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猫さんの瞳に魅せられて 作者:猫村銀杏(ねこむらいちょう)

第一巻

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第三章 猫拝山(にゃんぱいざん)

2016/5/5 表示乱れていたので微修正しました。
第三章 猫拝山にゃんぱいざん

 ハルカ達には今までと同じように過ごしてくれと言われていたが、あの日以来、シキの日々の過ごし方はがらりと変わってしまった。日々の習慣や行動などの見た目の行動には変化はなかったが、シキの根底の考え方には大きな変化があった。
 シキは、今まではただ自由な猫さんを愛して好きに遊んでいたのだが、単純にそういう考え方ができなくなっていた。
シキは猫さんのかわいい部分にばかり目を向けてきたが、それが、ナツミ達の話を聞いてからは同時に人が猫さんにしている負の部分をシキに見せることにもなってきた。今までは、ただシキが見ようとしてこなかっただけだ。
例えば、今でも日本各地では無造作に増えた猫さんが衛生上などの問題から、年間何万匹も殺処分されている。こんなの人間の身勝手な理由でしかない。他にも、道路を車で走っているとたまに無残にも轢き殺された猫さんの死体を見ることがある。これも人間が身勝手に自分達の利便性を追い求めた結果であった。人間が猫さんにしてきた悪行は数えたらきりがない。
 ハルカ達の話を聞いて、新しい世界を見て、ハルカの言った通り、今までの感覚がぶち壊されたシキは今までのように、猫さんのことを単純に考えることができなくなっていた。猫社会で言えば、シキは人親交派のピースの感覚しか持っていなかったはずだが、今や部分的に人絶縁派のキャッツの感覚も持ちはじめているようだった。猫さんが人間以上の力を持ってしまったら、人が猫さんにしてきた仕打ちを考えると、人から離れてしまうのは当然のことではなかろうか?
 シキはある夏の朝、家の前で寝っ転がっているトラと遊びながらぐるぐると回る思案に耽っていた。人と猫さんとの関係でここ一週間、シキの思考はずっと堂々巡りをしているようだった。
 このトラにしてもなかなかにひどい仕打ちを受けた猫さんの一匹だ。トラは一度捨てられいたのを、改めてシズカが飼い始めた猫さんだ。このトラの普段の行動を見ていれば前の飼い主がとてもよくしてくれていたことがわかる。人への慣れ方や行き届いていたしつけなど、飼い始めた当初から野良猫さんのそれではなかった。余程、元の飼い主に愛されていたのだろう。
だとしたらなぜ捨てたのだろうか? そこにどんな事情があったのかをシキは知らなかった。
しかし、シキ達に愛想を振りまいていながらもその心底にはどこか余所余所しさがあるようにシキには感じられていた。そういうところを深いところで感じているから、シキはトラのことをトラとしか呼ぶことができないのかもしれない。たぶん、元の飼い主に対してのみこの子は心底甘えることが出来るのだ。今でも、出かけているときに元の飼い主がかつて住んでいた家に行っているのをたまに見かけることがあり、シキは心が痛むのを感じた。
「おはよう、おにいにゃん。元気ないね」
 ナツミがシキの家の前の通りがかりに、シキの目の前まで滑ってきて声をかけた。ナツミ達はパーティー前と特に変わった様子はなかった。とはいえ、今ももしかしてシキの家を警備中だったのだろうか? というシキの思考には新たなものがあった。
「おはよう。そんなに元気なく見える?」
 シキはトラと遊んでやりながらもナツミに挨拶した。
「そうだね。私達は今までと同じように過ごせばいいって言ったのに、いろいろと考え事をしちゃっているみたいだね」
 猫さんというのはどこまで人間の考えを見透かすことができるのだろうか? 鋭い思考力と観察力にシキは感嘆する。
「そこまで見透かせるなんてすごいね」
 ナツミはシキの横に座って、一緒にトラをなで始めた。
「シキのこともずっと見ているからね。今では結構分かるようになったよ」
 守護者としてナツミ達はずっとシキ達のことを見ていたのだった。ナツミ達はいつからシキたちのことを見ていたのだろうか。
「ナツミは人親交グループだろうけど、人のことを悪く思わないの?」
「ん?どういうこと?」
 ナツミはきょとんとした様子だった。
「人は猫さんを殺処分とか随分勝手にやっているでしょう。身勝手にいいように猫さんを使って、生き方を制限してそれについて何も思わないの? 人を嫌いになったりしない?」
「思わないよ。というかそこまで深い考えもないよ。ただ一緒に生きている生物なんだし仲良くしたいよ。人間は面倒くさい一面もあるよね。でも猫は直情的に考えて、勝手に言い争ったりしているよ。殺される猫はかわいそうだとは思うけど、死ぬことは生きるものの運命の一つなんじゃない」
 ナツミは本当に特に気にしていないようだった。
「いいねえ。その素直な思考。今までは単純に猫さんがかわいくて、愛していただけなんだけど、あの後、考え方とかぶち壊されちゃった感じでさ。いろいろ考え込むようになっちゃった。ハルカが忠告したように話を聞かなければよかったかな……」
 シキはまだ、トラを撫で続けていた。ナツミも撫で始めたので、トラの悶え方がなかなかにすごいことになっていた。お前は用心棒だったはずなのになんて動きをするのだろうとシキは思った。
「うーん。万一に備えて事前に伝えておいたけど言わないで済めばそれがよかったのかな。でもまだどっちがよかったかなんてわからないんじゃない。今起きている猫の闘争は、それぞれが自分勝手に好きに動いた結果起きた軋轢なんだよ。でもどの猫もマイナス思考で考えてそういう事態に至ったわけじゃない」
「そういう風に自然体に、自分勝手に動ければどれだけいいだろうね」
 シキはそういう猫の行動に憧れているからこんなに愛しているのだ。
「そういう人間の気難しさみたいなものは私達にはよく分からないな。そこがどんな世界であろうとネガティブに考えて何が楽しいの? おもしろいの? 幸せなの? どんな場所であろうと環境であろうと、楽しく生きなきゃ損でしょう。人間は自分で思考すら操れる神なのに、どうしてそうやってわざわざ悪い方向に考えたりするのかな。死ぬ間際だろうと私達は生きることに必死で楽しんでいるんだよ。だからそれを不幸とすら私は考えない」
 シキはその考え方に雷を撃たれるようになった。そんな思考法を考えたこともなかった。
「思考を操る!?」
「そう。楽しいもつまらないも。幸福も不幸も。希望も絶望も全ては自分の感覚次第なんじゃなくて、思い次第で考え方ひとつで全てポジティブにできるはずよ」
 そんな風な考え方をしたことがシキにはなかった。楽しいことをしたら楽しいし。つまらないことをしたらつまらない。可愛い猫さんを見たら幸せな気持ちになる。そんな風に受け身にポジにもネガにも状況次第で受ける気持ちも変わっていた。
自分の思考法次第でそうはならないと聞いて衝撃的だった。何か幸せになる条件があってそれが満たされた結果幸せになるのだと思っていたが、ただ幸せになるという結果だけをつかむことができるというナツミの話は、シキの感覚を超えていたが聞いていてあり得る話だとも思った。
「それができたら本当に楽しそうだね」
「できるよ。私達はパーティーの時、シキになにもしないでいいって言ったけどできればそれはして欲しいな。いろいろ言ったけどさ。シキも自由に好きに生きてくれればいいんだよ。じゃあね」
 ナツミはトラをなでることに飽きたのかそれだけ言い残して去っていった。ナツミは小学生にしか見えないのに、シキの中には尊敬の念すら芽生えていた。自分は今後、猫さんとどう暮らしていけばいいのだろうか? ナツミとの会話を通しても、シキにはその答えは出せなかった。

 シキはその日の午後、猫拝山にゃんぱいざんという山の麓に来ていた。この山に来たのはそこに山があるからではなく、ここは野良猫さんがたくさんいる猫キチの聖地として有名だからである。
つまり、シキはそこに猫さんがいるから来たのだ。
 猫キチの間では猫山ねこさんと呼ばれていて、シキは暇なときなど定期的にこの山に来ていた。麓でも猫さんはたくさんいるので登るか登らないかはその時々だった。慣れている人ならば三十分ほどで山頂まで行けるお手頃な山なので、毎日登ることを習慣にしている人も近所にはいるらしい。シキは暇だったのもあったが、猫さんと人間の関係を見つめなおすためにここに来ていた。
 ここら辺に住み着いている野良猫さんは地域猫として、地域の人間でよく管理されていて、野良猫さんにとっても住みやすい場所に思える。麓の公園では早速ちらほら猫さんが見えた。昼過ぎの訪問だったため、大体の猫さんが各々好きな場所で寝っ転がっている。
 シキは最初に目についた白と黒のぶち猫さんのところに行った。ぶち猫さんは芝生に寝そべってのんびり毛繕いをしていた。昼下がりののんびりしている猫はシキがどんなに悩み事を持っていても癒される絶対的な可愛さを持っていた。よく見るとこの子の左耳の先端がアルファベットのブイの字に切られていた。
 これはぶち猫さんが先天的にこういう特性を持って生まれたわけでも、怪我をしたわけでもなく、これがこの子が地域猫としてよく管理されているというサインだ。地域のボランティアの人が野良猫さんを保護して、増えすぎないように管理しているのだ。オスは去勢手術をして右耳の先端をカットして、メスは避妊手術をして左耳の先端をカットする。
 この子は左耳が切られているから去勢済みのメスだとわかる。この野良猫さん達に不妊手術をする運動を、T・N・R運動といい、それぞれTrap、Neuter、Return・Releaseの頭文字を指す。「Trap」は捕獲機で野良猫さんを捕獲すること。「Neuter」は野良猫さんに不妊出術を施すこと。「Return・Release」は野良猫さんを元の生活場所に戻すことを指す。
 この運動はアメリカで特に広く行われていて、野良猫さんの必要以上の繁殖を防ぐ多くの成功例をあげているらしい。耳にカットをいれることで不妊出術済だと分かるので猫も何度もお腹にメスを入れられる心配がない。
 人間がよかれと思ってやっているこの運動であるが、今のシキは単純に猫さんにとっていい運動だと解釈できなかった。猫さん達にとってみれば住んでいる場所から突然連れ去られて、腹を切られるのはたまったものではない。その後、絶対に盛りを迎えることもなくなる猫さんの一生が果たしていいものだろうか? 猫になったことがないのでシキには分からなかった。
 シキには人間として異性が好きだし性欲もあったが、もし自分に不妊手術をしてそれらの欲求が無くなった時、それがいいのかどうかは分からない。しかしたらればにも程があるが、不妊手術をしなければ産まれたかもしれない命もあるかもしれないのだ。その子にとってみればたまったものではないだろう。結局、答えのでる話でもないのだが、シキはそのぶち猫さんを単に可愛いという目線だけでは見られず複雑な気持ちだった。
 シキは公園で見かけた全部の猫さんにたっぷり一時間はかけて挨拶をした後、山を登り始める。ちょうど夏休みでいい天気だったのでそれなりに登山客もいた。山にはシキのように野生の猫さん目当ての人、日々の習慣にしているような登山マニアな人、夏の青葉を観察しに来た人、ただ遊びに来た登山客と様々な人がいた。シキはすれ違う人たちに挨拶をしながらのんびりと登山を楽しんだ。勿論、猫さんにも何匹か遭遇したが昼間でみんな寝ているのか、暑すぎるからなのかいつもよりその姿はまばらだった。
 シキが山の中腹を過ぎたころ、シキの目線の端を鋭く影が横切った。動きに釣られてシキが見ると口に小鳥をくわえた錆猫さんがいた。錆猫さんは警戒するようにシキのほうを見ていたが、シキは遠目に見ていたので何もしないと判断らしく捕らえた小鳥を食べ始めた。よく見るとこの子は右耳の先端をカットされているからオスらしい。こんな山奥でも人に保護されているのだから、よく管理が行き届いていることがわかる。ボランティアさんの努力には頭が下がる思いだ。
 シキはこの光景にも複雑な心境を持たざるをえない。クリームやトラも虫や蛇、鳥にネズミ、コウモリまで捕まえてきたことはあるが、シキやシズカにそれを見せるとそれで満足してしまうのか。動かなくなってしまったおもちゃなど用はなしと興味すらなくしてしまう。
 本来、猫さんの狩りはこうして殺したものを食べて生きるための行動であるはずなのだ。それが普通の自然界のルールとして世界は回っている。
 それが人に飼われている猫さんの間では、ただの遊びになっている。これではただ殺されるだけの狩られる側はたまったものではない。飼われている猫さんは野生の生物なんかよりはるかに栄養も高く、おいしいであろうエサを人間からもらっているから猫さんにとっても人に飼われるほうが狩りをしているより全然いいのかもしれないが、これも善し悪しはシキには判断できなかった。
 錆猫さんはある程度小鳥を食べた後、シキのことが気になるのか小鳥をくわえてシキの見えない場所に行ってしまった。お気に入りの場所でもあるのだろうか? シキは錆猫さんを見送って一路、頂上を目指した。
 頂上までのんびりと歩いて寄り道したせいもあって、シキが頂上まで着くのに一時間ほどかかった。その間に何匹か猫さんをみたが、山の中に入るほど警戒心が強くお近づきになれる猫さんはいなかった。シキは山頂に用意された登山客用のベンチに座って、家から持ってきたお茶を飲んで一息ついた。登山後の疲れた体に染みわたるお茶の味は、普通の市販のお茶なのに格別だった。シキは山頂でも何匹かの猫さんと出会った。
 シキは充分休憩した後、山頂にある神社を参った。けちな十円をお賽銭に入れると、とくに何を願うでもなく手を合わせた。ぼんやりと猫さんも人間もクリームもトラもシキもナツミ達も幸せで楽しくあれればいいなあとは思ったが、こんなぼんやりとした願いを神様は果たして解釈して聞き入れてくれるのだろうか?
 帰り道は特に寄り道もせず黙々と歩いたので二十分弱で元の公園まで戻ってきた。公園にはまだまばらに猫さんがいて、猫さんがいるところには人もちらほらいる。シキは見える猫さん全員に挨拶して猫拝山を後にした。
 猫拝山にはいろいろな人や猫さんがいて、山を登ればシキも何か思うところがはっきりするだろうと来たのだが、結局、まだ人と猫さんがどうあるべきかの答えは出せなかった。
 今日、一番シキの頭にひっかかったのは、ナツミから聞いた自分の思考を操るという考え方と自分が楽しくあればいいという考え方だった。
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