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猫さんの瞳に魅せられて 作者:猫村銀杏(ねこむらいちょう)

第一巻

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第二章 パーティー

2016/5/5 表示乱れていたので微修正しました。
第二章 パーティー

 シキは今、心臓をバクバクさせながら小学生の家のチャイムを鳴らそうとしている。
 なんでシキが小学生の家を訪ねることになっているのかと言ったら、話は昨日にさかのぼる。ナツミが靴を修理してもらったお礼にと、シキを晩御飯に誘いにきたのだ。

「こんにゃちはー」
 シキがナツミの靴を修理してあげた翌日、ナツミが二日続けてシキの家に訪ねてきた。いつも通り元気なあいさつだ。昨日に引き続き何かあったのだろうか?
「ナツミちゃん、こんにちは。今日はどうしたの? もしかして昨日直した靴はまだ調子悪かったかな?」
「いや、びっくりするくらい調子いいよ。おにいにゃんすごいね。ありがとう」
 ナツミはそう言うとその靴でトリプルアクセルしてみせた。靴がよくなっただけでそんな芸当ができるとはとても思えないのだが、ナツミは凄い運動神経の持ち主らしい。
「問題ないみたいでよかったよ。靴の修理なんてめったにしないから心配だったんだ。また、なんか調子悪くなったらいつでも言ってね」
 シキはちょっと心配していたので、それを聞いてほっとした。
「うん、また何かあったら助けてもらえたら嬉しいにゃー」
「それで、今日はどうしたの? 何の用事?」
「うん、それでね。良かったらうちの晩御飯食べに来てほしいんだ。お母さんも是非来てほしいって」
「え~! そんなの悪いよ。ナツミちゃんのうちにも迷惑でしょ。靴を直したのは僕も好きでやったんだから全然気にしないでよ」
 シキは驚いて慌てて断った。いきなり小学生の家にごちそうを食べに行くなんて全く気が進まなかった。どれだけ気をつかえばいいのか、考えるだけで大変そうだ。
「来てくれにゃいの?」
 すると、今まで明るかったナツミが急に悲しそうな表情になった。いけにゃい。いや、いけない。シキのナツミへの気遣いが足りなかった。すっごい明るい子なのにこんなに悲しそうな表情をするなんて、シキは思わなかった。きっと明るいだけじゃなく喜怒哀楽がはっきりと人から見える子なのだろう。
「うーん。ごめん。そんなに悲しそうにしないでよ。こっちの家の都合とかもあるからさ。ちゃんと考えとくから、返事はまたでいいかな」
 シキは慌ててどっちつかずの返事をした。
「ねえ、うちのお母さんの料理、絶対おいしいから食べに来てよ。お母さんもお礼言いたいって、言っているしさぁ」
 ナツミはそれでもぐいぐいと押してくる。
「行ってきなさいよ。レディーの誘いを断るのは失礼よ。私はシキをそんな子に育てた覚えはないよ」
 シキがどう返事したものかと困っていると、ウッドデッキから洗濯中のシズカが口を挟んできた。シズカはにやにやと楽しそうだ。
「なんだよ。母さんには関係ないだろ」
「せっかく楽しそうなのに。じゃあ代わりに母さんが行こうかな。ねえ、ナツミちゃん」
「ええ? 私、おにいにゃんがいい」
 ナツミちゃんが、今度は怒り気味に言った。ざまあみろとシキは心の中で毒づいた。
「わかった、わかった。じゃあ夕飯に行ってもいいかな? ナツミちゃん」
 これ以上話がこじれてくると面倒なので、シキは決心してナツミちゃんに言った。
「本当! よかった。じゃあ明日六時にきてね。ごちそう作って待っているから」
 ナツミちゃんとびっきりの笑顔を見せながら、まくしたてるように言った。
「明日ぁ!?」
「うん、明日。とっておきのごちそう作っているから楽しみにしていてね」
 シキが何かを言う暇も与えず、ナツミちゃんはスキップしながらあっという間に家に帰ってしまった。
「よかったわね。じゃあ明日いってらっしゃい」
 シズカがにやにやしながらシキに言った。
「余計なお世話ありがとうございました」
 シキが皮肉たっぷりに言った。
「何よ。女の子とデートの一つもしたことない癖に」
「うぐっ。それをあなたが言いますかね」
 シキは痛いところを突かれて顔をしかめた。自分の息子だというのに容赦のない一言だ。
「まあ、女の子と遊ぶ予行演習だと思って、行ってきなさいな」

 事の顛末はそんな次第だ。
 それで、シキはナツミの家の前に突っ立っているわけだ。だが、チャイムを鳴らそうとしているのになかなか押せずにいた。シキは、小学生の家に招待されたのが恥ずかしく躊躇しているのだ。まるで初めて彼女の家に行く男の子の気分である。
「えーい、うじうじしていてもしょうがない」
意を決して、シキは指をチャイムに伸ばす。
「ピンポ「いらっしゃーい!」」
 チャイムの音が鳴るか鳴らないかの瞬間、扉が外れんばかりの勢いでナツミが飛び出してくる。いつも通りの弾けるような笑顔だ。ナツミと一緒にナツミより十センチ程小さいおとなしそうな子もでてきた。姉妹だろうか? ナツミは茶髪で明るい印象なのに対して、妹の子は青髪のクールな印象で対照的な見た目だ。
「もう、なに玄関の前でじーっとしているの?そんなにうちに来るの楽しみじゃなかったの? 私達、待ちくたびれちゃったんだからあ」
 ナツミは、マシンガンのような勢いでまくしたてた。空気の溜まった風船が破裂して一気に空気が漏れていくように、ナツミの口からどんどんおしゃべりが出てくる。
 私達というが妹のほうは、別に待ちくたびれたようには見えなかった。どちらかというと、特に見知らぬ第三者にも動じることなく落ち着いているように見える。
「いや、楽しみだったからちょっと緊張しちゃって踏ん切りがつかなくて」
「なにそれ? 楽しみならさっさと入ってくればいいのに」
 ナツミは心底、不思議そうに聞いた。
「もしかしてずっと見ていたの?」
「うん。ずーっとのぞき窓から見ていたよ。全然ピンポン鳴らしてくれる気配がないからもう少しでこっちから出ていくところだったよ」
 シキはあれをずっと見られていたのかと思うと恥ずかしかった。こんなことなら男らしくとっととピンポンを鳴らしておけばよかった。
「いじめないでよ。ナツミちゃん」
「あはは、ごめんなさい。さあ立ち話もなんだし入って」
 そう言うとナツミはシキの手を引っ張って、シキを招き入れようとする。
「意気地なし」
 すると、ここまで無言を貫いていた妹がぼそりと言った。
「こら、マフユ。おにいにゃんにそんなこと言っちゃだめ。それに様子を見ていようって言ったのはマフユじゃん」
 ナツミはシキの手を放してもう一人の子のほうに向きなおる。この子の名前はマフユというらしい。しかも見張りの共犯者らしい。というか主犯者らしい。
「だって、そっちのほうが面白いでしょ?」
 しかも、ちゃっかりこの子が一番楽しんでいたらしい。
「相変わらずいじわるね、マフユは。紹介するね。この子は妹のマフユ。いたずら好きでとげの強い子だけど、すっごくいい子だからよろしくね」
「はじめまして。マフユちゃん。おれはシキ。よろしくね」
 初対面の女の子に悪い印象を持たれるのは嫌なので、シキはとびっきりの笑顔であいさつした。
「知っているよ。随分ナツミと仲良くしているみたいだけど、ロリコンなの?」
 開口一番、マフユはひどく失礼なことをシキに聞いてきた。
「ロリコンちゃうわ」
 シキも思わずびっくりして関西弁がでるほどだ。
「ロリコンってなに?」
 ナツミちゃんはピンと来てないらしく、きょとんとした顔をしていた。
「そんなこと知らなくていいよ」
 どうも年下なのにマフユちゃんのほうが、その手の知識はあるらしい。
「えー。教えてくれてもいいじゃん」
「そう、ナツミはまだそんなこと知らなくていい」
 マフユもそこは同調した。でも、マフユのほうがナツミより年下なのではないのだろうか?
「マフユまで。まあいっか。そろそろうち入ろう。おにいにゃん。」
 そう言うと、さっき離したシキの手をナツミは再び取って玄関へとひっぱっていった。シキには玄関に入った瞬間に分かった。
 この家でも猫さんを飼っている。
 普通の家とは匂いが違うのだ。この家はもごく普通の一軒家で、それに掃除もよく行き届いているみたいだ。
 しかし、いくら見てくれをよくしたところで、シキほどの猫キチならわずかな匂いで、そこで猫さんが暮らしているかどうかなど分かってしまう。
 こんな面倒くさそうなパーティーに誘われてテンションはだだ下がりしていたのだが、この家に猫さんが住んでいることを認識したシキは、どんな猫さんに会えるのだろうかと期待してテンションも一気にマックスになった。
 でも、この家には猫さんが壁を爪とぎがわりにつかってぼろぼろにされた後とかがなく、余程しつけが行き届いた猫さん達なのだろうか?
 そうだとしたらシキは見習わなければならない。シキの家の壁はすでにクリームのお気に入りの爪とぎになっている場所が多々あり管理が大変になっていた。ちなみに、トラはちゃんと市販の爪とぎを使う。誰に教えられたわけでもないのに素晴らしい。
「お邪魔しまーす」
 シキは玄関に入って、さっきまでと比べて一オクターブくらい高い声で言った。
「あれ、さっきと全然声が違う? どうしたの?」
 ナツミにも気づかれた。
「そんなことないよ。素敵な家だなあと思ってさ」
「よかった。改めていらっしゃい」
 ナツミ達に案内されてシキはリビングに入った。リビングに入ると猫さんの匂いはより濃くなったがここにも猫さんがいる様子はない。ナツミちゃんのうちの猫さんはリビングがお気に入りの場所というわけではないのだろうか?
 シキは近所で離し飼いにしてある猫さんは全部把握しているし、ここに猫さんがいるとすれば完全に家の中で飼っているのだと思っていたがどこにいるのか不思議だった。
 猫さんはいなかったが、同時にリビングにはすでにおいしい匂いが充満しており、ナツミ達の母親が慌ただしく料理の準備をしていた。
「いらっしゃい。あなたがシキ? ナツミの靴を直してもらってありがとうございました。今日はいっぱいごちそう作ったから楽しんでいってね」
 ナツミ達のお母さんは、茶色と黒髪のコントラストがよく映えるウェーブのかかった髪の綺麗な人だった。小学生二人のお母さんだが若々しくて可愛くすらある。
 すでにテーブルの上にはいかにもなパーティー料理が並んでいた。色とりどりの野菜が入ったサラダ、ポテト、チキン、メインは中心に置かれた魚介類たっぷりのパエリアだろう。パーティー料理と言えば、栄養が偏りがちだがバランスもきっちり考えているらしい。色合いもよく、なんとも豪華な雰囲気が漂っていた。
「お邪魔しています。こんなごちそう用意してもらってありがとうございます。靴を直しただけなのになんだか申し訳ないです」
「いえいえ。こんなのシキがナツミにしてくれたことを考えれば大したことないから、好きに食べていってね。でもその口ぶりはいけないなあ。うちではみんな呼び捨てで呼び合うんだ。そのほうがみんな親密だなあって気がするでしょう」
 日本には珍しい欧米みたいなルールで、シキはいろいろな家庭があるんだなあと思った。ナツミ達のお母さんは、シズカと同じくらいフランクな人間なのだろうか。ただ、万が一、あれ以上だったらたまったものではない。
「でもそんなの失礼ですし。敬語で呼んじゃだめですか」
「だめだよ、シキ。郷に入っては郷に従えって言うでしょう」
 ナツミがシキを呼び捨てで呼んだ。確かにこっちのほうが親密に聞こえて悪い気はしない。それにしても小学生のはずなのに難しい言葉を知っている。
「そうだよ。シキ。さんづけとか他人行儀で面倒なだけでしょう」
 マフユもシキを呼び捨てにした。
「私はハルカっていいます。よろしくね、シキ」
 ハルカもシキを呼び捨てにした。この家ではそれがしきたりになっているみたいで、シキだけが敬語で話していても場違いだ。
「わかったよ。ナツミ、マフユ、ハルカ。今日はパーティーに誘ってくれてどうもありがとう。ごちそうになります」
 シキはみんなを呼び捨てで呼ぶと、背中がむずがゆくなるような感じを覚えた。
「うん。それでよろしい。こっちのほうが楽しいでしょう。じゃあ立ち話もなんだし料理も冷めちゃいけないからそろそろ食べましょう。シキここに座って」
 ハルカが椅子を引いてくれて、そこにシキは座る。隣にナツミ、向かいにマフユ、対角線上にハルカが座った。一般的なダイニングテーブルの席がちょうど埋まる。
「じゃあみなさん一緒に。いただきます」
「いただきます」
 ハルカの音頭に合わせてみんなで挨拶してパーティーが始まった。
「お口に合うか分からないけど好きに食べてね」
 ハルカがシキに促す。料理はみんな大皿によそられていて、パエリアはホットプレート一杯に敷き詰められていた。どれも自由にとれるようなバイキング形式で、シキは軽いものからとサラダから食べることにした。
 みんながシキが食べるまで気を使っていて料理に手を出さないので、シキは急かされているみたいで早く食べないとしょうがない。
 シキはみんなの視線が注がれる中、サラダを一口食べた。見た目からおいしいだろうと信じていたシキはその意外な味に驚かされた。
「シキ、どう? おいしい?」
 ナツミが横から身を乗り出すように、シキをまじまじと見つめて聞いてきた。
「お、おいしいよ」
 そんな瞳で見つめられたらそう答えざるおえない。しかし、シキにとってこのサラダはお世辞でしかおいしいといえないような味だった。味付けはしてあるみたいだが、まるでそれぞれの味が打ち消しあったかのように味がしない。シキが今まで食べたことのない変な味だ。
「だよね。ハルカの料理は本当に美味しいんだから」
 ナツミはシキの感想を聞いて嬉しそうに自分も食べ始めた。マフユも一緒に食べ始めた。
「シキの口に合うか心配だったのだけど問題ないみたいでよかった」
 ハルカは安堵したようだった。シキは自分で大量に皿についでしまったので残すわけにもいかないと思ったが、やっぱり美味しくない。下手に味がついているからこれ以上ドレッシングをかけたりしたらさらに不味くなりそうだ。しかし、みんなを悲しませたくないシキはサラダを食べた。
 他の料理にもシキは手を出してみたがどれも似たようなものだった。ポテトもチキンほとんど素材そのままという感じで味気なく、黄色く綺麗に色づいたパエリアですら味が薄く、それに白身魚とか魚介類が妙に多かった。これをクリームやトラが見たら喜んでおねだりしてきそうだが、シキにはそんなに美味しくなかった。
 とはいえパーティー自体は面白かった。ナツミやハルカみたいに普段付き合いのない人達と、日常や趣味のたわいもない話を敬語も使わず、同じような目線でしゃべるのは新鮮な気分で楽しかった。時折、挟まれるマフユの突っ込みも時には鋭くシキに突き刺さるものもあったが、それはそれでよかった。
 大量に用意されたパーティー料理は四人で食べつくされる頃には、二時間くらい経過していた。
 結局、シキは用意されたもののなかでは一番ましだったサラダばかりをほとんど一人で食べつくした。なぜかサラダだけは三人ともほとんど手を出さず、一番人気だったのはパエリアだった。三人はまずそうな表情を一片もださずに喜んで食べていたので、シキの味覚はおかしいのだろうかと思うほどだった。
「じゃあもうほとんどなくなったし、デザートを出そうか」
 ハルカは立ち上がってテーブルを片付け始めた。はたしてデザートはおいしいのだろうか? これまでのシキの感覚からするとあまり期待はできないかもしれない。

「はい、お待ちかねのデザートの時間です。コース料理やパーティーでは魚や、お肉がメインになることが多いけど、ぶっちゃけデザートのほうがメインって感じだよね。甘いものはいくらでも食べられるし、別腹っていうし」
 ナツミは待っていましたとばかりにはりきっている。
「デザートは、私とマフユで作ったんだ。お母さんが作った料理と比べたら、全然ダメだけどきっとおいしいから。じゃあ冷蔵庫からとってくるね」
 そう言うとナツミとマフユは、席を立った。あのお母さんの料理よりまずいデザートが来てしまったら一体どうしたらいいのだろう? シキは、内心でぞっとした。食事中はなんとか、愛想笑いを浮かべながらごまかしたけど、今度こそやばいかもしれない。
 しかも作った本人達から今までの料理よりまずいというお墨付きである。本当ならこんな時、デザートは何が出てくるのだろうとドキドキするところだが、シキはどれだけまずいのだろうかとびくびくしていた。
「シキ、ナツミたちが頑張って作ったデザートだからちゃんと食べてね?」
 ハルカにそう言われると、もう完全に逃げ道が封鎖されたようだ。
「ええ、もちろん」
 シキは適当に相槌をうった。シキは、もうどうにでもなれ、とやけになっていた。
 ナツミ達が持ってきたのは、一目でホールケーキと分かる箱。中に入っているのは生クリームたっぷりいちごのおいしいショートケーキかなあ? それとも濃厚なチョコレートたっぷりのチョコレートケーキかなあ? なんて甘いもの大好きなシキは、普通なら妄想しそうなシチュエーションだ。
 実際、シキの甘い物好きは相当なもので甘いものを語らせたら、シキの右にでるのは猫さんを語らせたシキくらいのものだ。
 自家製ケーキなのにわざわざ箱入りとは凝ったものだが、シキはこの時は実はこれがパンドラの箱なんじゃないかとビクビクしていた。テーブルの上にナツミ達が箱を置くと、二人は箱を開けずにそのまま元の席に座る。
「じゃあ、おにいにゃん開けていいよ」「どうぞ」
 ナツミとマフユが同時に言う。
 自分達で作ったケーキなのに、なんでこんな箱まで用意しているのかと、シキは思ったが、一種のサプライズとしてわざわざ用意したものみたいだ。
「僕が開けるの?」
「うん、開けて開けて」
 恐る恐るシキは箱に手を伸ばす。こんな状況でもどんなケーキがでてくるのか楽しみな気持ちも少しでてくる。まさか煙がでてきて爺さんになることはないだろうな? ナツミ達のサプライズはうまく機能したようでシキはドキドキだった。
「じゃあ、開けさせてもらいます」
 シキは、箱を一気に開けた。
「うわあ、おいしそうなショートケーキだあ」
 シキは実際にはもうまずいと確信しているケーキにありもしないお世辞を言った。でも、見た目には本当においしそうだ。手作り感満載の不揃いさは少しあったが、それも不快になるようなものではなく、むしろおいしくみえるような手作り感だった。生クリームがケーキを囲むようにたっぷり塗ってあり、いちごもきれいにカットされて乗っている。いくらかのフルーツもなかなかに見栄えがよい。
 だが、見た目にだまされてはいけない。さっきのパーティー料理だって、見た目だけなら完璧だったのだから。この見た目のケーキからはどんな奇想天外の味がでてくるのだろうか。シキは戦々恐々だった。
「よかった。本当においしかったらいいなあ。じゃあ切るね」
 ナツミとマフユは、協力してケーキを八等分にして、ナツミ達に食べてほしいと遠慮するシキに構うわず、一番フルーツの乗っている豪華なところをシキに分けてくれる。ナツミ、マフユ、ハルカにケーキを切り分けると残りはちょうど半分になった。
「では、改めて私の靴を直してもらってありがとうございました。このケーキは私達の自信作だからおにいにゃんにもきっと満足してもらえると思います。どうぞお召し上がりください」
さて、ここまでお膳立てを整えられたら、シキもおいしくいただくしかない。ハルカならともかく、ナツミやマフユを悲しませることはできない。意地でも笑顔で食べきるしかない。
 さっきの怒涛のパーティーメニューの中でも、三人に僕がまずいと思っていることを勘付かれなかったじゃないか。
 大丈夫。僕ならやれる。シキは自分を鼓舞する。
 それでもまだ往生際悪く、ゆっくりとケーキを切っていたのだが、ナツミは手を動かさずじろじろとシキを見つめている。先程、シキがサラダを食べる前に注がれていた視線以上の強烈な期待感がシキに刺さる。シキはあきらめて一口分に切ったケーキを口に運んだ。
「どうどう?」
ナツミは目を爛々と輝かせながら興味津々に聞いてきた。
シキがの口内には甘みがぶわーっと広がる。文句なしの素晴らしいショートケーキだった。それどころか今までに食べたことがないほどの絶妙な味だった。生クリームのふわふわ感とスポンジケーキのバランス。いちごのアクセントもしっかり効いていた。予想外だった上手さもあって感動すら覚えた。
「すっごくおいしい。こんなに美味しいケーキ、今まで食べたことないよ」
 シキは今日初めて自然な笑顔で食べたものの感想を正直に言った。美味しいものを食べると幸せな気持ちになるし、思ったことを素直に言えるのも気持ちいいと思った。
 ところが、今までと少し違うシキの様子にナツミ達は敏感に気づいたようだ。
「わざとらしい」
 マフユはシキに鋭く指摘する。
「ハルカの料理を食べたときと反応が全然違う」
 ナツミにまで言われる始末である。
「そんなことないよ。ほんとお母さんの作った料理よりも断然おいしいよ」
 シキは本心から言う。ハルカのことは少し悪くいっても大人だし問題ないだろう。
「嘘だあ。お母さんが作った料理よりおいしいなんてあるわけにゃいよ」
 ナツミには余計嘘っぽく見えたらしい。シキにはさっきの料理は全くおいしくなかったが、ナツミ達には絶品だったらしい。お袋の味というやつか? 人の好みというのはよくわからない。
「そんなに謙遜することないじゃない。シキがおいしいって言ってくれているのだから、よくできていると思うよ」
 ハルカはクスクス笑いながら言った。
「うーん。上手くできたとは思うけどやっぱりハルカのには負けちゃうなあ。お菓子の本を見たりしてがんばったんだけどなあ」
 ナツミは自分に切り分けたケーキを食べながらしかめっ面で言った。自分で確認してみても、断然ハルカのケーキのほうがおいしいらしい。
「よくできたほうなんじゃない。喜んでもらえているみたいだし」
 マフユもナツミと同意見みたいだ。
 シキは夢中になってケーキにがっついていた。今まで悲鳴を上げていた胃袋にようやくまともな食べ物が入ってきて、体が歓喜しているようだった。
「喜んでもらえたならよかったかな。今度はハルカのケーキも食べてみてね。絶品だから」
 ナツミはシキのあられもない食べっぷりを見て納得したようだった。
 シキはハルカのケーキはごめんこうむりたいと思っていたが、それとも他の料理と違ってデザートだと本当においしいのだろうか? と疑問に思うほどだった。

 シキが一きれ目のケーキを食べ終わると、ナツミはすぐに二きれ目のケーキをシキに分けてくれた。全員が二切れ目を食べ始めることで、ホールケーキは跡形もなくなる。食べる量をセーブしていたシキはともかく、ガツガツと食べていた三人の胃袋はどうなっているのだろうか。
「シキ、今日は楽しんでもらえたかしら」
 シキが二きれ目のケーキを食べ始めると、ハルカがシキに聞いた。
「ええ、もちろん。ちょっとしたお節介でナツミの靴を直してあげただけなのに、こんなごちそうありがとうございます」
 シキは、最初はここに来るのも億劫だったがなかなかどうして楽しかった。
「それは、よかった。それにナツミにもいろいろよくしてもらって、ありがとう。けどね、今日シキをここに呼んだのは、実はそれが本当の目的じゃないのよ」
 唐突に、ハルカやナツミ、マフユの表情が真剣なものになる。シキは突然の空気の変化に戸惑う。
「え、どういうことですか?」
 シキには全く見当もつかなかった。
「あはは。ごめんね、シキ。今まではあなたを試していただけなんだ」
 ナツミは口調を変えていた。雰囲気もさっきまでと違い小学生とは思えない威厳がある。
「人間はほんとだまされやすい」
 マフユはさっきまでと特に変わらない雰囲気だったが、言っていることがさらに意味不明だ。
「みんなどうしちゃったの? なんか様子がおかしいよ」
 シキのケーキを食べ進めていた手を思わず止めた。
「シキの家は、猫を飼っているよね」
 ハルカが聞いた。シキには話の流れが見えなかった。
「ええ。二匹飼っていますよ。クリームとトラっていいます。うちの自慢の猫さんです。ナツミはたまに遊んでくれていますよ」
 近所でも一応、名前くらいはそこそこ知られているし、ナツミとかはクリーム達の友達でもあるのだが、今更それを聞いてどうするのだろう? 
「そういえば、この家でも猫さんを飼っていますよね?」
 シキがここに来てから一番気になっていたことをみんなに聞いた。
「いいや、飼ってないよ」
 マフユが言った。
「そんなはずない。僕には猫さんを飼っているかどうかくらいわかるよ」
 いくら部屋を綺麗にしていようとそれはごまかしようがない。シキの猫さんに対する五感と第六感をもってすれば、そんなこと造作もなく見破れる。シキにとっては猫さんの存在は、生きることに比肩するほど大事なことだったのだから、そんなことを誤認するようでは自分のアイデンティティーが崩れ去ってしまようなものだ。
「本当にうちで猫を飼っていないよ。シキはなんで、うちで猫を飼っていると思うの?」
 ハルカまで嘘をつく。シキはちょっと怒りたくなってきた。とはいえ、なんでと言われると答えにくい。
「それは……」
「なんで? なんで?」
 ナツミも聞いてきた。
「それは、こんなこと言ったら馬鹿にされそうですけど、この家はすっごく綺麗に片付いていますから、一見ペットなんて飼ってないように見えますけど、いくら外見だけ綺麗にしたって家の中には猫さんのいる雰囲気があります。僕は猫さんに対する感覚なら誰にも負けない自信がありますし、ここでも絶対に猫さんを飼っています。絶対です。むしろなんでそんなこと隠さないといけないんですか? 僕だったら、どんな猫さんだって可愛がってあげます。それに、ここの猫さんと会ってみたい」
 三人はそれを聞いてぽかーんとしていた。やっぱ言い過ぎただろうか。シキは少し後悔した。
「ほら、私の言ったとおりでしょ」
 やがて、ナツミが口を開いた。
「そうね。シキ。今日、シキを呼んだ本当の目的っていうのは、実はシキにお願いがあるのよ。その前にシキにはいろいろと説明しておかないといけないと思ったから、ここに呼んだの」
 ハルカが落ち着いて話した。
「お願い? お願いっていうならこっちにもありますよ。ここにいる猫さんに会わせてください」
 相変わらずハルカ達の話がシキには見えてこない。若干、怒ってきたのもあってシキは強気な口調で言った。
「これから話す話っていうのは、うちの猫の話とも直接関わってくるのよ。だから、ちょっと落ち着いて聞いてくれる」
 ハルカは諭すような口調で言う。
「わかりました。話してください」
「ありがとう。これから話す話はちょっと長い話になるわ。それにシキの世界観とか価値観とかを根底から壊すような話になるかもしれないけど、心して聞いてね。」
 ハルカはまた突拍子もないことを言う。しかも、話がいきなり壮大なものになり始めた。シキは訳が分からなかったが、ナツミ達はあまりに真剣な表情をしていたため、気が引き締まるのを感じた。
「猫さんの話がそんな壮大なものになるんですか?」
「ええ、なるわ」
 ハルカは当然のように言う。
「一人の人間が知っている世界なんて狭いもの。今から私達のする話はあなたの世界を壊しちゃうわ」
 マフユは少し面白しそうな表情で意味深に言った。
「とりあえず、聞くだけ聞いてみるよ」
 聞いてみないと何も始まらない。それに猫さんにも会いたいし。とりあえずシキは話を聞いてみることにした。
「じゃあ、いきなりうちの猫の紹介からしようか。シキは今日おかしいと思わなかった?好物がたくさんあるはずなのに、うちにいるはずの猫が全く出てこないことを不思議に思わなかった?」
 ハルカの話はいきなり、シキが気にしている確信をついてきた。
「確かに思ったよ。チキンとか魚とか喜びそうなものがたくさんあるのに、どこにいるんだろうと。うちの猫さんはご飯の時間になったら頼まなくても出て来るからね。でも、猫さんによって性格は様々だからどっかで寝ているか遊んでいるかだろうと思っていました」
 ご飯に来ない猫さんなんて珍しいものだと思いながらも、シキは勝手に納得しておいた。
「じゃあ外でうちの猫を見たことがある?」
 ナツミが聞いてくる。
「ないよ。完全に家の中で飼っているんじゃないの?」
 シキは近所で放し飼いされている猫さんをほとんど把握しているが、この家で飼っている猫さんに全く心当たりはなかった。
「じゃあ今日家にいてご飯を食べていたのはだーれだ?」
 マフユはシキを見つめながら言った。
「そんなのここにいる四人しかいないよ」
 みんなで一緒にパーティーしていたのだから明らかだ。
「家に猫を飼っているならご飯にはいるはずでしょう。ごちそうなんだから」
 ナツミの言い種はまるで自分達が猫さんであるかのような言い方だとシキは思った。

「「「つまり、私達三人は猫なのよ」」」

 シキは途端、体が硬直するのを感じた。
 ハルカに言われてみて、三人が猫さんだと考えれば、今まで不思議だったことがいくらか納得できるような気がした。まず猫さんが家に見あたらないと思っていたが、猫さんはちゃんとご飯の時間に顔を出していたわけだ。
 二つ目に、このシキにとって妙にまずかったパーティー料理だがこれにも納得だ。シキはハルカの料理をまずいと思いながらも、どこかで食べたことある味だなと思っていたが、今ようやく思い出した。
ハルカの料理はキャットフードの味にそっくりなのだ。最近のキャットフードにはなかなかにおいしいやつもあるが、キャットフードは人用の加工食品に比べて味がついていないものなのだ。シキは猫さんに食べさせる前に必ずキャットフードを試食するのだが、味気なくてたくさんは食べられないなあというエサは結構あった。今夜のパーティー料理で、シキが感じたのはまさにその感覚だった。
 一瞬、あまりの気づきにシキは驚き固まっていたが、落ち着いて考えてみると、猫キチのシキにさえ馬鹿馬鹿しい話に思えた。
「そんな話、信じられるわけ無いよ。みんなどう見ても、人間の姿をしているじゃないか」
 シキはばっさり切り捨てた。
「確かに簡単に信じられるわけないよね。ハルカ、マフユ少しだけ見せてみない?」
 ナツミが二人に提案した。
「でも変身する姿を見せるわけにはいかない」
 マフユはナツミの提案を拒否した。
「マフユの言う通りだけど、私達はもうタブーに片足つっこんじゃっているからね。人間は百聞は一見に如かずっていうし、見せてあげたほうがシキにも納得しやすいだろうし一部だけ変身してみようか」
 ハルカはちょっと考え込んだようだが、ナツミの意見に同調した。
「百聞は一見に如かずってなに?」
「ちょっと本気で変身する気?」
 ナツミとマフユが同時にハルカに疑問を投げかけた。
「二人同時に言わないでよ。百聞は一見に如かずっていうのは、私達、猫は匂えばそのものについて納得できるでしょう。人間は話に聞いて納得できなくても、一回それについて見ればわかってしまうっていう例えだよ。人になっても匂いは残っているから私達には、人間界の猫は一聞瞭然でしょう。でも人には分からない。マフユも今更何言っているの?ここにシキを呼んだ以上、私達の正体は明かすつもりだったんだから、もうはっきり見せたほうがいいでしょう。後のことは後のことよ」
「そういうことか。人間はそういえば視覚を大切にするね」
「どうなってもハルカが責任をとってよね」
 二人はそれぞれ納得した。シキにも今の会話の中にひっかかることがあった。
「僕はこの家に入ったときから猫さんの匂いがするなあと思っていたけど、まさかその匂いも三人のものだっていうの?」
 シキのセリフに三人は驚いたようだ。
「家は綺麗にしていたつもりだったんだけど、まさか匂いでわかるなんてね」
「さすがおにいにゃん」
「人間のくせにどんな嗅覚しているの? 噂に違わぬ猫キチね」
 ナツミは素直に感心したようだが。ハルカとマフユは若干呆れているようだった。
「そういうことよ。シキには不思議なことに匂いだけでも、猫のことに気づかれたみたいだけど、見せようか。みんなちょっとだけ変身して」
 シキはここまで三人の話を冗談半分くらいにしかとれていなかったが、ハルカの言葉を合図に三人が突然光り始めた。
マンガでしか見ないような、冗談みたいな光景にシキは目を引き寄せられたが、眩しすぎて途中で目をつぶってしまう。

 シキが目を開けると、そこには体の一部が少し変わった三人がたっていた。
 ナツミは頭に二つの可愛らしい猫耳をつけていた。
 ハルカは長い尻尾を携えていた。
 マフユは一見、なにも変わらないようだ。
 シキが呆気にとられながらも、マフユを見ていると、
「肉球」
 マフユはぱっと手を見せて、そこには猫さん特有の肉球がついていた。
「それ本物なの?」
 シキがしばらく呆然としたあとに、ようやく口をついて出たのはまだ疑問符だった。
「だったら触ってみればいいよ。いつもクリームといちゃいちゃしているんでしょう? クリームにやる調子で触ってもいいんだよ」
 ナツミがぴこぴこと猫耳を動かしてシキに近づく。かわいい。あざとい。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」
 こんな態度で迫られたらシキは我慢できなかった。いや、我慢する理由がなかった。ナツミの猫耳は大きさこそ人型に合わせて普通の猫さんより一回り大きいサイズだったが、その毛並みや感触はまさに猫さんのそれだった。どう見ても猫耳カチューシャなど付いておらず、猫耳は自然に頭についているものだった。耳の裏をくすぐってやるとナツミは気持ちよさそうだった。
「ナツミばっかずるい。私もさわっていいよシキ」
 ハルカは尻尾をふりふりしてシキにアピールしてきた。猫さんの尻尾ふりふりはただひたすらにかわいいのだが、人間の特にハルカがやると異常にエロく見えた。ハルカの尻尾に触ってみると、触り心地はまさに猫さんのそれだった。人型に合わせて尻尾のサイズも大きくなっているので、感じ方によっては猫さんの尻尾より触りがいがあった。
「いたっ! ちょっとひっぱらないでよ」
 シキが好奇心でちょっと引っ張ってみると、ハルカは声をあげた。
「ごめんなさい! 本当にちゃんと生えているのかと気になって」
 尻尾は引っ張っても手応え十分で、ハルカの心情を表すかのようにぶんぶんと振られていた。体に生えていることに間違いはなく、本体の動きと別に心情を表すような動きをするところとか、まさに猫さんの尻尾のそれだった。
「許してあげるけど、猫にそんなことしちゃだめだよ」
 無論、普段のシキは猫さんの尻尾を引っ張ったりはしない。
「ほら、私の肉球も触ってごらんよ」
 マフユはナツミやハルカと違ってスキンシップをあまり積極的にとるタイプには思えなかったので、自分からこんなことを言ってくるとは思っていなかったが、シキに向かって肉球のついている手を差し出してきた。
 ぷにっ
 もはやなんの躊躇もなくシキがナツミの手を握ると、慣れ親しんだ感触が伝わってきた。やっぱこのぷにぷにする感触は気持ちいい。シキの表情が至福の感情で満たされる。
「いてっ」
 今度はシキがやられる番だった。
「あんまり嫌らしくさわるな」
 マフユの手は肉球と同時に猫さんの爪にも変身していたらしく、ナツミの怒りの琴線に触れたシキはこっぴどく爪を立てられた。こんな反応もまさに猫さんのそれだった。
 猫さんの肉球はかなりデリケートな部分で容易に触ることはできない。シキがクリームの肉球に触ろうとすると、敏感に察知されて逃げられたり、反撃でひっかかれたりする。菩薩のように許容範囲の広いトラですら、長時間、肉球をもみもみしていると露骨に嫌そうにする。
「本当に猫となったら見境ないのね」
 マフユはシキの行動と仕草にどん引きしていた。
「今は事情があって一部しか変身してないけど、私達は人間の姿をしているけど猫に変身できるのよ。というか、元々猫なんだけど人間に変身できるって言った方が正しいけどね」
 シキは三人の可愛さに見惚れて、状況の不自然さに全く気付いていなかったが、普通の人間の正気を少し取り戻したシキには衝撃的な光景だった。
「三人とも実は猫さんなの?」
 シキは改めて三人に聞いた。
「そうだよ。私達三人だけじゃなくて、シキの家のクリームとトラだって私達と同じで変身できるのよ。というか、世界中の猫はみんな人間に変身できるんだよ」
 ナツミは、地球が実は太陽の周りを回っているという、さも当然の事実のように言う。ハルカが言っていた通り、確かにシキの世界観がぶっ壊れるような話だった。
「クリーム達も!?」
 シキは驚愕した。
「そして私達は人間として人間社会に溶け込んでいて、クリーム達は猫として人間社会に溶け込んでいるのよ。シキが知らないだけで、結構な数の猫が秘密裏に人間として生活しているのよ。びっくりしたでしょう?」
 ハルカによって続々と衝撃的な事実が明かされる。シキはぽかーんとしていた。
「とても信じられないような話だけど、人間には秘密にしているみたいなのに、なんでそれを僕に明かしたの?」
 シキはそんな話があったら素敵だという想いもあったので、信じられないながらも割とすんなり話が聞けた。
「話が早くて助かるわ。猫の中でも人とどう共存していくのかというのは大きな問題になっていてね。猫の間で、人と積極的に関わっていこうとする人親交グループと、人とは極力関わらないでいようとする人絶縁グループの争いがあるんだ。そこらへんの考え方の違いから、人として過ごしている猫と、猫として過ごしている猫がいるの」
 ハルカは一呼吸置いて話を続ける。
「基本的には、そんなのは人に私達の正体を明かすというタブーを起こさなければ、問題ないんだけど、猫も人間のことを知りすぎて、最近では人の技術力を超えるようなものを作ったりもしてね。下手に猫が力をつけすぎたせいなのか。最近、この二つのグループの争いも過激になってきているんだ」
 政治には疎いシキだったが随分と厄介な話に聞こえた。一体シキの知らないところで、猫さんはどれだけの社会力を築いていたというのだろうか。
「それをなんで僕に話すことになったの?」
 ハルカ達の話ではそれは猫社会ではタブーらしい。人間社会のように法律まであるのだろうか? それなのにシキに話した理由がまだわからなかった。
「クリームが問題なのよ」
 マフユが答えた。
「え? クリームが?」
「簡単に言うとクリームは私達、人と積極的に関わろうとしているグループ「ピース」のリーダーの役割を担っているの。人絶縁グループの一部は結構過激な動きをしていて、「キャッツ」という組織を作って、クリームの命を狙うような輩まで出ているんだ。その飼い主であるシキにもその事実を知っていてほしかったんだ。あと、いざという時に備えて心の準備をしてほしかった」
 ハルカは淡々と説明するが、シキには信じられないような話だった。
「最近、ナツミがシキによく接触していたのはシキを試すためだったの。特に屋根上のクリームを助けてもらったときは、腕を少しケガしたみたいでごめんなさい。でも、シキが何よりも猫を愛しているのが分かったから、私達も私達が猫であるという事実を打ち明けられたんだ」
 ナツミは実はあの時、シキが腕を怪我していたことを知っていたらしい。
「あと、あのシューズを直してもらったのも、シキが私達の秘密を明かしてよい人間かどうか試すためのものだったの。本当はあの靴、人間に扱えるようなものじゃないのよ。まさか、本当に直してくれるとは思わなかったよ。今は詳しくは話せないけどね」
 あの靴の修理はマフユが差し金だったらしい。人間に扱えないとはどういうことだろうとシキは疑問に思った。
「それが今日シキを呼んだ理由よ」
 ナツミが締めくくった。
「でも、クリームは産まれてすぐの野良猫さんの頃に母さんが拾ってきた猫さんで、それからずっと家で暮らしてきたんだよ。そんな特別な猫さんなわけないよ」
「じゃあ、シキは私達が猫であるなんて想像したことある? クリームが家から出ているときどこでなにをしているのか知っているの?」
 ナツミがいたずらな瞳で見つめながらシキに聞いた。
「猫さんが人に化けられるなんて思うはずもないし、クリームが外でなにをしているかは、確かに僕もあんまりよく分かっていないよ。けどさ……」
「とにかくクリームは私達ピースにとって救世主なんだ。私達はクリームの周辺を守る守護者としてここで人として暮らしているの。あとトラもピースの一員で、クリームに一番ちかい側近の用心棒として、シキの家に潜り込んだんだよ」
 ナツミの説明が続く。救世主に、守護者に、用心棒。なんかすごい話になってシキの頭の回転が追いついてくれなくなってきた。
「トラまでそんなすごい猫さんなの?」
 トラは昔、近所の人が引っ越すときに置き去りにされてしまっていた猫さんだ。突如、野良猫さんになったトラだがその愛想のよさで近所の人に良く可愛がられて、シズカのことも懐柔したトラはシキの家の飼い猫さんになった。それが救世主の用心棒? シキには受け入れがたいとんでもない話だった。
「猫のなかでは超有名猫だよ。凄腕の用心棒なんだから」
 マフユが答えて、他の二人も同調する。
「私達の話したいところはこんなところかな。何かシキが聞きたいことはある?」
 随分と簡単なアウトラインだけでハルカ達の話は終わった。短い話でも内容が異常に濃い話ではあったが、これじゃあ三人がシキにどうしてほしいのかよく分からなかった。
「これだけ? もうちょっと猫さんが人社会の中でどう生きているのか教えてもらえません?」
「本当は、猫が人の中で生きていることを話すだけでもタブーなのよ。たぶん、シキは世界で唯一の猫の正体を知っている人間になったの。これを明かすことを猫社会で認めさせるのに危ない橋を私達も渡っているの。今、シキに知ってほしいことは全部言ったつもりよ。逆にこれ以上込み入った話をしても混乱させるだけになると思う」
 ハルカは改めてシキにこの話はここで終わりだと宣言した。
「それで僕にどうして欲しいんですか? これじゃあ、猫さんの正体を無駄に一人の人間に明かしたというだけで、それ以外何もないじゃないの?」
「それでいいんだよ」
 マフユはあっさりと言った。
「私達は人と仲良くしたいピースの一員。シキみたいな人間と今までの関係を続けていけたらそれだけでいいの。だから本当はこんなこともしたくなかったんだよ」
 ナツミもあっさりと言った。
「今まで通り、クリームやトラ、他の猫達を可愛がってね。そして私達とは普通の人間として接して。つまりシキは何もしなくていいし、変わらなくていいの」
 ハルカもあっさりと言った。
「ただ万一の時に備えて、シキにも心の準備をしてほしかっただけだよ。でも私達が全力で守るからそんなことにはさせない。おにいにゃん、残ったケーキ食べよう」
 ナツミはこの話を終わりにしてケーキを食べ始めた。
 シキもナツミに釣られてケーキを食べた。会話中ずっと放置されていたケーキだが、相変わらず絶品だ。しかし、頭がこんがらがってシキにはその味も分からないほどだった。

 デザートも終わって、ナツミの誘いでみんなでゲームをすることになった。ハルカはパーティーの片付けをしていた。さっきのシリアスなムードから一変して明るい雰囲気のナツミからは、普通の小学生にしか見えない。
 マフユは、特に様子が変わらず小学生には見えない落ち着きだったが、どっちにしても、この一家が全員猫さんであるなんて、未だにシキには信じられない。
「じゃあこのアニマルカートやろうと思うけど、おにいにゃんこのゲーム知っている?」
 テレビの下の棚を物色していたナツミが用意したのは、偶然にも最近シキがはまっているレースゲームだった。それなりにやり込んだゲームなので小学生に負ける気はしない。
「うん。僕も知っているゲームだしそれでいいよ」

 その後、三人はしばらくアニマルカートをした。
「また二位かあ」
 三十分後、シキは何度目かの二位でゴールした。
「ああ惜しいあとちょっとだったのに」
 シキからワンテンポ遅れてゴールしたナツミがため息をつく。
「ちょっと強すぎないマフユ?」
 十レース以上したが、シキは全く勝てなかった。勝てないどころか、全く勝てる気がしない。ほぼ全てのレース二、三位でフィニッシュしているが、一位になれる気が全くしない。このゲームでこんな感覚は初めてだった。運が相当影響するこのレースゲームでは、相手がどんなに上手くても十回に一回くらいは漁夫の利で勝てるくらいの自信がシキにはあった。
 しかし、今シキが陥っている感覚は、永遠にやり続けても勝てる気がしないものだった。僅差の試合もあったのになんだろうこの感覚は。最初は適当に流しつつも一位を取りまくり、たまには適当に譲ってあげようという気だったのだが、そんな気分はすぐに吹き飛んだ。本当にマフユが強すぎた。
「マフユはいつもこんなもんだよ。というか結構遊んでいるよね?」
 ナツミはさらりと言った。これで遊ばれているとは末恐ろしい。本気を出したらどんだけのスピードが出てしまうというのだろうか。マフユは今までの表情とは打って変わってすごく楽しそうだった。のめり込んでいるのかシキ達の会話も特に聞こえないようである。
「本気だしたらどうなるの?」
 シキはすごく感心して興味津々に聞いた。
「本気だったら周回遅れにできちゃうんじゃないかな」
 マフユは真顔で静かに言った。あまりの一言にシキは驚かされた。一周遅れにされるとはとても信じられないが、見てみたくもある。どうやら適当に譲って手加減していたのはマフユのほうだったらしい。
「一周遅れなんてしなくていいから、もうちょっと手加減してよ。あたしとおにいにゃんの争いになっているじゃん」
 ナツミが愚痴る。そう、実際のところナツミも小学生にしては異常に上手かった。ほとんどのレースでナツミとシキは二位争いのデッドヒートを繰り広げていた。
 二人ともにぶっちぎりで勝てると思っていたので、シキには完全に予想外の戦いだった。ナツミもシキと同じくらいには上手く、ほんのわずかの差でシキのポイントのほうが上という状態だった。ただし、次のレースの結果によってあっというまにひっくり返るごく少量の差である。
「マフユほどじゃないけど、ナツミもめちゃくちゃ上手いね。びっくりしたよ」
「ええ? これくらい普通だよ」
 シキがナツミを褒めても、ナツミはあまり嬉しそうではなかった。
「マフユ、一回本気で走ってみれば?」
「そうね。シキはぶったまげるかもね」
 マフユは面白そうに言ったが、目が座っていた。

 マフユが本気を出した次のレース、マフユは今までのレースとは桁違いの圧倒的な走りを見せた。完璧なコース取りとドライブテクニックで全く他を寄せ付けず、その走りはまるで世界記録のリプレイを見ているかのようだった。結局、マフユの走りに見惚れていたシキは自分の操作が疎かになり、ナツミにも負けて危うくマフユには周回遅れにされるところだった。僅差で勝っていた合計のポイントでもナツミに抜かれてしまった。
「どう? 驚いた? これが上手いっていうんだよ」
 マフユがすごかったのになぜかナツミが自慢した。
「上手いっていうか。凄すぎるでしょ」
「だって私、全コースの世界記録を持っているからね」
 マフユは淡々ととんでもないことを言う。
 シキは一瞬、自分の耳がおかしくなったかと思った。
しかし、シキはこのゲームをやり込んではいたので、アニマルカートには一人とんでもないプレイヤーがいることを知っていた。アニマルカートのコースレコードは一人のユーザーが支配していてユーザー名は……。
「もしかしてマフユは、AbsoluteZeroなの?」
 シキは噂の最強レーサーの名前をマフユに聞いてみた。
「そうだよ」
 シキは驚かされた。こんな女の子が世界王者とは。いや猫さんか。AbsoluteZeroはアニマルカート界隈ではちょっとした有名人で、ネット上ではゼロと呼ばれている。
「今日はなかなか面白かったよ。また今度勝負しようね。シキ」
 マフユはレースを終わらせて電源を切ってしまった。この瞬間シキのビリが確定したがそんなことはシキにはどうでもよかった。
 こんな小さな可愛い子が最強のプレイヤーであるという事実に、一端のゲーマーであるシキはぶったまげた。マフユはゲームのことになると饒舌になるようで、いつもより口数が多かった。
「でも、レースのほうが散々だったね。やっぱり今日の話はシキを動揺させたのかな?」
 マフユはシキにダメ出しする。
「そりゃあ動揺もするよ」
「まあそうだね。同情するよ」
 マフユは笑顔で言った。
「でもゼロ本人と会えたなんてよかったよ。ゲーム界ではちょっとした有名人だよ」
 シキはマフユの技術に感動したし嬉しかった。
「人間が弱すぎるのよ。シキももうちょっとがんばってよ」
「努力します……」
 シキは苦笑いした。猫さんの技術力の一端を見た気がした。それは感動を覚えるものでもあったが、同時に末恐ろしい気がした。

 その後、猫さん達の寝る時間だということでパーティーはお開きになった。ケーキは美味しかったが、ほとんどサラダしか食べておらず、お土産にもらったクッキーもハルカが作ったのでは全く期待できなかったので、シキは家に帰る前にコンビニに寄ることにする。
 シキは、単純に軽い夜食におにぎりを二つ買って家路に帰る。今日の店員さんはいつものきれいな黒髪のお姉さんではなかったけど、シフトではなかったのだろうか。
「今日はおまえの食べそうなものはもってないよ」
 コンビニからの家路で、近所でよく会う黒猫さんと遭遇した。大抵、野良猫さんはこういう時エサ目当てでついてくるのだが、今日はやけに積極的にその黒猫さんはついてきた。
「そういえばハルカにもらったクッキーがあったな」
 シキは思い付きで黒猫さんにクッキーをあげてみることにする。
 ハルカの料理はシキの舌には全く合わなかったが、猫さんの三人には絶品らしかった。もしかしてこのクッキーも猫さんには美味しいのだろうか?
シキは、ガサゴソと鞄からクッキーの入ったビニールを取り出そうとすると、黒猫さんはさらにシキに近づいてきてシキの足元から少し離れた位置に陣取る。エサをもらうのに慣れた野良猫さんはこういう態度を示すことがあるが、この黒猫さんにここまでの反応を示されるのは初めてだった。
 シキがダメ元でクッキーを黒猫さんにあげてみるともの凄い勢いでガツガツと食べる。シキは一枚試しに食べてみたがやっぱりまずかった。
 シキは黒猫さんの反応を楽しみながら、三枚程、黒猫さんにクッキーをあげる。その様子ではいつまでもせがまれそうだったので、夢中になっている間にシキは逃げるように家に帰った。

 シキが家に着くとクリームとトラが待っていた。
 トラは玄関前で優雅に寝っ転がってシキのほうを見つめている。
 クリームはシキが帰ってきたのに気づくと、どこからともなく走ってきて、家と道路の境界でちょこんと座り、シキを待つ。
 昼間の寝ている時間なら例外だが、夕方から夜に帰ってくると、この二匹は必ず迎えに出てきてくれる。本来、この時間でも家の中にいることも結構あるのに、なぜシキが帰ってきたことに気づくのかはわからないが、ちゃんとシキを迎えに来てくれる献身的な姿には本当に癒される。
 シキがクリームの頭をなでなでしてやると、クリームのほうもそれに合わせて気持ちよさそうに顔を合わせてきてくれる。とはいえ、すぐに飽きてシキの手から離れると玄関のほうに歩いて行ってしまった。
「ただいまー」
 シキが玄関を開けると、クリームとトラもシキに続いて家に入る。
「おかえりなさい。クリーム達が慌てて出て行ったからそろそろ帰ってくるだろうと思っていたんだよね。パーティーは楽しかった?」
 リビングに入ると、シズカはソファで座ってくつろいでいた。
「楽しかったよ」
 いろいろシズカに話しても混乱させるだけだと思ったので、シキは無難な返事をした。
「よかったじゃない。シキは猫さんと遊んでばっかだけど、たまには人間とも遊ばないとね」
 シキは人間と遊びに行ったつもりだったのに、なぜか猫さんと遊んでいたんだけどね。
「ナツミの家も猫さんを飼っていたみたいで、おすすめのエサをおみやげに貰ったから猫さんにあげてみるね」
 シキはクリーム達にも、ハルカにもらったクッキーをあげてみることにした。シキが猫さんのエサ箱に近寄るとご飯の時間だと気づいたようで、クリームとトラがのそのそと近づいてきた。すでに開けた袋から匂いがでているからなのかクリーム達の様子が普段のエサ前の時と比べて興奮しているように見えた。
 シキがエサ箱にクッキーを開放すると、二匹とも争うようにがっつきはじめた。普段はクリームが先に食べて、落ち着いているトラは残り物を食べることが多かったので珍しい光景だった。無論、クリームが食べ尽してしまった時でも、シキはトラには追加でエサをあげているので、ちゃんと二匹ともお腹いっぱい食べられる。
 それが取り合いにまでなるなんて、やっぱりハルカのクッキーは猫さんにとっては絶品のようだ。
 シキは特にクリームの様子を注視していたが、ただの食欲旺盛な猫さんにしかみえない。こいつが本当に猫さんの救世主なのかね? シキは大いに疑問を持たざるを得なかった。

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