レイ達はアゲオン空港の傍にあるホテルに入っていた。
レイにルナ、ペレに、ツァルムとネパティロ、テラとジャイロ、
それぞれ一つずつ、計三つの部屋をとる。
だがルナとペレは部屋に入らず一階のエントランスに有るカフェでくつろいでいた。
ペレはコーヒーを飲みながら、エントランスを出入りしている人たちを眺めている。
「……すごいですね。
人間だけじゃなくてウルフ族やエルフ、虫族や鳥族まで、色んな人種が入り混じってる」
するとルナは言う。
「ここはミトラス教の総本山だからね。世界各国から信者がやってくるのよ
それにこの街は聖地とされているし」
「へぇ~」
ペレは感心すると、ルナに話しかけた。
「…ルナもウルフェンに会うんでしょ?」
「そうよ」
ルナはうなずくと、ペレは続けて言った。
「ウルフェンってどんな人なんですか?」
するとルナは考え込む。
そして、しばらくすると答えた。
「そうねぇ……、一言で表すのは難しいけれど、簡単に言えば優しい人ね」
「優しい人ですか」
「ええ、彼が怒った所は殆ど見た事が無いわ。
常に人を気にかけていて、困ったり悩んだ入りしていると
自分の事の様に心配して悩んでくれる……」
「……面識があるんですか?」
ルナはうなずく。
「ええ、かなり長い付き合いよ。
私が帝国軍に入隊する前からだから」
「へぇ~。すると、ウルフェンとは昔話とかするんですか?」
「ん~、そんな所かなぁ。
別に特別話す事は無いからなー……。唯一有るとすればユグドラシルについてかな。
アルフォンヌは頼りにならないからねぇ」
「確かにあの人は駄目ですね……」
ペレも同意する。
アルフォンヌは力を持っているが、ヤル気が無いのが玉に瑕、全く役に立たない。
そしてルナは話を続ける。
「私が一番気になるのは、レイがウルフェンとどんな話をするかよ」
「レイが?」
「ええ。レイが何を聞きたいのかを知ることで考えている事が分かるわ。
貴女を捕虜にしときながら殆ど自由に行動させている。
それは何故かしらね」
ルナはそう言うと、鋭い目でペレを見つめる。
「確かにそうですね……」
ペレはルナに言われて初めて疑問に感じた。
レイには普通に扱われていて、殆ど束縛されていないので、
捕虜であるという感覚すらなかった。
尤も、レイが自分からは逃げられないと確信している為とも言えるが、
それにしても、戦艦内のコンピューター室に容易に入る事が出来たり、
艦橋にも自由に出入り可能、ホテルに着いても外へ出ようと思えば可能だ。
ルナは続ける。
「ま、レイはいつも尤もらしい事を言ってるけど、考えている事はいつも同じよ。
それはブラックドラゴンをより発展させる事。
その為に、障害となる物は徹底排除するわ。
その障害がユグドラシルでありアラレマス帝国。
貴女達ソレイユに協力しているのも、利用価値があると考えているからよ。
利用価値が無くなれば、すぐ見捨てるでしょうね」
「……そういう人なんですか、あの人は?」
「結局は自分の為なのよ。アイツは組織のことしか考えていない。
組織の為なら他の犠牲もいとわないわ。
サンに蟲殺の子供を探すのを協力しているのも、
帝国に蟲殺の子供が渡ったら困るから。サンの為じゃあないわ。
サンは賢いからそこら辺は理解してるでしょうけどね」
ルナは険しい表情を浮かべると、言い放つ。
「レイの為に苦しみ死んでいく人が何万何千とも居る。
だからアイツを必ず処刑台送りにしてやるのよ。
私が今レイと一緒に居るのも捕まえる為。今はチャンスをうかがっているの」
そこへ遠くから声がした。
「だが、我々も同じ様なものだろう?」
二人は声のした方を向いた。
すると、そこにはウルフ族の男性が立っていた。
男性はくすんだ青色の毛色をしており、
全身をすっぽり覆うフード付きのマントを頭まで羽織り、左手には木の杖をついていた。
ルナはそのウルフ族の男性を見ると少し驚いた表情を見せ、呟く様に言った。
「……ウルフェン」
するとウルフェンと呼ばれた男性は少し微笑んだ。
「久しぶりだな、ルナ」
ウルフェンがそう言うと、
ペレはウルフェンを興味深げにまじまじと見つめ回した。
そして言う。
「この人がウルフェンですか」
ルナはうなずく。
「そうよ」
すると今度はウルフェンがペレへ向くと怪訝そうに顔を見つめる。
「……レイ……ではないようだな。君の名は?」
するとペレは笑顔で答える。
「ペレといいます。貴方の武勇伝は予々(かねがね)伝え聞いてます」
ペレはそう言うと、ウルフェンは椅子に座りながら言葉を返す。
「ありがとう。私はグレイア=ウルフェンだ。
昔はクラムスイヤ帝国とアラレマス帝国で軍人をやっていたが、
今は引退してこのミトラス教国で管区大司教の役職に居る」
そこへルナがウルフェンに問いかける。
「……で、私もレイと同じというのは?」
するとウルフェンは、静かにゆっくりと話す。
「人を苦しめ殺してきたのは、レイだけでは無いという事だ。
我々も人を苦しめ殺してきた。
それは軍人が故の悲しい性であるが、レイと何が違うというのだ。
レイが組織を思うのを同じく、我々軍人も国の為に敵を苦しめ殺してきたのだ」
ルナは視線を落とす。
「……つまり、人の事は言えないって事ね」
「そういう事だ。やっていることはレイと大して変わりはしない、
唯一違う事といえば大義名分があるかどうか」
ウルフェンの語りにルナは顔を伏せると、右手の手の平を見つめる。
「まあ、ね。暗部に生きてるから汚いことも数多くやってきたし、
今はセカンドヒューマン計画の責任者だし……」
ルナの、眼を覆う髪の間からチラリと見える眼は、どこか悲しげな感情を表していた。
ウルフェンはそれを察してか、話題を変える。
「…まあでも、お前がアイツを毛嫌いするのはそんな理由だけでは無いだろう?
最後に逢ったのは三年ほど前になるが、年月を追うごとにメナーディーに似てきている」
「…っ……」
「……まだ、彼女を死なせてしまった事を引きずっているのか?」
「………」
ルナは黙り込んだ。
「レイを見るたびに彼女の事を思い起こすんだろう。
もうあの事は気にするな、彼女の死は免れなかったのだ。
それが戦争というものだ」
「けど、あの時私がもっとしっかりしていれば……」
「過去の事を言っても、彼女は戻ってくるわけではない。
重要なのは彼女を忘れないこと。
そして、死んだ彼女の分まで生きること。
そうする事で彼女の志半ばで散った無念も晴らされるだろう」
ウルフェンは諭すように言うと、ルナは神妙な面持ちでうなずいた。
「………うん」
そこへ、ペレがウルフェンに尋ねる。
「……あの、メナーディーというのは?」
「…元空軍大佐メナーディー・クロス。
私やルナの親友にして元同僚だ。
天才的な指揮能力と状況判断力で、次々と指揮を取った作戦を成功させ、
戦闘機に乗れば、五機撃墜すればエースパイロットと呼ばれる中で479機も敵を撃墜。
これら数多くの勲功を上げ、メナーディーは二十五歳の若さにして
大佐の座までのし上がった女性なのだ」
ウルフェンの説明にペレは感嘆する。
「……凄い人だったんですね………」
「ああ。だが彼女は戦争で死んだ。
メナーディーは、私とルナと同じ部隊にいてな。
ルナが敵軍の本陣に潜り込んだんだが、敵にバレて捕まってしまったんだ。
それで私とメナーディーが、ルナの救出の為に本陣に突入して
ルナを牢から無事助け出したんだが、脱出する途中、敵に見つかり銃撃戦になったんだ。
その中でルナが足を撃たれて倒れた。
メナーディーが助けようと駆け寄った時に、敵に足を撃たれ倒れこんだ。
その倒れこんだ所が運悪く敵の真ん前で、メナーディーは蜂の巣さ」
「……酷いですね」
「それが戦争というものだよ。やさしい戦争など有りはしない」
ウルフェンは鋭い眼でペレを見つめる。
「――さて、それにしてもレイは遅いな」
ウルフェンは時計を見ながら呟く。
するとルナはウルフェンに尋ねた。
「ところでウルフェン、貴方が何でここに居るの?
こちらから出向く予定だった筈だけど」
ウルフェンは答える。
「約束の時間を三十分も遅れているからな。
何か有ったのではと心配になってきたんだよ。
時間にうるさいレイが遅刻する事は、まず無いんだが……」
するとルナは話す。
「大方、部屋で熟睡してるんでしょう。
彼女かなり疲れた様子だったから」
「それなら良いんだがな」
「あ、でも貴方の予定が狂っちゃうわね」
「大丈夫だ。今日はもう公務の予定は無い。
レイにはゆっくり休んでもらうとしよう」
「良いの?」
ルナは申し訳無さそうに聞くと、ウルフェンは笑みを浮かべた。
「構わんよ。その間、ゆっくり昔話にでも興じようではないか。
お前と逢うのも十年ぶりだしな」
「もうそんなになるかしら?
確か前逢った時は杖をついてなかったっけ」
「フフ、もう146だ。人間で言えば七十過ぎの爺。
足腰も弱ってくる」
するとルナは怪訝そうに言う。
「けどその割には、存在感が昔より有ると思うんだけど。
とても風格が有るわ」
「先が無いからな。堂々としていられるんだよ」
ウルフェンは自虐気味に言う。
そこへペレが割り入ってくる。
「いやでも、ルナとの話を聞いていると、さすが司教様だなと思うもの。
いぶし銀って感じですよ」
「そうでもないさ。そもそも私はミトラス教信者じゃない」
この発言にペレは驚く。
「え! でも大司教なんですよね?」
「大司教だがミトラス教信者ではない。
一応、表向きはミトラス教信者だが、
私はミトラス教の最高神ソルを信仰しているんだよ」
「???」
ペレはウルフェンの言いたい事がイマイチ分からない。
するとルナが言った。
「ウルフェンはソル教信者なのよ」
「ソル教…といえば、確かオリュンポス教国の宗教でしたよね。
今はアース神国になってますけど」
ウルフェンはうなずく。
「そうだ。元々はオリュンポス教国に住んでいたんだが、
戦争で国がメチャクチャになってね。
戦争が終わった後、ミトラス教国へと移り住んだんだ」
「へぇ~」
「そしてその後、様々な事情からミトラス教国の管区大司教となったのだ。
本音を言えば、そろそろ隠居してのんびり暮らしたい所なんだが、
そうもいかない世界情勢になってきてな……」
するとルナが問いかけた。
「アラレマス帝国? それともブラックドラゴン? それともユグドラシル?」
ウルフェンは答える。
「全てだよ。レイによって、世界の勢力図が書きかえられようとしている」
「勢力図が?」
ルナとペレは聞き返した。
するとウルフェンは鋭い視線を二人に向けた。
「そうだ。レイが企んでいる事。
それは世界統一」
「世界統一!?」
ルナとペレは驚く。レイが世界統一を企んでいようとは思いもよらなかった。
ウルフェンは頷く。
「そう、それもアラレマス帝国によるな」
だがルナは腑に落ちない様子で聞き返す。
「ちょっと待って、それ変じゃない?
だって、アラレマス帝国はブラックドラゴンとは犬猿の仲。
最大にして最強の宿敵なのよ」
するとウルフェンは笑う。
「フフ……ルナ。暗部に居りながらレイの影響力を認識しておらんのか」
「ええ?」
「アラレマス帝国皇帝は、誰のおかげで皇帝の座につけたと思っているんだ?
レイのお陰だぞ?」
ウルフェンの話にルナは喫驚する。
「え……!? けど、レイが皇帝陛下に接触した痕跡は全く……」
「フ、何を言っている。あの皇帝は五代ぶりの文人出身の皇帝ではないか。
しかも外部出身の皇帝だ、成り上がりじゃ無い」
「!! ……という事は」
「当然、政治はブラックドラゴンに寄った物になる。
そして今、クラムスイヤ共和国に大事件が起こった。
これにより共和国と帝国の関係は非常に微妙なものになる。
これが意味するものは何か。……分かるだろ?」
ルナは呟く様に言う。
「……戦争。けど共和国と戦争をして一体何の得が……」
「さっきも言っただろう、世界統一をする為だよ。
お前も皇帝から何を考えているか聞かされているだろう?
だったら、世界統一の意味が、そしてその先に何が起こるか。
おのずと答えは見えてくるはずだ」
「……!」
ルナの表情が険しい物となった。
ウルフェンは話を続ける。
「今やこの世界はレイによって動いているも同然だ。
裏社会の帝王と呼ばれるレイが、表社会まで影響を及ぼすようになっている。
そして、ユグドラシルがそこへ出てきたことで更に厄介な事になってきた」
そこへ三人が囲むテーブルへ、女性が歩み寄ってきた。
「やれやれ、よくもまあ私の悪口を並べ立ててからに……。
感心するわ」
女性は三人の傍まで来ると言い放った。
するとウルフェンが言葉を返した。
「遅かったな、レイ」
「いやぁ、ごめんなさいねぇ。豪快に寝過ごしちゃったみたい。
おかげで悪口をたっぷり聞けたわ」
レイは皮肉たっぷりに笑顔で返す。
するとウルフェンは笑って返した。
「フフフ、陰口ほど聞いて後悔する物は有るまい」
そこへ、ペレがレイに言う。
「けど、まさかアンタが世界征服なんて大それた事を企んでるなんて、
思いもよらなかったわ」
するとレイは怪訝な顔をする。
「はぁ? 世界征服なんて狙ってないわよ」
「何よ、シラをきる気?
ウルフェンがキッチリ教えてくれたわよ」
するとレイは冷めた表情で言った。
「人の話はしっかり聞く事ね。
ウルフェンは、私が世界征服を企んでるなんて一言も言ってないわよ。
私が企んでるのは世界征服ではなく世界統一」
「どっちも同じようなものじゃない」
ペレがそう言うと、レイは否定する。
「いいえ違うわ。
私は全世界を治める気は、さらさら無いわ。
同じやるなら、わざわざ帝国の皇帝を自分ひいきの奴に挿げ替えるなんて
面倒な事はせずに、一つずつ国を潰していくわよ。
私にとって重要なのは、アラレマス帝国が世界統一する事」
「……そんな事をして一体何の得があるというの?」
ペレは険しい面持ちでレイに言い放った。
するとレイは鋭い笑みを浮かべる。
「その時が来れば分かるわ」
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