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黒翼 〜精霊の物語〜 作者:神月きのこ
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22話 領主の想

 予想はしていた。
 次代の王、などという言葉を突きつけられれば、嫌でも考えることである。

「知っての通り、今この国は混乱の中にあります。虐げられる民、頻発する内乱、終わらない争い」
 重々しく語るノアの声が、3人しかいない執務室に響く。ウォルトはそれを呆然と聞いていた。
「もはや、帝国を討ち滅ぼさねば、民の生きる道はない」

「……で、何故俺が? 貴方がやればよろしいでしょう」
 我に返ったウォルトはげんなりとした様子で問う。
 わざわざ待ち伏せて、唐突に無茶苦茶な要求。不審に思うなという方が無理な話だ。
「貴方でなければならない」
「ですから、それは何故」
 ノアは真剣な眼差しでウォルトを見つめている。冗談や悪戯の類でないことはその目を見れば理解できた。
 しかし真剣であるだけタチが悪い。ウォルトは不信感も露に問いかけた。

「相手は大国。今のように地域ごとにバラバラで抵抗しているだけでは、勝ち目など有り得ない」
「貴方がまとめれば、西方の各領地は従うでしょう。なんといっても諸侯様なんですから」
 そう、それならば納得できる。己が王になる為に力を貸せと、そう言うのであれば理解できた。
 ウォルトはいくら家柄が良くとも、いくら強かろうとも、ただの傭兵でしかないのだから。
 間違ってもそんなことを依頼されるような人間ではない筈だ。

 しかし、ノアの考えは違うらしい。
「確かに、私が呼びかければ領内の者たちは従ってはくれるでしょうな」
 含みを持った物言いにウォルトは目を細めた。
「しかし、それだけではまとまりはしない」
「俺が先頭に立っても、余計にまとまらなくなるだけだと思いますけど」
 先程よりもウォルトの態度が硬化していくのが、話しているだけではっきりと伝わってくる。
 ノアは暫し視線を落としたが、それでもウォルトに向ける眼差しは柔らかいままであった。

「ウォルト卿は、人をまとめるのに必要なのは何であるとお考えかな?」
 ノアはテーブルの上で組んだ指を解き、顎鬚を撫でた。口調とその仕草で、場の空気がいくらか和らぐ。
 ウォルトはノアの考えを探ろうとするように、じっと顔を覗っていた。
「上に立つ者の人格、ではないですかね」
 ゆっくりと瞬きをしながら、静かに答える。
 着いて行きたいと思わせる魅力がリーダーにあるか否か。少なくともウォルトは、戦場にいる中でまとまりのある軍にはそれが備わっていると感じていた。

「成程。それもまた、一つの答えでしょう」
 重々しくノアは頷いた。それは真摯な態度ではあったものの、教師が生徒の話を聞いているときのような微笑ましさを感じているかのような響きを持っている。
 ノアからしてみれば、ウォルトなどまだ経験の浅い若者なのだということだろう。
「おっと失礼、少々言い方が悪かったようですな。決して馬鹿にしているわけではないのですよ」
 そのことに気付いたようで、ノアは手を挙げて訂正した。

「貴方の言うことは正しい。ですが、地方という規模になるとそれだけでは足りない」
「普段から戦を生業にしている人間とは違う、というのは分かります」
「その通り。一般人を巻き込むとなると『必ず勝てるという保証』が必要なのです」
 ノアの言っていることは理解できる。負け戦で士気が上がるはずもない。
 そしてウォルトは傭兵としては負け知らず、味方につけておきたいというのも解る。
 だが、それでも解せないことがある、とウォルトは重く溜息をついた。

「先程の言葉をもう一度言いましょうか。『貴方がやればよろしいでしょう』力を貸すだけならともかく、上に立つ意味が分からない」
 先刻から、話が一向に進まない。
 色々と理由をつけてはいるが、どれもウォルトを王にしようとする決定的な根拠にはなっていないのだ。
 徐々に不信感が募ってくる。

 そこで、ずっと静かに話の行方を覗っていたレンが口を開いた。
「ノアさんは、ウォルトに戦わせてどうしたいの?」
「どう、とは?」
「仮にウォルトが王になったとして、そのことによってノアさんに何か得はあるのかな」
 それはウォルトもずっと気にかかっていたことだった。
 ノアは現在西地方の諸侯。事実上、皇帝の次に高い地位に就いている。王にでもならない限り、今以上の地位は望めない。

 レンの表情を覗うと、少々疲れたような表情をしていた。声からは感情が読めなかったが、話を理解するのに必死だったのだろう。
 ノアは、レンの問いかけに少々考え込むように顎に手をかけた。
「敢えて言うのならば、仕えるべき相手が変わることが一番のメリットか。私はただ、確実にこの国を変えたい、それだけなのですからな」
「ノアさんでは、無理なの?」
「私の名の元に反乱を起こしたら、情報がすぐに国に伝わってしまうでしょうな。戦の準備が終わる前に潰されるのが目に見えている」
 ようやく、ノアは自身が中心となって戦わない理由を明かした。
 成程、とウォルトはようやく合点がいった。

 ノアの発言は一見すると、ウォルトを犠牲にして自身は無関係を装おうとしているかのようにも思える。
 だがそれでは失敗を前提としているし、確実に成し遂げたいというノアの意思と矛盾する。
 ウォルトの居場所は特定されていない。リディア城にいるという情報が流れても、ただの噂と片付けることができる。
 ウォルトを匿うことが可能な限り、危険はあるものの反乱を潰される可能性は確実に低くなる。

 ウォルトの疑念が薄くなったのを感じたのだろう。ノアはにこりと微笑んだ。
「納得していただけましたかな?」
「ええ、一先ずは。ただ、もう一つお聞きしたい」
「なんでしょう?」


「貴方に入れ知恵したのは誰ですか?」

 ノアは驚いたように目を瞬き、次いで声を上げて笑い出した。
「これは驚いた。入れ知恵などと、人聞きの悪い」
 くつくつと愉快そうに声を震わせる。
 ウォルトは憮然として腕を組んだ。
「なら言い方を変えましょうか。貴方に、俺を推薦したのは誰です?」
「何故、そのようなことを?」
 ウォルトの強い眼差しを受けても、ノアは笑顔を崩さない。ウォルトがそのような問いをしたことが、楽しくて仕方がないといった様子である。
「貴方が、俺でなければならないという決定的な理由を話そうとしないからです」
 ノアは有能な人材である。それはリディアの町、そして本人を見れば分かる。
 その有能な人物が、納得の出来ない説明を延々と続けるだろうか。答えは否。
 だとすれば、ウォルトを選んだのはノアではないということになる。勿論、ノアの構想にも当てはまるからこそ、その人選を受け入れたのであろうが。

「ふむ、ヨシュア殿の仰る通りだったか」
 ノアは相も変わらず笑い声ではあったが、それに加えて感心したような響きが混じる。
 ウォルトはノアの呟いた名を聞き、眉を吊り上げた。

「ヨシュア?」
「そう。我々は西の賢者とお呼びしているが」
 ウォルトはレンに視線を向ける。レンも知らないようで、目が合うと首を横に振っていた。

「ヨシュア殿がね、言っておったのですよ。ヨシュア殿が私に伝えたことを隠して話せば、貴方なら私の影にいる存在に気が付く筈、と」
 ウォルトの眉間のしわが深くなる。
 どうやらウォルトは、そのヨシュアなる人物に試されていたようだ。

「賢者、ね……。それで、その賢者殿とはどこに行けばお話できるんですか?」
 恐らく、ウォルトがリディアに着いてから今まで全て、その賢者の構想通りに事が進んでいるのだろう。
 それ自体はウォルト自身の失態だが、面白くないのは確かだった。
「私の客人としてこの城に逗留いただいておりますよ。お呼びしますか?」
 ノアの声と、扉の開く音が重なった。


「それには及びませんわ」

 透き通る、色気すらも感じられる声が室内に響く。
 扉の前に立っていたのは、全身に黒衣を纏った女であった。
 怪訝な顔をするウォルトとレンの横で、ノアが女の名を呼んだ。

 ヨシュア殿、と。

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