(1) 南国の黄金
決してゴージャスとは言い難いアパートメントの一室で、僕は現代史の裏舞台で孤独に戦ってきたであろう年老いた女性と向かい合っていた。
若い頃の写真は、ジョニー・ジュエルから見せてもらっていた。非常に造形のはっきりした顔立ちは、ただでは済まない美しさであった。
しかし、七十才近い今、末期ガンに侵されたテレーズは、病み衰えて生気も感情も失っており、博物館のミイラのように乾いていた。それでも、病臭を恐れてかゲランの香水を漂わせるあたりはさすがと言えようか。
「あたしに話を聞きたいって酔狂な人はあなたね」
男としか思えないくらいに低く、しわがれた声だった。黒ずくめの服装に、大きなダイヤモンドだけが光る、関節の太さが目立つ筋張った大きな手。この手で何人殺してきたのだろう。
僕は早々に、インタビューに取り掛かった方がよいと考えた。
「ジュエル氏から話を聞いて以来、あなたはすっかり僕の心に入り込んで来ました。今やあなたの歩んで来た道に形を与えて、作品にする事は自分の使命だとすら思っています…お生まれはベトナムでしたね。」
「サイゴンよ。街のかなり中心部で、フランス人が固まって住んでた所だわ。」
「お母様がフランス人でしたよね。」
「ええ、父がアメリカ人だという事も知っているんでしょ。」
僕は頷いた。
「あなたがCIA入りしたきっかけはお父様の関係だと聞いています。そのあたりはおいおい聞かせて頂くとして、まずは少女時代から、いきましょう。あなたは、あー、どんな子供でしたか。」
「女の子にしてはやたらに背の高い子供だったわ。」
テレーズの身長はスーパーモデル並だ。6フィートはあるだろう。
「お若い頃の写真を拝見しましたが、すばらしいブロンドで大変お綺麗でしたよね。小さいうちから、かなり人目を引く存在ではなかったですか。」
「そうね…少なくとも、両親は誇りに思っていたようよ。父はあたしを南国の黄金と呼んでいた。あたしは甘やかされていたわ。」
「失礼ですが、わがままなお嬢様というわけですか。」
「そうは思いたくないけれど、ある時期まではそうだったんでしょうね。」
「あなたの、その髪の色はお母様ゆずりなのですか。」
「父方の遺伝よ。スウェーデン系なの。」
「なるほど。北欧の血というわけですか。」
「顔は母親似だそうだけど。」
「ご両親から美貌の条件を受け継いだのですね。」
「骨格だけだわ。内面的にはかなり異質な娘になったわね。」
「と言うと?」
「たとえば…」
テレーズはいったん、言葉を切って、
「素手で人を殺しても平気な人間になった。」
と言うと、あるか無きかの微笑を浮かべた。
魔女の笑いだった。
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