「バカヤロウ!!」
部屋の中に大声と低い打撃音が響く。
そこには耳や鼻にピアスをした色黒の男がソファに座っており、
前に殴られてへたり込んでいる大柄の男がいた。
「女に蹴飛ばされてへこへこと帰ってきただと!?
てめえ、それでも男か!」
ピアスの男は、怒鳴りつける。
大柄の男は頼りなく言い返す。
「だって店の奥から外まで蹴飛ばされたんですよ。
とても勝ち目あるわけないですよ!」
その言葉を聴き、ピアスの男はゆっくり立ち上がると、大柄の男を睨み付けた。
「……てめえ、嘘を付くならもう少しまともな嘘をつきやがれ。
そんなチンケな嘘、赤子でも見破れるわ!」
「本当なんですって!」
必死に答える大柄の男に、ピアスの男は首を掴んで持ち上げた。
「いい加減にしろよ、テメェ。俺にそんな嘘は通用しねえとさっき言ったはずだ。
これ以上馬鹿話を続けるんなら……」
「アビブ、そこらへんにしとけ」
突然後ろから声が掛かる。
アビブは声のした方を見ると、そこには一人の青年が立っていた。
「……ファルか」
「そいつの言ってることは本当だ。だからはなしてやれ」
ファルがそう促すと、アビブは手を放す。
「本当ってのはどういうことだ?」
アビブはファルに問いかける。
するとファルは、
「この町にとんでもない奴が来てるんだ」
そう答え、少し視線を落とす。
アビブはそのファルの様子から、本当に何かあると感じた。
「……とんでもない奴?」
そう聞くとファルは、ゆっくりハッキリと答える。
「死神だ」
「死神?!」
死神と聞いてアビブは驚愕する。
「おい待て、コイツが蹴っ飛ばされたっつってたのは、女だぜ。
お前は死神が女だとでも言うのか?」
「……たしかに奴が男か女か、ましてや姿すら分からない奴だ。
大柄な男を蹴っ飛ばしたからってそいつとは言えない。
だが、こんな田舎の町に、そうそう強い奴が居るわけないだろう」
「だから、女が死神だと?
バカバカしい、そんなの死神以外にもたくさんいる!」
アビブはファルの言い分をそう打ち消すと、
ファルは深刻な顔で呟く。
「……仲間が殺されたんだよ」
「なに!?」
「ちょうど隣町のイマスターンを襲撃してた所に、
たまたま通りがかった女に、全員な」
「全員だと?!確か50人は居たんじゃなかったか?
それを全員やられるってのは……。
ん? ちょっと待て、全員やられたのになんで女だと分かるんだ?」
ファルはフゥッと息を吐くと、ソファに座った。
「俺もその場に居たんだ」
「!」
その場に数秒の沈黙が走る。
「あんな恐ろしい奴見た事ねえ。
あいつは何のためらいも無く殺していた。
しかも殺している時のあいつの眼は、
何も感じられなかった」
「?、何も感じられない?」
「ああ。大概、平気で殺しをやる奴の眼は、
笑っているか殺気立っている。
だが、あいつの眼は何も感じない。喜怒哀楽一切の感情が無い。
まるで、死人の様な……いや、死人とも違う。
眼は生きてた。
『生きた死人の目』そう言った方がいい。
冥途より魂を喰らいに来た……死神の目!」
また数秒の沈黙が走る。
「あの女は、あの後この街に来た。
何のためかは知らないが……。
おそらく酒場に居た女こそ死神だ。」
「……で、どうすんだ?」
「何もしないほうがいい。
絶対にかなう相手じゃない。軍隊一個あっても足りないぞ」
ファルの額には脂汗が吹き出している。
そしてアビブは腕組みをして考え込んだ。
「……その方がいいだろうな………」
――ファルは、アビブとの話をすませると気分転換しようと、
盗賊団のアジトから町へ出た。
死神が町にいると思うと気が気ではないが、
はちあわせする事は、まず無いだろうと思った。
とりあえず酒を飲んで一旦忘れよう。
そう思い、適当に酒場に入る。
結構、雰囲気のある店だ。
昼というのもあってか客は少ない。
ここならゆっくり酒を飲めると、どこに座ろうかあたりを見渡す。
「いらっしゃいませ」
レイナが入ってきたファルに声を掛ける。
ファルはレイナの方を見ると……
「げっ!!!!」
あまりの衝撃的な光景に思わず大声が出た。
目の前に死神が座っている。
「どうしたんですか?」
突然大声を上げたファルに、何かあったのかとレイナが話しかける。
「い…いや……何でもない」
その時サンがファルを横目で見る。
「ん? …お前どっかで……」
「い…いや知らないよよ。おおお俺とお前ははははしょ初対面だだだだ」
「声が震えてますよ、本当に大丈夫ですか?」
「だっだっだー大丈夫っ! 何でもありませんっっっ!!!」
ファルの声や容姿に覚えがある。
サンは一体誰かと数秒考えると、思い出す。
「お前あの時の盗賊か」
「いっ……いやー?だれのことかなー?盗賊ってどこ?」
「しらばっくれるな、思い出したよ。捕って食ったりしないから落ち着け」
「お知り合いですか?」
「ああ、前にちょっとな」
ファルはサンを指差す。
「おっ落ち付けって! お落ち着けられるわけ無いだろ、あんな事があって!
今度は何しに来た! 盗賊団を潰しに来たのか!?」
そう叫ぶと、サンは冷静に答える。
「いや。違う。人探しをやってるだけだ」
だがファルは信用できない。
「嘘をつけ! それじゃあの時、なんで皆を殺したんだ!
殺す必要ないだろ!!!」
そう叫ぶファルに、サンは左手のコップを置き、ファルの方を向く。
そして言った。
「道通るの邪魔したから」
そのサンの返答にファルは憤怒する。
「な…何!? そ…そんな理由で殺したのか!!!」
「言っておくが、私から一方的に殺したんじゃないぞ。
向こうからやってきたんだ。
それに殺したといっても所詮は『盗賊』。
しかも町を襲っている時だ。逆に町の人には感謝されたぞ」
ファルは言い返したかったが、サンの方が正論だった。
ファルは何と言い返そうかと苦慮していると、
サンが机に向き直して話しかける。
「そんなに怯えなくても大丈夫だ。
私はお前や盗賊団に何もする気は無い。
座れ、おごろう」
ファルはサンに促され、渋々サンの目の前の椅子に座った。
「レイナ、何でもいいから酒な」
「はい」
レイナは適当な酒を選び、サンの元へボトルごと持ってきた。
「ボトルごと持ってきたのか」
「この時間帯はお客さんが少なくて暇ですから、私がお酌しますよ。
それにお兄さんの仲間には、いつもお世話になってますからね。
思いっきりお返しします。酒飲まして」
ファルは苦笑いしながらも、酒を飲むどころではなかった。
今でもあの時の光景が眼に焼きついている。
恐ろしくてたまらない。
体の震えが止まらない。
冷や汗が滝のように出てくる。
今にも倒れ込みそうだ。
その時、サンと眼が合った。
「どうした、飲まないのか?」
サンの眼は、あの時と全く違った。
とても優しい、穏やかな眼をしている。
体の緊張が解けていくのを感じる、
恐怖も冷や汗も体の震えも消えていく。
とても不思議な眼。
同一人物とは思えない。
実はとても優しい人なのかもしれない。
ファルはそう思った。
2009/10/29 改稿
2011/4/10 一部加筆修正。
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