間にか施設からはいつも賑やかな声が聞こえるようになっていた。面倒は成長し、もう大人となった子供と施設出身で成長した者達、そして季節の塔にいない女王が忙しなくしている。


「イヴェールさん、野菜たくさん採れたよー!」

「よし、その調子だぞ」


 イヴェールは暑さが苦手なので木陰から見ているのみだが子供達は元気に育てた野菜を収穫している。もう何年も行っている作業だからか流れもスムーズになり、収穫はサクサクと進んでいく。そして、籠いっぱいになった野菜を施設まで運び、美味しい食事を皆楽しみにするのだ。


「施設長ー、いっぱい野菜取れたよ!」

「じゃあ、今日は野菜たっぷりのエピスリにしようか」


 洗濯物を乾かしていた黒い髪の施設長と呼ばれた人物が子供達の言葉で振り返る。その赤い目は細められ、柔らかな笑顔を浮かべていた。

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