ルナはユグドラシルから逃れようと、渾身の力で右手でユグドラシルの顔を殴り飛ばした。
するとユグドラシルの頭部が粉微塵に吹き飛んだ。
だが、ユグドラシルは掴んでいるルナの左腕を引っ張り上げるように、
乱暴にルナを後ろへ投げ飛ばした。
ルナは勢いよく飛ばされて、床に叩きつけられ、転がる。
ユグドラシルの頭は、マントの中から液体のような物が湧き出るように出てきて、
元の頭の形に再生した。
「やれやれ、まだ私の頭を吹き飛ばすだけの力が残っていたとはね」
そして、ルナに向かって突っ込んでいく。
ルナはユグドラシルに向かって立ち上がると、胸の前に左手をかざす。
すると左手の先に光が発し、その中から片刃の黒剣が現れた。
ルナはそれを左手で掴むと、剣先を左肩に向けるようにして上段に構える。
そして半円の弧を描くように斜め左下に向かって勢いよく空を切った。
「天地剣!」
剣筋の上段と下段から二筋の斬激がユグドラシルに向かって襲い掛かる。
ユグドラシルは両手を手刀の形にし、飛んでくる斬撃に合わせる様にして弾いた。
すると斬撃は、金属が激しくぶつかる金属音が生じ、弾かれた。
そしてユグドラシルはルナの傍まで詰め寄ると、
胸前で合掌する様に両手を合わせ、ルナに向かって強烈な突きを繰り出す。
「千代天食拳 空食歪波撃!」
ルナは黒剣を立てる様にしてユグドラシルに向け、ユグドラシルの突きを受け止める。
激しい金属音が轟く。
ルナは何とか受け止められたと一安心した刹那、
胸に、横一筋の切れ込みが入った。
そして一気に切り裂けた。
「ッ…な……!?」
ルナは喫驚する。確かに突きは剣で防いだはず。
だが攻撃は直撃したのだ。
「……終わりです」
ユグドラシルは右腕を引っ込めると、ルナに向かって勢いよく突き出す。
するとルナはそれを右へ避けながらユグドラシルへ突進、
黒剣をユグドラシルの腹に突き立てた。
黒剣はユグドラシルの腹を貫通した。
だが、突き刺した傷からは血一滴たりとも流れてこない。
それ所かユグドラシルは全く反応を示さない。
ルナは怪訝に思い、ユグドラシルのマントをはぐった。
するとそこには、何も無かった。
刺した時の感触はしっかり人を突き刺した感触だった。
が、全く何も無い。肉体自体が存在しないのだ。
「ま…まさか……」
ルナは思わずユグドラシルの顔を見上げる。
するとユグドラシルは笑う。
「フフフフ……、言った筈です、私は空の存在だと」
そしてユグドラシルは両腕を振り上げた。
「色々弄られている割には生きの良い魂の様ですね。
さあ、終わりにしましょう」
その時、床に満たされている血が引いていった。
ユグドラシルは動きが止まる。
「……フ…、やれやれ……。
アスタロトか……」
ユグドラシルは呟く様にそう言うと、刹那、
背後から突如、サンが剣をユグドラシルの背に突き刺した。
「な…何!?」
そして、ユグドラシルに突き刺している部分にヒビが入った。
ユグドラシルは驚愕する。
(空離通蜃を張っている私に攻撃を当てた上に、歪を!?)
そして『ビシッ』という音と共に、周りの空間にまでヒビが広がった。
ルナは危機を感じ、ユグドラシル突き刺している黒剣を引き抜き、離れた。
そしてサンも同じく剣を引き抜いてユグドラシルから離れる。
するとユグドラシルはサンへ向くと左手をかざした。
「貴様! 歪を生んで私を亜空間へ閉じ込めようというのか!?
だが、私は空! 例え亜空間であろうと私は死にはしない!」
そう叫ぶと、ユグドラシルはマントをまくり上げた。
するとマントの中には漆黒の闇が広がっていた。
「だが、貴様の思い通りにはさせはしない!
サン、貴様も道連れだ!」
すると漆黒の闇から無数の手が湧き出てきて、無数の手がサンに向かって襲い掛かってきた。
その時、サンの周りに冥い闇が現れ、
ユグドラシルから湧く無数の手を包み込んでいった。
手は閃光を放ちながら闇に侵されていく。
そして一気にユグドラシルに向かって、闇が手づたいに侵し進んでいく。
「なっ、何だこの闇は!?」
すると闇の中からアスタロトが現れた。
「闇と消えるがいい」
アスタロトはユグドラシルに向かって片手を伸ばすと、闇がユグドラシルを包んだ。
そして空間のヒビが亀裂となり、
亜空間が、闇とユグドラシルを飲み込まんと強烈な勢いで吸い込んでいく。
「何という事…、この……この私がぁ!」
ユグドラシルは亜空間へと吸い込まれていく。
そして凄まじい阿鼻叫喚の叫びと共に、空間の亀裂が閉じた。
――亀裂が閉じた跡は何も残っていなかった。
ユグドラシルは亜空間へと消えた。
サンとルナは胸を撫で下ろす。
ルナは緊張の糸が切れたのかへたり込んだ。
「……サン、何をしたの?」
するとサンは笑みを浮かべた。
「ちょっと新技を試してみた。全然不完全だけど」
「新技…ねぇ……。なら結構な博打をしたものね。
アスタロトもそうだけど、下手したら私達も飲み込まれかねなかったわよ」
「まさかあれ程とは思わなかったんだけどね。
それにアスタロトとは話をつけたから大丈夫かなと思ったし」
「話をつけたって何を?」
ルナがそう聞くと、サンは一枚の青魔術用カードを出した。
「これ」
そのカードにはアスタロトの姿が描かれていた。
それを見たルナは驚いた。
「まさかそれって……、アスタロトと契約をしたの!?」
サンはうなずいた。
「そ。ユグドラシルを倒せなければ、どうせやられるんだから協力しろって言ってね。
本当は召喚術が良いんだろうけど、契りを交わす時間も無いし、
そもそもアスタロトは現世に住まう悪魔だからね」
召喚術までも扱えるサンにルナは感服する。
「……召喚術まで扱えるなんて、博識なのね」
するとサンは視線を落とした。
「……軍に居た時に色々と叩き込まれたからね………」
ルナは右手を上にかざすと光が発し、そこから白いマントが現れるとサンにかけた。
「……シバはどうしたの?」
するとサンは壁の方に顔を向けた。
そこにはシバが壁に凭れ掛かっていた。
「シバなら大丈夫。今は気を失ってるけど、傷を治癒術で治した」
「……御三家のシバであっても奴には敵わないか……」
ルナはシバを鋭く見つめる。
そして、ルナは部屋の奥の方にある壁へ向かって歩き出した。
「ルナ、どこへ?」
「ディランがどうなってるか気になってね。
そもそもディランの様子を見に来たから。
そしたらディランは暴走してるわユグドラシルは居るわで、驚いたわよ全く」
ルナがそう言うと、サンもルナの後に付いていく。
「そのユグドラシルは一体何者なんだ?
空を司る存在とか言ってたけど……」
「……ユグドラシルは空術師よ。別名『魂の傀儡師』。
一体いつから生きているのか知れないけど、
記録から推測するに少なくとも八百年以上生きているのは確か。
奴は人間らしいけど、空術のおかげで長生きできてるみたい。
奴は神を気取っているだけあって所業も神がかっていてね、
罰を与えるとか歪を修復するとか言っては、人の魂を吸い取る。
解放とか言ってたのはそれね。
そしてその吸い取った魂をどうするのかは分からないけれど、
その魂を自らの肉体に宿す事によって、
その魂に刻まれた記憶を得たり、生きていた時の姿になる事が出来るらしいわ。
魂の傀儡師と呼ばれる所以はここね」
「……そんな事が出来るとは………」
サンは余りに驚愕な話しに絶句する。
ルナはサンへ視線を送る。
「このユグドラシルの話は、最初に聞いた時から今の今までとても信じられなかったけど、
奴のマントをはぐって中が空なのを見て本当だと確信したわ。
奴は姿を自在に変える負担を軽くする為に頭部以外の肉体は捨てて、顔も無くしたのよ」
「そ…それじゃあ、いくつも拳法を扱っていたのも」
「そう、魂を吸い取られた者の拳よ。
今は無き爪牙無元拳の始祖、千代天食拳を扱っていたのもね」
二人が壁まで歩み寄ると、黒剣で壁を切り裂いた。
するとそこには、ディランが無数の触手に紛れる様に居り、両腕や下半身が触手化していた。
サンはディランを覗き込むと、頬に手を当てた。
(……まだ生きてる)
サンの表情が曇る。
同じサタンスペルに犯された者としての同情と共に、
いずれは自分もこうなってしまうかもしれないという恐れの感情が生まれる。
(私は好きでサタンスペルに犯されたわけじゃない、ディランもきっとそう……)
サンはディランを何とか助けてあげたいと思う。
その時、ルナが黒剣をディランの胸に突き刺した。
「なっ! ルナ!!」
サンはルナに掴みかかった。
「なんて事を! まだ、彼は助かるかもしれないんだぞ!」
「……いや、彼は助からない。
サンと契約を交わした事でディランからアスタロトが分離した。
サタンスペルの宿主が居なくなった事でサタンスペルの力は無くなり、
唯周りを侵食していくか力尽きて死ぬかのどちらかの末路を辿る」
「……私が契約したせいか……」
「気にする事は無いわ。ディランの体力は限界に来てる、どのみち助からない」
「…なら、同じ死ぬならどうして殺すの!
同じ死ぬなら、もっと……別の……」
「……変わったわねサン。いつも冷静沈着なあなたが感情的になるなんて」
「………いや……何も変わってないよ……、この心の痛みは……」
サンは胸を押さえる。
ルナはディランに突き刺している黒剣を抜く。傷口から血が溢れ出す。
「……結局の所、何も変わらないし変われない。
彼は最終的に死ぬ運命だったのよ。…帝国の計画の為にね」
ルナはサンに背を向けた。そして足を進める。
「暴走した時点で殺すのも私の役目……。それが私の慈悲でもある。
生まれた時からモルモットにされて生体兵器の研究に使われる。こんなこと……」
ルナは沈痛な面持ちを浮かべ、顔を伏せる。
そこへ、天井付近から声がした。
「そうは言っても、お前が計画に一番重要な役割を果たしていただろう?」
ルナとサンは天井を見上げると、触手の天井が割れて満月が覗いており、
天井の向こうにツァルムが立っていた。
ツァルムは天井から飛び降り、着地する。
ルナは憂いしそうに一つ息を吐くと、言う。
「ツァルム……、分かって無いわね。私も所詮傀儡なのよ。
帝国には逆らいたくても逆らえない、抗えば終わりが待ってる。
……全ての終わりがね」
ツァルムは腕組みをすると、鋭くルナを見つめる。
「逆らうと殺される……か。
お前ほどの力が有れば抗う事も出来るだろうに」
「何も分かって無いわね。私は傀儡、人形よ。
人形は主人の意思でしか動けない、逆に言えば主人が居なければ体を動かす事すら出来ない。
私にとって帝国は、一番の束縛者であり解放者なのよ」
「………」
「気休めの愚論に聞こえるかしら?
けれどそれは本当の人形を知らないからよ。
………ルナ・ヴェリオスという人形をね」
ルナは憂い顔を浮かべた。
するとツァルムは腕組みを解き、言った。
「……ま、いいさ。お前に同情する気も、ましてや理解する気も毛頭無い。
何人もの仲間がお前に殺されているしな」
「………」
ルナは黙り込む。
そこへツァルムはサンに向くと話しかける。
「それより、サン」
「な…何だ?」
サンは突然話しかけられ、少し驚く。
ツァルムはそんなサンを気にする事無く、右親指を立てて後ろへクイッと指した。
「来い、ボスが呼んでる」
ついに第1章が30話目に突入いたしました。
当初は40話辺りで第1章が終わると思っていたのですが、
この調子だとまだまだ掛かりそうです。
あと2話ほどでオースマト編も終わりですが、
アラレマス帝国の動きも活発になってきそうです。
そろそろ皇帝を出そうかなと思ったりしてます。
それでは、次回をお楽しみに!
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